ダンブルドアは自由に生きられるか   作:藤猫

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彼女は、確かに己の姉でも、母でも、ヒーローでも、友でもなくなったかもしれなくても。彼女は彼女であるらしい。


番外編ではないです。
ニゲルはニゲルである話。



変わらぬあなたへ想うこと

 

 

 

世界の全てがひっくり返って悉く壊れていくのはこんな感じなのだろうと、アリアナは己の姉を見つめた。

泣けばあやしてくれた手も、微笑んでくれた瞳も、歌うように気遣ってくれた声も、何もかもがアリアナを知らぬのだというように遠ざかったその瞬間、アリアナは世界が壊れてしまったのだとそう思った。

 

いつものように授業を受けていたある日、慌ててやって来た寮監の先生はニゲルが聖マンゴ病院に運ばれたことを告げた。

アリアナはそれに取るものも取らずに共に知らせを受けたアバーフォースと共に姿現しを出来る場所まで向かった。

迎えに来ていた兄は、今までの見たことのないような悲壮に満ちた顔をしていた。

アリアナは、正直な話、ニゲルが記憶を無くしたと聞いても信じてなかった。

 

私の、ヒーローが私を忘れることなんてないと、頑なに信じていた。

 

呪いを受けた、そんなことを聞いてもニゲルならば平気だと無邪気に信じていた。

 

目の前にいる。それこそ、損なわれることなく、そこにいる。

なのに、その緑の目から零れ落ちた不信感と忌避感を見た時、差し伸べた手がどれほど無駄であるか、まざまざと理解したのだ。

アバーフォースに連れられてソファに座らされた。

涙が溢れ出た。

泣き止め、泣き止まなくちゃ。

自分は、こんな時まで弱いままじゃないか。

そうして、心の奥底で期待を、してしまっていた。

泣いていれば、弱さを示してさえいれば、きっと、ニゲルが慰めてくれるなんて。

どうしたなんて、そんな柔らかな声が自分にかかるのだと、そんなことを信じていた。

けれど、そんな声がかかることはなかった。

そんな声が聞こえて来ることはなかった。暖かな手が、自分の肩を撫でて来ることはなかった。

そうしていると、意識の外側にあった長兄と次兄の諍いの声が聞こえて来る。

 

(とめ、なくちゃ。)

 

自分以外にいないのだ。ニゲルには、今はきっと止められないから。だから、自分が止めなくちゃいけない。

けれど、アバーフォースの声が大きくなるにつれ、ぐらぐらと意識が揺れる。涙が止まらない、ひっくりとしゃっくりまで出て来る。

 

怖い、嫌だ。

 

耳を塞いで、蹲りたい。

ああ、怒っている。アバーフォースが、悲しくて、怒っている。

それだけが分かる。

涙は止まらない、止まってよ、せめて、たちあがってここから逃げたいよ。

お父さん、お母さん。

兄様たちが、喧嘩をしてるの、どうしよう、止めたいのに体が動かないの。

ねえ、アル兄様、アブ兄様、止めてよ。怖いよ。

 

体の中で何かががたがたと揺れ始める。何かが、あふれ出しそうになる。

体をちぢませて、それに耐える。

嫌なものを感じる、父が死んだときの同じ、そんな嫌なものが部屋に漂っている。

悲しみを感じる。それが部屋を満たして、泣けないのに叫ぶことしか出来ないみたいに。

止めてと、震える声で言ってみた。

けれど、そんなものは届かない。

助けて、誰か、止めて。

助けて、ニゲル。

 

ニゲルが、助けに来れないなんて分かっている。だって、彼女は他人なのだ。忘れてしまったのだ。

あの、困惑に満ちた目を見て、そんなことはわかっている。でも、そんなことを思ってしまう。

それは、困り果てた子供が、母に助けを求める時のものと同じだ。

アバーフォースがこぶしを握った。

アリアナは、恐ろしくて、悲しくて、か細い声で止めてと言った。

それでも、その声が、いつだって二人には届かない。

アリアナがぎゅっと目をつぶって、体を強張らせたその瞬間、アバーフォースの前に誰かが躍り出た。

 

「さすがに暴力沙汰は止めといた方が。」

 

声がした。待ち望んだ、来てほしかった、あの声が。その声が、した。

自分の肩に回って、押し付ける様に抱きしめられた、馴染んだ体温がした。

アリアナの目から、少しでも堪えようとした涙が一気にあふれ出した。

その手は、遠慮がちで、けれど確かにその手から守ってくれようとしている意思を感じた。

匂いがした。

ニゲルがいつもさせていた、草と土、そうしてお腹がすくようなご飯の匂い。

 

