「クソガキども、何してくれたんだ。あ゛あ゛!!?」
騒ぎを聞きつけてやって来たアルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアは茫然とその光景を見つめていた。
まずは、地面に座り込み茫然と目の前で起こっていることを見つめる妹、アリアナ。それに駆け寄る、弟のアバーフォース。
そうして、少年三人を足蹴にして、歴戦の強者のように仁王立ちする従姉のニゲルであった。
ニゲルは、その真っ黒な髪をまるで鬣のように振り乱し、少年たちにドスの利いた声で吐き捨てた。
「てめえら、また人の身内に手え出してみろ、そのい○もつ引っこ抜くからな!?」
自分の血縁の口から吐き捨てられた耳を塞ぎたくなるような言葉に、アルバスはその賢しい頭でさえもどういった状態なのか理解できなかった。
ニゲル・リンデムはどうしたものかと頭を抱えていた。
(・・・・・アルの闇落ち?ルートは回避できたんだよな?)
彼女は恐る恐る、ちらりと隣にいるすました顔で本を読む秀才の顔を見た。
鳶色の髪に、きらきらとした青い目の男前である。
(これが、あのサンタクロースみたいな外見になると思うと時間とはまさしく偉大な事だよなあ。)
ニゲルの脳内には、遠い、前世にてスクリーン越しに見たアルバスの顔であった。
ニゲル・リンデムは、ふと、本当にふと思い至った。
自分、ハリポタの世界に生まれてね?と。
ざっくり言ってしまえば、ニゲルには何故か前世といえる記憶があった。といっても、はっきりとしたものではなく、ぼんやりとニゲルとは違う生き方をした記憶があるだけだった。
そんな彼女が、はっきりとその記憶を意識したのは、今は病死した亡き両親のホグワーツという名前からだった。
その時は、特別なことは思っていなかった。
両親の話からして、ラスボスの名前を言ってはいけない人の話も無く、どうも原作から大分昔のようであったからだ。
時代が時代の為、不便なことも多かったが体を動かすのは嫌いではなく、そこそこ順応していた。なによりも、自分が魔法使いであることが嬉しかった。
(原作から離れてるし、魔法使いの生活を楽しむぞ!)
が、そんなことは問屋が卸すはずも無く、自分の叔父夫婦がダンブルドアと知った時の衝撃たるや。
おまけに、その子どもに同い年のアルバスや、アバーフォース、そうしてアリアナの存在。
ヤバいと思った。
前世は、どちらかといえば本は読まない方ではあったが、学校で読書をするという宿題があった折、読みやすいハリーポッターシリーズは読破していた。
アルバス・ダンブルドアといえば、好々爺みたいな奴でありながら、最終的に全てその掌の上であったというなんとも策略的なキャラクターであった。
ニゲルの印象としては、優しいのに怖い人という印象が根付いていたが。
全て、自分で背負って、何もかも用意して、死んだ人。
が、ニゲルのあったアルバスは、もちろん頭は良くても年相応の性格であった。
アバーフォースのように体を動かすことよりも、読書が好きなようでニゲルとアバーフォースが仔犬のように外を駆けまわるのを横目に、一人で本を読んでいる姿が印象的であった。
無口で、あまり話すことも無いアルバスは、どうもこのころから秘密主義であったらしい。記憶を思い出した当初は、よくその頬を突っついたりと変なちょっかいをかけては鬱陶しがられていたのは良き思い出だ。
そうして、話の筋は曖昧なニゲルも、ダンブルドアという存在について覚えていたこと。
妹であるアリアナの死である。
何故、死んだかは覚えていないが、確かそれにアルバスは関係し、そうして弟の関係がぐちゃぐちゃになるのだ。
はっきり言おう、身内でそんなドロドロ展開ごめんである。
(・・・・なんか、アリアナになんかあって?そんで精神的に不安定になったのがきっかけなんだっけ?)
