お久しぶりです。フィーリングで書いてる感は否めません。
「・・・アルバス。」
「・・・はい。」
二人の間に非常に、何とも言えない気まずい空気が流れていた。
向かい合うニゲル・リンデムとアルバス・ダンブルドア。
その理由と言うのも、話すには何とも間抜けとまではいかないが言いにくいものがあった。
全ての根源と言うのは、昨日までにさかのぼらずとも一言で済む。
「お前さんの仕事熱心も分かる。でも、さすがに過労で倒れたら一言、二言は口を挟ませてもらうよ。」
「ああ。」
その生返事具合にニゲルはため息を思わず吐いた。
魔法省からの梟が家に飛び込んできたときは何事かと慌てたものだ。何があったと手紙の中身を見てみれば、アルバスが過労でぶっ倒れて医務室に担ぎ込まれたという内容だった。
(・・・確かに家に帰ってくれば寝かせて飯だって食わせられるけど。)
流石は花形且つ厄介な存在たちへの対処の中枢だ。この頃殆ど帰ってこず、魔法省に泊りっきりだった。
「・・・心配してくれるのは分かる。だが、出来れば、その。この家から出ない様に。」
「ベッドで薬飲まされて眠りこけてる人に服とか持ってかなくちゃいけなかったんだから仕方ないでしょうが。体調管理も出来ないんじゃ仕事をする上ではそっちの方が問題だろう?」
最後になっていくにつれ尻すぼみになっているところを、ニゲルはぴしゃりと吐き捨てる。本人も自覚があったらしくしおしおとうなだれた。
その顔に微かな罪悪感は湧いてくるが。それ以上に腹の内でくすぶるのは呆れだった。
アルバスが過労で倒れたという報が家の中に文字通り飛び込んできたときはそれは慌てたものだ。けれど、慌てて魔法省に飛び込めば、過労だと言われた。もちろん、過労を馬鹿にするわけではない。それでも、アルバスと言うそれは何だかんだで自分の体調ぐらいは管理できていると信じ込んでいた節がある。
二人がいるのは、自宅だ。流石にこのままでは使い物にならないとニゲルはアルバスを連れて帰ったのだ。
ふらふらとしたアルバスを風呂にぶち込み、くつくつと煮込んだスープを飲ませ、ふかふかとした布団の中に放り込んだ。起きてこない様にニーズルのラピスに監視を任せた。体を温めて、腹を満たし、そうして清潔なシーツの中に入れば素直にアルバスも眠りに落ちた。
ニゲルはそれにほっと息を吐き、アルバスにひと眠りをさせる為その場を離れた。そうして、家の用事を済ませているとラピスが起床の知らせにやって来てくれたのだ。
そうして、ニゲルはアルバスの起き上がっていたベッドに腰かけた。
それが冒頭の言葉に繋がったのだ。
「・・・・私は、君のなしたいことを否定しようとは思わない。せっかく、なしたいことがあるのなら応援したいと思う。けどね、自分の体を壊すぐらいに無理をするならさすがに苦言は言わせてもらうよ。」
「・・・今回は、仕事が立て込んでいたんだ。」
「君の上司から聞いたよ。今はそこまで君があくせく働く必要はないんだよな?」
それにアルバスはまた気まずそうに顔をしかめた。その顔に、ニゲルは息を吐いた。少なくともその男が確かにやってしまったという自覚を持っていることを察したためだ。
ニゲルはそのままベッドから立ち上がる。丁度、料理の途中だったのだ。
「・・・・まあ、今日は一日ゆっくりと休むといい。明日も休暇だからね。」
「な!?勝手に決めないでくれないか!?」
「勝手じゃない。君の上司からの命令だよ。体調管理も出来ないようならこの仕事は続かないってさ。」
「僕は今、やることがあるんだ!」
アルバスはそう言ってベッドから降りようとする。それを、ラピスラズリの体当たりによってベッドに沈んだ。ニゲルは力なく、そこそこ大きなラピスに乗っかられ、アルバスを見た。
「その体でどうするんだ。やることなんて。」
「気にしないでくれ。今回のことはすまなかった、これからは気を付ける。」
アルバスはラピスを持ち上げて、起き上がる。そうして、慌ただしく部屋を出て行こうとした。ニゲルは慌てて、その男の肩を掴んだ。
「おい、だから、寝てろって・・・・」
「寝てる暇なんてないんだ。僕は、やらないといけないことがあるんだ・・・・・!」
振り払われた手を負うようにアルバスがニゲルへ振り返る。そうして、ラピスがニゲルの足もとで男の怒りに唸り声をあげる。ニゲルは、俯いた青年の美しい顔立ちを茫然と見た。
ふら付いた男の体は、やけに自分よりも大きく見えた。
疲労によって落ちくぼんだ青い瞳が、キラキラとした星のような瞳が、今はまるで焔のように焼けつくような光を放っていた。
