アリュード・マクシミリアン伯ー妖精麗人の愚直なる復讐ー   作:護人ベリアス

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麗人と青年の真の別離

リューとリリルカの対談が終わってからそう時間は経たなかった。

 

リューの部屋にノックの音と共にアンナの声がリューの耳に届いた。

 

「…アリュード様。ベル・クラネルさんがお越しになりました。…如何なさいますか?」

 

「…どうぞ。彼に入って頂いてください。」

 

間を置かずアンナの問いにリューは答え、ベルの入室を許可する。

 

するとゆっくりとアンナによってドアが開かれ、ベルが気まずそうに入室する。

 

そして入って間もなくには、まるでアンナが気まずげに入りたがらないかのような素振りを見せるベルの逃げ場を塞ぐように素早いながらも音もなくドアを閉め、リューとベルだけの空間が瞬時に作り出される。

 

これはアンナのリューとベルの最後の時間を少しの邪魔もなく過ごしてもらおうという配慮からきた行いだったが、リューもベルもそれには気付かない。

 

なぜならもうこの時の二人の頭には目の前にいるかつての婚約者の事しかなかったのだから。

 

閉じられたドアの前に立ったまま気まずげに動こうともリューと視線を合わせようともしないベルに対し、リューは背筋を正したままベルをじっと見つめたまま。

 

そんな状況がしばらく続いたが、その状況に困惑したリューが先に肩をすくめてベルに声をかけた。

 

「…そこにそう立って頂いても話が進みません。どうぞお座りください。」

 

リューはそう言ってベルを向かいの席を勧める。だがベルはリューと視線を合わせず立ったまま。

 

仕方なくリューは我慢強くベルが反応してくれるのを待つことにすると、その時ベルが細々とした声で呟いた。

 

「…その…ごめんなさい。…もうあなたに会ってはならない…そう決心してたんです…でも…リリにどうしてもって言われて断れなくて…だから…その…」

 

「その点はお気になさらず。アーデさんからお話は伺っていますから。だからどうぞこちらの席に。お座りいただかないと、話を進められません。お頼みできませんか?」

 

ベルの弱弱しい物言いにリューは強い口調と依頼でベルに向かいに座るように促す。それにベルも遂に屈し、ベルはリューの向かいに腰を下ろす。

 

だがベルはリューと視線も合わせないまま何とも居心地の悪そうな様子でいる。

 

それでリューは小さくため息を吐くと、静かに語りかけた。

 

「ベル。今から私のお話を聞いて頂けませんか?私はあなたが私に一人の女性に関して話してくださったように私にもあなたに聞いて頂きたいお話があります。」

 

「…リュー…さん…?」

 

リューの語りかけにベルはようやく顔を上げて、今日初めてリューと視線を交わす。

 

そうしてリューが語り始めたのは、ベルが来るまでの間ずっと考えていたベルに話しておきたいと思ったことであった。

 

「私は今から一人の愚かな女についてお話ししたい。その愚かな女のこれまでの愚行とこれからも犯し続ける大罪を…あなたが率直に話してくださった以上私にも率直にお話しする義務がある。」

 

「…ぇ?…それは…えっと…」

 

「ええ。あなたはきっとお察しくださっているでしょう。一人の愚かな女…リュー・リオンの話を。…今だけはリュー・リオンとしてあなたに語りかけたい。…今だけです。これで最後です。…だから今だけはそれを許していただけませんか?ベル?」

 

リューはそう静かにベルに告げる。

 

そう告げながらリューは気付かないふりをしていた。

 

言葉を紡ぐ中で心に痛みを感じていることを。

 

ベルとの繋がりを終わりにしたくないと心のどこかで願っていることを。

 

だからリューは語る中でそれらを思い出すことで自身の表情が歪まぬよう強く意識しながらベルに語り掛けるしかなかった。

 

そしてそんなリューの苦しい努力の生む苦しげな表情をベルは気付かずにはいられない。

 

ベルはリューの思いをくみ取ると、これまで抱いていた戸惑いを捨てた。

 

ベルの挙動がおかしくなっていたのは、リューとベルがダイダロス通りのことがあったから。あの時ベルは過去の後悔を語り、リューはそれを許すと同時に過去を捨てるようにベルに求めた。

 

だからこれ以上ベルがリューに接触するのは、リューの意向に反する。そう強くベルは思っていたのである。ベルはリューとこれ以上話すことでリューの意志に反し、リューを傷つけるのを強く戒めていたのだ。

 

だがリューは立場を入れ替え今だけは過去の事を話すと言う。

 

それは過去をきっちりと整理し過去の遺恨をすべて吐き出すことで今を最後に過去を完全に捨て去りたいというリューの意志の現われだと読み取った。

 

