アリュード・マクシミリアン伯ー妖精麗人の愚直なる復讐ー   作:護人ベリアス

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想いを越えた後の再会

「あっ…!あれはマクシミリアン様!」

 

「マクシミリアン様!今日はどうなさったのですか?」

 

「こんにちは。マクシミリアン様!実は不躾ですが、ご相談がありまして…」

 

場所はダイダロス通りの広場。

 

数日前にリューが主催して炊き出しを行ったまさにその場所である。

 

リューは再びそこにいた。

 

ただし今日の場合はリューただ一人しかいなかった。

 

それもそこに準備したのは椅子と机と小さなテントだけ。

 

リューはそれだけの設備で何をしようのかと言うと所謂陳情受けである。

 

リューは自らの耳とダイダロス通りに住む人々の言葉から優先して解決すべき問題を探ろうと考えたのである。

 

当然シルは安全面を考えて一人で行うのには反対した、とは言っても最初から説得はあきらめ気味だったが。

 

ただリューにも一人でしたいという意図にはきちんと理由があって、護衛を付けないという無条件の信頼を示すことがリューへの信頼を高めることができると考えたが故である。

 

そしてリューがどうしても自ら雑用だろうとこなさなければならないという伯爵のような高貴な身分の者らしからぬ意識が抜けきらないから、というのも理由であった。ただリューのこの身分差を感じさせない意識と行動こそが人々の好感と信頼を呼び寄せていたのは言うまでもない。

 

ただしこれはまたもやギルドの無許可。

 

ギルドと一悶着起こした炊き出しから数日が経過していたが、ギルドからは何の音沙汰も無い。

 

ギルドに間者として送り込まれたはずだったのにリューに付き従っているアンナにさえもお咎め一つない状況。

 

ギルドの反応がない以上下手な動きは見せない方が身のためだったかもしれなかった。

 

が、リューがそんな時を待つようなことはできるはずもなくまた無許可で前と同じように前日に立札を出してこの陳情受けを敢行してしまったわけである。

 

そうして早朝から開始してリューは休憩もせずにリューの前にできた行列に並ぶ一人一人の話を聞いてはメモを取りを繰り返していった。

 

そんな慇懃なリューの態度を見てかは分からないが、広場に集まった人々も大きな騒ぎを起こすこともなく粛々と時間は進んでいった。

 

それから正午を過ぎた頃。

 

一人の訪問者が現れた。

 

「あの…」

 

そう遠慮がちに呟きながら入ってきたのは白髪の青年。

 

その姿にリューは思わず怪訝な視線を向ける。

 

「…この場はダイダロス通りに住む方々の暮らしにおいて困っていることを聞き、対策を準備するための場…そう皆さんにはお伝えしたと思ったのですが?…クラネルさん?」

 

リューの前にいたのは本来ダイダロス通りとは関係のない。だがリューとの関係は決して薄くなかった者。

 

ベル・クラネルがそこにいたのである。

 

リューは冷淡にそう告げたが、その冷淡さが何によるものかはリュー自身も断言できない。

 

ただ予告した内容を無視して現れたことへの呆れと怒りか。

 

それとも今このタイミングでベルと会ってしまうことへの危機感からか。

 

ただそれは今この瞬間はどうでもよかったかもしれない。

 

今のリューには優先すべきことがある。

 

その義務感がリューを突き動かした。

 

「お引き取りを。あなたはこの場には相応しくないお方です。」

 

「…」

 

リューは淡々とベルにそう宣告する。

 

そんなリューの対応にベルは遠慮がちの態度をさらに委縮させて何も言おうとしない。とは言ってもその場を立ち退こうともしないのでリューも対応に困る。

 

そして沈黙がしばらく続いた末に。ベルはようやくポツリと呟いた。

 

「その…すみません…でもあなたとお話しする機会がどうしても欲しくて…でもあなたが住んでるっていう屋敷には最近人目がついちゃってどうにも行けなくて…」

 

ぼそぼそとそう目を伏せて呟くベルにリューは心を痛める。

 

リューの知るベルはこんなにも弱弱しくなかった。ついそう思ってしまったからである。

 

炊き出しの帰りに出会った時もそうだった。

 

ベルはリューの知るベルから何かが変わった。そう思えてならなかったのだ。

 

そんなリューの思いを知りもしないベルはリューの言葉を待つことなく続けるかと思えば、唐突に深々と頭を下げた。

 

「気が進まないのは、重々理解しています!ですがどうか…僕にお話しする機会をくださいませんか!!どうかお願いします!」

 

