超能力と聞いて、どんなものを思い浮かべるだろうか。
テレポーテーションだろうか、もしくは宙に浮かんだり、もっと昔に遡ればスプーン曲げも含まれるかもしれない。
そして、目の前の彼女は───宇佐見菫子は、その全てを肯定してみせた。
「貴女の言うそれらが、一般に超能力と言われているであろうもの。同時に、私が出来る事でもある。ま、スプーン曲げは原理が分かれば誰でも出来るインチキなんて話も聞いたけど」
「でも他の超能力だって、同じようにインチキだって」
「私以外にとっては、ね。少なくとも私は、他にテレポートしたりする人間を見た事は無いわ。近い事をする存在はいてもね」
そう話す彼女の瞳は、今まで見た中で1番光を取り戻している様に見えた。何処か、噂話を探しに行く私達にも似たような調子で、彼女は饒舌に話していく。
「昔はこんな力があったもんだから、まぁ好きにやってたわ。そのうちに私は幻想郷と言う場所の存在を知り……人の目には触れないそれを、暴き出したくなった。私に出来ない事なんて、無いと思っていたから」
そこまで話して、気の抜けたようにソファに座りなおす。深いため息と共に、その手は机に置かれた書物、“幻想郷縁起”をそっと撫でた。
「でも、結果は惨敗。私は異物として肉体を幻想郷から拒絶されてしまった。元々長く居た訳でもないけど、実質的な追放ね。けれど、私にはまだ幻想郷に入る手段があった」
「それが、メリーと同じ…」
「そう、夢としての侵入。眠っている間だけは、私の意識はあの世界にいられた。この本もそのいつかの機会に持ってきたもの、やっぱり好き放題やってたからね、あっちでも。それなりに、長い時間過ごしたし」
やはり、此処を訪ねた私達の賭けは間違いでは無かったのだ。その辺の噂話など比べ物にならない位の信憑性を持つ話が、私の目の前にあるのだから。メリーが迷い込んだ空間と、菫子さんの過ごした幻想郷。2人の情報を重ねれば、或いは幻想郷を暴き出す事さえも、出来るのではないか。
そんな期待に胸を膨らませる私と対照的に、菫子さんは険しい顔でこちらを見ていた。
「ねぇ、宇佐見さん。コレは、ハーンさんと同じ幻想郷を見た私からのアドバイスだと、思ってもらえれば良いのだけど」
「…?」
「貴女達は…幻想郷の事は、全て忘れるべきだわ。特に、ハーンさんの方は」
「え…!?」
頭を殴られた様な衝撃。呆気にとられる私に、彼女は話し続ける。
「私はある程度長くあの場所にいたけれど、あそこは危険よ。馴染めば馴染むだけ、現実には戻れなくなる。ハーンさんが何度も訪れているというなら、もう馴染み始めているのかもしれない」
「そんな事、言われても……それに、メリーに行くなって言っても、私には」
私には、メリーを直接止める手段が無い。言葉で言う事はできても、夢の中にまでは干渉できない。夢見ることは、止められない。
「……忘れる事よ。何故ハーンさんが幻想郷を見たのかは分からない。いえ、私でさえ夢で幻想郷に入り込めた理由は分からない。けれどそれがどんな夢でも、忘れてしまえばそれで終わりよ」
そう言って、彼女は机の上の幻想郷縁起を引き出しにしまい込んだ。私にはそれが、未知の世界を閉ざす様に、どうしても見えてしまって。
「…菫子さん」
「何?」
「菫子さんは…何故そんなに引き止めるんですか?私がメリーから聞いた幻想郷のイメージからは、全然想像がつきません」
食い下がる私に、菫子さんは少しだけ困ったような顔を見せた。そして、言葉を選ぶような間があって。
「初めの頃は、私も楽しかった。でもね、後になってから気付くパターンだって、色々あるのよ。今ここに居る私から言わせれば、あの場所はまるで───」
「───地獄だったわ。迷い込んだものを閉じ込めて、縛り付ける地獄よ」
地獄。
その言葉に、言いようのない悪寒を感じて。私は挨拶だけ手早く済ませ、逃げるように部屋を後にした。
「……」
そうして、どれくらい経っただろうか。目的も無く歩いていたら、いつの間にか空には月が昇っていた。
いつの間にか、河川敷まで歩いてきていたようだ。適当な場所に寝転がり、空を見上げる。
「忘れるべき…」
耳に残る言葉。菫子さんはメリーの見た世界を、地獄のようだと言った。けれど私には、どうしてもそんな風には思えない。夢の事を話すメリーは、不思議がっていながらも、なんだか楽しそうな顔をしていて。
メリーは今、この月を見ているだろうか。それとも、夢の中でまた幻想郷に踏み入り、私とは別の月を見ているだろうか。そんな事、この場の何も知りはしない。私の目に映るのは月と星、それに時間と場所だけだ。
そのどれも、私の知りたい事ではない。煌々と輝く月を遮るように、私はそっと、目を閉じた。