ベルはそのリューの意志を読み取った以上無視などしない。最後の最後にリューの意志を踏みにじるなどベルには考えられないこと。

 

戸惑いを捨て力強く頷いたベルはリューの言葉を受け入れる決意を込めて、リューの許しに応えた。

 

「もちろんです。…これが本当に最後です。だから…リューさんの本当の思うことを教えてください。お願いします。」

 

ベルの返してくれた力強い回答。それは、ベルが自身ともう話したくないと思っているのではと危惧していたリューの懸念を取り払ってくれるものであった。

 

リューはその回答に小さく笑みを浮かべた。

 

「…ありがとうございます。ベル。…では話させて頂きましょう。一人の…愚かな女の話を。」

 

「…はい。」

 

一瞬浮かべた笑みを消して静かにそう告げたリューにベルもまた表情を引き締め、短い言葉でそれに応える。

 

リューは息を一度大きく吐くと、思いの丈を語り始めた。

 

「リュー・リオン…彼女には一人の想い人がいました。彼女の正義と命を救い、溢れんばかりの愛を注ごうと決めた一人の想い人が。彼女はその想い人と結ばれ一生幸せに生きられる。もう苦しまないで済む…そう思っていました。ですがそうはならなかった。その想い人を彼女と同じように愛する方々がいて、彼女はその方々に妬まれた結果嵌められました。」

 

「…」

 

「彼女は嵌められた事実に絶望しました。そして想い人が何時まで経っても助けに来てくれないことに怒りと絶望を覚えました。…一時は復讐も考えました。真実を知り、彼女を嵌めた人々や…想い人が彼女に仇を為し不義を働いたなら…復讐を辞すべきではない。彼女の大切な人々も命を落としていることも考えれば尚更です。」

 

「…でもなぜ彼女は復讐を選ばなかった…それはなぜです?」

 

リューの独白にベルはつい質問を挟む。

 

それはベルがどうしてもリューの事で理解がし難い点だったからである。

 

「それは彼女の大切な人々にも彼女自身にも不義があったからだと気付いてしまったからです。彼女はそれ相応の罰を受けた。彼女は消えなければならなかった。それだけ彼女は未熟だったと気付いてしまったから。そして彼女には何よりも自らの正義を見つめ直した結果それ以上に大切なものはないと再認識できたからです。」

 

「…正義。彼女にとっては正義はそれだけ大事だったのは僕も知っています。そして…その正義が正しくてカッコいいものであることを僕も知っています。だから彼女の気付いたことは正しいと僕も思います。」

 

「…そう言って頂けることをきっと彼女も喜ぶことでしょう。…ただその正義を見つめ直した時彼女は同時に気付いてしまったのです。その正義を守り抜くには大きな障害があるということを。」

 

「……大きな障害…ですか?一体何ですか?それは?」

 

リューの重々しく言う様にベルは言葉を選びながら尋ねる。それにリューは一瞬間を置いてから答えた。

 

 

「それは…想い人の存在です。」

 

 

「…っっ!!」

 

リューの暗にベルの事を指す言葉にベルは表情を歪める。

 

リューの言葉はベルがリューの正義の妨げになっている。そう宣告するに等しいものだったから。

 

だがリューの言葉の真意はそこにはなく、リューは少々慌て気味に言葉を加える。

 

「もちろんその想い人に恨みを抱いているとかそう言う訳ではありません。…むしろ彼女は今でも彼の事を愛していると言っても過言ではありません。」

 

「っ!リュ…リュー…さん?」

 

リューが口にしたのはこれまでの対応からは考えられない告白。

 

その告白にベルは驚愕で目を大きく見開き、期待の混じった表情でリューを見つめる。

 

だがリューの言葉はまだ終わっていない。本当に言おうとしているのはここからであった。

 

「…しかし…彼の事を考えるとどうにも彼女の思考は乱されてしまったのです…彼のそばにいれば幸せになれる…そんな甘えが彼女を蝕んでいると気付いてしまった…その甘えに飲まれれば、彼女は正義を貫けなくなる…それを…彼女は許せなかった…彼女は…幸せになることよりも正義に身を投じることの方が重要だと…結論を出しました。」

 

「…だか…ら…なんです…か…?」

 

「だから…彼女は自らの正義を守るために想い人を忘れることに決めました。…この判断はその想い人の想いを踏みにじる下劣で愚かなものです。…決して許されるものではない。…彼と自身の幸せの事を考えるなら、そんな判断はあり得ない。…彼女はどう考えても愚かです。…ですが彼女は愚かであろうと、自身の愚直な正義を貫くことを選んでしまった。…もう彼女は後戻りはできないですし、するつもりもない。…だからその判断を周囲に押し付ける…そんな愚かで身勝手な女なのが彼女なのです。…だから彼に愛される資格などない。彼に忘れられてしかるべき女です。」

