アリュード・マクシミリアン伯ー妖精麗人の愚直なる復讐ー   作:護人ベリアス

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第五幕 青年のいない道
その想いに再び火が灯る


「はーい!神様ー!今迎えに来ましたよー!」

 

 

そう声を上げた青年は少々の駆け足でリューとヘスティアのもとに向かってくる。

 

だが青年の足は二人の姿をはっきりと確認するにつれて、急激に遅くなっていった。

 

「やぁ!ベル君!ちょっと遅かったね?今日もダンジョン探索お疲れ様!」

 

そばに来たベルと呼ばれた青年にヘスティアは笑顔でそう告げる。

 

だが当のベルの方はヘスティアの呼びかけに応じることはなかった。

 

「えっ…あっ…いや…え?…あ…」

 

ベルはヘスティアの声など届かなかったかと思えるほど、動揺した様子でヘスティアと隣に立つリューを交互に見る。

 

その様子の違和感に気付いたらしいヘスティアはベルに伝えた。

 

「あぁ。ベル君は初対面だったね。こちらはフェルナスの伯爵アリュード・マクシミリアン君。今日僕が協力した炊き出しを最初に提唱した子さ!」

 

「え…アリュード・マクシミリアン…さん?」

 

「そうさ!せっかくだからこの機会にベル君もお話ししてみるといいよ!エルフ君?問題ないかい?」

 

「え…神様一体どういうつ…」

 

ベルはヘスティアの提案に動揺を隠せないままその意図を問おうとする。

 

だがヘスティアはベルの動揺もリューの了解が得られていないことも気にせず背を翻した。

 

「じゃあ僕はタケ達とちょっと話があるから、二人ともゆっくり話していてくれていいぜ!」

 

「ちょ…神様!」

 

ヘスティアはベルの呼び止めるのも聞かずササっとその場を立ち去ってしまう。

 

そうしてベルとリューはただ二人取り残された。

 

ベルは気まずさを残しながらもこの時ようやくきちんとリューの方を見る。

 

その表情は眼帯に一部を隠されているせいで分かりにくかったが、どこかに意識が飛んで行ってしまっているかのような表情だった。

 

だがベルは意を決して話しかけてみることにした。

 

「あの…アリュード・マクシミリアンさん…でよろしいんですね?」

 

そうベルが声を掛けた時リューはようやくショックで時間が止まったかのような感覚を覚えていた頭を再起動させた。

 

そして少々の時を必要としながらもなんとかその問いへの答えを模索した。

 

「え…あ、はい。わっ…私はアリュード・マクシミリアンと申します。初め…まして。」

 

リューはゆっくりと嘘を紡ぎ出した。

 

だがその動揺はとても隠せそうになかった。

 

一方のベルの方も動揺したままなのは唯一の救いだったかもしれない。

 

ベルはその動揺のせいでリューに多くを聞き出す余裕はないだろう。

 

だがその動揺こそがベルが『何か』に気付いているかもしれない証拠だということをリューは気づかないわけにはいかなかった。

 

ベルはリューの回答に落胆を交えた表情を浮かたものの、いきなりベルは大きく深呼吸をした。

 

そしてその深呼吸の後ベルの表情から動揺は消えていた。

 

「そう…ですか。神様から説明はあったかと思いますけど、僕はベル・クラネルと言います。神様のもとで【ヘスティア・ファミリア】の団長をさせてもらっている者です。」

 

ベルは淡々と自己紹介を述べていく。

 

それも動揺も落胆も消えた無表情で。

 

その表情の変化に理解が及ばないリューだったが、その紹介に自身も淡々と答えられるよう心掛けた。

 

「クラネルさん…ですか。」

 

クラネルさん。

 

その呼び方をするのはいつ以来だろうか?

 

リューはその呼び方をいつからしないようになったのだろうか?

 

もうそれをリューは思い出すことはできない。

 

なのにリューの心は何時になく苦しかった。

 

リューの心がずきりと痛む。

 

本来は自分がクラネルになっていたはずなのに、自分は他人の名として呼ぶことしかできない。

 

リューの胸が苦しくなる。

 

なぜ自分は自分を傷つけるだけの嘘を重ねているのだろうか、と。

 

だがそんな痛みには耐えなければならないと、自身の心にある覚悟と正義が強く求めてくる。

 

だからリューは表情が歪みそうになるのを抑えながら言葉を続ける。

 

「この度は…あなたの主神のヘスティア様には大変お世話になりました。あなたにも礼をお伝えしなければ、なりませんね。ありがとうございました。」

 