(・・・・ニゲルだ。)

 

確かに、彼女は、アリアナの大好きなニゲルであった。

 

 

 

アリアナたちの通された部屋は、大きめのベッドが一つだけ置かれていた。

 

「・・・・私は。」

「一緒に寝ましょう?」

 

ニゲルの雰囲気から何を言うか予想してアリアナは彼女の手を掴んだ。

ニゲルは非常に不服そうで、そうして気まずそうな顔をする。

それも仕方がない話、さすがに年下とはいえ知りもしないらしい存在とベッドを共にするというのは誰だって躊躇するだろう。

けれど、アリアナは確信があった。

どうやら、ニゲルは結局根っこのところでニゲルでしかないらしい。

彼女は自分にとって守るものだと判断した存在からの頼みを断れないのはアリアナにとっては分かり切ったことだった。

じっと無言で見つめれば、根負けしたのかニゲルは渋々ベッドに横たわる。アリアナもまた、ベッドに寝転んだ。

 

「・・・・寝がえり激しかったらごめんね。」

「ニゲルは寝相は良いわ。」

「あ、さいですか・・・・」

 

ニゲルはぽすりと、出来るだけアリアナから体を離して横たわる。アリアナもさすがにニゲルに気を使い、距離を置いた。

アリアナは杖を振り、明かりを消した。暗くなった中で、アリアナは最初に感じた疎外感など忘れてしまった。

 

「・・・・ニゲル。」

「何だい。」

 

暗闇の中で、アリアナはじっと自分に背を向けたニゲルに声を掛ける。

 

「・・・・学校、休んでニゲルと一緒にいていい?」

「え?」

 

ニゲルはそれに反応して、首だけをアリアナの方に向けた。

 

「・・・・学校で嫌な事があったのか?」

「記憶がないニゲルのこと、放っておけないわ!」

 

アリアナはひどく不安だった。ニゲルが記憶を無くしたとはいっても一般知識がないわけでないのは知っている。

だからといって、ニゲルはこのままだとアルバスと二人っきりで過ごすことになる。

もちろん、アリアナはアルバスが善人であることは知っている。

けれど、アリアナの感覚として他人の世話を焼けるタイプではないのだ。

おそらく、ニゲルが相手であれば、アルバスは全力で甘える態勢に入ってしまう。幼いアリアナにもアルバスのそう言った情けなさは理解していた。

ニゲルは寝返りを打ち、アリアナの方を向いた。

 

「・・・・・私のこと、心配してくれてるんだね?」

「うん。」

 

ニゲルは少し悩んだ後、首を振った。

 

「心配してくれるのは嬉しいけど、今は自分のこと優先させなさい。」

「どうして!?」

 

起き上がって、そう不服そうに言ったアリアナにニゲルは苦笑した。

 

「まあ、生活できないわけじゃないし。試験だって控えてる大事な時間だろう?」

「でも、ニゲルが!」

 

彼女は少しだけ悩む様な仕草をした後に、アリアナをじっと見た。

 

「・・・・・君が私を心配する様に私も、君の時間を犠牲にするのは忍びないんだよ。君にだって、夢があるだろう?」

「・・・・癒者に、なりたいって思ってる。」

「へえ、いいね。なら、余計にがんばらないといけないことがたくさんあるだろう?そうだな、それに癒者になったその時は、私の呪いも解いてくれるかい?」

 

軽口のようなそれは、幼子の機嫌を宥めるものだとアリアナも分かった。

けれど、アリアナは衝撃を受けた様に口を開いた。

 

「私に、出来ると思う?」

「あー・・・・」

 

ニゲルとしては少女の反応の理由が理解できず、戸惑いに満ちた声を上げたがそれでも恐る恐るに呟いた。

 

「私の呪いがどれだけ難しいかは分からないけど。そうだな、そうあってほしいし。もしも、そうなったら君は私のヒーローだね。」

 

アリアナは、それに固まった。黙りこみ、思わずニゲルに背を向けた。そうして、横たわった。

あなたが、記憶を失ったあなたが、私にそんな言葉をかけるのか。

昔、アリアナを助けてくれたヒーロー。カッコよくて、綺麗な、アリアナのヒーロー。

あなたは、記憶を失って、アリアナに何をしたのか忘れはてて、それでもそんな言葉をくれるのか。

ヒーローになんてなれるのだろうか。

こんなふうに、未だ無力で、子どもの自分が。そんな、冗談のようでも、言葉通りになれるのだろうか。

 

「・・・寝たのか?」

 