大きな手が、ニゲルの肩を掴んだ。
「僕のせいで!」
(ああ、燃えてるみたいだ。)
「ニゲルは、僕を忘れた、全てを忘れた!」
(青い炎に、焼かれるみたい。)
「なら、これ以外に僕は一体。」
(溶けてしまいそうだ。)
「どうやって、君に償えばいい。」
掠れた声とともに、揺れる炎のような、青い瞳がニゲル捉える。
飲みこまれて、燃やし尽くされてしまうと、ニゲルはくらくらするようにその瞳を見返した。
アルバスの青い瞳に、ニゲルは少しだけ口を開けて反射的に言葉を言いそうになった。
けれど、それを慌てて飲みこんだ。
そんなことしなくても、なんて。
誰が言えたことだろうか。
ニゲルが自分の記憶を奪ったという誰かに対して、何かを思っているわけではない。元より、ニゲルは魔法使いとしての何かを失っていても、彼女が彼女足りえる何時かの記憶はしっかりを抱えている。
それ故に、ニゲルにとって自分を襲ったという存在は、言っては何だがニュースの中で見る通り魔のように遠くて、関心がない。
けれど、目の前の彼は、その被害者なのだ。大事なものを奪われて、今だって自分のせいだとのたうち回っている。男が、自分に縋りつくように抱きしめて、震える様に眠りに落ちる瞬間を知っている。
ならば、ああ、ならば。
自分はどうすればいいのだろうか。
気にしなくていいなんて、そんなことをどうして言えるものか。
ニゲルはなんと返せばいいのか分からずに、思わず目を逸らしてしまった。焼けつくような、その眼から逃れる様に目を逸らした。
それに、アルバスの手の強さが増した。肩に痛みが走った瞬間、その手は離れていく。
「・・・・すまない、職場に戻る。」
アルバスはそう言って、ベッドの近くに置いてあった己の杖を持ち、部屋を出ていく。
ニゲルはそれを引き留めることも出来ずに、茫然と見送る。なあーん、と足元でラピスが鳴いた。それに、ようやくニゲルは吹っ飛んでいた全てが返って来た。
隣り、アルバスの私室からばたばたと音がしたあと、しんと家全体から音が消えた。それに、ニゲルはすとんと座り込んだ。
「あああああああああああ・・・・・・」
ため息のような、唸り声のようなそれをニゲルはひねり出した。そうして、やってしまったと頭を抱えた。
ラピスが慰める様にニゲルの手に擦り寄った。そうして、にゃあと鳴いた。ニゲルはそれに、苦笑して、そっとその頭を撫でた。
何と言えばよかったかなんて、誰が分かるというのだろうか。
(・・・・いや、ずっと分かってんだよ。本当は、ずっと。)
ここにいるニゲル・リンデムは結局の話、アルバス・ダンブルドアと他人でしかないのだと。
その男に、憐れみを持ったのも、愛されていた事実を理解しているのも、幸福であればいいと願っているのも、全て、悉く本当だ。
けれど、結局の話、それは祈りや願いであって、決意や覚悟ではないのだ。
ニゲルは今、アルバスの世話を焼いている。弟妹達の手紙を返信し気遣って入る。けれど、心の奥底で、それが近いうちに終わるのだろうと思っていた。
いつか、心の奥底で、彼らとは違うどこかで生きていくのだと感じている。
だって、共に居る理由が、ニゲルにはない。彼らに一人で暮らすように言われても、それでもそうだとニゲルは納得してしまう。
ああ、そうだ。
今、ここにいる自分には、ニゲル・リンデムであったそれと比べて、魔法への思い入れはなく、世界に対して関心が薄く、友人への親しみは無く、重ねたはずの別れを忘れて、営んできた職は無く、自分を愛する誰かへの愛は消えた。
アルバスとまるで子どものように寄り添って慰めたことでさえも、ただの、恥はかき捨てと言う割り切りだ。
(・・・・・ここを嫌っているわけじゃない。)
どうして、どうして、嫌えなんてするものか。
美しい男が、ブルーサファイアのような瞳を瞬かせて、自分に縋りつくことを知っている。
まるで今にもこぼれ落ちそうなものを必死に硬く握りしめる様にすることを知っている。
ああ、それでも。それでも、自分はアルバス・ダンブルドアを、愛してはいないのだ。
全てのことは遠く、ただ、自分の手に転がり込んできた全てに、己にとって正しいと思える振る舞いをしているだけだ。
それが、どれほどまでにニゲル・リンデムと同じ行動であっても。
そこにニゲル・リンデムはいないのだ。
ここにいるのは、ニゲル・リンデムではなくて。ただ、ここにいるしかない、いつかの人間で。
(なら、私はなんだ?)
