4.我が妹ジニー・ウィーズリー
さてさて、僕の妹ジニー・ウィーズリーについて語る前に、軽く一杯ひっかけてから話させてもらおう。この話は素面でするには辛すぎる。
どこにやったかな……。
あった、これだ。マダム・オルキンの蜂蜜酒90年ものだ。うらやましかろう?なかなかのレアものでね、譲り受けるには一苦労したものだ……。見給えよ、この黄金を溶かし込んだような輝きを!そしてこの芳醇な香り!そんじょそこらのビンテージものとは格が違う。いやはや、まさかあの万年貧乏貴族の末弟のこの僕が、こんな高級品を味わう日が来るなんてね。人生とはわからんものだ。英雄様様ってところかな、ハハハ。
ふう。人心地ついた。話をするとしよう。
嗚呼、我が最愛なる妹、ジニー、ジネルバ・モリー・ウィーズリーよ!あの子はかわいそうな子だ。
そうとも、実にかわいそうな子だ。物心ついたころから「生き残った男の子」英雄談を子守歌に育ち、届かぬ恋心をはぐくみ続け、やっと実ったその恋も、誰にも何も言わずにたった一人で死んだあの大馬鹿野郎のせいで見るも無残に打ち砕かれたのだから。
あの戦争で、大広間中に響き渡った恐ろしい降伏勧告の後、皆の前から姿を消した我が友ハリーよ。君は君の姿が大広間に見えないとなった時、皆がどれだけ動揺したか知っているかい?あの時、それこそいけ好かないスリザリンの奴らだって気づいていた、君は僕らのために死ぬことを選んだのだと。その時のジニーの狂乱ぶりが君に想像できるかい?
すぐさま禁じられた森へ向かおうとする彼女を取り押さえるのにどれだけ苦労したことか。
泣いて、叫んで。あれはひどいものだった。しまいには片端から妨害呪文を乱射する始末だ。マクゴナガル先生がいなければ、最悪重症者も出たかもしれない。それぐらいのあばれぶりだった。
だけど。
だけど、そんなあばれぶりも。ハリー、君が生首だけになって禁じられた森から帰ってきたときに比べればまだましだったよ。ハリー、想像してみてほしい。君が見るも無残な生首の姿になって、例のあの人の手の中に抱きかかえられながら、禁じられた森から出てきたのを見た僕たちの衝撃を。あのレジスタンスの象徴だったハリーが、大事な生徒であるハリーが、良き友人であったハリーが、目はくりぬかれ、鼻はそぎ落とされ、見るも無残な姿になって帰ってきた時の僕たちの絶望を。
先生が先輩が闇払いがハーマイオニーがネビルがルーナが、そしてこの僕も絶叫した。号泣した。声も絶えよとばかりに泣き叫んだ。
だがジニーは。まるで泣かなかった。
むしろケラケラと笑っていた。ゲラゲラと嗤っていた。血の涙を流しながらゲラゲラ、ゲラゲラと。僕は一生あの時のジニーの目を忘れられないだろう。どこまでも深い深い絶望に侵され、何か大切なものが不可逆的にかけてしまった人の目を。
そして、そんな異様な雰囲気は闇の陣営にも伝わったのだろう。さしものあの人も、さすがにご機嫌な調子で続けていた演説を取りやめてこう聞いた。
「ジニー、ジネルバ・モリー・ウィーズリーよ。恋人を殺された今の気持ちはどんなだ?俺様に教えてくれよ」と。
そのあとのことはよく覚えていない。「死ね」とつぶやいたジニーが杖から魔力刃を展開してあの人に切りかかったのが先か、激高したレジスタンスたちが突撃を開始したのが先だったか。ただそこからは凄まじい乱戦だったことは覚えている。それまではまだお互いに敵の無力化を優先し、緑の閃光が飛ぶのはまれだった。
だがそこからは豪雨のように飛び交う緑の閃光、冗談のように乱射される爆発呪文の数々。その殺戮の嵐の中で、皆が次々と命を散らしていった。ネビルはナギニの首をグリフィンドールの剣ではねた後四方から死の呪文を浴びて死んだ。ルーナは大量に抱いたしわしわ角スノーカックの角とともに自爆した。マクゴナガル先生はパチル姉妹をかばって死んだ。そのパチル姉妹も双子の連携を生かしてたくさんの死喰い人を道ずれにして死んだ。みんなみんな死んでいった。
乱戦が始まってどれぐらいの時間がたったか。いつの間にかその戦場に立っているのは僕とあの人だけになっていた。他はみな死ぬか、重傷を負って地に伏せるかしていた。
まだかろうじて戦える僕たちも、その実態はボロボロだった。あの人は全身に傷を負っており、左腕はすでになく、頬の切り傷からも血をだくだくと流していた。かくいう僕も全身傷のないところなどなく、右目は切り裂かれろくに見えなかった。
あの人は僕に何か話しかけた。多分僕らの健闘を称え、配下につくよう勧誘したんだと思う。思うというのはよく覚えていないからだ。ただ、足元にキングスリーら闇払いの精鋭を巻き込んで自爆したべラドリックスの生首が転がっていたことだけは、妙によく覚えている。そのあとも二言三言言葉を交わした気がするが、やっぱり覚えていない。
そして僕たちは魔法使いの決闘の流儀にのっとって向かい合ってお辞儀をした。
そしてあの人から放たれた緑の閃光は僕を外れ、僕の放った緑の閃光はまっすぐに彼の胸を射抜いた。あの人は信じられないという顔をしながらも、ふてぶてしく笑って死んだ。
生き残ったのは僕と、ハーマイオニーと、ジニーと、あといくばくかのレジスタンスの人たち。それでも、僕たちはきっとより良き未来が待ち受けているはずと、そう信じていたのだ。これからはもう闇に脅かされずに済むと、我々こそがこの守った自由を後世に受け継ぐことこそがこの戦争で散ったものに対する手向けになると。
皆がそう口々に口にし、ジニーも泣きはらした目でうなずいていたのに。
ジニーの首つり遺体が自室から発見されたのはその翌日のことだった。
「ハリーのいないこの世界に用はない」というただ一文の遺書を残して。