 

「…そんなことないです。彼はそんな真っすぐな彼女を愛していたに違いありません。…だから…彼は彼女のどんな決断も背中を押すでしょうし、決して彼女の事を忘れたりはしません。…だって彼女は彼にとって唯一無二の愛する女性ですから。」

 

リューの自虐的な物言いにベルは首を振って否定し、笑顔でリューへの愛が不変であることを告げた。

 

だがその笑顔から寂しさは拭えない。

 

なぜならどう言葉を取り繕おうとも別離は確実に訪れることになるのだから。

 

「…ありがとう…ございます。…彼女もそう彼に言って頂けたらとても喜ぶでしょう。」

 

「…それなら…よかったです。」

 

「…しかし彼女は…彼を忘れます。なぜなら彼女は数えきれない方々の願いを背負っているから。…もう彼女は彼一人のために生きることはできない。彼女のこれからの一生は彼らのために使われると…彼女はそう決めてしまいました。だから…もう彼に囚われることはありません。それでも…!…彼は彼女を愛し続けるでしょうか?」

 

「彼…は…」

 

「彼女は彼に恨まれても仕方ない大罪を犯そうとする愚かな女です。それでも彼に愛されていたいと考えてしまう身勝手な女です。…それでも…!…それでも…!彼は彼女を愛し続けるでしょうか?報われも実りもしない一方通行の愛を…貫いてくれるでしょうか?」

 

「…」

 

リューは悲痛な独白を続ける。

 

正義だけを考え続け、ベルの事を忘れる…

 

それはリューの理想だ。

 

それはリューのあらねばならぬ姿だ。

 

リューは確かにもう一線を踏み越えている。

 

もうベルの事を忘れて、正義だけの単に邁進する準備はほぼ整っている。

 

だがもう一押しだけはどうしても必要だった。

 

ベルに愛されることを望んでいた『リュー・リオン』の想いを満たすことが。

 

それが愛を欲した『リュー・リオン』という一人の少女が正義のためのみに生きる『アリュード・マクシミリアン』という一人の麗人に完全に生まれ変わるために必要な最後の一ピースだった。

 

そしてその最後の一ピースを与えるのはベルしかいない。

 

「…大丈夫です。彼は彼女に会えなくても見向きもされなくてもずっと彼女だけを愛し続けます。もう彼は彼女に心を奪われてしまっていますから。だって彼女が彼のことを愛して悩んでくれたことを知っているから。彼はいつまでもその想いに応えて彼女を愛し続けます。…それが彼の償いでもあり、望むことでもありますから。」

 

「…っベルッ…!」

 

ベルは優しい笑みでリューにもう一度不変の愛を伝える。その優しすぎる言葉にリューは感極まりそうになる。

 

だがリューは涙だけは抑える。

 

涙など流す資格はない。そもそもこれはリューの我儘が起こしたこと。

 

そう考え涙を抑えたリューは言葉を紡ぎ続けた。

 

「…なら…!彼女のっ…!私の為す正義を…私の道を…ずっと見守っていてくださいませんか?あなたの一言があれば…!私はもう二度と迷わず正義のために生きることができます…だから…!」

 

「僕は…いつまでもあなたのことを見守っていますよ。リューさん。どれだけ距離があろうとも僕はあなたのことを忘れることができませんでした。そして僕はあなたに拒絶されても尚…あなたのことが忘れることができそうにありませんでした。だからこれからも絶対に大丈夫です。僕はあなたの正義を、あなたの成し遂げる事をずっと見守り続けます。約束します。リューさん。」

 

「ベルッ!ありがとう…本当に…本当にその言葉を聞けて良かった…」

 

ベルは『リュー・リオン』の願いを快く聞き届けてくれる。

 

これで『リュー・リオン』の未練は消え、リューは『アリュード・マクシミリアン』として完全に生まれ変わることができる。

 

そう確証を得たリューは喜びと安堵の入り混じった声でベルに礼を伝える。

 

そのリューのお礼をベルは笑顔で受け取ると、遠慮がちにリューに問いかけた。

 

「だから…リューさん。僕の我儘も…聞いてくださると嬉しいです。たった一つのお願いを…前に会った時に言えなかった最後のお願いを…聞いて頂けませんか?」

 

「…っ!何ですか…?聞かせてください。ベル…私にできることなら…私の正義の妨げにならぬことなら何でもしましょう。」

 

