アリュード・マクシミリアン伯ー妖精麗人の愚直なる復讐ー 作:護人ベリアス
リューが過去を、ベルの存在を自身から消し去ってから数日。
リューに迷いを与えた一大事を過ぎても尚時は何事もなく進んでいく。
そうしてリューは周囲の協力と自身が積極的に取り組む情報収集を通じて黙々と自らの正義に基づいた行動への準備を進める中、一応はギルドからリュー達の元に送り込まれたアンナにギルドから連絡が届いた。
エイナ・チュールが炊き出しの一件にてリューが提案した対談を受け入れるという通達が届いたのである。
ただし条件としてエイナに幾人かの同伴者を付けたいという旨が伝えられた。
その同伴者の名が明かされぬことは不安要素とも言えた。
ただ真正面からの交渉とギルドの意向を知ることができる絶好の機会をリューは逃すことなど考えられない。
リューは対談日として設定された日にオラリオに帰還して最初にエイナと出会った面談用の個室へと赴いた。
「ようこそお越しくださいました。アリュード伯爵。」
リューがノックして、その部屋に入る。
するとそこにいた三人の女性はリューを出迎えるように立ち上がる。
リューの偽りの名を呼んだのは今回の対談の相手であるエイナ・チュール。
そしてエイナを挟むように立っていたのは、リューに浅からぬ因縁がある女性達であった。
「また…お会いしましたね…アリュードさん。」
一人は【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。
「初めまして。…アリュード・マクシミリアン様。副ギルド長様からお招きいただきましたリリルカ・アーデと申します。私は…所謂ギルドの顧問のような役割を頂いています。以後お見知りおきを。」
もう一人は【ヘスティア・ファミリア】のリリルカ・アーデ。
この居並びを見て、リューは瞬時に察する。
彼女達は本腰を入れて、リューと交渉しようとしている。そして…彼女達が全員揃ったということは…彼女達はリューの何かを知った、もしくは察した。
その原因が何かなど考える意義などない。リューはそう冷静に考える。
如何なる経緯、原因があろうと、リューの為すべきことは一つ。
自身の正義を貫徹すること。
今まさに苦しんでいる人々のためにギルドの協力を引き出すこと。それ以外にない。
リューは彼女達に向けて作り笑顔で応じる。
「副ギルド長。【剣姫】。アーデさん。今日はよくぞ私との交渉の場を設けてくださいました。その配慮に感謝いたします。そして…有意義な交渉となることを切に願います。」
「もちろんです。アリュード伯爵。それは私も願うところです。さっ。どうぞお席に。」
リューの言葉にエイナも笑みで応じる。
ただその笑みは明らかに不自然。さらにアイズもリリルカも表情は厳しさが段々と増しているようにまで見える。
その厳しい表情たちと応対しつつリューはエイナに促された通り対座に腰を下ろした。
するとエイナはまるで何か急いでいるかのように口を開いた。
「さてアリュード伯爵。此度のお話は、ダイダロス通りの援助諸々に関するご相談ということでしたが、その点に関してより前にお聞きしなければならないことがあります。」
「何でしょう?」
エイナの厳しさを含んだ物言いにリューは淡々と問い返す。
そうすると今度は隣に座るリリルカが身を乗り出しそうな勢いで問いかけてくる。
「アリュード・マクシミリアン様。あなたはオラリオ随一のカジノであるエルドラド・リゾートを訪れたことがある。そう仰ったそうですね?」
「ええ。少し前に一度楽しませて頂きました。」
「そのアリュード・マクシミリアン様の名はきちんとそのカジノの記録に残されていました。確かに一度そのカジノを訪れられています。ただ一つ気になることがあったのです。まさにその日カジノにエルフとヒューマンの男女の賊が現れる事件があったということです。」
「なるほど。それが如何しました?」
リリルカは厳しい視線と共にリューに追及するように尋ねてくる。だがそれにリューは受け流すように淡々と答えた。
そんなリューにさらに憤りを覚えたのかリリルカは酷く表情を歪めると、さらに言葉を重ねた。
「…そしてその二人の賊はその事件で正義の使者の復活などともてはやされ…事件は未解決に終わりました。ですがとあるその事件に関わった者から聞いたのです。その者は、『疾風のリオン』であった、と。」
リリルカが厳然と事実を告げる中、リューはその事実をリューがその正体を暴きギルドに逮捕されたテッドなりあの戦闘を起こした部屋にいた者から聞き出しでもしたのだろうと、表情も変えず平然と分析する。
一方のリリルカは段々と余裕のある表情に表情を緩めながらさらにリューに追及する。
