アリュード・マクシミリアン伯ー妖精麗人の愚直なる復讐ー 作:護人ベリアス
真夜中のギルド。
そこで汗をだらだらと流しながらギルド長ロイマンは肥えた身体を不本意ながら奮い立たせて、精一杯走っていた。
ロイマンとしては本来ギルド長という最高位にいる身である以上不本意にも急がされるなどということはギルドを司る神ウラノスの厳命でも下らぬ限りあり得ないはずであった。だがそんな一般的な見解が通じないような事情を抱えてしまったが故の不本意な現状をロイマンは受け入れながらも不満がないわけもなかった。
ロイマンは息を絶え絶えとさせながらようやく目的地に着くと一度大きく息を吸うと御丁寧に戸にノックをした上で目的地へと足を踏み入れた。
「ようやく報告が入った。【疾風】と奴を連れ出した女をようやく殺したそうだ。」
そう息を整えながら告げるとロイマンの身に三つの鋭い視線が突き刺さった。
「…はい?ギルド長。生け捕りにするように伝達したのにどうしてそのような結果に終わっているのですか?」
「うっ…チュールよ…そう難しい要求を出されてもそう事は簡単ではないのだ…派遣した冒険者達も発見するのもやっとだったのだぞ?」
真先にロイマンに質問を突き刺したのは茶髪の眼鏡をかけたハーフエルフ、エイナ・チュール。リューとの関係性から言うと、恋人ベルのアドバイザーだった女性である。
「まぁまぁ…リリももっと苦しめてやりたいっていう気持ちはよく分かりますが、逃してしまえば後々の禍になります。下手に拘って消しそびれるよりはマシでしょう。」
そうエイナに取りなしの言葉を述べ、リリと名乗ったのはリリルカ・アーデ。リューとの関係性から言うと、恋人ベルのファミリアにおけるサポーターだった女性である。
「で?殺してしまったのは百歩譲って許すとしてちゃんと死骸は確保したんですよね?死骸がなければその死に確証は持てませんよ?」
「…死体は…確保できなかったそうだ…」
「「…はい?」」
ロイマンの解答に冷たい口調で詰問するエイナとリリルカ。そんな二人に慄いたロイマンはすぐに言い返すことができない。碌に言い返せないロイマンはギルド長という最高位にある者というより彼女達に隷属する僕のようだった。
幾ばくかの時を置いた末にロイマンは何とか報告にあった事情を言葉にして捻り出す。
「…川に身投げされて死体の発見は困難だ…そうだ…一応今も捜索させてはいるが…」
「なら彼らに発見するまで帰還は許さないと伝達します。よろしいですね?」
「リリも賛成です。何としてでもあの女の死を確認しなければ!」
「…しかしだなぁ…」
リューの死の確認に一層の熱意を見せるエイナとリリに利益を重視するロイマンは冒険者をあまりオラリオ外に置いておくことが気が進まず、恐る恐る小さな反論の声を上げる。
だがそんな反論はロイマンの立場からは許されざる事だった。
「あなたの意見は求めていません。ギルド長。今ギルドにおいてあなたには権力などないに等しいことをお忘れですか?」
「ぐっ…」
エイナの告げた厳然たる事実にロイマンは言葉を詰まらせる他ない。
エイナの言葉通り今のロイマンに権力はない。代わって権力を握っているのは目の前で応対する他でもないエイナ。エイナはこの5年間で副ギルド長にまで出世し、ロイマンから権力を簒奪していたのである。
そんな普通ならあり得ない事態が発生したのはロイマンに後ろめたい事実が存在していたからである。
「いいんですか?リリ達に刃向かっても?確かに証拠を握っていたあの女はあらゆる意味で消せたも同然。ですが代わりにリリ達が証拠を握っています。
リリルカの述べたことこそリューを嵌めることにロイマンが関与した理由である。リューが命懸けで戦い抜いていた
愚直に悪とみなした者を裁くことに献身していたリューの存在は以前のロイマンの言葉通り邪魔以外の何物でもなかったのである。その事実が公表されればロイマンは今のようにエイナ達に使役される以上の災厄に見舞われるのは確実なのだから。
「分かった…余計なことを言った…すまなかった…」
そう自分の立場を再確認して平謝りするロイマンの姿は無様という他ない。
そんな時ロイマンを取り成すような言葉を発する者がいた。
「…あの女を発見するのも苦労したと言うのは事実…そんなに責めるべきではないと思う…」
「【剣姫】…様?」