ベルの願いにリューはすぐさま快諾する。

 

ただそこで『正義の妨げにならぬことなら』と制約を付ける辺りリューが一時の喜びに浸っていても自制心を失っていないことの表れだとベルは思った。

 

そしてその意志の固さこそリューの凄さで美点であることを知るベルはそんなリューに僅かな懐かしさ、ベルのかつて見ていたリューと今のリューがほとんど変わっていないことを再実感しながらその快諾に答える。

 

「もちろんリューさんの正義を妨げることなんてお願いしません。ただ…心のどこかで僕を応援していて欲しい…僕がこれから為すことを見守っていて欲しい…そう願っています。もう誰にも心配をかけないように僕は前に進んで行かないといけない。その覚悟を決めるために…リューさんから一言だけ頂きたいんです。お願いできませんか?」

 

ベルが伝えたのはリューがベルに頼んだことと相違はない。

 

リューの願いに応え、リューの事を忘れる…

 

それはリューの願いだ。

 

それならばその願いにベルが応えない理由はない。

 

ベルは確かに一度その覚悟を決めたはずだ。

 

もうリューの事を忘れて、自らの道を再び前に進んで行く準備はほぼ整っている。

 

だがもう一押しだけはどうしても必要だった。

 

リューに愛されることを望んでいた『ベル・クラネル』の想いを満たすことが。

 

それが愛を欲した『ベル・クラネル』という一人の少年が自らの道を周囲の力を借りながら切り開いていく『ベル・クラネル』という一人の青年に完全に生まれ変わるために必要な最後の一ピースだった。

 

そしてその最後の一ピースを与えるのはリューしかいない。

 

「当然です。…『リュー・リオン』はいつまでもあなたを見守っています。あなたを愛した『リュー・リオン』はきっと…心のどこかで生き続ける。例え私の一生を正義で染め上げたとしても…私はあなたのことをきっと忘れられない。それだけ私はあなたを愛していたのは事実です。だから私はベルを心のどこかでずっと応援し続ける。そう約束します。べル。」

 

「ありがとう…ございます。リューさん。これで僕ももう未練はありません。これからずっとあなたに応援されるに値する冒険者であれるように努力を続けられます。」

 

「…ええ。あなたはそうでなくてはなりません。…ベルは…私の英雄なのですから。」

 

「…っ!リュー…さん…!」

 

リューもまたベルの願いを快く聞き届ける。

 

そうすることがリューの存在に囚われず、ベルが前に進んで行くことに必要なことだと分かっていたから。

 

そう思ったリューはベルと同じように笑顔で答えるだけでなくベルの事を『英雄』であると評する。

 

それはベルを勇気付けるために贈った言葉。

 

そのたった一言がベルの心を奮い立たせる。

 

リューに狙い通りその言葉はベルに効果絶大だった。

 

こうしてリューの独白を終え、お互いの願いも聞き届けたリューとベルの間にようやく静寂が戻ってくる。

 

その間リューとベルはお互い見つめ合うだけ。

 

それはまるでお互いの姿を、これが最後になるであろうかつての婚約者の姿をお互いの心に焼き付けようとしているかのようだった。

 

リューもベルもかつてのように触れ合うことを求めない。

 

触れ合ってしまえば、お互いの温かい温もりのせいで覚悟が揺らいでしまうかもしれないから。相手の覚悟を揺るがしてしまうかもしれないから。

 

だから触れ合うことのできない近くも遠くもない距離が常にリューとベルの間に横たわる。

 

その距離はもどかしいものだった。

 

だがその距離は二人にとってお互いに悪影響を与えないために必要な距離だった。

 

だからこのままでいい。

 

もう触れ合わなくていい。

 

そうリューもベルも考える。

 

これが最後の邂逅であろうとも、その距離を縮めなかったことを後悔したりはしない。

 

リューとベルはそう心でそう結論付ける。

 

そうして奇しくもリューとベルが相手の姿を心に焼き付けるのに必要な時間は一緒。

 

お互いの視線を交わしてそれが分かったリューとベルは最後に告げるべきことを告げるべく声を揃えて言葉にした。

 

 

「「さようなら。ベル(リューさん)。」」

 

 

 

こうしてリューとベルの最後の邂逅は静かに幕を閉じた。

 

あとはリューとベルが各々の道を歩み続けるだけ。

 

例え別々の道であろうともお互いが見守ってくれている。

 

そんな言質があるからリューとベルはその道を邁進できる。

 

リューとベルはついに過去と今を切り離し、未来への第一歩を踏み出すことができたのであった。

 

五年前に始まろうとしていたリューとベルの物語は遂に始まることなく、リューとベルそれぞれの物語が始まっていく。

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