ニゲルの声がする。黙り込んだアリアナが眠ったと勘違いしたらしい。

けれど、アリアナは目から溢れ出る涙に気づかれるのを恐れて黙り込んだ。ニゲルは少しの間黙り込んだ後、そっとアリアナに肩まで布団をかけた。

 

「・・・・強い子だな。母ちゃん死んじゃったのに、私の事なんて気にかけて。優しすぎるな。」

 

それに、余計にアリアナから涙が溢れ出た。

違う、強くなんてない、優しくなんてない。

 

お母さんのことは、未だ実感が湧かないだけだ。ニゲルの側にいたいのだって、自分が不安なだけだ。

ああ、それだけだ。

アリアナは、そうなりたいと願いながら、ちっとも優しくも強くもない。

兄たちの喧嘩さえも止められない。

 

(・・・・・でも、ニゲルはそう言ってくれる。)

 

灯の様に、アリアナの世界を照らしてくれた言葉が変わることなく与えられた。

 

ああ、そうだ。変わってなどいなかった。

確かに、記憶を失っても、それでもなお、ニゲル・リンデルは変わることなくアリアナのヒーローのまま、美しい憧れのまま。

アリアナが本当に助けてほしい時、叫び声さえ上げられないその時、彼女は当たり前のようにそこに現れる。

 

(ニゲル、ねえ、ニゲル。)

 

ああ、そうか。ヒーローは変わらないまま、そこにいた。

 

 

アリアナ・ダンブルドアは、自分が弱いと知っている。誰かに守られることしか出来ないと知っている。

それでもなお、アリアナは誓うのだ。

優しい、強い姉が彼女に微笑んでくれた、そのままに強くて優しい人になろうと。

例え、どれほど時間が経っても、もしも、誰かと戦う強さは持てずとも、誰かを癒す優しい人であろうと思う。

怖いと思う、不安だってある。それでも、アリアナはぴんと背筋を伸ばすのだ。

遠い日に、自分の前に立った王子様の様に。

アリアナは自分の指針として仰ぎ見た、優しい人が変わらないことを知っている。

その人を、守れるような、兄たちが迷子になっても手を引けるような、そんな人になりたい。

それは、どれほど果てしなくて。どれほどまでに遠いのだろうか。

自分は弱くて、守り、慈しんでくれるヒーローに縋ってしまう弱さを放り捨てられない。

それでも、いつかを願うことは出来るだろうか。

自分は子どもだ。そうだ、まだ、大人ではないから。

だから、どうか、待っていてほしい。

アリアナ・ダンブルドアは、悪をくじく英雄になれないかもしれない。それでも、誰かが傷ついたその瞬間、手を差し伸べるヒーローにはなれるのだ。

 

 

 

 

 

 

アバーフォース・ダンブルドアが抱いたのは、漠然とした怒りだった。

 

アバーフォースは最初、彼からすれば比較的冷静であった。もちろん、ニゲルが記憶を失ったことも、母が亡くなったことにもそれ相応に動揺はしていたものの心の奥底で思っていたのだ。

ニゲルが死なない限り、本当の最悪ではないのだ。

アバーフォースは正直な話、姉や兄に頼りきりの母に少々失望していた部分がある。

もちろん、母がそこまで弱ってしまった理由も分かる。父やニゲルの父母が立て続けに亡くなったことはしかたがないだろう。

けれど、それでも母が情けなさ過ぎる部分はあった。

アルバスやニゲルがしっかりしすぎている部分があったせいもあるだろう。

けれど、ケンドラと言う女性のために二人が重荷を背負っていることも知っていた。

優しい人だ、分かっている。アリアナは母に似たのだろう。

愛情深くて、優しくて、抱え込む人だった。

分かってはいる。けれど、弱すぎる人だった。

そうだ、アバーフォースは少しだけ思ってしまった。ようやく、母は父の元に行けたのだろうと。

そうして、兄や姉貴分の重みが少しは解消されたのだろうかと。

彼女が、ぼんやりと父の埋葬された墓の方向を眺めていたのを知っている。

それゆえに、アバーフォースは少しだけ、思ってしまった。

悲しいとも、寂しいとも、やりきれないとも思いながら。母は父に会えるのだろうかと。

何よりも、ケンドラが死んだ理由がニゲルによって起こったという事実が怒りよりも悲しみや寂しさに繋がった部分もあった。

そうして、アバーフォースは後ろめたくはあれど、母よりも苦労を背負っていると理解のしやすかった姉や兄に愛情があった。

アバーフォースは分かっていた。

ニゲルが死なない限り、彼女はいなくならない限り、自分たちきょうだいは大丈夫だと。

まだ、自分たちはきょうだいのまま、そのまま生きていけるのだと。

 

