秘封道楽 ACT2 〜少女探訪〜   作:ユウマ@

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月一更新と書いた覚えは無いんじゃが


Who are you…?

「……ん」

窓の外から、雨の音がした。突っ伏していた机から上体を起こすと、霧雨が降っているようだ。

 

「雨か…嫌だな」

 

湿度の上昇もそうだが、何より傘をさして歩くのは億劫だった。科学世紀といえど、未だにハンドフリーに出来る傘は開発されていない。

もっとも最近は傘をさしたことなど無いし、今日だって使うかは分からない。自分に与えられた研究室に篭りっぱなしの為だ。

 

なんとはなしに、身体を伸ばしてみる。籠もって硬くなった身体が悲鳴を上げているのが分かる。

 

 

「そろそろ、また外に出ようかな」

 

机の上には各所で作った資料が雑に散らばっている。中には岡崎教授から渡された資料も混ざっていた。確か、魔法がどうたらと言っていたか。なんであれ、今の私が興味を持たないであろう事は容易に想像できた。

 

椅子を立ち、インスタントのコーヒーを淹れる。今日は任されている講義はない為1日籠もって終わるだろうと、そう思った直後だった。

 

 

 

部屋のドアを叩く、無機質な音が響いた。

 

 

 

ここに用のあるのは岡崎教授位のものだろうと踏んでいたが、次いで聞こえてきた声は学生のものだった。

 

 

「……?」

 

手早く机の資料を片付け、岡崎教授の資料だけを机に放り出す。見られて困る訳でもないが、何か余計な事を言われて時間を取られるのも手間だった。

 

何の要件かは知らないが、さっさと終わらせてしまう事にしよう。

 

そうして私は、部屋のドアに手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

「寒い…なんで急にこんな冷え込むのよ…」

「最近は気候が安定しないからねー、薄着はあんまりお勧めしないわよ」

「そういうのは出る前に言ってくれないかしら…」

 

愚痴るメリーを宥めながら、私達は大学に足を向けていた。

目的地は普段講義を受けるキャンパスでは無く、そのさらに奥。主に教授達の研究室が並ぶ棟だ。足早に駆け込み、さしていた傘を閉じる。

 

 

「雨なら明日でも良かったんじゃない?今日休みなんだし…」

「目の前にある不思議は霧雨なんかじゃ止まんないのよ!さってと、教授の研究室は、と」

 

入り口に貼られた電光掲示板で位置を確認する。菫子さんの研究室は1階の1番奥にひっそりと佇んでいるらしい。目を向ければ、日の当たらない角に扉を見つけた。

 

「おっ、あそこね。よーしメリー、行くわよ!」

「分かったから傘は置いていってよ?蓮子ったら振り回しながら走っていきそうで」

 

 

ああ、そういえば持ったままだったか。入り口の傘立てに放り込み、再び奥へ進む。目前に迫った扉には他の研究室には貼られているネームプレートが何故か、貼られていなかった。

 

「すみませーん」

 

とりあえず、扉をノック。中から物音が聞こえる為、どうやら在室の様だ。

数伯あって扉が開かれ。そこには寝起きのように髪を乱した菫子さんが面食らったような顔で立っていた。

 

 

「……貴女は、確か宇佐見さん?横の彼女は…」

「えと、友達です。ちょっと聞きたい事がありまして」

 

 

そのまま招かれて部屋に足を踏み入れる。整然とした部屋は何処か殺風景にも見えて、大学教授の研究室とは思えないほどだ。

その隅に置かれたソファにメリーと並んで座る。対面で座る菫子さんは講義の時の様な気怠げな様子でこちらを見ている。

 

「それで、聞きたい事って?友達と来るってことは講義の事じゃないんでしょう?」

「はい。えーっと…」

 

 

何をどう聞いたものか。私とメリーは夢の事を知っているが、確証のない今彼女にそれを話せば変人扱いされて終わるだろうか。ともあれ私は正面からぶつけるしか手はないのだ。

 

 

「菫子さんって都市伝説とか…オカルトとかって、信じますか?」

 

「……え?」

 

聞こえた声は菫子さんのものか、メリーのものか。恐らく両方だろう。菫子さんはまたも面食らったような顔をしており、メリーは呆れたような、半ば諦めのような顔で私を見ていた。

 

「隣の彼女が昨日、夢で"宇佐見菫子”を名乗る女の子と会ったと言うんです。詳しくは彼女から」

「えっ…。まぁいいわ。昨日の事なんですけど…」

 

 

唐突に振られたからかメリーが一瞬こちらを睨んだような気がしたが、人前だからかすぐに切り替えて説明を始めた。

夢の中で未知の世界に居たこと。そこで宇佐見菫子という少女に出会ったこと。彼女から渡された端末番号のメモガシャ実際に手元にあること。その全てを、菫子さんは目を閉じて聞いていた。

 

そして、全て聞いた後に、ひと言。

 

 

「ただの夢よ、それは」

 

きっぱりと、そう断言した。

 

「夢…ですか?」

「そう、夢。私と貴女は初対面だし、そのメモだって誰か大学内の知り合いが誰かが悪戯で忍び込ませたとも限らない。それに…」

 

1度、菫子さんは言葉を濁した。僅かに目を泳がせ、しかし直ぐにこちらを見直した。

 

 

「科学の発達したこの時代に、オカルトなんて存在し得る筈はないわ。きっとね」

「……」

 

メリーは、納得していない様だった。私も同じ気持ちだ。

だが、これ以上何かを聞くことも出来まい。やはり考えすぎだったのだ。彼女から何かを知っているような素振りは見られない。それに確かに、科学世紀でオカルトなぞ、本来であれば在る筈がない。少なくとも、私達以外から見れば。

 

 

「…分かりました。じゃあ、私達はこれで───」

「あ、宇佐見さんは少し残って。講義の件で話があるの」

「…?はい。ごめんメリー、先帰ってて」

「先も何も私達別に同居はしてないでしょ…。失礼しました」

 

小さくため息を漏らした後、丁寧にお辞儀をして部屋から立ち去るメリー。そういう所は相変わらず几帳面なのだ。

扉が完全に閉まるのを待ってから、菫子さんは口を開いた。

 

 

「彼女は…随分“あちら”の近くにいるみたいね」

「え…?」

「私もあったの。夢の中で彼女の言う世界に…幻想郷(・・・)に迷い込む事が」

「……!」

 

 

呆気にとられる私をよそに、菫子さんは備え付けられた机の引き出しから、何か分厚い本を出した。どさりと私の前に置かれたそれは、言葉で言い表せない様な存在感を放っていて。

 

「夢の中からでも、物を持ち帰る事が出来る…その書物が、私が持ち帰った最大の物よ」

 

とても古い書物だろうか、表紙は半ば掠れていて何が描かれているかの判別はつかない。けれどタイトルの書かれた部分だけは、比較的状態を保っていた。

 

 

「幻想郷…縁起……」

 

 

「一種の歴史書の様な物よ。私が見たものや、恐らく彼女が出会った者達も、全てここには書かれている」

「なんでそんなもの…菫子さんは、何者なんですか?」

 

 

私の問いに、菫子さんは軽く目を伏せた。すぐに開かれた目はどう話すかという迷いの様な、苦々しい色をしていたように、私には見えた。

 

 

 

 

「私はね…有り体に言うなら、超能力者なの。この世界で、多分ただ1人のね」

 

 

 

告げる彼女は、これまでで1番気怠げな顔をしていた。


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