休日
「……」
じっと、私は学食の壁の時計を見ていた。本来ならば午後の講義はないのでそのまま帰っても良い。それどころか今日は完全に講義がない為そもそもここにいること自体おかしい事態ではある。なのに何故私がここにいるのかと言えば───
「ごめんごめん、待った?」
「待ったも何も、私今日休みなんだけど…?」
悪びれる様子を微塵も感じさせない蓮子は、土鍋のようなものを私のテーブルに置いて席についた。昼食のために呼び出された私だが、今日は珍しく鍋が売っているのか。確かに最近は寒くなってきたし丁度いいかもしれない。
「休みなのは知ってたわよ、でも今日限定で売ってるって言うからついね。メリーったら季節モノとかあんまり気にしないでしょ?」
「人並み程度、ね」
私に比べて蓮子は限定などの文字を見ると大体は買っている。流されやすいというべきか、流行りに乗るのが上手いと見るべきか。ともあれまずは昼食だと、土鍋の蓋を開けると大量の湯気がぶわりと噴き出した。その中にうっすらと見えるシルエットは、
「…カニ?」
カニの足そのものだ。目を凝らすと何やら少しへたれた様な怪しい足も見えるのだが。
「そう、カニ。その名も“半天然カニ鍋”よ!」
「半なの?」
「そう、半分だけ天然モノ」
「……残りの半分は?」
「カニカマだって」
なんとかもう半分もカニには出来なかったのかと鍋の中でぐったりしているカニカマを見て思う。そもそも半分とはいえ結構な量はありそうなのだから、それだけで売った方が良かったのではないか。案の定、周りにいた他の学生達はなんとも言えない目でこちらの鍋を見ていた。
「私が最初に買ったみたいでね。いつ無くなるか分からないっていうからラッキーだったわ」
「いや、それ多分いい意味じゃ…」
いや、楽しそうな蓮子の夢を壊す様なことは言うまい。たとえ売れてないとしてもこの鍋が美味しければそれで良いではないか。
「じゃあまぁささっと取り分けて、と。いただきまーす」
殻を剥いて現れた身にかぶりつく。ほぐれる様な食感とわずかに甘みを感じる。鍋の出汁もよくしみているが、どことなく薄味ぎみだろうか。隣の空きテーブルからポン酢を拝借してタレにし、再びいただく。さっぱりとしていてこちらも美味しい。
カニカマも最初は何もつけずに。カニよりもぎゅっとした歯応えのある食感とより濃いめの味で、こっちの方がポン酢なんかは合うかもしれない。鍋についてきたおたまで出汁を追加でかけようとして、あることに気付いた。
「…この鍋ってカニとカニカマ以外何かないの?野菜とか」
「無いわよ、完全にカニとカニカマだけ。あ、ポン酢とってー」
「だけって…それじゃ飽きるでしょ」
「だからメリーを呼んだのよ。半分ずつ食べればなんのその、よ」
その言葉は半分だけ正しかったといえる。予想よりもボリュームのあった鍋を私達はどうにか食べ終えたものの、やはり食べるうちに来る飽きは払拭しきれず。少なくとも私は暫くカニは遠慮しておきたい。そんな機会もそうそう無いことではあるが。
「…ほら、やっぱり正解だったでしょ?」
少しぐったりした様子で蓮子が言う。何かとパワフルな相棒も胃袋は常人寄りらしい。
「そうね…少し休んでから帰ろうかしら」
「私この後講義なんだけど…真面目に受けられる気がしないわ……」
「貴女は大体真面目に聞いてないでしょう…」
2人してテーブルに突っ伏す。帰りにデザートでも食べようかと思っていたが、これではとても無理そうだ。
「……とりあえず、私は講堂行くわ…。もうすぐ始まっちゃうし」
「はいはい…ちゃんと受けなさいよね」
「分かってるわよ。あ、そうだメリー」
「うん…?」
「今すぐじゃなくても良いんだけどね…。今まで貴女が夢で見たもの、何を、誰を見たのかっていうのを、なるべく多く思い出しておいて欲しいの。今日これも言いたかったのよ」
「それは良いけど…」
「なら、頼んだわよ。じゃ!」
理由を聞く前に、蓮子は駆け足で行ってしまった。それを追う気力は今の私にはない。
私は結局そのまましばらく、食堂のテーブルに突っ伏すハメになったのだった。