 

だというのに、ああ、だというのに。

アバーフォースは自分が事態をあまりにも軽く見ていた。

 

アバーフォース、そう呼ばれたときの彼の衝撃を誰が知るだろうか。

 

(違うだろう。)

 

なあ、アブだろう。いつもみたいに、小さな子供を呼ぶみたいな、そんな少し高めの甘ったれな声で自分を呼ばないのか。ずっと、もう少し何とかならないのかって言っただろう。ああ、そうか、ようやく分かってくれたのか。

 

そんな考えがぐるりと頭を巡った、けれど、彼女の自分を見た怯えに満ちた目、知らぬものを見る目。

駆け寄ろうとした足は、ずしりと重く動いてはくれなかった。

アリアナが駆け寄る、助けを求めるような目でアルバスを見た。

 

(止めてくれ!)

 

そんな顔をしないでくれ!

さあ、いつも通りアリアナを抱きしめてくれ!

アルバスに夕飯の献立を笑いながら伝えてくれ!

 

(・・・・俺に、なあ、いつもみたいに。)

 

乱雑な仕草で、頭を撫でてよ。

 

請うように、そう思った。神に祈る様に、そう思った。

愚かな自分を、その瞬間目いっぱいに呪った。そうだ、記憶がないことを大したことないのだと思った自分を呪った。

そうだ、今、この瞬間、ニゲルは自分たちと出会い、過ごし、手を取った関係性をごっそりと落としてきた他人に成り果てているのだと。

 

(・・・・嘘つき!)

 

憎悪を燃やす様にそう思った。睨み付けて、喉の奥からせりだしてくる怒りの言葉を必死に飲み込んだ。

分かっている。ニゲルが悪いわけではないのだと。

だから、憎悪を噛み殺したのだ。

 

 

「仕事、辞めないのか?」

 

震える声が、辺りに響いた。アリアナのすすり泣く声が聞こえる。

 

「・・・ああ。」

 

アルバスが短く紡いだ言葉にアバーフォースは拳を握りしめた。

ニゲルの状態を聞き、そうしてアルバスにこれからどうするのか聞いた時のことだ。

彼は短く仕事を続けると言った。

 

「ふざけるなよ、ニゲルのこと、ほっとく気か?」

「・・・・・すまない。」

 

ぶわりと、己の腹に募ったのは怒りだった、憎しみだった。

ぐつぐつと、煮えたぎる様な痛み。

悲しみに沈んだ表情、伏せた瞳。

 

「なんでだよ?」

 

冷静になれ、そうだ、冷静に、どうしてか聞くんだ。

 

「どういうつもりだ?」

 

アルバスは、黙り込んだままだった。それに、アバーフォースは叫ぶように言った。

 

「いい加減にしろ!家族がこんな時に仕事だって!?勝手をしやがって!今更、ニゲルに散々世話になっといて自分の地位が惜しいっていうのか?」

 

アルバスは黙り込んだままだ。それに、アバーフォースの中で何かが爆発した。

いつもそうだ。そうやって、辛そうな顔をして、そのくせ黙り込む。

何も言いやしない。勝手な事ばかりするのに、どうしてそんなことをするのかいいやしない。

アバーフォースはがっと、その胸ぐらをつかんだ。

 

アバーフォースは叫んだ。

どうしてだと、どうして、側にいてくれない。こんな時だからこそ、側にいてくれない。

危険な仕事について、家族まで巻き込んで。今更、まだ、仕事に執着するのか。

 

愛されていたくせに。慈しまれていたくせに。

そうだ、くせに、くせに。

言わないでおこうと思っていた言葉が口から漏れ出た。望んでいないのに、叫ばずにはいられなかった。

ずっと、ニゲルに甘えていたのに。べったりと、無償のそれを疑うことも無く甘えていたのに。彼女が一番に大変な時に支えてくれない、側にいてくれない。

どうしてだよ、どうしてだよ。

どろどろに口から漏れ出る憎悪の言葉にアルバスは瞳を閉じて受け入れる。その様が余計に頭に来た。

 

いつもそうだ。いつだって、自分の言葉は目の前の男に届かない。伝えたくて、引き留めたくて、それなのに彼は自分の言葉を受け入れるだけだ。

感情のままにこぶしを握った。

ああ、どうか、届いたと自分に教えてほしい。言葉が届かないのなら、痛みでしか、アバーフォースに出来なくて。

がしりと、それを止めたのは、驚いたことに姉貴分だった。

驚いたその眼と、怯えを含んだ眼がぶつかった。

そうして、口から飛び出てきたのは、昔自分と兄の諍いを止めた時と同じような言葉だ。

 