ニゲルは、はあとため息を吐いた。
「・・・・・ラピスさん。食べやすかい?」
ニゲルは自宅のリビングのテーブルについている。目の前には、ほかほかと湯気を立てているアップルパイがある。残されていたレシピ通りに作ったそれは良い出来になった。
(まあ、体が何もかもを覚えていたとも言えるが。)
机の上には、ラピスが乗って興味深そうにアップルパイを眺めている。といっても、齧り付くなんて行儀の悪いことはしていないが。
「・・・帰ってこないよなあ。」
ニゲルは座った椅子の背凭れに体重をかけ、ぐっと仰け反る。そうして、ちらりと壁にかかった時計を反転して見た。
すでに夜も深まっている。
アルバスとの言い争いから数日が経った。あれから、アルバスが家に帰って来ることはない。といっても、どうやら夜中に着替え等はとりに帰っているようではあった。
(あいつ、私が洗濯とかしてなかったらどうする気なんだろ?あー、でも、魔法省確か泊りがけの奴とか用に洗濯用のスペースあった気も。)
ぎーぎーと椅子をこぐ軋んだ音が部屋の中に響く。ここ数日帰ってきた形跡も無く、おそらく今日ぐらいに帰って来るだろうと予想を立てていたのだ。
けれど、こんな時間になっても、男は一向に帰ってくる気配はない。
ニゲルはぼんやりと、目の前のアップルパイを見た。
仲直りのアップルパイなんて笑える話だ。自分のたちの諍いは所詮、喧嘩であるかさえも分からないというのに。
ニゲルには、アルバスを止める資格なんてないだろう。アルバスの罪悪感を晴らすことも出来ないのなら、ずっと一緒にいる気だってないのに。
半端じゃないか、こんなにも、全てが半端で。
アルバス・ダンブルドアが心配だ。けれど、本人がそこまでいうならばと諦められる程度のことで。アルバス・ダンブルドアを憐れんでいる。どうしようもないだろうと無視してしまう程度の感情だ。アルバス・ダンブルドアの幸福を祈っている。結局祈るだけの話だ。
感情はある。けれど、それは、遠い何時かに文字を追って得た、ただの憐れみだ。
「なあーん。」
ラピスが鳴き声を上げた。そうして、ニゲルがその方向に視線を向けると、とすんと彼女の膝の上に乗って来た。ニゲルはよろけながら何とか受け止めた。
ラピスはぐりぐりとニゲルの腹に擦り寄った。
「慰めてくれんのか?」
そう言えば、ラピスはじっとニゲルを見た。それに、ニゲルはそっとその小さな頭を撫でた。
どうしたものかと、ニゲルは考える。
何かをしたいと考える。どうにか、この鬱屈とした空気から脱したいと考える。けれど、何をすればいいのか思いつかない。
ニゲルには、どうしたいのかという結果への渇望がたりないのだ。
「つって、ここで考え込んでてもらちが明かないか。」
深いことを考えても仕方がない人間であることを思い出して、ニゲルはゆっくりと立ち上がった。
アルバスは、そろりと、自宅であるというのにそれこそ泥棒のように足音を潜めて帰宅した。帰宅したと言っても、衣服を交換すればさっさと出ていくことにしていた。
すでに顔を合わせづらいニゲルは眠ってしまっているらしく、起こさない様にそっと床を歩いて行く。
あの日から、アルバスは出来るだけニゲルと顔を合わせない様にと気を使っていた。顔を合わせても、どうすればいいのか分からない。普段ならば、他の人間ならばどんなふうに振る舞えばいいのか分かるのに。ニゲルへの罪悪感がぐるぐると腹の中で渦巻くのだ。
上司や同僚はアルバスが自宅に帰らないことに関しては何も言わない。元より、忙しい部署で泊りがけなど当たり前なのだ。誰がどれほど帰っていないかなど誰も詳しく把握していない。それでも、疲労でぶっ倒れたこともあり、アルバスは気にはされていたが。
そうして、アルバスは自室のドアの前に立つ。アルバスの自室は、ベッドをニゲルの自室に移動させたこと以外は特に変わったことも無い。着替えも、部屋にある。
そこで、アルバスは扉にでかでかと張り紙がされていたことに気づく。ニゲルが起きないように明かりをつけていなかったせいで近づくまではわからなかった。
アルバスはそれから目を逸らそうとした。