それだけを覚えていたニゲルは、アリアナに出来るだけくっ付いていた。
姉妹のいないニゲルが、年下の彼女を可愛がるのは不自然ではなかったし、何よりもアリアナは非常に可愛らしかった。
ダンブルドア家であるためか、人よりも賢しく、小柄で臆病な性質はどこか兎のように愛らしかった。
短気なニゲルからすれば、自分と同じ性格のアバーフォースやよくわからないアルバスよりもずっと分かりやすく付き合いやすかった。
そうして、ある時、悲劇は起きた。
ダンブルドア家に遊びに来ていたニゲルは、アリアナが一人で散歩に行ったことを聞きつけ、嫌な予感と共に飛び出した。
そうして、見つけたのは村のクソガキに何か言いがかりを付けられているアリアナの姿だった。
それに、ニゲルは問答無用と、クソガキの一人にドロップキックを決めた。
吹っ飛ばされた少年を横目に、ニゲルは無言で他の子どもにローキックを決めた。
そうして、吐いたのが冒頭の台詞である。
ニゲルはもちろん、村の大人たちから怒られたが、幼い少女を三人で襲った少年たちをこき下ろし、さらにアリアナの魔法について言及されても幻覚でも見たんだろうと突き放した。
その様を、アバーフォースなんて、怒れる番犬などと呼んでいた。
そうして、ダンブルドア一家は結局のところゴドリック谷に引っ越し、生活をし始めた。
アリアナは少し臆病さは増したものの、不安定さはなくなった。
ただ、自分のピンチを救ったニゲルに大層懐いてはいたが。
ニゲルも、これで一安心と思っていたが、やっぱりそうは問屋が卸さなかった。
ニゲルの両親が立て続けに流行り病で病死したのだ。そうして、唯一の身内であるダンブルドア家に引き取られたわけだ。
ダンブルドア家も、彼女がアリアナを助けたということに感謝していたし、アリアナも、アバーフォースも彼女に懐いていたためか、快諾した。
ニゲルは、無駄な前世分の経験のせいか、さほどのダメージは負っていなかったが、それでも辛いことは辛かったのを覚えている。
そうして、その後すぐに、今度は父親であるパーシバルが病死したのだ。
それによって、またダンブルドア家はがたがたになった。ニゲルは、死ぬ気でアルバスやケンドラのケツを叩き、事態を収拾したのだ。
その折、アルバスとアバーフォースが大げんかをし、それを仲裁したこともよくよく覚えている。
そうして、時間は経ち、アルバスとニゲルは、ホグワーツ魔法学校の四年生で在り、アバーフォースやアリアナもまた学校に通っている。
(・・・・このまま平和に過ごせれば、どれだけいいかなあ。)
などと、そんなことを考えながら、ニゲルは懐から菓子を取り出した。
ニゲルは、その、これから悲劇の中心になるかもしれない弟分を愛していた。
いつか、その男が、苦しみに溺れることなんてないように。
「どうかしたのかい?」
「いや、甘いもんいる?」
アルバスは自分を見つめる視線に口を開けば、ニゲルはまるでそれが少年の機嫌を損ねない唯一であるように甘いものを差し出した。
十四になっても変わらず甘いもので機嫌を取られている自分が子どものように感じるが、好きであるのは事実な為に無言でそれを受け取った。
列車の個室は、ニゲルとアルバスの二人っきりだ。
別段、二人に友人がいないというわけではない。
ニゲルは変わり者で学校内で浮いているが、共に過ごす友人がいないわけではなかったし、アルバスなど学校の誰もが仲良くしたいと思われているほどの人気者だ。
けれど、個室の中は不思議と二人だけだ。
入学の折、二人っきりで個室に乗った時から、この時だけは何故かコンパートメントは二人だけになる。
アルバスは、それがニゲルが手を回したことを知っている。
誰かがコンパートメントに来ようとするたびに、ニゲルがやんわりと追い返すのだ。
それを、アルバスは特別、何か思ってはいなかった。
もちろん、友人との会話を邪魔されているのは事実であったが、彼らとは学校で幾らでも話せる。
そうして、その、静かな空間が嫌いではなかった。
実家は、家族がいるために本当に一人にはなれないし、学校では秀才の彼を慕った存在がひっきりなしに話しかけて来る。
アルバスは、慕われることも、賞賛されることも、好きではあった。けれど、ずっとそんな調子で気疲れしないわけではなかった。
だからこそ、その、学校までの数時間、甘いものをアルバスに渡すことはあっても話しかけてくるわけでも、気にしているわけでもなく、ただ放っておくニゲルとの時間は嫌いではなかった。
ニゲルとは、アルバスにとって昔からよくわからない存在であった。
活発的な彼女は弟のアバーフォースとは気が合っても、読書が好きな賢しいアルバスとはあまり相性は良くなかった。