言葉を発した者とは【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。リューとの関係性から言うと、恋人ベルの戦闘における師匠といった立場にいた女性である。
「…あの女が逃げた門を突破するのには相当な手練れを相手にしないといけなかった…特に【
「まぁ…確かにそうですねぇ…お陰で別の門から迂回させて冒険者達を派遣しないといけないほどでしたから…恐らく門を突破するのを待てばさらに時間を浪費したでしょうからねぇ…」
「ヴァレンシュタイン氏とアーデ氏の仰る通りかもしれませんね。これが最良の結果と認める他ないかもしれません。」
エイナもリリルカもアイズの言葉にひとまずは納得した様子だった。
ロイマンを庇ったというより自分の不手際を悔しがっているようにしか見えないアイズに一応は救われた形になったロイマンはほっと息を撫で下ろす。
そんなロイマンを置いて話を三人は進め始めた。
「それにしても今回ようやく『豊穣の女主人』の店員達を殲滅できたのは大きな成果でしたね。目の上のたんこぶが消えたような気分でリリは清々しています。」
「私も同感です。潜伏していた彼女達には派遣した多くのファミリアを撃破されて正直困り果てていました。」
「お陰であのジャガーノートという化け物のことを知っている可能性のあったリヴィラのならず者達を葬れたのは正直助かりましたけど。これで真相を知る者はリリ達以外…」
「…今日の戦闘でもボールスは生き残ってたよ?…しぶとく。」
「「ちっ…」」
「私は…これで【
「ホント【剣姫】様は自分のことしか考えてなくて羨ましいですよ…第一級冒険者ってみんなこうなんですかね?」
「…どうしたの?アーデさん?」
この三人は共謀してリューを嵌めたのは事実と言えば事実。ただその共謀関係にある三人にはいくつかの共通点があるのは言うまでもないが、少なからず相違点が存在し物事に向き合う時の意識の強さに差をもたらしていたことも着目すべき点ではあった。
第一にエイナとリリルカはリューを嵌めるのに利用した【厄災】ジャガーノートの事件に少なからず関係していたために嵌めたということが露見させる可能性がある証拠の抹消に血眼になっていた。裏事情を知り得るリヴィラの冒険者達をリューから何か話を聞いている可能性のある『豊穣の女主人』の店員達の討伐に差し向け、双方を消し去ろうと謀ったのはそのためであった。
その一方そんな事件には関与していないアイズにとって『豊穣の女主人』の店員達の討伐にこだわる理由と言えば強さを希求するアイズが戦闘の経験を積むくらいしかなく、意識の差が生まれるのは仕方ないことではあった。
だがそんな意識の差があろうとこの三人を結びつけ続けていたのは他でもないリューの存在であった。
「…それにしても…川から身を投げたなら絶対にあの女は…死んだと思う。だってあの女にはもう力がないんだから。」
そうホッとしたように告げるアイズにリリルカは嘲笑するように笑った。
「あの時【剣姫】様は大層あの女から恩恵を奪うのにこだわっていましたからねぇ。恩恵を奪うだけでなくその背を焼いて恩恵を二度と刻ませないようにするなんて執念深い真似…そんなにあの女の力が怖かったんですか?」
「当たり前…ベルが認めた女…どれだけの力を秘めているか分からなかったから…」
「ヴァレンシュタイン氏が警戒するほどの女ではなかったはずですが…念には念を入れた結果今回のような不測の事態に対応できたという点ではヴァレンシュタイン氏の推測は正しかった、ということになるでしょうね。」
リリルカの言うようにリューの恩恵を奪うように要請を出したのはアイズであった。
それは『ベルの師匠』という立場を奪ったリューへの恐怖と嫉妬がさせた行為に違いなかった。
「…そういうあなただって…わざわざ処刑場にあの女を連れ出すなんて危険を犯すような必要なかったような気がするけど…?」
バカにされたように思い不快に思ったアイズはリリルカに切り返すようにそう言う。アイズが指摘したのはリューが民衆によって石を投じられ、そしてリューがベルかどうか判断を下せなかった白髪の少年にまで石を投じられた忌まわしき出来事のことであった。
「それは…あの女に深い絶望を味合わせてやりたかったんです!今まで正義なんてものを振りかざして人々の守護者ぶってたあの女がその守ってきた人々に傷つけられてその忌まわしい正義とやらをズタズタに引き裂いてやりたかったんですよ!あの時のあの女の表情は最高でした!あの女もあの時ようやく真の絶望というものを知ったことでしょう!」