ニゲルから、どんなメッセージがあるか分からない。自分が、気遣ってくれた彼女に対してお世辞にも丁寧な対応など取った覚えも無い。
普通ならば、もっと上手く振る舞えた。もっと、和やかに話を出来た。
けれど、あの時は駄目だった。彼女については、どうしてもアルバスは駄々っ子のように喚いてしまう。
きっと、それが赦されると疑いもせずに。
けれど、文の中でも特に大きな文字で書かれていたそれだけは目についた。
ちゃんと飯を食え。
読んだそれに、アルバスは思わず文章に目を走らせた。
君が帰らずに顔も見なくなって結構経った。そうしてしまう理由も察せられるし、私自身も君に会ってどうすればいいのか分からない。だから、まあ、現状について文句を言う気はない。事実、私は君に養われている状態だし。
それでも、さすがに心配する。
食事をしてるのかだとか、ちゃんと寝てるだとか、どうしてるのだろうかとか。
それ相応に気になる。
私に会うのがそんなに嫌ならここを出て行っても構わない。自分の世話位自分でするから。
だから、アルバス、ちゃんと飯を食え、ちゃんと寝ろ。
私の願いはそれぐらいだ。それだけ出来れば生きていけるんだから。
君のしたいことやら、願いやら、そう言ったことに関して口に出す気はないけれど。
それでも、一つだけ覚えておいてほしい。私は、君に不幸になってほしいわけじゃないんだよ。好きに生きればいい。
PS.
台所にスープと、棚にパンがあります。温めれば食べられるから、食べられるなら食べなさい。食器は私が朝に洗うからそのままにしておいて。手紙を送ってくれれば、お弁当ぐらい受付に言づけるから言って下さい。
アルバスは、久しぶりに見る彼女の文字をじっと見た。大振りで、勢いのある文字だった。
台所を見ると、確かにそこにはナベが置かれており、火をかけるとくつくつと音がする。そうして、柔らかないい匂いが辺りに漂った。
アルバスはそれを皿に装い、そうして、パンを浸してそれを食べた。
暖かなそれは、薄く味付けのされた優しい味付けのものだった。中には、ベーコンとそうして野菜のプティングが入っている。
アルバスはそれを無言で平らげていく。手間のかかる料理だ。
野菜を煮込んで、その次にペーストになるまで刻まなくて行けない。魔法を使っても面倒なそれは、ニゲルが誰かが体調を崩すとよく作ってくれたものだ。
それを、疲れているだろう自分を思って作ってくれたのかと。帰ってくるかもわからない自分のために。
そんなことをぼんやりと考えていると、机の上に何かが乗る。
その音の方向に視線を向けると、そこにはじっと自分を恨みがましそうに見るラピスがいた。
「・・・起こしたかい?」
その言葉にラピスはのそりとアルバスに近寄る。そうして、アルバスが机の上で組んだ腕に前足を乗せた。そうして、次にむにりとその頬っぺたに肉球をぐいっと押し付けてきた。
それに、アルバスは驚いてラピスを見る。
「・・・・怒っているのかい?」
それにラピスはぐるりと目を細めて、ばしりと机を尻尾で叩いた。アルバスはそれに苦笑した。
ラピスを貰って来たのはアルバスだ。けれど、そこまで強い思い入れがあるわけではなかった。
元より、ニゲルの安全のために連れてこられたそれは、ありかたそのままにアルバスにとってしもべに等しかった。
けれど、ニゲルは違った。新しく自分の家にやって来たそれに一心に愛情を注いだ。といっても、どろりとした甘ったるいものではない。
ただ、居心地のいい場所を整え、過剰な干渉をせず、甘えたいときに甘えさせてくれる。そんな彼女にラピスが懐くのは早かった。
ラピスは、己の上司へ抗議する様にじっと視線を向ける。
「・・・・僕だって、悲しませたいわけじゃないんだ。ただ、早くニゲルへ呪いをかけた相手をみつけないといけないんだ。」
アルバスが今でもニゲルへ呪いをかけた相手を執拗に探すのは、怒りと憎しみもある。けれど、それ以上にニゲルへかけられた呪いの詳細が知りたいのだ。
ニゲルの呪いはあまりに古く、詳細が分からない。今は、確かに記憶を奪われただけに留まっている。けれど、本当にそれだけで終わるのか。
それを思えば、心は逸る。だって、もしも、もしも、呪いが進行した場合は?それが、彼女を蝕めば?