どうしてだ、そう思った。

記憶なんてないんだろう。何もかも失って。自分たちとは他人に成り果てて、関係なんて無に等しい。

なのに、どうしてだ。

 

(どうして、変わらないんだよ。)

 

自分に向けられた、優しさも厳しさもまるで家出してしまったように存在しないのに。それでも、どうしてか、ニゲルは変わらない。

本当に自分が、何かのラインを超えようとするその瞬間、引き留める言葉と手を、彼女は与え続けてくれる。

抱きしめられた。

体が震えている。

ああ、それに、彼女が決して自分の姉ではないのだと、他人でしかないのだと、まざまざと理解できた。

それでも、その温もりは、背中をさする手は、その言葉も、その仕草も、変わることはない。

 

(ああ、そうだ。)

 

彼女は、確かにアバーフォースの姉ではなくとも、確かにニゲルであるのだと。

 

「・・・・・あんまり兄貴に甘えてやるなよ。」

「うん。」

 

アバーフォースはニゲルの言葉に微かに頷いた。目いっぱいに甘える様に、その肩に頭を擦り寄せた。

そうだ、ニゲルは変わることなく、ニゲルのままだというならば。

 

(大丈夫だ、また、家族になれる。)

 

 

アバーフォース・ダンブルドアは、当たり前は崩れることを知っている。変わってしまうものを知っている。

だからこそ、彼は信じて、手を伸ばすのだと誓った。

彼は、夢を持つことはないだろう。彼は、偉大なものになることはないだろう。彼は、いく人にも忘れられていくだろう。

けれど、アバーフォースは自分にとって本当に大事なものが何なのかを知っている。

彼は、例え、どんな時だって自分の大切なものを間違えないだろう。

彼は、信じることにした、叫び続けることにした。

彼にとって愛しい家族が迷子にならない様に。

アバーフォース・ダンブルドアはけして英雄にはならないだろう。それでも、彼は家族を守る優しい人になれるのだ。

 

 

 

 

 

「・・・・呪いを受けた本人が僕よりも先に退院するなんてね。」

「はははははは、まあ、それは。」

 

ゲラート・グリンデルバルドは目の前で苦笑するニゲルをじっと見た。

記憶を失い、呪いを受けた彼女へ感じたのは腹に重たくのしかかる様な罪悪感だった。

そうして、会った彼女は確かにグリンデルバルドを忘れていた。

さっぱりと、きっぱりと。まるで、彼女との記憶が夢であったかのように。

 

世界を変えたかった。

この世界は、漠然と間違っているのだと思った。

傲慢にも、過信していたのだ。この世界を、自分は変えられるのだと。

それがどうだ。

友人一人、自分には守れなかった。

美しい夢を見せてくれた、春の夜のような人。

大好きだった人。

 

彼女の中から自分が消え失せていることは罰だと思った。

傲慢に何もかもが出来るなんて、そう思った自分への罰なのだと。

痛みがあった。それでも、その痛みも飲み込むことと決めたのだ。

何もできなかった自分への罰だと。

 

グリンデルバルドとニゲルは今、バチルダ・バグショットの家でお茶をしていた。

グリンデルバルドが望んだらしいそれは、ニゲルとアルバスが新居を何とか探し、生活が落ち着いてからのことだった。

ニゲルは正直、このお茶会を忌避していた。

 

(・・・いや、だってあのグリンデルバルドだよ?)

 

原作にて燦然と闇の魔法使いとして輝く、その名前。

 

(そうして、ダンブルドアの初恋の相手。)

 

いや、気まずい。めちゃくちゃに気まずい。

心境を表すなら間男ならぬ間女になった気分だ。もしかすれば、ダンブルドアに気安くないかと言う釘を刺されるかと思ってさえいた。

 

(・・・でも、ダンブルドアは大丈夫だと言ってたけど。なんか一応、信頼関係はあるみたいだし。)

 

それが、全てとは言えないけれど。どうも、自分はグリンデルバルドとは前から親交があったらしい。それならば、記憶を失う前の自分を信じてみようとこのお茶会に挑むこととなった。

 

(一応、ダンブルドアに探りはいれたけど。どうも、死の秘宝関連にはあんまり興味がないみたいだし。)

 

ニゲルは腹に力を入れて、怯えてしまいそうなほどに見目麗しい男に向かい合った。

 

 

