アリュード・マクシミリアン伯ー妖精麗人の愚直なる復讐ー 作:護人ベリアス
「お前が大罪人リュー・リオンか?」
リューとベルを正式に結ぶ結婚式の場が。
笑顔と幸せに満ちた空間が。
放たれたたった一つの問いによって氷漬けにされる。
質問を発した男は本来人々に希望をもたらす『オラリオの憲兵』のはずだったのに。
その場にいたリューとベルにとっては絶望をもたらす悪魔でしかなかった。
その問いは刻々とリューの運命を狂わせる導火線であった。
その問いが言葉になることで導火線に火が点けられる。
ただ火を点けたのは質問を発した男であろうが、火を点けるきっかけをもたらした者は別にいる。
その者は…いやその者達は密かにほくそ笑む。
その者達にとってリューの不幸はまさしく蜜の味。
リューのつい先程までのベルのそばで浮かべていた幸福そうな表情。
それが絶望に染め上げられていくこの瞬間を目の当たりにできて、快感にその身を震わせていることだろう。
だがその問いはあくまで導火線。
リューの絶望は始まったばかりであった。
⭐︎
「っ!」
「…」
問いが発せられた瞬間黒いタキシードを纏ったベルはリューをその身で隠すように迅速にリューの前に立つ。
リューは純白のウェディングドレスを着こなしていたため、まるでとある王国の姫のようで。
そんなリューを身を挺して守ろうとするベルはまさしく騎士のようだった。
だがリューを守ろうとする騎士はベルだけではなかった。
結婚式場に選ばれた場所は『豊穣の女主人』。
即ち店員は手練れ揃いであり、次の瞬間にはそばにある包丁を構えて臨戦体制に移る者までいた。
さらに参列者もまた冒険者が少なからずいたため武器はその手に握られておらずとも数々の鋭い殺気が問いを発した男にぶつけられる。
その場の雰囲気は和やかな幸せに満ちたものから凍りついたような冷たいものに、そして殺気の飛び交う殺伐としたものへと目まぐるしく移り変わった。
その問いを発したのは引き連れた仮面をした男達に殺気から守られるようにして立つ仮面の男。
仮面の男達もまた突き立てられる殺気に応えるように武器を構える。
彼らが仮面をしているのは【ガネーシャ・ファミリア】の一員であることの証、即ち治安維持を担う者達であると言うことの証である。
その彼らの一人が『大罪人』とリューを呼び、そしてその場に厳重に武装して現れたということは明らかにリューに『何か』が起きたのは明らかであった。
「何用ですか!?リューさんが大罪人?そんな出鱈目をほざくならば、例え相手が誰であろうと…」
リューの一生に一度の晴れ舞台である結婚式に武器を持ちこみ汚した男達に激昂したベルは怒りに身を任せかける。
ただそんなベルをリューはそのままにはしておかなかった。
「ベル。ひとまず落ち着いてください。」
異様なほどの冷静さを保ったリューが自身の前に立つベルの頰をそっと触れる。
「リュ…リューさん?でっ…でも…!」
「まずは事の顛末を聞かなければ、怒りを起こしていいのかさえも分かりません。皆さんもどうかご自重を。」
リューはベルを抑えながらそう周囲に語りかけた。
そのリューの語りかけの効果もあり、式場にいたリューとベルの関係者の殺気はいくらか消え、それを受けて【ガネーシャ・ファミリア】の面々もまた緊張をほんの少し解いたように見えた。
そしてリューはベルに小さな笑みを見せると、ベルの頬からすっと手を離し一歩ベルの前に踏み出した。
「私が大罪人…それは一体どういうことでしょうか?」
その問いを発したリューの声色に動揺は見られない。
それは周囲にリューが潔白を寸分も疑っていないからだと思わせた。
しかしただ一人ベルにだけは違う印象を抱かせた。
直前にベルにだけ見せた笑み。
その笑みをベルはいつか見たことがあったから。
その笑みはリューの自信や信念がもたらすものではないとベルは気付いてしまった。
そんなベルの心でどんどん不安が大きくなっていく中リューと【ガネーシャ・ファミリア】の男は応答を始めた。
「ギルドに通報がありましてな。ギルドのブラックリストに名を連ねる【疾風】リュー・リオンが今尚生きながらえ、それどころかさらに罪を重ねたことが発覚し、治安維持のため迅速に対応を迫られ我々が急行したのだ。」
