冬の最終兵器
「う〜寒っ…」
「…寒いわね」
隣の蓮子がぶるりと身を震わせる。格好はいつもと変わらずで、冷え込んできたこの時期では流石に厳しそうだ。
季節はもう冬。今年は冷え込みが遅い代わりか急激な温度低下をし、まだ序盤だというのに殆ど重装備で出歩かざるを得なくなっていた。
「蓮子もそろそろコートでも着たら?」
「ちょうどクリーニングに出しちゃったのよ…あと少しはこれで行くしか無いわ」
「大丈夫?風邪なんて引いたらベッドで年を越す事になるわよ」
「そこはご心配なく。寒さに対抗するために今日コレを買ってきたんじゃないの」
そう言って腕をぶんぶんと振り回す。そこには随分と大きな袋が握られている。今日の帰りがけに蓮子が買ったものだ。もっとも通学に使う訳ではないから、風邪をひかない事への回答になってはいないのだけど。
私の手にも、帰り道に買ったコンビニ袋が1つ。こっちは今日の私の夕ご飯になるものだ。
…私達だ。私1人ではない。
少しだけ前を歩く蓮子の更に先には、彼女の家が見えてきた。寒さが厳しくなってきたから家であったかいものでも食べよう、とは数時間前の蓮子の言葉だ。
特に断る理由も無かった為、こうして2人で歩いている。帰る前に喫茶店で予想以上に時間を過ごしてしまったからだろう、空はすっかり星空となっていた。
「20時36分。夕飯には丁度いい位の時間ね」
ふと、そうぼやく声。けれど蓮子は、時計の類を見ている様子は無くて。時間を確認すると、確かに蓮子の言った通りだった。
こんな事が、最近はたまにある。夜に2人で歩いている時に、何故か時間を正確に言われる事がだ。
私の見ていないうちに時計を見ているのか、はたまた本当に体内時計でも持っているのかは分からないが、それでも決まって、夜だけだった。
「どしたの、メリー?」
「…つくづく不思議ねぇって、思ってただけよ」
少しだけ首を傾げる蓮子だったが、その顔もすぐに元通りになる。もう蓮子の家は目前だ。蓮子の謎について考えるのも良いが、そろそろ私は暖をとりたい。
思えば蓮子の家にお邪魔するのはまだ2回目だったか。まだ少しだけ萎縮してしまう私をよそに、蓮子は手早くロックを解除して中に入り込む。
私も続いて、外の冷気から逃げ込むようにして扉を閉めた。
▼▼▼
「はぁ〜〜」
「……」
私の向かいで蓮子が間の抜けた様な声を出す。私も声こそ出さないものの、表情は緩んでいるに違いあるまい。
今日蓮子が買ってきたものはコタツだ。今まで使わずに冬でも乗り切ってきたらしいが、流石に最近の寒さには敵わず購入したんだとか。
「いやー、コレは抜け出せなくなるのも分かるわね…暖房とはまた違った良さがあるわ。暖房より上かも」
「そうね…」
私も願わくば欲しいところだが、あいにく十分な置き場が無い。どのみち暖房で間に合っているし。どうしても必要な時はまた蓮子の家に押しかける事にしよう。
「さて、このまま横になってると寝ちゃいそうだし…とりあえずご飯にしましょうか」
肩まですっぽり被っていたかけ布団から這い出し、上半身を起こす。途端に冷気にさらされた気がして、再び埋もれたくなる。暖房も機能しているはずなのだが。
「メリーったらすっかりコタツの虜になってるわね」
「…家では暖房だけで十分よ」
多分、きっと。
そうこうしているうちに蓮子は夕飯として買ったおでんの蓋を嬉々として開けていた。親切にも紙皿までつけてくれたのでわざわざ皿を取りに行く必要もなし。
「メリーは何食べる?」
「んー…適当に任せるわ」
「それが1番困るんだってば…」
ぶつぶつ言いながらもよそってくれる。渡された皿にはたっぷりのつゆと大根、こんにゃくと牛すじ串。
「…卵とかも2人分買ったはずなんだけど?」
「お任せって言ったのはメリーよ」
目の前で件の卵を頬張りながら蓮子がもごもごと言う。飲み込んでから話してほしい。続けて2個目の卵。…それは私の卵の筈だが。
とりあえず、私も冷めないうちに食べる事にしよう。大根を切って口に運ぶ。からしはつけなかったがそこまで好きではないので良いだろう。
「うん、冬といったらおでんよね」
「後は鍋ね。まあ明日も大学だし、鍋するなら次の日が休みの時にぱーっとやりたいわね」
「その前にこの寒さで準備をするのが億劫だわ…」
どうやら自分で思っていた以上にコタツの魔力に取り憑かれている様だ。けれどコタツの中でない上半身はおでんの熱でカバーする事にしよう。暖かい食べ物はこの時期特に身体に染みる。
「そういえば、こんにゃくなんて殆ど栄養が無いーなんて昔は言ってたと思ったけど。こんな時代になったんだからそれも少しは進歩してたりするのかしら」
「合成ものが増えたから栄養なんてどれも大して変わらない、が実情かしらね。大学生の懐だと天然の高栄養価のものなんて買えやしないわ」
「それは蓮子が変なオカルトグッズばっかり買ってるからでしょ…」