グリンデルバルドは、少しだけ安堵していた。

何故って、改めてあった彼女の反応は最初の茶会と本当によく似ていた。

警戒心と不安感、そうしてちらりと目の先に見える好奇心。

それは本当にニゲルと言う人との出会いを思い出す。

アルバスの守りの魔法がかかっていたニゲルと、魔法をとっさに使ったとはいえグリンデルバルドとでは外傷の差があったとはいえ、自分よりも先に退院していった彼女はあまりにもらしいといえた。

彼女らの母の葬式の時もろくに話すことはなかった。単純に彼女の弟妹達に警戒されていた面もあるが。何よりも、ニゲルはその時あまりにも不安定であったためだろうか。

ぽつんと、まるで絵空事を見る様な目で葬式を眺める彼女は見まごうことなく、他人であった。

何となく、覚悟が必要だった。

彼女が他人であるという事実、彼女が自分を知らないという事実、彼女を、助けられなかった己。

少しでもいい、ゲラート・グリンデルバルドは覚悟を決めたかったのだと思う。

自分にとって、守れなかった、愛しかったものががちゃんと壊れたという事実を受け入れるために。

そうして、一つ、選択をするために。

覚悟は決まった、自分の行き先を決めた。

だからこそ、ニゲルに会うためにアルバスに頼んでこの茶会を設定したのだ。

 

「今日、君に会いたかったのは、一つ報告があったんだ。」

「報告?」

「そうだね。それに関して、君に言っておきたかったんだ。」

 

ニゲルはそれに不思議そうに首を傾げる。なんといってもわざわざグリンデルバルドにそんなこと言われる覚えがないのだろう。

グリンデルバルドはそれにくすりと笑った。

青年は、淡い金の髪に青い瞳。まるで王子様のような麗しい顔をほころばせた。

 

「・・・ホグワーツに編入しようと思ってるんだ。」

 

ニゲルはそれに目を大きく見開いた。

 

「どうした?」

「え。いや、うん?ホグワーツに?」

「ああ、そうだよ。もう試験も受けてね六年生になるはずだ。」

「ホグワーツって編入できたの?」

「それはそうだろう。学校なんだからな。」

「・・・・まじか。」

 

グリンデルバルドはニゲルの反応を疑問に思いつつ、入れられた紅茶を啜った。

もちろん、暴力沙汰で問題を起こしたグリンデルバルドにはそれ相応の評価というものが向けられるが今回は協力者がいたためあっさりと試験は許可された。

 

(・・・ダンブルドアの協力のおかげだ。)

 

アルバス・ダンブルドアとゲラート・グリンデルバルドはお世辞にも仲がいいとは言えない。

アルバスは大事なニゲルに暴力沙汰を起こした人間が近づくのを嫌ったし、グリンデルバルドはプライドが高く友人を束縛する面倒な男だった。

それでも、彼らは確かにたった一つだけ、共有した事実があった。

 

優しくて、自分の手を引いてくれた、大事な人を守れなかった。

 

葬式が終わった後、アルバスは一人で外にいた。そこは偶然なのかどうなのか、グリンデルバルドがニゲルと星を見上げていた丘だった。

別段、示し合わせたわけではない。ただ、グリンデルバルドは独りになりたかっただけだ。そこにアルバスがいた。

 

「僕を、怨むか。」

「下らないことを言わないでくれないか?」

 

無粋にそう言ったのは、ただ純粋にどう思われているのだろうかと言う疑問だった。

アルバスは後ろから声を掛けて来たグリンデルバルドに振り返りもせずにそう吐き捨てた。

 

「それは、僕だって同じだ。」

 

平淡なようで、それは血反吐を吐くような声だった。

憎しみと、嘆きと、腹に溜まる様などろどろとした何かを吐き出したような声だった。

 

「自分だけが彼女を守ろうとしていたなんて、自分だけが彼女のことを思っていたなんて、そんな傲慢なことを思うな。」

 

それにグリンデルバルドは恥じ入る様に視線を下げた。

アルバスが誰よりも憎んでいるのはきっと己自身なのだ。グリンデルバルドはそれを分かりはしない。

けれど、一番近しいからこそ、誰よりも彼女の安寧を求めていたのはこの男だった。

誰かに、ただ、当たり前のように生きてほしい、当たり前のように平穏に在ってほしい。

それは、なんて優しくて素朴な願いだろうか。

それは、誰かの悪意によって簡単に砕け散った。

 

「・・・仕事を辞めないのは、復讐のためかい?」

 

グリンデルバルドは思ったよりも、優し気な声でそう聞いた。それにアルバスは振り返る。

 

「なら、お前は赦せるのか?」

 

アルバスの瞳から、涙がこぼれ落ちた。青い、キラキラとした瞳から、ぼたりとこらえきれなかったような滴が零れ落ちた。

 