「ブラックリスト…?あれだけ命を賭けて治安を守るために…オラリオの…みんなのために尽力したリューさんをギルドはまだ傷つけるつもりでっ…!」
ベルは心で大きくなる不安を打ち消したいという思いもあり、男の述べた理論に猛反発する。
だがリューは小さく手を挙げてベルに自重するように促したため、ベルは致し方なくグッと押し黙る。
「過去は変えられません。私は確かに無関係な人々にまで危険を及ぼしました。ただ私の過去の罪をギルドには見逃していただいた記憶があります。」
「【疾風】の言う通り、共に治安維持を担った【アストレア・ファミリア】最後の生き残りをギルドも我々も最後の情けで見逃してきた。だが…」
「その『罪を重ねた』ことがあなた方の堪忍袋の緒を切ってしまった…ということですか?」
リューの静かな問いかけに男はコクリと頷く。
「罪を…重ねた?リューさんが…?いや…そんなことあり得ない…一体リューさんが何をしたって言うんですか!!」
「【疾風】リュー・リオンはダンジョン27階層において冒険者を殺戮した。これは許されざる罪だ。」
「なっ…!」
「ふぅ…」
罪の布告にリューとベルの周囲では騒めきが起こる。
ベルは怒りで表情を歪め、リューは小さく息を吐いて目を閉じた。
「あなたは…何を言ってるんですか?27…階層?冒険者を…殺戮?リューさんが?…そんなこと…リューさんがするわけないじゃないですか!!!」
ベルの怒号が会場に響き渡る。
それはリューとベルが【深層】での死闘に追い込まれるほんの少し前のことだとベルには容易に思い至れた。
27階層での出来事。
そこで少し前確かに多くの冒険者が命を落としたことをベルは知っている。
その場にリューが居合わせたのも知っている。
だが冒険者の命を奪ったのはリューではなくリューの心を苦しめ続けた【厄災】ジャガーノート。
その【厄災】の亡霊はリューのトラウマが打ち払われても尚何者かによってリューを苦しめ続けようとしていた。
「それは完全な誤解です!!リューさんは冒険者を助けるために必死に戦い抜いた!!なのにっ…!」
「…嵌められ…ましたか。」
「…ぇ?」
ベルの叫びはリューの小さな呟きによって遮られた。
リューは事の全てを分からないまでも自分が罪を問われている理由までは男の短い説明と自身の記憶で結論を出すことができた。
「…あの場に居合わせたのは私とベルとリヴィラの冒険者達…そして生きて帰ったのは私とベルを除けば…あぁ奴が…なるほど。段々分かってきました。」
リューの思い至ったのはリューの知るあのジャガーノートによる殺戮の場をたった一人生き残った、それもリューが救った男の顔。
リヴィラの街のならず者達の大頭でギルドにもその男の言葉なら信頼を得られる。そして金に貪欲という動機まで兼ね備えた男、ボールスの顔を思い出したリューは自嘲するように小さく嗤った。
どうやら自分は自らを滅ぼす者を自らの手で救ってしまったようだ、と。
ただ自らの正義に従ってその男を助けたリューにはそれほど大きな後悔を抱くこともなかった。
ただ一つ後悔することと言えば、これから自分がベルを悲しませることになるということだけだった。
「…ぇ?リュー…さん?どうしたんですか?どうして否定しないんですか?リューさんは…何にも悪いことしてないじゃないですか…そうでしょ?リューさん?僕知ってますよ…?」
なぜか濡れ衣を着せられたはずのリューが何の反論の弁を述べずにいることにさらに不安を大きくしたベルは震える声でリューの名を何度も呼びながら問いかける。
リューはベルの震える声に応えるため背を翻してベルと向き合う。
ベルは向き合ったリューの表情を目にして、思わず背筋を震わせた。
なぜならリューの表情からは先ほどまでの幸せいっぱいなものからすっかり変わっていたから。
リューの表情には明らかに『諦め』が映されていたから。
ベルはそんなリューから一歩退いてしまう。
なぜならベルはリューのそんな表情絶対に見たくなかったから。
その表情を見たら最後…ベルはリューと二度と会えなくなってしまうとまで恐怖を抱いてしまったから。
恐怖に取り憑かれたベルの表情を見て、リューは優しげで儚さを醸し出してしまうような小さな笑みを浮かべると距離を作ってしまうベルの右手を取り、両手で優しく握った。
「…結婚式を途中にて抜けるという大罪をベルに犯すこと。どうかお許しください。ベル。私は行かなければなりません。」
