つまり?短いね!!!
昔のことは、よく覚えている。
1番楽しい時期だったと、そう言っても過言ではない。当時の私は、今とは似ても似つかないくらいに輝いていた。少なくとも、私にとっては。
今は?当然、そんな輝きを持ってはいない。長い時間放置された本が、こうして埃に塗れてしまうように。そっと、私は手で本の表面を払う。
「…幻想郷縁起」
こんなものは所詮創作に過ぎない、そう思う人が大半だろう。私や、まだ居るのかもしれないごく一部の例外を除いて。
本当なら、早急に処分するべきだと思った。だが、こうして手元に残してある。昔の輝きに縋っているかの様に。
「……」
今は、これを開く様な時間はない。何しろ、私は多忙な身でもあるのだ。そう、本に背を向けたところで。遠慮を感じさせないノックが、正面の扉から響いてきた。
▼▼▼
「無くなってるって…どういう事?」
「私も信じられないけど…無くなってるの!確かにメリーから受け取ったのに、今朝鞄を見たらどこにも!」
どこにも、とは妙な話だ。本一冊、それなりに大きさはとる。万が一落としでもすれば流石に気がつくだろう。そもそも重さが変われば分かるものではないのか。
「いやぁ…レポートがやばくて急いで帰ったのよね。正直気にする余裕が無かったっていうか…落としたりしたら流石に気づくけど」
「…つまり、蓮子の悪い癖がより悪い方向に転がったのね。それじゃあ、何も手掛かりが無いじゃない」
額を抑えながら、私はふるふると頭を振った。蓮子の話を信じるなら、私が渡してから蓮子が家に帰るまでの間に誰かに盗まれるなりしたという事になるが…。
「手掛かりなら、あるわ」
不意に、蓮子がぽつりとつぶやいた。
「あの本を持ってた人…菫子さんなら、何か知ってるかもしれない」
菫子…宇佐見菫子。そうだ。あの本は元々、蓮子が彼女の元から無断で持ち出したものだ。
「言ったでしょ、超能力者だって言ってたって!忽然とものが消えるなんて変だけど、それなら」
「超能力で、って?」
可能性がゼロとは言わない。超能力が本当にあるなら、モノを移動させる事くらいは出来るだろう。しかしそれは、もし本当に超能力があればの話だ。私も…聞いた限りなら蓮子も、それを実際に見てはいないのだ。
「もしあの人が知らなくても、私達の他にあの本の事を知ってる人がいるとは考えにくい。無くなってるのに気づいたら、ほぼ確実に何か言われるに決まってるもの」
「…殆ど自首みたいに聞こえるけど、それだと」
「ちょっとした博打よ。それに、私はあの本をまだ見たいの」
「……見て、どうするの?」
思わず、私はそう蓮子に問うた。蓮子は、当たり前だと言わんばかりに。
「勿論、決まってるじゃ無い。秘封倶楽部として、あんな重要な手掛かりを放ってはおけないもの!」
相変わらずだと、私は苦笑するしか無かった。
研究室の付近には、誰もいない。まだ一限にもだいぶ早い時間だ、無理もない。私達は、並んでドアを見つめていた。蓮子が、やや強めにノックをする。扉は、すぐに開いた。
「宇佐見さんに…ハーンさんね。オカルト関係の話は、前にも聞かれたけど…」
気怠そうに話すのは、菫子さん。私の知る、幻想郷で出会った彼女をそのまま順当に成長させた感じだ。少なくとも、見た目は。
外で話すのも、と室内へ促される。先に蓮子が入り、私が後からドアを閉める。
菫子さんは、そっと振り向いた。その手に、本を携えて。
「きっと、聞きたいのは…これの事かしら」
…幻想郷縁起。私が蓮子に渡し、そのまま持ち帰ったはずのそれを彼女は、当たり前の様に手に持っていた。
「…ハーンさんはともかく、宇佐見さんは幻想郷を忘れるつもりは無さそうだった。だからいつか、何らかのアクションは起こすと思っていたわ。まさか直接この本を持っていくとは思わなかったけど」
呆気に取られる私の横で、蓮子が口を開いた。ちらりと見えた顔は、信じられないという驚愕と。いつもの、猫のような好奇心も混ざっている様に、私には見えた。
「どうやって私から取り返したんですか。誰も私に近づいては、いなかったのに」
「言ったでしょう、宇佐見さん。ハーンさんは知らないでしょうけど…超能力が使えるから、よ」
手が、本から離れる。離れた本を、しかし視線で追わない。追う必要が無いのだ。種も仕掛けもなく、本はふわりと宙に浮かび。
「知りたいなら、話してあげる。私の見た、私が迷い込んだ幻想郷の話を」
ばさりと、机に音を立てて落下した。