アイズの指摘にリリルカは恍惚とした表情で当時を思い出し、嬉しそうに語る。そんなリリルカの言葉にエイナも付け加えた。
「アーデ氏の仰る通りあの女の正義は民衆に少なからぬ好印象を与えていました。よってあの女に汚名でも着せなければ、ギルドの陰謀かと疑われていた可能性もあったでしょう。あの女の名誉を地に落とすことでその可能性を封じられた分あれには意味があったことだと思います。今のあの女の地に落ちた名声ならば万が一生きながらえたとしても誰からも協力を得ることはできないでしょう。」
リリルカとエイナの狙いは他でもないリューの正義をリュー自身の中でも人々の中でも打ち砕くことにあった。
そのための工作はあの場での数え切れないリューへの非難を引き起こした人々の怒りを喚起するためにリューへのデマを流し、生じた怒りを直接リューにぶつけさせる場を設けるという周到なものであった。これはエイナとリリルカの個人的執念ではとてもできないことであり、他の要素も絡み合っていた。
その要素とはギルドであった。
ギルドはリューのせいで
そのための工作が正義の使徒として名を馳せていたリューへの人々の信頼の失墜させると同時にリュー自身の正義を打ち砕くことを狙い、その結果実際にリューの精神的支柱の一方を失わせていた。
ただリリルカが成したことはこれだけに留まらなかった。
「そういえばアーデ氏?あの女の表情が最高だったと仰いましたが、いつご覧になったのですか?私は監督していたので周囲にいましたが、見かけた記憶はありませんよ?」
「あぁ!それは当然ですよ!だってあの時リリはベル様に変身してあの女に石を投げつけてやったんですから!しかもちょうどあの女の顔に当たって!もう言葉にできないくらい最高でしたよ!」
「…アーデさん性格悪い…」
「アーデ氏…あの女が絶望した表情を浮かべていたのは正義を失ったからというよりクラネル氏に裏切られたと思ったからではないのですか?」
リリルカが唯一持つ魔法。シンダー・エラ。それはどんな姿にでも変身できる変身魔法。
リューが目にした白髪の少年とは恋人のベルではなく変身したリリルカだったのである。リューが見た姿は幻覚ではなかったが、ベルではなかったということになる。
そしてリリルカがそこまでしたのは言うまでもなくリューが苦しむと分かっていたからであり、そうまでするのには当然理由があった。
「性格が悪い?何を言っているんですか【剣姫】様!あの女が何をしたのか分かっているでしょう?そうでなければここにはいるはずないじゃないですか!私がベル様に変身してあの女の前に現れたから絶望した?大いに結構じゃないですか!私達からベル様を独り占めにしようとしたあの女には当然の報いです!」
「「…」」」
リリルカの高らかな語りに同意するしかなかったエイナとアイズは黙り込むしかなかった。
三人を結びつけていたのは言うまでもない。
リューがベルを自分達から奪ったことへの復讐。
「そうです…あの女はリリからダンジョンでのベル様のパートナーという唯一無二の役割を奪おうとしたんです。これは当然の報い…あの女はリリが味わってきた以上の絶望を味わうべきだったんです。」
「…アーデさんの言う通り…あの女は私からベルの師匠で一緒に訓練をする仲だったのに…あの女が私の立場を奪った…この報いは当然…」
「…その通りです。あの女は私からもベル君へのダンジョン探索の指導という役割を奪ったんです。私の助言者という唯一のベル君と関わる唯一の方法を…あの女は消えなければならなかったんです…」
三人が口々にリューへの怨念を言葉にしていく。
リューがベルと愛を誓い合ったこと。
それはベルの親愛の情をリューが独占するということに他ならない。
特に本人にも判らぬ情緒不安定に陥っていたリューを優しいベルが見過ごせるわけもなくベルのリューへの思いやりは周囲から見れば過度になっていた。となればベルの優しさを知る彼女達が抱くのはベルの優しさにリューがつけ込んだという在らぬ疑いである。
不幸にもリューがベルの愛を勝ち取り幸福を享受せんとしたことが周囲に絶望を掻き立て、リューを追い落とそうという謀略を引き起こすことに繋がってしまったのだ。
無意識に彼女達の絶望を掻き立ててしまったリューに当然罪はない。そして絶望に掻き立てられた末に走ってしまったリューを嵌めるという謀略を為した彼女達にもまた罪はないのかもしれない。
