バレンタインも無事に過ぎ、余ったチョコレートも、少々無理はしたものの全て捌き切り。私達は少し早めの春休みに突入し始めていた。
以前なら本の消化程度しかしない長期休みだが、今は蓮子が家に居座る時間が増えてしまった。蓮子も読書をしないわけではないけれど、私達が同じタイミングで読み始める事はあまりない。大体は、私が読んでいるときに蓮子がちょっかいを出してくるのだ。
「ねぇねぇメリー」
「何?」
「今日夜ヒマー?」
「読書で忙しいわね」
「じゃヒマね。ちょっと面白いものを見たのよ」
どうやら蓮子にとって読書は用事に捉えられないらしい。もっとも、本当に何かしら用がある時以外は大体同じ反応が返ってくるので、慣れたものだ。
「で?今度はどんなデマつかまされたのかしら」
「最近ちょっと収穫が良くないからってひどくない?それに今回はそれを実際に体験したーって人も多いのよ?」
「体験って…」
どうやら怪しい幽霊話というわけでもないらしい。いや、どうせ蓮子が独自に調べただけでは…と言うより、今時ネットに流れている情報はあまり信ぴょう性の高いものでは無い。事実私達もこれまで蓮子の見つけたいくつもの噂に振り回され、結果何も収穫はなかった。
「何か失礼な事考えてない?」
「いいえ全然。それより何を体験できるって言うの?」
そう聞くと、蓮子は待ってましたと言わんばかりに端末の画面をこちらに差し出した。
そこに映っていたのは───
「ふふん、聞いて驚きなさい。今日行くのはね……“自分の未来が映る屋台”よ」
▼▼▼
曰く、
「…なんとも、信ぴょう性の薄い話ね」
「そう言いながらもついてきてくれるメリーは嫌いじゃないわよ」
「行かなかったらうるさいじゃないの、貴女」
時刻は草木も眠る丑三つ時。星もない暗い道を、私達は懐中電灯1本で歩いていた。
「何でも好きな人がいる女の子がそれに遭遇して試したら、好きな人と一緒にいる姿が映って告白しようってなったそうよ」
「へぇ…その通りになったって?」
「そしたらダメだったんだって。それに怒って別の日にもう一度試したら今度は1人でとぼとぼ歩いてる姿に変わっていたらしいわ」
「ええ…アリなの、それ?」
「そりゃアリでしょ。将来いつそうなるかなんて分からないもの。それに将来なんてこれからいくらでも変わるものよ」
…そういうものなのだろうか。確かにその女の子がその後恋が実る可能性はあるわけで、それでも少しこじつけじみている気もするが。
道はどんどん暗く狭くなり、懐中電灯の光で横を全て照らせるほどになってしまった。蓮子が言う屋台が現れるにはもってこいの場所だ。
懐中電灯を歩く先へと向ける。まだまだ道は長いのか、光は先に吸い込まれて照らしてはくれない。
ふと、蓮子が足を止めた。私もつんのめるようにして立ち止まり、蓮子の肩を軽く小突く。だが蓮子は首を傾げて微動だにしない。
「ちょっと、どうしたの?」
「しーっ。…前から何か聞こえない?」
蓮子の言葉に耳をすます。
…確かに何かは聞こえる。微かに、しかし次第に大きく。
「…こっちに来てない?」
「そう…みたいね。お目当てのモノだといいんだけど」
そう言う間にも、音は近づいてくる。普段は耳にしない異音が、ゆっくりと。
ぎぃ───
ぎぃ───と。
錆び付いた車輪を無理に回しているような、耳につく音。光に照らされて、私達の前に姿を現したのは───
「…蓮子が言ってたのって、コレ…よね」
「ええ…。流石にここまでとは思ってなかったけど」
それは確かに、屋台のような形をしていた。しかし屋根のようなものは付いておらず、本当に車輪のついた棺桶じみた、不気味な屋台だった。その不気味さを一層強めているのが、外観だった。
錆び付いた車輪に、朽ちかけたぼろぼろの車体。長らく雨に打たれたように、少しの衝撃でも崩れてしまいそうな脆さを感じさせる。この時代にこんなものが走っていては即解体だろう。
「それで…どこに何を投げ込むの?」
「うーん…あ、この中じゃない?」
蓮子が指したのは屋台の上面。色褪せていて分かりづらいが、そこは両開きの扉の様になっていた。