「アリュード・マクシミリアンという名でカジノに入り込んだ者は、フェルナスの伯爵様であるあなた様ではなかった。つまりあなた様はその時カジノに来ていた可能性は低いのです。『疾風のリオン』があなたの名前でカジノに入り込んでいたと当時の調査で分かっているからです。この点に関して何か言い訳はありますか?」
「リリルカさん。言い訳も何もあなた方は何かしらの証拠と疑いを私に抱いている…違いますか?」
リリルカの追及をリューは表情を変えず問い返す。その問いに三人とも厳しい視線をリューに向けたまま。
リューは確信した。
「あなたはフェルナスの伯爵ではなく『疾風のリオン』…リュー・リオン…ですよね?」
エイナが代表するように険しい表情を浮かべてそう告げる。
案の定リューの確信した通り正体はバレていたようだった。
だがリューは全く動じなかった。
「はぁ…その方のことはよく知りませんが…そう思われる理由をお聞きしてもよろしいですか?」
リューはここにきてとぼけて見せた。
別にリューもしらを切ろうとは今更思ってはいない。
リューを周到な策で嵌めた彼女達のことだ。もう裏は取ったのであろう。
そしてこうしたことに大した理由もない。
ただリュー達が彼女達になぜ嵌められなければならなかったのか。
それを彼女達本人の口から聞いても差し支えないと思ったからだった。
「根拠は先程申したものだけではありません。あなたの容姿、正義に生きているように気取った姿、無駄に目立つことを平気でする無謀さ…どれもあの女に似ています。」
「…私はあなたに会った時から何か違和感を感じていました。どこかで会ったことがある気がする、と。長らくあの憎い顔を見ていませんでしたが、もしあなたがあの女だったというなら…私の違和感は説明できます。」
「えっと…アーデさんが疑わしいって言ってたから…?でももしそうなら…私は見過ごせない。仮に今恩恵が無いとしても…あなたは絶対に危険。」
リリルカは憎悪を剥き出しにしてリューの問いに答える。
エイナは鋭い視線でリューを睨みつける。
アイズは一瞬は一人一人が物申すかのような流れに戸惑ったようだったが、すぐにリューへの視線に殺気を込めた。
三者三様とは言え憎悪のこもった反応を受け止めたリューは小さく息を吐いた。
「…あなた達の言い分は分かりました。私をあなた方はアリュード・マクシミリアンではなくリュー・リオンであると思っている、と。」
リューは淡々とそう復唱する。
だがその復唱の後リューはカっと目を見開いて決然と告げた。
「だったら何だと言うのです?」
リューの口から飛び出したのは、大胆不敵な回答。
その回答に向き合う三人の表情は唖然となった。
「…は?認めるのですか?またあなたは逃げも隠れもせず堂々とリリ達に宣戦布告するとでも言うのですか?そういう…そういう態度が一番忌々しいんです!」
「…あなたが無謀で愚かなのは知っていましたが、ここまで愚かだとは…少しは言い逃れをしてもいいものを…」
リリルカは激昂する一方エイナは呆れるように呟く。
そんな二人にリューは淡々と返す。
「すみません。まず今その話が関係ありますか?私はダイダロス通りに住む方々の窮状の改善のための交渉を行うために参ったはずです。ならば早々に本題に…」
「関係ない?何を言ってるんですか!?大ありですよ!あなたの要請なんかにリリ達がどうして応える必要があるんですか?今すぐにでも【剣姫】様に切り刻んで…!」
リューの言葉をリリルカは激高したまま愚弄するかのような口調で遮る。
だがその遮った言葉はリューの逆鱗に触れるものであった。
「ふざけるな!」
「ひっ…」
リューの一喝が部屋中に響き渡る。
お陰で今度はリリルカの言葉が打ち止めにさせられるどころか、情けなく小さな悲鳴まで上げさせられた。
そうして静寂に戻る中でリューはようやく冷静さを崩し怒気の混じった口調で糾弾を始めた。
「…アーデさん?そのお言葉はまさか私情を交えてでもいるのですか?ならもう一度言いましょう。ふざけるな。あなた方は私との交渉の場に責任のある立場としてここにいる。今まさに困窮する方々を助けるか否か、という重大な議案を離すためにです。にも関わらずあなたはこの場に私情を持ち込むのですか?それが責任ある立場の者がすることですか?もう少し物を考えて話した方がいい。」
「ぐぅぅ…!」
リューの正論にリリルカは言葉が出ない。そのため続きをエイナが引き継ぐ。
「…どうしてあなたがリュー・リオンであることとあなたの要請を支援することに関りがないのか全く理解できませんが、あなたの行為は危険と見なさざるを得ません。どうせあなたはそうやって困窮する人々の支持を得て、その人々の力を用いて私達に復讐しようとでも考えているのでしょう?