ただ、とある時から妙にアルバスのことを気にしてくるようになった。
読書の最中に、思いついた様にアルバスの隣に座る。といっても、何かをしてくるわけでもない。アルバスの顔をじっと見て、時折何故か頬っぺたを突いてくるようになった。
止める様に言えば、きょとりとした顔をして謝罪をしてきた。
そうして、詫びの証だと言って何故か甘いものを差し出してきた。
好きだろう、とそう言って、差し出してきたそれにアルバスは少し驚いた。
アルバスは、秘密主義だ。
彼は、態度には出ていたかもしれないが、甘いものが好きであると言ったことはない。なのに、何故、それをニゲルが知っているのか不思議で仕方がなかった。
それを、恐る恐る問えば、ニゲルはうーんと困ったような顔をした後、こう言った。
「君、の、ことがあれだよ、よく見てたんだよ、うん。えっと、好きだから。」
しどろもどろのそれに、アルバスは目を見開いた。
秘密主義の彼は、家族以外に親しい存在もおらず、それは彼が生まれて初めて提示された異性からの告白であった。
もちろん、その告白自体、ニゲルのとっさの言い訳で本人からすれば家族間の言葉であったのだが。
だが、アルバスにとって、ニゲルは良くも悪くも、生活を共にするようになった他人の枠を出ていなかった。何よりも、予想が出来ない彼女は、アルバスにとって扱いかねていたというのはある。
その後、そそくさと立ち去ったニゲルの後ろ姿を見つめながら、アルバスは困惑した。
今に思えば、あの言葉は親愛であったのか、それとも恋愛といえるのか、アルバスには分からない。
ニゲルは、アルバスのことをよくよく気遣っていた。
アルバスは、父が死んでから実質といえるほど家長のような立ち位置にいた。
父が死んだ折も、母も弱り切り、実質的な手続きは殆どアルバスが動いていた。彼も父がいなくなったためにそれ相応に悲しんでいたが、そんなことは赦されず、出来るだけその感情を隠していた。
それが、きっと、素直なアバーフォースの鼻についたのだろう。
アバーフォースに、アルバスは散々なじられたのだ。
悲しくないのか、父さんが死んだのに。兄ちゃんは泣きもしないじゃないか!
悲しくないわけじゃない、苦しくないわけじゃない、寂しくないわけじゃない。
ただ、自分がしっかりしなくてはいけないという義務感で、必死に立っているだけなのだ。
無反応なアルバスに、アバーフォースは余計に苛立ったのか、さらに言葉を付きつけようとしたとき、無言でニゲルが間に割って入り、そうして無言でその頭に手刀を叩き込んだ。
驚いている二人に、ニゲルは言い切る。
「顔に出てないからと言って、何にも思っていないなんて言うのはこじつけが過ぎる。」
よく、分からない。アルバスは、ただ、なんだか、今でも上手く言葉に出来ないけれど、何となく思うのだ。
彼女の前では、何だか、少しだけ気が楽になる。
ニゲルは、アルバスをまるで年端もいかない幼子のように思っているのではないかと考える時がある。
彼女は、あまりアルバスに関わってこない。けれど、時折、ふらりと現れて変わることなく聞いてくるのだ。
「飯はちゃんと食べてるか、温かくして寝ているか?」
ホグワーツにいるのだ。食事はしっかりと食べていられるし、部屋だって暖かだ。
けれど、ニゲルは変わることなくそんなことを聞いてくる。そうして、アルバスが是と答えると、満足したように去っていく。
ニゲルは、アルバスがどれだけ才能豊かと認められても、興味を示すことはない。ただ、彼女は、アルバスが当たり前のように健康で暮らすことを気にしていた。
ニゲルとは、アルバスのなすことに無関心でありながら、アルバスのことをまるで親のように気にしていた。
アルバスは、ニゲルのことが分からなかった。けれど、彼女は、何故かいつだってアルバスの欲しい言葉をくれた。
それは、何時かのことだろう。
何気ない、会話の中でのことだった。
「そういや、お前、学校卒業した後、どうするんだ?」
「・・・・・この家に帰って来る。母さんを、一人にしては置けないからね。」
少しの沈黙は、その選択肢を取りたくない意思の表れだった。
けれど、仕方がない。今は、学校があるために仕方がないが、自由になれば母を一人にはしておけない。父が死んでからすっかり弱り切った彼女を、一人にはしておけないだろう。
それに、不満はあった。
アルバスは、己が才を試したかった。
彼は、自分が成功を収めることができると確信していた。だというのに、自分はあの田舎で母の世話をして時間を消費するだろう。
仕方がないのだ、分かっていた。
彼は、家の長男で、父がいない今、自分が支えなくてはいけないのだ。
母のことは、嫌いではない。けれど、けれど。