「いえ…僕は何もしていませんから…本当に何も…だから僕なんかにお礼なんて言わないでください。それより…今日行ったっていう炊き出しは成功したんですか?」

 

「…ええ。皆さんのご協力のお陰で滞りなく。」

 

「そうですか…それは何よりです。それで…それがアリュードさんのしたいことなんですか?」

 

「…え?」

 

「それがアリュードさんのしたいこと…なんですよね?」

 

ベルはリューの顔をじっと見ながら重ねて尋ねてくる。

 

リューにはその問いの意図を分からなかった。

 

目の前にいる青年は何が聞きたいのだろうか。

 

それがリューには分からない。

 

だからリューは本心をそのまま答えた。

 

 

「ええ…当然です。これが私の正義…これが私の為したいことですから。」

 

 

リューはそう言い切った。その答えにベルはなぜか一度瞬きをしてから、笑みを浮かべてみせた。

 

「そう…ですか。正義…ですか。とても響きのいいカッコいい言葉ですよね。僕なんかが到底及ばない素晴らしいものです。」

 

「べ…ル?」

 

ベルは寂しさを含んだかのような呟きをそっと漏らす。

 

その反応にリューは不覚にも思わずベルの名を呼んでしまう。

 

だがベルはそれにも気づかないかのように息を小さく吐くと、再び笑みを浮かべて言った。

 

その笑みから寂しさが拭いきれていなかったことをリューは見逃すことはできなかった。

 

「あなたの正義がみんなに届くことを願ってます。僕も陰で応援してますから。だから頑張ってください。アリュードさん。」

 

「あの…クラネル…さん?」

 

「アリュードさん。失礼ながら一つだけお願いを聞いていただけませんか?」

 

「何…でしょうか?」

 

 

「一度でいいのでその眼帯を外していただけませんか?」

 

 

 

 

 

 

「それでベルさんに頼まれて眼帯を外してしまった…と。正体がばれるかもしれないのを承知で?」

 

「…はい。」

 

それから数刻。

 

リュー達は屋敷に戻ってきていた。

 

そして話題に上ったのはその時のリューとベルの邂逅。

 

シルは何とも言えない表情でリューの話を聞いていたのだ。

 

「…それにしてもよかったです。」

 

「…何が?リュー?」

 

「シルは当然知っていると思いますが、私は眼帯を外すように頼まれた時のために手を打っておきました。それが…」

 

「オラリオに戻る直前リューがどうしてもって言ったから渋々私が認めた眼帯をする左目の眼球を短刀で抜き取ったことを言ってるんでしょ?」

 

「…ええ。そうです。」

 

それはほんの少し前の事。

 

リューはアリュード・マクシミリアンに成りすますと決め、眼帯をしなければならないことになった時正体の露見をできるだけ防ぐべくリューが言い出したこと。

 

要は本当に右目を喪失してしまえば、正体を疑う者はいないだろうという理論である。

 

確かにリューの考えた通りただ正体を偽るためだけに片目を抉るなど常人ならするはずがないことだった。

 

だがそれをリューはその時シルの反対も聞かず平然と遂行した。

 

それはただ単に本当に正体の露見を防ぐためでもあったが、それだけではない。

 

喪ってしまった大切な人々には及ばないまでもリューは自分自身に彼女たちが味わってしまったであろう痛みをその身に刻み込むためであった。

 

そしてその痛みを朝起きて眼帯をするたびに思い出し、覚悟を新たにするため。

 

そんな考えからリューは左目を抉り捨てた。

 

その時の決意と覚悟がリューの正体が露見するのを防いでくれた。

 

リューはそう言いたいのだ。

 

だがシルはそれだけではないことをすでに見抜いていた。

 

「でもリュー?リューは本当に良かったって思ってる?」

 

「…はい?」

 

シルの問いにリューはびくりと背を跳ね上げる。その動揺はあからさま過ぎた。

 

「リューは本当にベルさんに正体を気付かれなくてよかったのかって聞いてるの。眼帯を外したってことはベルさんにリューの事を気付いてほしかったんじゃないの?」

 

その問いにリューは言葉が出なかった。

 

なぜなら自分でもなぜ眼帯を外したかよく分かっていないからである。

 

ベルにリューの正体を知って欲しかったのだろうか?

 

それ自体自分自身の事なのにリューは分からない。

 

だが結局はどう思っていようと意味などない。

 

ベルはリューの正体に気付かなかったのである。

 

ベルはただリューの左目にできた深淵を覗き、一度目を閉じると小さな声で礼だけ言って目を背けた。

 

ベルはそれを見て何を思ったのだろうか?