「…そういえばアーデ氏?今ベル君…クラネル氏はどうなさっているんですか?」
「そうだ…ベルが今日のことを気づいたら…困る…」
怨念を口にした結果怨念を抱かせる発端となったリューではない人物、ベル・クラネルのことを思い出したのかエイナとアイズはベルと同じファミリアのリリルカに尋ねた。
「…今頃【竃火の館】でぐっすり眠っていらっしゃると思いますよ。5年前以来ヘスティア様が夜間の外出を厳禁にしてますし、あの距離では戦闘の騒ぎもちょっとした喧嘩ぐらいにしか聞こえないでしょう。」
「…未だに気になるのですが、神ヘスティアに真実を伝えなくてもよいのですか?」
「何を今更…ベル様に5年前あの女を無実だと証明するための捜索をやめさせたのはヘスティア様です。どうせ神様ですからリリ達の思惑も分かって黙認してるんじゃないですか?もしくは単にお尋ね者が起こす問題にベル様を関わらせたくなかったか?とにかくヘスティア様はそもそもリリ達並みにベル様にこだわっています。きっと万が一があっても面倒ごとに関与しようとするベル様を引き止めてくれているはずです。特に連絡もないので大丈夫でしょう。」
そうリリルカは心配なさげに告げるのでエイナもアイズもそれ以上の追及はしなかった。
そこまで話したところで三人に沈黙が訪れる。
そんな三人を完全に除け者にされて突っ立っていたロイマンは不思議そうに眺めた。
いつもならリューへの憎しみで意気投合する三人がリューが死んだという吉日になぜか盛り上がらない。
それがなぜなのかロイマンには分からない。
憎み続けた女が死に絶えて清々して言葉にならないほど喜んでいるのか。
死をきちんと確認できていないためにリューの亡霊とも言うべき幻影を想起して未だ喜べないのか。
それとも男を奪われた復讐を完遂したにも関わらず気分がよくならない終わり方を迎え、胸につかえでも感じているのか。
ただ少なくともロイマンには分かるのは女の怒りは相当に恐ろしく、仮にも彼女達の怒りを買えばリューのような悲惨な末路を辿るのは明らかなこと。ロイマンは彼女達に恐怖を抱きながらこれからも続く僕のような生き方に疲れを感じ、彼女達に気づかれぬよう隠れて小さく嘆息した。
要は全部悪いのは周囲に中途半端に優しくしすぎて片っ端から無意識に口説き落としていたハーレム系主人公ベル・クラネル。
というのが今作の結論の一つではあります。
今回悪役に祭り上げたエイナさん、リリ、アイズさんは悪くない。自分の意思を貫くために行動したことは方法は何であれ尊重すべきだと思ってます。
何もせずに笑顔で祝福した場合、それは諦める覚悟を決められたすごい精神力の持ち主か何もすることができない臆病者かのどちらかでしょう。(もちろん本来なら前者が最善で後者が次善)
それで前者に当てはまるのが神であるヘスティア、後者に当てはまる春姫だろう個人的に思ってます。
ヘスティアならベル君の幸福を願って身を引ける覚悟を持っていると思っています。(往生際が微妙に悪いのは認めますが、ベル君の幸福を第一に考えているのも彼女な気がします。)
ただ今作では謀略は相談されてないけど協力的行動はしているという立ち位置は微妙にグレーで何を考えているのかは不明です。意図的黙認か本当に何も知らないポンコツなのかベルへの心配のみで行動したのか…
逆に春姫は自虐的発想が強いのできっと謀略に誘われてもビビって何もしないか逃げ出すでしょう。
とは言いながらリューさんだってリュー×ベル作品だからベル君と結ばれたのであってきっと後者寄りになり、謀略にも関与することはないと思います。
とまぁちょっと語りましたが、要は悪役に仕立てた三人に悪意はないよと言いたいんです!
行動する機会がある分、ただベル君が自分のそばにいてくれなくて絶望し続けるよりはいいと思いますから。
…リューさんの復讐開始が決まってるのでアレですが、今作で描かない空白の時間に三人はこれまで通りベル君と親しい関係を維持していますから三人なりにそれなりの幸福は現状あります。
それで続きを楽しみになさっている方がいたら申し訳ないんですが、ここで一時休載させていただきます。理由はベル君の処遇を未だ決められていないため。ここを決めないと復讐の展開が定まらないんですよね…なのに落とし所をどうも決められなくて…
なのでそこが決まって一定の書き溜めが書けるまで休載とするのでその点申し訳ないです…