ただでさえ唐突に頭を下げ始めたのにも驚いたのに今度は声を大にしてリューに必死さを見せつつ懇願してくるベル。

 

そんなベルの態度に困惑するリュー。

 

周囲もまたベルの違和感のある言動にざわめきが生じる。

 

リューは反応に窮したが、観念したかのように小さく息を吐く。そうして席を立つと辺りを見回して言った。

 

「すみません。皆さん。少々疲れてしまいました。一度是非休憩する時間と場所が頂きたいです。お願いできないでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

リューの願いはあっさりと通った。

 

周囲の人々がリューに恩を売ろうと思ったのか、我先に場所を提供しようと申し出る中、リューは一番近場の宿の一室を一時借り受けることにした。

 

当然ベルも連れて、である。

 

そしてベルとリューは再びたった二人で向き合うことになった。

 

「…ありがとうございます。わざわざお時間を頂いてしまって…その…僕は…」

 

ソファーに腰を下ろしてリューと向き合うベル。ベルはすごく何かを言いたげな気がリューにはした。それも人目を気にしなければならないことを。

 

その発想はある意味当然だった。

 

なぜならベルに『アリュード・マクシミリアン』と話すことなどないはず。

 

『アリュード・マクシミリアン』との面識はたった一度しかないのだから。そして人目など気にせず公式に会えばいい。

 

 

あるとすれば、『リュー・リオン』に対してだ。

 

 

そうだとほぼ確信できる。

 

あの炊き出しの時のベルの違和感のある反応。

 

それがリューの正体を気付いていて、あえてあのような態度を取ったと考えれば納得ができる。

 

眼帯を外させたのもその正体への疑いを確信へと導くためだったに違いない。

 

自身の正体に気付かれている。そう確信したリューは先手を打った。

 

「先に言わせていただきます。私はアリュード・マクシミリアンです。今からあなたがお話になろうとすることは私には関係のないことでしょう。その点を忘れないでください。」

 

リューはベルの前で言い切ったのだ。

 

自分は過去の自分を捨てた、と。

 

ベルの知るリュー・リオンはもういない、と。

 

それはいくら先日シャクティに言いきったとはいえ、そうはっきりと告げるには覚悟のいることであった。

 

なぜならその言葉はベルとの過去を否定し、断絶させようとするものとも取ることができたからである。

 

それと同時にそもそもベルが仮にリューの正体に疑いを持っているだけだったとすれば、かなり危険な発言をしたことになりかねない言葉でもあった。

 

そんなリューの宣言にベルはどう反応したかと言えば、大きく一度目を見開いて驚きを見せた。だが大きく深呼吸をすると静かに告げる。

 

「…分かってます。アリュードさん。あなたの仰る通りあなたには関係のない、僕の愚かな過ちに関するお話です。そしてあなたに関係がない…そう分かっていてもあなたの口からお言葉を頂きたい…そう思ってしまったんです。」

 

ベルは粛々とリューの言葉を受け入れた。

 

そしてこの反応がリューにベルが自身の正体に気付いているということへの確信を与えた。

 

そうしてリューとベルのお互いに何も気付いていないふりをする嘘で塗り固められた対話は始まった。

 

「…ええ。私ごときでよいのであれば、お話を伺いましょう。」

 

「…そう仰っていただけるならお話しさせていただきます。これは僕ととある方との話です。…僕には結婚を誓い合う大好きな女性がいました。」

 

言われるまでもない。その女性がリューであることは。

 

「…その女性を僕はあの頃はずっと守りたいと思っていました。…ですが僕にはできなかった。…できなかったんです。…僕は何もできなかった…」

 

「…なぜかお聞きしても大丈夫ですか?」

 

ベルの苦しそうにそう呟く。

 

リューはその呟きを聞き流すべきだったかもしれない。

 

リューは知っているのだから。

 

シャクティの口からベルが何もしなかった。

 

そう聞いていたのだから。

 

だからそれ以上は知る必要はなかったはず。

 

理由なんて聞いても意味はない。

 

聞いても二人がただ傷つくだけ。

 

聞く価値なんてないはずなのに。

 

それでもリューは興味の方が勝ってしまったのだ。

 

ベルはリューの問いに目を背けつつ言う。

 

「…それを知ったら何かが変わってしまいますか?…誰かが傷つくことに繋がりませんか…?僕は…誰かが傷つくのを見られない…誰にも傷ついて欲しくないんです…」

 

「…何も変わりませんよ。私が知ったところで私のすることは変わりません。私自身の正義を遂行するだけ。私の正義に関わらないなら、何もしません。復讐だろうと何だろうと。」