「…仰る意味は分かります。私のかつての行動は暴走と言っても過言ではなかった。武力のみでは何も解決できない。そう今の私は理解しています。だから私は今の困窮する方々を無視し続けるギルドを無理矢理崩壊させるのではなく、共に手を携え共によりよいオラリオを築いていきたいと思うのです。それは炊き出しの際に広場で言ったことと同じです。私は決して偽りを申しません。」
「…あんたは確かにあの広場でそう宣言しました…あなたが嘘をつく…そんな器用なことができたら私達の策に嵌まることもここに来ることもなかったでしょう…だからあなたの言葉を信じる余地はあります。私の心もあの時少なからず揺らぎました…ですがどうして私達があなたを信頼できると思うのですか?そもそも私達にどうして助けなど求めることができるのですか?…それが全く理解できません。あなたは…あなたは…」
エイナは当初は厳しい口調でリューに言い返したものの、リューがすぐに怒りを抑えて協力を改めて申し出たことで、流石のエイナも動揺を見せ始める。
「私がなぜ信頼できるか…それは今の私はダイダロス通りに住む方々の希望を背負うアリュード・マクシミリアンであって、リュー・リオンではないからです。私はあなた方との過去の因縁…そのすべてを水に流してあなた方と手を携えて協力したい。それをする責務が私にはあります。それを成すのが私の正義です。故に私はあなた方と交渉をしています。あなた方に復讐をしようなどとは考えていません。そう思ってなければ、私はあなた方に正々堂々と姿を現したりはしません。もしするなら
そう述べつつもし復讐を選んでいたら、とリューは想起する。
きっとその復讐は一時の満足を与えても最終的にはリューを苦しめるだけに終わった。
かつて
だから今のリューは今ここでリリルカやエイナ、アイズと言った仇と言える者達と向き合い、共に手を携えようとすることは良い方向に進んでいると言える。今のリューならそう考えることができる。
だがリューがそう過去のリューの一辺倒とは比べ物にならない考えで過去を昇華する一方で三人はリューのように過去を昇華するのは難しいようだった。
それはその過去の中心には一人の青年の存在があったからだった。
「…ベル様は…ベル様のことはどうなんです?あなたが生きて戻りベル様と接触した今…あなたはベル様の隣に戻るのでしょう?それをリリ達にまた見ろ、と?それをリリ達が許せるとでも?」
三人の思いを代表するように告げたのはリリルカであった。
その反応もまたリューの予想の範疇でありつつ、リューの一応は知っておきたい事柄であった。
それを聞けた今リューは複雑な感情を抱きつつも、シャクティやベル本人に告げたように同じ言葉を繰り返した。
「先ほど言った通り私はもうリュー・リオンではありません。だから私はベル…クラネルさんの妻ではない。もうその過去の想いは…私の正義の邪魔でしかない。あなた方が彼と接触することが支援の妨げになると仰るならば、接触を断つことにも躊躇はありません。私はアリュード・マクシミリアンです。妻もいて、そもそも男性なのですから。」
「…真面目に言ってるのですか?本当にリリ達との因縁を断ち切る、そうとでも言うんですか?」
「それで困窮してくださってる方が救われるならば。それが今の私の正義で責務ですから。」
リューは彼女達の前でもそう言い切った。
ベルの事をもうリューは忘れる、と。
リューの確固たる決意の籠った宣言に三人とも言葉を失う。
言うまでもなくリューの言うことがとてもではないが信じることができないからである。
言葉を失う三人を前にリューはしばらくの考える時間がなければ交渉が成立しない。そう直感で判断すると、三人に告げた。
「アーデさん。副ギルド長。【剣姫】。一度熟考していただきたい。私の要請を受け入れるか否か。ただ私が最優先とするのは、困窮している方々をお救いしたいという願いのみ。なので困窮する人々への対策を講じることだけは約束して頂きたい。もしあなた方が私を信じられれないと仰るならば、私をどうしても殺したいと思うならば、この命潔く捧げましょう。私は逃げも隠れもしません。私の命一つで彼らが救われるというのなら安いものです。なのでどうかよりよい未来に繋がる選択を。あなた方の力で困窮する方々を救うことができるのです。その点をどうかお忘れなきように。私はあなた方の英断を信じています。」
リューはそうとだけ言って、一礼すると席を立った。
そんなリューを三人とも引き留めることはなかった。
そのためリューは迷わずその部屋を出ていく。
あとは三人の判断が今困窮している人々にとってより良い物であり、さらに欲を言えばリューにとっても良い物であればいい。そう願いながら。
そして部屋から出て、そのドアを静かに閉じた時近くに人の存在を感じ取ってリューはその人のいる方向に振り返る。
そこにいたのは白髪の青年、ベルであった。
まさか今の話を全て聞いていたのか?
そうリューは瞬時に考えたためその場につい立ち尽くしてしまう。
そんなリューにベルは声を掛けなかった。
ただリューに小さく笑みを浮かべると、一礼してリューと入れ替わるように部屋へと入っていった。
そんなベルが何を話そうとしているのか。
それにリューはついつい関心を抱いてしまう。
だがリューはベルを忘れる、ベルの事を気にしない。
そうベル自身の前でも彼女達の前でも話したはずだ。
ならリューはベルに関心を抱く必要はない。
ならリューはベルが今から彼女達に話そうとすることを知る必要はない。
盗み聞きするなんて言う野暮な真似をせずに早々に立ち去るべきだ。
そう判断したリューはその場をすぐさま立ち去った。
ベルの話すことへの関心で未練をその部屋に残しながら。
ただその決意と正義がが揺らがぬように。