「ニゲルのどこに、誰かに傷つけられる理由があった!?」

 

彼女は英雄ではなかっただろう、彼女は聖人ではなかっただろう。

それでも、当たり前のように、優しさを、微笑みを、慈しみを持った人だった。

誰かを救えはしなくとも、誰かを助けられる人だった。

 

「そうだ、際立ったところなんてなかっただろう! 嫌われていなかったとも言わない。それでも、あんな目に遭う謂れなんてなかったはずだ!」

 

子どもの癇癪のようなそれは、怒りだった、憎しみだった。

それは、グリンデルバルドが抱えた物に似ていた。

 

「赦せるはずがない、分かってる。ニゲルを一人にしていいわけないなんてことは!でも、ここでこの憎しみを晴らさなければ、僕は。僕は。」

 

掠れた声は、グリンデルバルドの知る優等生の皮を脱ぎ捨てた、一人の男の声だった。

グリンデルバルドは一度だけ、瞳を閉じた。

そうして、そっとアルバスに手を差し出した。

 

「誓いを立てよう。」

 

その言葉で、アルバスは全てを察した。破れることなき、その誓い。

 

「・・・・何を?」

「僕はお前に、お前は僕に。」

 

今度こそ、守ることを。

 

それは、なんて曖昧な言葉だろう。なんて、曖昧な祈りだろう。

なんて、なんて、子どものように強く、純粋な誓いだろう。

その日、大人と言えるほど老いてもおらず、子どもといえるほど幼くはない二人の彼らは互いに誓いを立てた。

彼らは、友人ではなかったのかもしれない。彼らは、けして穏やかなだけの関係ではなかったのかもしれない。

それでも、認めてはいたのだ。だからこそ、誓うに足るのだと認め合った。

その夜、二人は、友愛を持たず、親愛を持たず、それでもなお、共犯者に成り果てた。

いつか、友になる日が来ようと。彼らの誓いは続いていく。

 

 

グリンデルバルドはホグワーツへの編入を決めたのは、ニゲルの呪いを解くにせよ、自分の夢をかなえるにせよそれ相応の地位や知識が必要になる。

そう言った意味で、魔法学校を卒業するというのは必須だった。

彼女にアルバスとの誓いを伝えることはなかったが、それでも覚悟のために会っておきたかった。

 

「ええっと、おめでとう?」

「ふふふふ、まだ試験も受けていないのに?」

「あー、何となく受かってそうだなって。」

「それはありがとう。」

 

グリンデルバルドはゆるゆると笑った。そうして、気まずそうに首を摩るニゲルにふと、問いかけた。

 

「・・・・・君は、魔法使いが宇宙に行けると思うかい?」

「は?宇宙?」

「君がね。教えてくれたんだ。空の果てには、もう一つの宙があるって。」

 

グリンデルバルドは幼いころ描いた日記帳を捲る様な声でぽつりとその話を聞かせた。ニゲルはひたすらに驚いていた。

 

「まあ、そんなところなんだけど。宇宙のことも忘れてしまったのか?」

「あ、いや。覚えてるけど。そうかあ、なるほど、宇宙に興味が。」

「そうなんだ。だからこそ、少しだけ君はどう思っているんだろうと思ってね。宇宙に行きたいと思っても。僕が不老不死にならない限りいけない気がするよ。」

 

お道化るように言った。

グリンデルバルドも自覚していた。マグルと魔法使いでは多くの物事の見方が違うのだ。

例えば、魔法使いは一瞬で距離を飛ぶことは出来る。マグルはそれが出来なくとも、光の速さと言う速さの概念を考えている。

どちらが悪いというわけではない。けれど、絶対的な差があることはわかる。

宙の果てを見たいと、グリンデルバルドは思う。けれど、道は遠すぎて、あまりにも永い。

 

「・・・・・君、宇宙に行くために一人で頑張る気なの?」

「それはそうだろう?研究なんて一人でするものだろう?」

「あー、そういや魔法使いって個人主義だね。学者肌が多いし。でもなあ、私たちは人間だ。」

 

唐突に出て来た発言に、グリンデルバルドはめをぱちぱちと瞬かせた。

 

「人、間?」

「不老不死ってたしかに究極的なものだよ。たぶん、時間って目的を遂げる上では最高の単価だと思うし。でも、私たちは人間だ。この星で生きていく上でひどく脆弱で脆い。でも、その代り知恵を絞り、身を寄せ合い、道具を用いることを選んだのが人間だ。多様性こそが、人が栄え、歩き続ける力になったと思う。」

 