 

リューはまた淡々と答える。

 

リューには何となく分かってしまったのだ。

 

ベルが不安視したのは、きっとリューを嵌めるのに関わったベルの周囲の人々の事だろう。

 

ベルは優しい。

 

だからベルは今から話すことでリューが誰かを傷つける行動を起こしてしまうことを危険視しているのだろう。

 

そんなベルの変わらない性格にリューは懐かしさを覚える。

 

一方のベルはリューの答えに驚きを隠せないような表情を一瞬は見せるが、すぐに表情を緩めて呟いた。

 

「…やっぱりあなたは凄いですよ。どこまでも真っすぐで正しくて美しい…僕には眩しすぎます…」

 

「…そんなことありません。私は何度も何度も過ちを繰り返してきました。それが自業自得となったり、周囲に危険を及ぼすことなんて度々です…だから私はあなたに褒められる資格などありません。」

 

「…そんな…!…言い訳みたいですけど…あなたがそう仰ってくれるなら話させてください…僕はその女性がギルドに連行されて罪を問われた時…彼女が冤罪であることを知っていたんです。だから必ず冤罪を晴らそうと心に決めました。…でもその証拠が見つからなかったんです…ダンジョンには…何も残っていなかった…何より…それだけじゃ…なかったんです…」

 

ベルの告白はリューの想定範囲内のものと言えた。

 

だがベルの『それだけじゃない』と言う言葉は何かがあることを予感させた。

 

「…彼女はリヴィラの人達かギルドに嵌められた…最初はずっとそう思ってたんです。…でも気付いてしまったんです…そのギルドと急に仲良くなってる僕の周りの人達が…彼女を嵌めた原因が僕にあると…気付いてしまったんです。そして僕は…周りのみんなを傷つけられなかった…僕は彼女を優先することができなかったんです…」

 

ベルは今にも泣きそうな表情でそう告げた。

 

吐露されたのはベルの優しさ。

 

リューにもようやくベルが無行動だった理由が理解できる。

 

ベルはリューと彼女達を選べなかったのだ。

 

リューを助けようと動くことで彼女達を傷つけることができなかったのだ。

 

それはリューにとっては不本意な事実だった。

 

言うまでもなく愛し守ると誓ってくれたベルがリューを優先しなかったのだから。

 

だがそんな優しさを持つベルをリューは愛していた。それが分かっているリューは首を振って言った。

 

「…あなたの判断はきっと正しかったんだと思います。その判断のお陰で多くの人が不幸にならずに済んだのでしょう。そしてその優しさこそあなたの尊敬に値する点です。彼女もそう聞けば、一度は憤りを覚えるでしょうが…きっとあなたを許してくれるはずです。」

 

リューはそう笑顔で告げると、ベルは首を何度も振る。

 

「…許されるはずが…ないです。許してもらっていいはずがありません。僕は…彼女にずっと守ると約束したのに…それを破って…勝手に彼女が亡くなってしまった…そんな嘘を信じてしまったんです。僕はそんな嘘信じずに最後まで足掻き続けるべきだったんです…なのにできませんんでした…僕は償いたいんです。あの時犯してしまった罪を…」

 

「クラネル…さん…」

 

「どうすればいいでしょうか?どうやったら償えるでしょうか?どうやったら彼女の痛みを肩代わりできるでしょうか?みんな悪いのは僕なんです…僕の周りの人達の罪を背負うのも僕なんです…だから…僕はどうすべきだと思いますか?この五年間ずっとそれに頭を悩ませてきました。だから教えてください…僕は何をすればこの罪を償えますか?」

 

矢継ぎ早にベルが告げたのは、ベルが五年間抱き続けた罪悪感。

 

リューには分かってしまった。

 

ベルがリューに罰を与えてもらいたいのだと。

 

ベルがリューに抱き続けた罪悪感と後悔を打ち消すために。

 

それはかつてリューがアリーゼ達に抱いた思いと一緒だ。

 

そうリューは気付いてしまった。

 

ベルは現世に絶望し、罰せられて楽になることのみを望んでいる、と。

 

それがベルがこの五年間その名声を潜めてしまった大きな理由なのかもしれないとリューは感じ取ってしまった。

 

リューが無自覚にベルを苦しめ続けてしまった。

 

ベルの無行動がリューを苦しめたのと同じように。

 

ただリューはベルの無行動の理由を知り、楽になることができた。

 

ならリューもその想いを話すことでベルを楽にしてあげるのが道理ではないか。

 