そんな言葉が、浮かんでは消えていく。
「え、お前家出ないの?私、家に残っておばさんの世話する気なんだけど。」
「え?」
アルバスは思わず、ニゲルに視線を向けた。
ニゲルは、アルバスには劣るが、そこそこ優秀な成績を収めている。場合によっては、魔法省に入ることだってあるだろう。
だからこそ、ニゲルがあんな片田舎で生活しようとしていることなど最初から考えていなかった。
「まあ、薬草学の成績が一番よかったし、農家でもやろうかと思ってるんだよね。お前さんは家を出るかと思ってたから、おばさんのことは私が見ようと思ってたんだけど。」
「いいのか?」
「良いも何も、そっちの方が生産的だし。というか、アル、お前さん野心強いから、魔法省とかに入ってバリバリ出世でも目指すと思ってたんだけど。」
アルバスは、それにどきりと心臓を刺されたような気がした。
自分の力を試したい、認められたい、そういった節がなかったと言えば嘘になるが、それを真正面から指摘されれば、それ相応に心臓が鳴る気がした。
そんなことを気にしたことなく、まるでそれが周知の事実のようにニゲルは言葉を続けた。
「別に、悪いことじゃないだろ。自分の力を試したいって思うの。まあ、あんまりがつがつして、わき目もふらずにっていうのは止めろよ。お前さん、大いなる目的のためには小さな犠牲もいとわないところあるし。それは、きっと、正しいが。でも、小さな犠牲になる方からすればたまったもんじゃないだろうけど。」
お前さんは、正しさのためなら汚れることに躊躇がない奴だし。
自分の心の中を、覗かれているんじゃないかと思うほどに、彼女の言葉を理解できた。開心術でも使われているのではないかとも感じたが、そこまでの能力は目の前の存在にはない。
ニゲルは、アルバスの思案顔に何気ない様子で言った。
「アル、あのなあ。家族だからって、それを何よりも優先するこたあないんだぞ?」
「どういう意味だい?」
努めて、穏やかにアルバスは言った。
「そりゃあ、家族は大事だ。大事にすべきだ。大事にされたのなら、なおさらに。でもな、それでお前さんの人生を犠牲にするのはまだ違うだろう。家族だからと言って、それがこの世の中で一番に大事にしなくちゃいけないわけじゃない。お前は、お前の人生を蔑ろにしなくていい。少なくとも、私がいる。」
お前は自由に、好きな事すりゃあいいだろう。
私が、好きにするように。
その言葉に、そのたった一言に、アルバスは救われたのだ。
アルバスは、子どもで、けれど、彼は彼なりに背負わなくてはいけないものがあった。それが、煩わしくて仕方がなかった。
どうして、自分は好きにできないのだろう。それが赦される能力があるのに。
けれど、そんなことを思ってはいけないのだと思っていた。そう、母にそんなことを思ってはいけないのだと、思っていた。
けれど、その言葉に、少しだけ肩の荷が下りた様な気がした。
「まあ、だからといって独善に走って独裁者とかになるなよ。それが一番こええんだから。」
「僕が、かい?」
「だって、お前、権力とか大好きじゃん。褒められたら、すげえ得意そうだし。本当に正しい奴も、完璧な奴もいないんだからな。もしも、お前さんがそんなことになったら、私が殴ってでも止めるから。」
あの時の虐めっ子みたいに。
その声は、ひどく温かで、ぬるま湯のように優しかった。
「・・・・どうして。」
「うん?」
「どうして、ニゲルは僕にそこまでしてくれるんだ?」
それは、アルバスがずっと思っていた疑問だった。
自分のことが好きな様子もない、弟や妹の方が好きなように見えた。
恩を返そうとしているのも違う、彼女にはダンブルドア家に来てから母のことや父のことで苦労ばかり掛けている。
けれど、何故か、ニゲルは誰よりもアルバスのために行動していた。
だから、何故かと、そう思った。
それに、ニゲルは淡く苦笑した。
まるで、幼子に微笑む母のような、そんな笑み。彼女は、そう笑って、ダンブルドアを抱きしめた。
「お前の幸せを願っているよ。」
それは、なんて、柔らかで、優しい言葉だろうか。
ああ、それは、きっと無償の何かだった。
ただ、ただ、アルバスのことを思っているだけの言葉だった。
それに、アルバスは、なんだかほっとした。
自分を、ずっと、そんなふうに見ていてくれた人がいたことに、ほっとした。
アルバスはちらりと、ぼんやりと窓の外を眺めているニゲルを見た。
彼女が、何を思っているのかは分からない。
ただ、たった一つを知っている。
自分は、愛されていて、そうして、守られているのだ。
彼女だけが、アルバスを、アルバスの願いを守ろうとしてくれた。
それだけで、きっと、よかったのだ。