 

それがリューには全く分からない。

 

少なくともベルはリューの正体に気付かなかった。

 

それ以上もそれ以下もない。

 

それに何を感じているのかリュー自身には分からない。

 

ただリューを帰り際から見続けているシルからすれば、リューがショックを受けているのはあからさまだった。

 

そう分かっているシルはリューに畳みかけるように詰問する。

 

「そもそも、だよ。リューはどうしてヘスティア様の提案を受け入れたの?確かにヘスティア様の提案はすっごく魅力的で炊き出しの実現に必要不可欠だった。でもヘスティア様を引き入れれば、ベルさんが関与しかねないのは分かりきってたよね?もしかしなくてもリュー?リューはベルさんに会いたくて炊き出しの実行に踏み切ったんじゃないの?」

 

「違い…ます。そんなこと…あり得ません…」

 

「それはそうだよね。あれだけ見栄を張ったんだから。でもこの大事な時にベルさんに正体を曝す危険を冒す理由が全く説明できないよね。本当のところはどうなの?やっぱりあの場で語ってた正義よりもベルさんの方が大切?前みたいにベルさんに全てを任せる方が楽だもんね。やっぱりベルさんのもとに戻りたいの?」

 

「…っ!」

 

シルの詰問は激しさを増す。

 

だがそれにリューは言い返すことができない。

 

だがその事実を認めるわけにもいかない。

 

「ねぇ…リュー?何か答えたら…ってリュー!?」

 

だからリューはその場から逃げ出した。

 

シルの責めを聞きたくないがために何も言い訳をすることもなく部屋を飛び出してしまった。

 

一人残されたシルは深々と溜息を吐くと座っていたソファーに深々と身を沈め、ポツリと呟く。

 

「…今度は間違えちゃダメなんだからね?リュー…」

 

 

 

 

 

 

分からなった。

 

私がベルとの再会に何を感じ、何を思い、何をしたいのかも。

 

今だって私の正義は変わらない。

 

困っている人々を助けることにある。

 

だから私の宣言した覚悟も言葉も一切嘘偽りではない。

 

私の為すべきことは今も変わらない。

 

なのになぜだろう?

 

なぜかベルとの再会以来ベルのことが頭から離れないのだ。

 

最後に会ったのは結婚式の日。

 

あの日から五年が経っていたが、ベルを見間違うことはなかった。

 

以前のような幼さを感じる表情は消え、青年らしい精悍さが感じられた。

 

私がいない間にベルもベルなりに時を過ごしたことだろう。

 

ほんの数分の邂逅だったはずなのに私はあの時のベルの一挙一動をつい思い返してしまうのだ。

 

そして私が私であることに気付いてくれなかったことに苦しさを感じずにはいられない。

 

シルの言う通り正体を知られるわけにはいかないのに、である。

 

ただでさえベルは副ギルド長エイナ・チュールと旧知の仲。

 

さらにそもそもベルが私達を嵌めた謀略に関わっていたのかさえ分からないのである。

 

シルの言う通り眼帯を外したのはあまりに危険な行為だったのだ。

 

私はベルと再会した瞬間頭がおかしくでもなってしまったのだろうか?

 

なぜベルのことがこんなにも気になってしまうのだろうか?

 

私には為すべきことがある。

 

だからベルのことは二の次としなければならないはずなのに。

 

それに私はもう数多くのものを背負っているのだ。

 

それはきっと過去のベルのそばにいた時以上のもの。

 

私の行動に期待してくれている人々がいる。

 

私のせいで命を喪ってしまった大切な人々がいる。

 

私を支えてくれようと協力してくれる人々がいる。

 

私には数えきれない思いが集っている。

 

だから私は強く心に言い聞かせた。

 

 

私一人楽になろうとしてはならない。

 

私は私自身の正義のために生きなければならない。

 

私には為すべきことがある。為さなければならないことがある。

 

だから白髪の青年のことなど忘れなければならない、と。

 

 

だが心の中の弱い私は大きく首を振って、抵抗する。

 

ベルに救いを求めるべきだ。

 

正義よりもベルにあの幸せだった一時のように愛された方がよほど報われるのだ。

 

もうあえて茨の道を進もうとするのはやめるべきだ、と。

 

どうやら私はまた振出しに戻ってしまったらしい。

 

私が再び決意を固めるにはもうしばらくの時が必要そうだった。

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