無音のまま、目の前のスクリーンに様々な文章や図が映し出される。それを要点だけメモをとる者もいれば、私のようにスクリーンごと写真に収めるだけで済ませるズボラな人間も多々いる。
ほどなくして時間を知らせる電子音が鳴り響き、スクリーンも消えてしまう。
時刻はお昼時。食堂で何か食べようかと考えていると、丁度蓮子から連絡が入った。
『食堂でカニカマ鍋注文したから、待ってるわよ!』
「……」
まさかとは思うが、私の分まで注文しているのではあるまいな。全く味の想像がつかない上に、妙にお腹にたまらなさそうなフレーズに思わず食堂に向けた足を引っ込める。が、すぐにまた食堂へと歩き出す。外まで買いに行くのも面倒だし、蓮子に渡さなければいけないものもあるのだ。
昼時の宿命か、食堂はかなりの混みようだった。その人混みの奥に、もうもうと立ち登る湯気が見える。煙の細さから見るにどうやら私の分は注文していないらしい。適当に自分の昼食を頼み、すぐに出てきた盆を持って湯気の元へと向かう。周りにはそんなに湯気のたつ物を食べている姿は見えないから、自ずと目印になる。
「お、メリー来たわね。…ってなんでご飯持ってるのよ」
「…………」
そこには予想通りに鍋を突く蓮子の姿。ーーそしてその正面には、蓋のされた鍋が1つ、鎮座している。
「…私の分まで頼まなくても良かったんじゃない?」
「最初は1つでいいかと思ったんだけど、来てみたら案外小さめでね。これなら1人1つでも大丈夫だって思って注文したんだけど…」
確かに数人で囲む鍋に比べれば小ぶりなサイズでは、ある。あるが、手に持った1人分の昼食と一緒に食べるには少々どころかだいぶ無理のあるサイズでも、ある。というか。
「…カニカマ鍋って、以前食べなかった?」
「前食べたのは半天然カニ鍋でしょ。半分カニで半分カニカマ」
「……じゃあこれは?」
「これは半分どころか全部カニカマ。値段も半額」
頭痛がして、思わず天を仰いだ。蓮子はどこか変わってる変わってると散々思ってきたし言ってもきたが、これはトップクラスに変わっている。前回は確かなんとも言えない顔で私は食べていたはずなのだが、どうやら蓮子の頭の中からその事実はすっぽ抜けてしまったようだ。
とはいえ出されたものを残すのも褒められた事ではない為、恐る恐る蓋を開ける。以前の鍋よりもずっと強い人工の出汁の香りが立ち上る。くたくたになったカニカマを、意を決して口の中に放り込む。
「どう?」
「……うーん」
どうと言われれば、出汁だ。煮込みすぎたのか大量に入れているのか、とにかく出汁の味しかしない。妙に歯応えのある出汁をそのまま摂取しているかのよう。普通に食べられるのは出汁の偉大さゆえか。
「蓮子はもしかして味覚がおかしいのかしら?」
「失礼ね。限定ものだって言ったでしょ、メリーったらそういうのに疎いんだから」
「ものが限定メニューでもこう毎日の顔見知りと食べてたらねぇ…」
一瞬唖然とした後、蓮子はそっぽを向いてしまった。そんな彼女が珍しくて、私は笑いながら眼前の鍋をつまんでいく。
「冗談よ。蓮子はいっつも私を知らない所に振り回すからね。毎度限定もの巡りをしている様なものでしょ?」
「…そうね」
まだそっぽを向いたまま、蓮子は答える。その後はお互い無言になり、けれど居心地の悪くない不思議な空気の中、昼休みは流れていった。
「っと、もうこんな時間。私はこの後も講義だけど、蓮子は?」
「私は何もないわよ。本当はメリーを待って秘封倶楽部の活動と行きたい所だけど、天気がね…」
外に目をやると、ぽつぽつと雨が降り始めていた。食堂備え付けのテレビによれば夜にかけて段々強くなっていくそうで、流石に雨の中を歩き回る気は蓮子もないようだった。
「じゃあ、蓮子は雨がひどくならない内に帰った方が良いわね。どうせ今日も傘持ってないんでしょう?」
「う……。仕方ないでしょ、確率はそんなに高くなかったんだから…」
「そういっていっつも降ってるわよね。肝心なところで雨女なんじゃない?」
はぁとため息をつきながら、鞄の中身を取り出す。底の方に置かれていた折り畳み傘を蓮子に手渡した。
「はい、これ。私は2本持ってるから1本蓮子に貸してあげる。振り回したりしないでよ?」
「さっすがメリー!メリーからの借り物を振り回したりするわけないじゃない、全く」
オーバーアクション気味に傘を受け取る蓮子。その様子を見ていると本当にチャンバラでも始めるのではと不安になってくるのだが。
と、鞄の1番下に置かれていた本が目に入った。そういえばこれを蓮子に返すつもりだったのだ。
「あとはい、これも」
「あ…」
蓮子から半ば押し付けられるように渡された本…幻想郷縁起を机の上に置く。中身が書いてあるだのないだのちょっとした騒ぎになった本だ。
「そういえばこれ、渡したまんまだったわね。…ねえ、メリー」
「何?」
「メリーはさ…この本に何が書いてあったか、見えた?」
「……」
「ほら、メリーの眼なら何か見えるかなーって、思って…」
蓮子はこれを、何も書いていない真っ白な本だと言った。しかし私は、この本に中身があった事を覚えている。けれど、聞いてくる蓮子の目は、ひどく不安がっている様に見えてーー
「私も帰って見てみたけど、真っ白だったわよ。それっぽい偽物でも持たされたんじゃないの?」
そう、嘘をついた。見えなかったのは蓮子だけでは無いと、言えれば良かった。けれど、そこまでは言葉が出て来なかった。
私の言葉に一瞬、蓮子は目を見開いて。
そうよね、と曖昧に微笑んだ。
【次章予告】
夢にて未知の場所に迷い込む事が増えたメリー。菫子はそれを幻想郷と呼んだ。彼女の持つ幻想郷縁起から知識を得た影響か、メリーの眼は更に幻想の地を映し出してゆく。その中で、彼女達は更なる未知へと踏み込んでゆくーー