別に天然物を食べたいわけではないが。今食べているものだって私の口からすれば十分に味の染みた美味しいおでんだ。世界の何処かにはこんなものが口に合わない、なんて言う富豪でもいるのかもしれないけど、少なくともそうはなりたくないものだ。
それにしても、だ。買った時は大して気にならなかったがこのおでん、実際に食べてみると随分と量が多い。というよりも、個のサイズが大きいのだ。さっき食べた大根も普通にイメージするものよりも一回り以上大きい。まだ買ってきた器にはいくらか残っているが、正直今取り分けられた分を食べるので精一杯といったところか。
蓮子もそれは大して変わらないようで、少し顔をしかめながら餅巾着と睨めっこしていた。
「むむ…最近のコンビニは量も進歩したのね」
「かもね…余ったやつ、どうする?」
「別にすぐダメになるわけじゃないし、明日食べるわよ。それより、デザートにしましょ!」
言うなり巾着をひと口で放り込んでしまう。私も牛すじをまとめて食べる。お肉は良いものだ、旨味が凝縮されていて美味しい。私はおでんの中のお肉ならソーセージ派だが、食感的にはこっちの方が良いかも知れない。
私が食べ終えるのを見計らった様に、蓮子が冷蔵庫からデザートを持ってきた。そして何故か私の隣でコタツに潜り込んでいる。
「…なんで隣?」
「良いじゃない、私とメリーの仲だし」
「足が冷えてるのよ」
「じゃメリーがあっためて」
しばしぐいぐいと足をどかし合う。今に限った事ではないが蓮子は人が暖まってる所に水をかけてくるようなタイプなので油断ならないのだ。以前通学中に人のマフラーに後ろから手を突っ込んで来た事は忘れない。
「まあまあ、良くあるじゃないテレビとか見ながら寄り添ってアイス食べるやつ。アレよアレ」
「…まぁ良いけど」
実際に自分がやるとは思っても居なかった。ともかくデザートが熱で溶けるのは避けたいのでさっさと食べてしまおう。蓮子が持ってきたビニール袋をあさる。中から出てきたのは馴染み深いアイスだ。
「雪見だいふくね…福が必要な時期にはちょっと遅いけど」
「家にあったからってだけよ。カップアイスよりこっちの方が好きだしね」
封を切る。最近は意外と種類が出ているらしいがコレは普通の味だ。よく見る白い大福状のアイスが2つ。
「あっ、じゃあフォーク持ってくるわ」
真ん中にはアイスを刺すためのモノが1つ。多分2人でシェアする事も作る側が想定していない訳はないだろうから、2本入れたやつも販売してほしいところだ。
「わー、待って待ってメリーったら」
「何よ?」
「何よじゃないわよ、メリーったらこういう時に鈍感よね、精神学とってるんでしょ?」
「……」
むくれて蓮子が言う。別にまずい事をしたわけでもあるまい。
と、蓮子に座る様に促されてとりあえずコタツに入り込む。そこで私の眼前にアイスがずいっと差し出された。
「ええっと…何?」
「ん?何ってあーんよ、はいあーん」
「いや、自分で食べるから…」
「早くしないと溶けるわよ」
そう言われては口を開くほかない。大口を開けてかぶりつく。独特の冷たさが一瞬広がり、次に優しめなバニラの甘み。よく巷でコタツアイスなんて物を聞くがこう言うことか。確かに何とも言えないモノがある。
私がむぐむぐと食べている間に、蓮子も幸せそうにアイスを頬張ってきた。普段より随分顔が緩んでいる。きっと年末辺りになったらコタツから出てこないに違いない。
「フォーク取ってくるくらいするのに」
「ちがうちがう、私がメリーに食べさせたかったの。シェアよシェア」
「…少し方向性が違う気がするけど」
「何だって良いわよ。こうやってくっついてた方がやりやすいでしょ?あったかいしね」
ふわふわと欠伸をしながら蓮子が笑って言う。私も少し眠気に襲われている。欠伸をする程でも無いから、軽く身体を伸ばして眠気を飛ばす。
「確かに、暖かいのは同意ね」
「そこだけ?蓮子さんがひっついてるのに?」
「私は私なりの楽しみがあるから、いいの」
私は指を伸ばして、蓮子の口元についていたアイスを拭い取る。こういう所は、意外と子供っぽいところがある。普段は見えないような、些細なことだけど。
「…ついてたなら言ってよ」
「なら、蓮子ももう少し人にちゃんと物を言う事ね。それなら私ももう少し事前に言うことにするわよ」
そう言って、微笑む。こうして2人でのんびりしている時くらい、私も少しやり返したって良いだろう。ひっそりと楽しむ方が、私は性に合うのだ。
今度同じ機会があったら、先に食べさせてしまうのも良いかも知れない。別にアイスに限ったことでも無いか。
そんな他愛もない事を考えている内に、緩やかに時間は進んでいく見れば、窓の外には静かに雪が降り始めていて。
「クリスマスになったら、あんな街中を歩いてみたいわね」
「そうね。じゃあ、当日に活動出来るようにオカルト調査をしなきゃ!」
「…もう」
そんな事を言いながら、2人で笑いあう。それはやはり、私にとって最も心が安らぐ瞬間なのだった。