グリンデルバルドはそれに耳を傾けた。それは、なんだか、ひどく価値のある言葉のように思ったから。

 

「グリンデルバルド、君は賢い。賢い人間はたくさんいる。でも、たった一人だけの人間に固執するのはものすごくつまらないんだと思う。」

「つまらない?」

「だってそうだろう、どんなに賢くたって誰にだって価値観がある。忌避すること、是とすること、好きな事、嫌いな事。結果を叶えるためにはたくさんの過程がある。でも、必ず自分では考えつかない過程がある。人はさ、自分が至らなかったとしても、それを誰かに託していくからこそ面白いんだと思う。だって、見たことも無いものを知るのって楽しいだろ?自分じゃないからこそ、思いついた過程は悔しくて、それでも心躍るほどに面白いと思うんだ。」

「・・・・自分が結果にたどり着かなかったとしても?」

「楽しいさ。」

 

だって、誰かと楽しいことを共有した方がもっと面白いだろ?

 

そう言ってニゲルが笑っていた。それは、なんともらしい笑い方だった。

 

「宙に行くっていうのは先にそれを始めてたマグルたちにとってだってものすごく遠いものだったと思う。結末にたどり着くための旅路は途方も無く永いだろうから。それなら、道連れがあった方が楽しいとは思わないかい?」

 

未知を知る瞬間、一人でそれを消化するよりも誰かと語り合うほうがずっと愉快だと思う。

それに、もしも自分が辿り着けなかったとしても、自分の後輩にさ。

託したいと思える相手は見つかったとすれば、そんな相手に会えたその瞬間。

何よりも、そんな楽しいことをお前よりも先に知って、たくさん、初めて分かった瞬間を自慢するのは楽しいぞ。

 

「そうして、次はお前だって、自分は未練もある、知りたいこともある。それでも楽しんだ。お前は、自分よりも距離を進むことができるのかいって発破をかけて、その背を、旅路を見送る瞬間は、ひどく嬉しいんじゃないのかって思う。」

 

結果を知りたいさ。その先に何があるのかを知りたいさ。

でもなあ、物語が終わってしまうのを寂しいと思ってしまう私がいる。最後の頁を捲りたくない自分がいる。

 

「ねえ、グリンデルバルド。」

「何だい?」

「一人ぼっちで遊ばないで、それならいっそ誰かと遊んだ方が楽しいじゃないか?」

 

宝物のような未知を。知ることはない世界を。

独り占めなんてみっともなくて、つまらないことなんてしないでよ。

 

「君が終わったその瞬間、消えてしまうなんて寂しいだろう?」

 

長くて、永い旅路だと思う。それでも、一歩と言う足を進めた先があるなら、それを止めないなら行きつく先はきっとある。

 

「魔法使いも、マグルも、人間だ。たぶん、どれほど遠くても、進み続けた生き物だ。海を越えて、森を進んで。未知をすくい上げながらそれを既知にするのが人間だ。だから、私たちは星にだって手が届くと思うんだ。」

 

ああ、と。

グリンデルバルドは思う。

その言葉を、自分はどれほど理解できたかは分からない。

終わりたくはないと思う。空の果てを、自分で見たいと思う。

それでも、永い旅路に、進み続けるというなら確かに話し合える友は欲しいと思った。

 

 

ゲラート・グリンデルバルドは理想家だ。傲慢で、一人でいいと思っていた理想家だった。

それでも、彼は結局の話、地面しか見ていなかった、遥か彼方遠い場所を見ていても、それは地平線の彼方で一方しか見ていなかった。

それでも、彼は友人に空を見上げることを教わった。

遠く、どんな人間もいない、未知の世界。宙の果て。

グリンデルバルドは誓う、守れなかった彼女を守るためにダンブルドアと手を組んだ。

その、守りたいと思う感情を人が何と言うかは知らないけれど。

それでも、それは愛しているのだと思う。

友のような、恋のような、師のように、姉の様に、庇護する様に。

ゲラート・グリンデルバルドは傲慢で、優秀な、夢想家だ。

それゆえに、彼はいつか宙の果てにたどり着くだろう。彼の運命と話し合った、遠い宙の果てに。いつか、彼自身ではなくとも、彼に何かを託された誰かが。

魔法使いであり、彼は人間なのだから。

 





アルバスさんとニゲルさんの話は次回。
長くなりそうなのでいったん切りました。


アルバスさんとグリンデルバルドさんの誓うシーンはどうしても書きたかったもの。


ケンドラさんの話はもう少し書きたかったなあ。上手く話しが出来なかったです。

アルバスさんの闇落ちルートではもれなくニゲルは死んでます。
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