「…はぃ?…なっ…何言ってるんですか…?リューさん…?僕…知ってますよ?リューさんは一切悪いことをしていない…悪いのはみんなジャ…」
「残念ながらそれを証明できる者は誰一人いません。ですが多くの冒険者が命を失ったという確かな事実は存在しています。ならばこれまでに罪を犯した事のある私が疑われるのは致し方ないことでしょう。」
「何…言ってるん…ですか。そもそもリューさんは罪なんて一度も犯してない…そもそも…僕がいるじゃないですか!僕は現場にいた証人です!僕がギルドに説明しに行けばっ…!」
必死に言い募るベルにリューは冷静に冷静に答えていく。リューの表情から『諦め』は消えない。リューの表情にはいつまでも希望が宿らない。そんな事実がリューの表情に押し付けられるようでベルを不安で押し潰してしまいそうだった。
「ベル?ベルが証言しても情から嘘をついていることを疑われかねません。だから例えベルが真実を知っていようとベルの証言は確かな証拠にはなり得ない。」
「でもっ…!僕が言えば…!」
「もう一度言います。ベルの証言では私の無罪を証明することはできない。証言という形では私を助けることはできないのです。だから今は私は潔く彼らに従います。決して無謀な真似だけはなさらないように。どうかお許しください。」
リューはあえてボールスの名を出さなかった。今の怒りに先程のように身を任せかねないベルに裏切りの疑いのある者の名を出せば激情に駆られるまま復讐に走る可能性があるから。そうなればリューの無実を認められる可能性は露と消えるどころかベルにまで危険が及ぶことは明白。
それにリューはかつて自分が歩んだ復讐の道によってベルを汚したくなかったから。
リューはベルを説得するように今のベルの無力を説いた。
だがベルは納得しなかった。
「…ダメ…ダメです。リューさん…絶対に行かせられない…」
「ベル。」
「だって…リューさんは悪くない…絶対に…ダメです…」
「ベル。」
ベルは震える声のままリューの手を握り締めて、何度も何度も首を振り、リューに行かせないようにせめてもの抵抗をする。そんなベルの名をリューは静かに何度も呼びかける。
こう見るとまるで最近とは立場が逆転したかのようだった。
最近はリューが幸せのあまり泣いてしまい、ベルが落ち着かせるというのが定番だったのに。
今ではベルが不安のあまり子供のように拒否を繰り返し、リューが我儘をあやすようにベルの名を呼ぶ。
確かにリューの方が大人でベルがリューに導かれるようなことは以前ならよくあった。
ただ二人の立場がこうも突如変わった理由まではリューにもベルにも分からなかった。
ただリューに今分かっていたのは今のリューはベルの暴走だけは阻止しなければならない、ということだった。
拒否を繰り返すベルに普通の説得では埒があかないと悟ったリューは、右手だけベルの手から離すとそっとその手をベルの頰に添える。そして微笑んで見せた。
そのリューの微笑みにベルの拒否はついに止められてしまった。
だがその理由はリューの微笑みに『諦め』を再び感じたから…というわけではなかった。
「そうです。私は無実です。ベルの仰る通り罪を犯した覚えなど一切ありません。そして冤罪で裁かれるなど本来あってはならぬこと。」
「…ぇ?リュー …さん?」
微笑みと共に告げられた言葉には『諦め』は一切なかった。その表情と言葉の変化にベルは驚くほかない。
それどころかベルを見つめる今のリューの瞳には希望までも宿っている。そうベルにはリューの瞳から読み取れた。
そう。リューが『諦めた』のは今の苦渋を受け入れることだけだったのだから。
「確かにベルの証言は役に立たないと私は言いました。ですがいつ私がベル自身が役に立たないと言いましたか?ベルは私を証言することでしか助けてくれないのですか?」
「そんなっ…そんなわけないじゃないですか!」
リューの煽り混じりの言葉にベルはすぐさま言い返す。
「ならばお頼みできますか?私が関わっていないという証拠…真犯人は奴であると証明できる確固たる証拠を集めてきてくださいますか?」
「もちろんです…!もちろんですよ!リューさんの無罪を証明するためなら何だってします!」
ベルの力強い宣言にリューは満足げに頷く。