そうゆっくりと時間をかけて考えたリューは沈黙を一時保った後静かに告げた。

 

「それは…過去に囚われずに今を生きることのみによって償うことができるのではないですか?」

 

「…いったいどういう意味ですか?」

 

「そのままの意味ですよ。…あなたがそうやって悩み続けるのを…彼女は望むでしょうか?彼女があなたの償いを本当に求めているのでしょうか?あなたが彼女の愛した優しさを貫いたと言うのならば…彼女はあなたのことを愛し続けています。そしてあなたがあなたらしさのある道を歩み続けてくれることを願っているはずです。迷ってはいけません。あなたはあなたの道を進み続けるべきです。」

 

「…でも…僕は…!」

 

 

「ベル。」

 

 

その時リューは初めてベルの名を呼んだ。

 

それも衝動的に漏らしてしまったもではなく、である。

 

それは今も迷い続けるベルを偽りではなく本物の言葉で助けたい。

 

そんな想いが抑えきれなくなったがために紡ぎ出した言葉であった。

 

リューは今だけは…ベルのために『リュー・リオン』として語らないといけない。そう思ったのだ。

 

そしてその呼びかけにベルは言葉を失ってしまった。

 

リューに初めて自分の名を呼んでもらえた。

 

その感慨がベルを飲み込んでしまったからである。

 

それでいながらベルは茫然とリューを見て彼女の告げようとする言葉を待った。

 

「ベル。あなたは以前私のしたいことをすべきだと言いました。そして今していることは私のしたいことで私の正義のための行いです。私は為すべきこと、為したいことに取り組んでいます。なのにあなたが過去や償いに縛られる…そんなことはあってはなりません。あなたもまたあなたのしたいことを為すべきです。仮に道を違え、環境が整わないとしても…あなたは為すべきです。それが私の願いです。」

 

「リュー…さん…」

 

「私には為すべきことがあります。私は『アリュード・マクシミリアン』です。…私はその為したいことの手助けはできません。…それをしようとすれば私は私の正義を貫くことができなくなってしまいます。…だから…」

 

「…分かりました。『アリュード』さん。」

 

ベルはリューの言葉を遮った。

 

リューがベルの表情を見ると、もうその表情からは憂いが消えている。

 

そんな風に見えてしまうくらいベルの表情は変わっていた。そして覚悟が垣間見えた。

 

ベルの心がリューの言葉によって動いてくれた。リューはそう判断した。

 

「ありがとうございます。あなたの言葉を聞けて本当によかったです。」

 

「…ベル。」

 

「あなたの言う通り僕には為すべきことがあります。ずっと怠ってきた為すべきことが。だから僕はそれから始めてみようと思います。そしてそれが彼女の望みだとすれば…僕は絶対にやり遂げます。僕も彼女と同じように為すべきこと、為したいことに取り組みます。」

 

「そう…ですか。」

 

ベルはそう決意を込めた表情で言いきる。

 

その時リューはベルの顔を見るうちに小さな痛みを感じてしまった。

 

何かを失ってしまったかのような…小さな痛みを。

 

「お時間頂き本当にありがとうございました。先程あなたにお話ししに来た方々と同じように僕も救われたかのような心地です。えっと…このくらいで失礼させて頂きますね。他の方もあなたをお待ちでしょうから、みんながあなたを必要としていますから…」

 

「あっ…」

 

「本当に…ありがとうございました。これからは過去は忘れて、あなたの正義が成就できるように頑張ってください。…ずっとずっと心で応援してますから。」

 

ベルはそう言って席を立ちリューの返事も待たずに出て行ってしまう。

 

それはまるでベルがリューから逃げようとしているかのよう。

 

そしてリューにベルが分かれを告げているかのよう。

 

一人その部屋に残されたリューは思わず感じ取ってしまう。

 

だがベルを拒絶したのはリューだ。

 

『リュー・リオン』はもういないと告げたのはリューだ。

 

ベルに自らの道を進むように告げたのもリューだ。

 

そして何よりリューには為さなければならないことがある。今この瞬間にも。

 

そしてリューを必要としている人々がいる。それはベルに限った話ではない。

 

仮にまだリューとベルの間に何かが残されているとしても…それは大事の前の小事に過ぎない。

 

だからベルに言われ、自分自身で言った通り過去に構っている暇などないとリューは自身に言い聞かせた。

 

リューはベルがいない場所であろうとその正義を貫き続ける以外に道などなかった。

 

だからリューは再びベルの存在を意識の外へと追いやった。

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