「…じゃあ、開けるわよ?」
「…ええ。流石にこんな狭い中からホラー展開はないでしょうし」
「言霊って知らないのメリーったら…」
扉に手をかけ、ゆっくりと引く。軋んだ音を立てながらも、扉は崩れる事なく開いた。その中は、果たして。
「………水?」
「…水、ね」
中は全て、水で満たされていた。外観にそぐわない、透き通った水。それが、この屋台の全てだ。しかしこんなぼろぼろの木製屋台に水を満たして平気なものだろうか。
「ねぇメリー、見てよこれ」
「何?水以外に何もないわよ?」
「そうじゃないわよ、この水の中よ、中」
はて、中とな。眺めていると、蓮子のいうことに私も気づいた。
中は、木材などではない。水に手を入れ、屋台の側面に触れる。冷たい感触。木とは違う、凹凸のない平坦な壁。
「金属、ね」
「そうよ、多分屋台の内側はほとんどそうね。ぼろぼろなのは見かけだけって事よ」
蓮子は先程までとは違い大層つまらなそうに言う。無理もないか。見た目以外は普通に現代の科学が用いられているのだろう。詳しく中を見れば自動操縦装置でもついているかもしれない。どっちにしてもコレは怪しい屋台なぞではなくその皮を被った一種のジョークじみたものだろう。またしても蓮子はガセをつかまされたというわけだ。
「…とりあえず、自分の未来とやらが分かるか試してから帰りましょうか」
「あ、一応試すのね…」
言うなり蓮子はポケットからハンカチを取り出して、水に投げ込んだ。ハンカチは静かに底に沈み。
ただ、それだけだった。蓮子の未来なぞ映し出してはいない。
「……」
「諦めなさい蓮子、また次があるわよ」
「だってー!ここのところ何も無いじゃないの!!」
「不思議な事がないっていうのは良いことよ」
「そんなのつまんないじゃない!はー…さっさと帰りましょ!」
言うだけ言って、蓮子はずんずんと歩き出す。それについていこうとして、私は屋台を振り返る。ポケットに何か投げ込めるものはあっただろうかと探ると、硬貨の感触があった。どうせ回収するわけでもなし、私はそれを屋台に投げ入れた。
水面が揺れる。硬貨は沈み、それで終わり。水面に映るのは、覗き込む私の姿だけ。いつもの服装に、大きなリボンの付いた帽子───
「ん?」
はて、私の帽子にリボンなどついていただろうか。帽子をとっても、やはりそんなものは無い。もう一度水面を見ると、リボンは映ってはいない。
…夜中に歩いて疲れているのだろう。そもそもこんなモノは大抵がガセネタだ。真面目に考えるのもある種バカバカしい。蓮子に言うと確実にめんどくさくなるので言わないが。
「メリー?何してるのー?」
「あ、今行くわ」
蓮子の元に駆け寄り、並んで歩く。来た道を辿れば街灯があるため、懐中電灯に頼るのももう終わりか。
その光の先に、ふと人影。私達より少し高いその人影がこちらに向かってくる。よもや本当に何か出たかと思ったが、特に幽霊といった感じもない。
そのまま人影は私達の横を通り過ぎていった。視界の端にちらりと白衣のようなものが見える。白衣を着て外を出歩くとはなんとまぁ。
「ねぇねぇメリー、今の人見た?」
「何?幽霊っぽくは無かったわよ?」
「あの人の頭よ。私と同じ帽子かぶってたのよ、珍しいことに」
それは確かに珍しい。もちろん同じ帽子が売っているのはしばしば見たことがあるが、
「蓮子と同じセンスって事ね……なんだかねぇ」
「何がなんだかねぇよ、何が。ファッションセンス疑ってるの?」
「別にー」
いつの間にか街灯の増えた道を、私の家に向かって歩く。蓮子の家とは逆だがこの足取りではどうせ泊まるのだろう。
足を動かしながら、ふと考える。先ほどの人が私達にすれ違ったと言うことは、あの屋台にぶち当たるわけで。もしかしたら蓮子と同じ話を見てやってきていたりするのだろうか。
「まさかね」
そこまで蓮子と一致してしまえば、一周回って狂人だ。本人は狂人と思っていないところも含めて。
そんな不躾な思考を悟られないように、足早に帰路を歩くのだった。