ほとんどね
瞳に映る違和感
「巫女服の女の子を見たぁ?」
「そう…なのかしら」
「本人が疑問形でどうするのよ」
思ったよりも長かった休みが明ければ、当然ながら再び講義の日々が始まる。それらをそこそこにこなしながら、私は初詣で見た光景について蓮子に話していた。
「うーん…博麗神社にまつわる古い話ってさっぱり見ないから私もよく分からないけど。少なくとも巫女さんが居れるような立地じゃなかったわよね」
「じゃあお賽銭を投げたから神様が見えたとでも言うの?」
「同じ場所で同じことをした私には見えなかったのに?」
「日頃の行いでしょ」
長めの説明で乾いた口を紅茶で潤す。あの日何が見えたのかは、2人であれこれ話したところでまるで分かりはしなかった。本当に神様が見えたのか、はたまた悪霊でも封印されていたのか。私が白昼夢を見たという可能性もまぁ、ないではないのだが。
「でも確か、前にもあったんでしょ?同じような事」
「ええ…。あの時は眠っている時だけだから、夢だとは思うけど…」
以前にも、確かに妙な夢を見ることはあった。けれどそれはあくまで夢、ただの夢だ。けれど起きている時にまで妙なものを見るのは、正直勘弁してほしいところである。蓮子ならむしろ喜びそうな気がしないでもないが、私はそこまで図太くない。
「幻覚見るほど疲れてるって様子でも無いし…じゃああれよ、あの神社のご利益!」
「ご利益ぅ?」
「そうよ!神様が私達に不思議な力を与えてくれたのよ!」
「でも、蓮子には何もないわよ?」
「………ひ、日頃の行い?そんなぁ」
先ほどの私の言葉を顔を引きつらせながら復唱した後、蓮子はぐったりとテーブルに身体を預けてため息をついた。オーバーアクションである事は手元でケーキを探るフォークの動きで分かる。
「さっぱり分からないわ…誰よ、科学世紀になって治らない病気はないなんて言ったの」
「勝手に病人扱いしないで欲しいんだけど?」
「夢遊病ってあるでしょ?」
「夢見ながらふらふらしてるって?そんな事してないでしょ」
夢の中ではふらふらしていた時もあったが、まぁそれはそれだ。最近はそんな夢を見る事もないし、至って普通だ。
「いやいやメリー、自覚ないでしょうけど側から見てた私から言わせて貰えば結構変よ?見るからに異邦人って感じでオカルト追っかけるとことか特に」
「え、今日奢ってくれるの?」
「ごめんなさい今月バイト少ないから勘弁してください」
「なら言葉遣いには気をつけることね」
私は紅茶しか頼んでないため仮に奢ってもらうとしても大した額でないがそれでもこの反応ならよっぽどお金がないのか。アルバイトの給料を何に使っているか知らないが、まぁ蓮子の事だからきっとオカルトグッズでも買っているのだろう。
そこでふと、気になった。数少ない蓮子をからかえるチャンスではないか?
「ねぇ蓮子、貴女どこでアルバイトしてるの?」
「んー?ここよ、ここ」
「ここって…カフェ?うちの大学の?」
そうそう、と蓮子は頷いて、財布から1枚のカードを取り出した。私の見たことのない黒色のカードには確かに大学のマークが描かれている。
「これを使えばメニューに割引かかるのよ。ここのバイトの特権ね」
「へー…じゃあ蓮子が働いてる時に行くわね」
「良いけど…サービスとかはしないわよ?」
「良いわよ別に。普段見れないような蓮子を見たいだけだから」
「なぁっ…」
「?」
「…何でもないわよ」
そう言って帽子を目深に被ってしまう。と、丁度のタイミングで昼休みの終わりを告げる電子音が響いた。この後は2人とも講義だ。向かう方向も別々なので、蓮子とは一旦ここで別れる事になる。
食器を返却し、カフェテラスから出る。話しながら無意識に猫背気味になっていたのか、背筋を伸ばすと軽く痛みがした。
「じゃ、私はこっちだから。また後でね、メリー」
「ええ、分かった──」
蓮子の声に、振り向いて。その視界の端に、何かがちらりと映った。
咄嗟に目だけを動かしてそれを探す。そうしなければいけない様な、そんな気がした。
すぐに、それは見つかった。本来なら何もない、ただ壁があるだけの場所。そこは補修でもしたのか、少しだけ他と違う色の壁で。
その壁には小さく、しかしはっきりと認識出来る程の大きさの、ヒビが入っていたのだ。普通のヒビでは無い、少しだけ滲み出るような、人工的なヒビが。
「メリー?」
「…あ、ごめん。あの壁…」
首を傾ける蓮子に、その壁を指さす。蓮子はすぐに分かったようで、ああと手を合わせた。
「ああそこね。理由は分かんないんだけど冬休みの間に事故か何かあったらしくて。
「………そう」
蓮子には、このヒビが見えていないのか?
補修が終わったばかりでヒビが入るはずもないし、それを不思議に思う人が居ないなどという事も、ある筈はない。
それを言おうとして、口を閉じる。代わりに私は壁に背を向け、講義室へ向かって歩き始める。
「じゃあ、終わった後にね。講義中に寝たらダメよ?」
「はーいはい、分かってるわよー」
不服そうな蓮子の声を背で聞きながら、私は早足でその場から遠ざかっていく。
本当は、蓮子に言うべきだったのかもしれない。けれど、私が言わなかったのは。
ほんの微かに、そのヒビが脈動したような、そんな感覚を覚えて。本能的に遠ざかる方がいいと、考えたのだ。
「……まさかね」
蓮子との話に少し引っ張られすぎたのだろうか?それとも本当に幻覚の類?判別のつかない感覚を抱えたまま、私は無機質な廊下を1人歩くしかなかった。
▼▼▼
屋根の上に立ち、前方にある筈の地を見やる。本来なら神社があるであろうその場所は、濃霧に阻まれて見ることは叶わない。
別に、珍しいことでもない。
ごく一部以外は、皆この濃霧がかかったままだ。
私の住処たる真紅の館と、夜雀の引く動かない屋台。見えるのは、そこだけだ。後はもう何が起こっているかも分からない。
「咲夜」
ひと声呼ぶと、いつも通り私の少し後ろに気配。振り向く事なく、私は口を開く。
「紫は?」
「姿は、どこにも。恐らく自分の住処に帰ったかと」
「そう…。」
「お嬢様。先程話されていた事…妖怪の賢者とハーン様、何か関係があるのですか?」
僅かに困惑した様な声に、どう返したものかと空を仰ぐ。私も、直接何かを聞いたわけではない。けれど私の主観で言うならば───
「あの2人はね、因縁の相手ってやつよ。紫に言わせればね。運命の紅い糸なんてもので結ばれてるであろう、ね」
「赤い糸…ですか」
「ええ、そう。
その紅は、もしかしたら返り血にでも塗れているかもしれないわよ?」
<NEXT>
「未定!メリーは何か食べたいものとかないの?」
「ええ…特にないから任せるわよ」
「それ1番困る答えなのに…」
「じゃあ甘いものがいいわね、何かはお任せで」