秘封道楽 ACT2 〜少女探訪〜   作:ユウマ@

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月一ペース更新になっているのはまずいかも知れない


夢の少女、現の女

「うー、寒い…!」

 

大学の講義を終えて、夕飯用に材料を買っている間にすっかり時間が経ってしまい。

私は夕焼けを背に浴びながら帰路を歩いていた。

 

「なーんか、不思議な人だったなぁ」

 

 

今日の講義で岡崎教授の代理として現れた宇佐見菫子という女性。私と同じ苗字なのも気にはなったが、驚いたのは講義の分かりやすさだ。今まで大して理解の進まなかった講義が、彼女が話すとするりと頭に入ってくるような感覚になるのだ。他の生徒はいつも通り頭を抱えるのが多数だったが。

 

 

「しかも暫くはあの人が講義…そっちの方が分かりやすいかも」

 

 

大学でこんな事を言おうものなら聞きつけた教授に鬼のような課題を投げつけられてしまう為、外でしか言えないのがなんとももどかしい気もするが、私の思っている事も事実であって。

とりあえず、さっさと出された分の課題をこなして明日渡しに行くついでに話でも聞きにいこうか。

 

 

 

と、そこまで考えていた所で眼前には私の部屋。けれどそこには、人影があって。

 

 

「…メリー?どうしたの、連絡もなしに」

 

 

家の前にもたれるのは、馴染みの姿。メリーは少し言葉を選ぶような素振りの後、困り顔で口を開き。

 

 

 

「えっと、蓮子…急にこんな事聞くのもあれなんだけど。…宇佐見菫子、って女の子の事、知ってる?」

 

 

そう、彼女の知るはずのない名前を、口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

「へぇ…そんな夢を」

 

我が家の台所で夕飯の支度をしながら、私はメリーが見たという夢の話を聞いていた。

 

曰く、夢の中で再び見たことのない場所にいた事。そこで宇佐見菫子と名乗る少女と出会ったというのだ。

 

 

「でも私が見たのは私達より少し下くらいだったわ。確か高校生だって…」

「うーん…でも私の会ったあの人も特徴を聞く限りは同じなのよね、帽子とか眼鏡とか…あっ、メリー醤油とって」

 

鍋に適当に切った具材を放り込み、醤油やらで味をつけていく。元々大したものを作るつもりでは無かったが、メリーが来るのは予想していなかった為急遽鍋物に変更したのだ。

 

 

「後は煮込めば良し、と…テーブルの上片付けといてー」

「もう準備してあるわよ、もちろんコレもね」

 

そう言って掲げたのは冷蔵庫にしまってあった安物のワイン。栓を開けたら1人で飲み切るには時間がかかるし、2人で飲めば丁度いいだろう。

 

テーブルの上に設置した卓上コンロの上に鍋をセットする。器具には少しだけお金をかけている為、すぐに火は通る筈だ。その間、先にグラスにワインを注いでおく。

 

「とりあえず、あの人の事は食べてから考えましょ。折角ワインまで空けたんだし」

「そうね、どうせなら今日は泊まっていくのもアリかもね」

 

 

フタを取ると、大量の湯気が部屋に放たれた。同時に良い香りが鼻をくすぐる。適当に椀に取り分けて、さっそく口へと運んだ。

 

 

「んー…ちょっと味薄い?かな」

「あんまり濃すぎてもだし、このくらいで良いんじゃない?ワインもあるんだし」

 

そう話すメリーのグラスは空っぽで、早くも2杯目を飲み出していた。私もならってワインで流しこむ。殆どジュースのような味で、いくら飲んでも酔いが回る気配の無さそうな味だった。

 

「メリーも事前に言ってくれたらもう少しくらいちゃんとしたもの作ったのに」

「仕方ないじゃない、急だったんだから。それに前振りなく訪ねてきても、困る事なんてないでしょう?蓮子のことだから」

「そりゃそうだけどさ…」

 

椀で泳ぐ野菜を纏めてかきこむ。適当に切って煮込むだけでもちゃんとした味になるから、ついつい鍋が多くなりがちなのだ。もっともそんな考えの人は一定数いるのか、野菜や豚コマなんかはいつも安いからありがたい事だ。

 

大きな鍋でも無い上に2人いるとなれば、その分鍋の空くスピードも高く。瞬く間に鍋の中はスープだけになり、私達は食後のワインをちびちびと飲むことになっていた。

 

 

「…それでね、蓮子。私、菫子ちゃんから端末の番号を貰ったの」

「急に戻すわね、話題を…。それで?」

「繋がらなかったわ、番号は使われていないってさ。嘘の番号を渡されたって可能性もゼロじゃあないけど…」

「そんな事する理由もない、と」

 

 

電源が入っていない可能性も、ひと昔前まではあった。だが現在は端末側で通知は全て管理できる為、電源を落とす人は残っているまい。

 

 

「彼女もオカルトを調べたりしてるって言っていたし、蓮子の方にそういう人脈とか無いの?」

「別に私は顔が広いわけじゃ無いのよ。大体今の人脈なんてネット越しで片付くんだから、私の知り合いに本当にその子がいるかなんて分からないわよ」

「じゃあ、手がかりは…」

「ウチの教授だけ、ね。今のところは」

 

 

名前が合っているだけの他人の可能性が正直に言えば高い。夢の中でメリーの会った少女と、今日私が見た彼女の姿は合致しないためだ。夢の中なら全て自由と言われれば、それまでだが。

 

 

「それなら、とにかく本人に聞くのが吉ね。メリー、明日空いてる?」

「午後は何もないけど…まさか蓮子」

「目の前に手がかりがあるなら、まずはそれから行かないと!そうと決まれば…」

「ん?」

「今日はもう休むわよ!」

「ええ…?私今日泊まりなの?」

「別に嫌とは聞いてないわよ」

「まぁ…そうだけど」

 

 

メリーに構わず布団を引っ張り出して机と載っていたものを撤去する。気づけば外はすっかり暗くなっている。意外と長く話し込んでいたらしい。

 

「じゃ、私は寝る準備しておくから。メリーは先シャワー浴びてきてー」

「はーい。…そういえば私、着替え…」

「私のを適当に貸すわよ。じゃ、ごゆっくり」

 

浴室に向かうメリーを見届けて、敷いたばかりの布団に寝転がり、目を閉じる。脳裏に見るのは、私の出会った彼女…菫子さんの事。

ただ1度講義を受けただけだから何とも言えないが、彼女はどこか疲れたような様子だった。仕草も声も、何もかもが。

メリーの出会った彼女は、私達のようにオカルトを調べているのだという。調べるのは興味や好奇心か、その類の感情があるからで。

 

 

けれど、私は。

 

彼女の瞳に、そのような感情の片鱗すらも、見出す事が出来なかったのだ───


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