実はリューには確固たる証拠がない可能性もあると踏んではいた。なぜなら真犯人【厄災】ジャガーノートはもう既に灰になってしまっているのだから。
だがつい先程まで幸せに浸っていたリューは期待せずにはいられなかったのだ。
リューの『英雄』であるベルなら消えたはずの証拠を見つけ出すという不条理を覆す偉業を成し遂げてくれるのではないか、と。
そして心のどこかでリューは思ってしまっていた。
自分も囚われの姫を救い出す『英雄』の出てくる英雄譚のようにベルは自分を救い出してくれるのでは、と。
そんな可能性万が一にもあってはならないし、万が一助けに来てしまえば、ベルに危険が及ぶ。
だからリューは何度も言葉を尽くしてその手段が最後の手段で他の手段があることをベルに説き続けていたのだ。最後の手段ではない手段によってベルがリューを救い出してくれることにリューは強い望みをかけていた。
「よい返事です。ベル。私はベルを信じて耐えます。だからベル。頼みますね?」
「…っ!もちろんです!絶対に…絶対にリューさんの無罪を証明してみせます!」
涙が溢れそうになりながらもなんとか紡がれたベルの返事にリューは再び満足げに頷くとベルから流れそうだった涙を優しく拭う。そしてベルの頰と右手に触れていた両手をそっと離し、背をベルに向けると【ガネーシャ・ファミリア】の男達の元に身を委ねた。
リューはその男達に囲まれて、『豊穣の女主人』を後にする。
ベルは一瞬何に思いを馳せたのかその場に立ち尽くしていたが、リューの姿が消えると同時に『豊穣の女主人』を飛び出す。
ベルの視界に映るのは男達に囲まれ連行されていくリューの姿。
その時のリューは背筋が伸び、決して恥をかかぬよう虚勢を張っているようにも見えなくもなかった。
そんなリューにベルは精一杯空気を吸い込むとリューのその背に向かって、出来うる限り声を張り上げた。
「リューさん!!!絶対に…!絶対に…!!リューさんを救い出してみせます!!だからっ…!それまでっ…!耐えてください!!!僕達には幸せな未来が必ず待っています!!!だからっ…!リューさんには僕がいることを絶対に忘れないでください!!!」
ベルは遠ざかっていく背に向かって思いを叫んだ。
ベルの目にはそんなベルの叫びにリューが頷いたように確かに見えた。
リューに信じられている。
リューに期待されている。
それをその身で感じたベルは一瞬たりとも無駄にしまいと【竃火の館】に向かって走り始める。
リューとベルは幸せなひと時を壊されたもののまだ希望を失うことはなかった。
リューとベルは幸せな時を取り戻すことができると信じていた。
だがそんな二人の甘えを悪魔達は許すはずもなく。
結局結婚の契りという切れない繋がりを結ぶことに失敗させられてしまった二人を引き裂くのは悪魔達にとってそう難儀なものとは言えず。
二人の距離はどんどう遠ざかっていくことになる。
リューの悪夢はまだ始まったばかりであった。
最初に発覚した戦犯はボールス。
もう裏事情で話割く必要もないので書きますが、要は金に釣られて発言を変えました。
14巻エピローグからIFにしたのはボールスの発言をなかったことにするためでもあり、黒幕から金がもらえるということで義理も人情もなく裏切りました。…実際これくらいしそうですから…原作でもリューの死を証言したのは賞金に目が眩んだ感満載でしたし。命の恩人であろうとボールスにとっては悪く言うかよく言うかは気分次第でしょう。
正直何の躊躇もなく断罪できる数少ない人。…復讐対象主力級はある意味被害者が多いですから…
復讐劇の問題点は復讐対象に愛着があると思い切った復讐を描けないことです。
そしてまず結婚式のシーンを描かなかったのはそこを描いてからのどん底は流石に気を咎めたからです。…だって自分はリューさんの儚き強さは描きたくても決して無為に苦しめたいわけじゃないですから…あくまで前話までは伏線撒きのための必要な話。結婚式とは話が違ったので…
これからリューさんが辛い目にたくさん遭いますが、それでもリューさんは強く生き抜きますので…
そして今話が今年最後です。
…新年早々リューさんのどん底から始めることになると書き上げて投稿日割り振ってる時に気づいて、言葉を失いましたね。はい。
まぁ来年もどうぞお付き合いください!