自分は、自分は、どうすればいいのか。
償いなんてどれほど赦されるのか。
だって、彼女は何も悪くない。ただ、彼女はいとこである自分を慈しんでくれただけだ。ああ、ただ、それだけなのに。
だから、早く。早く、相手を見つけなければ、呪いを解かなければ、そうだ、記憶を取り戻さなければ、ニゲルは。
ばし!
アルバスは、その音に我に返る。そうして、音をさせたラピスに視線を向ける。
その眼は、それだけかと、そんなことを問いかけていた。
それは、アルバスの罪悪感のせいか、それとも魔法生物であり、アルバスの使い魔であるからゆえの意思のやり取りであったのか分からない。ただ、そう言われている気がした。
その時、その時、アルバスは、ころりと、思わず言葉を吐き出した。
「・・・・・本当は、怖いんだ。」
彼女が、いなくなることが怖いんだ。
それは、ニゲルへの償いを望むアルバスの、嘘ではない本音であった。アルバスはずっと、ニゲルに対して思い悩んでいた。
けれど、それを相談したことはない。アルバスには友がいた、いけ好かない共犯者も、家族もいた、信頼の出来る上司もいた。
けれど、その感情を相談することは出来なかった。
だって、誰もが、アルバスを強者だと思っていた。
知恵を持ち、平等で、勇気を持ち、狡猾さがある、完璧に等しい存在であると。それは、別段間違っていない。それは、確かに事実だ。
けれど、弱さを持っていないわけではなかった。
ニゲルは、アルバスにとってその弱さの象徴だった。
母よりも母として慈しんでくれた。大人よりもなお、守ろうとしてくれた。友よりもなおアルバスを知ってくれていた。弟妹たちよりもなおアルバスの身勝手さを分かってくれた。
特別だった。いつだって、遠く離れてもアルバスを見ていてくれると、振り返れば変わらずにそこにいるのだと。
だって、彼女は家族だったから。
けれど、ニゲルの記憶はなくなり、そうして他人を見る様な目を彼女に向けられた時、アルバスは分かったのだ。
以前に、アバーフォースに釘を刺された時以上にまざまざと理解したのだ。
彼女は、結局の話、他人であるのだと。
ニゲルが違う場所に行こうとしても引き留める権利はなく、自分以上に愛する誰かを得ても止める意味はなく、自分以外に家族を、家を持つかもしれない彼女。
ニゲルとアルバスはいとこだ。血縁だ。確かに、幼いころからずっと共に在った自分たちは家族であったはずだ。
けれど、その家族であるという事実は、自分たちがそうであるという信頼の上での話だ。
もちろん、そんなことは当たり前だろう。血縁よりもなお、深いつながりには心が必要なのだから。けれど、愛することよりも、愛されることで埋まる渇望もある。
以前だって、ニゲルには好きな誰かが出来て、違う家庭を持つ可能性はあった。
それでも、アルバスは自信があったのだ。自分こそが、彼女に誰よりも愛されているという自負が。
けれど、今はどうだろうか。
いつか、ニゲルがアルバスに養われることを拒絶して、一人でこの家を出て、新しい生活を始めて、いつか自分以上に、自分たち家族以上に何かを愛するのだろうか。
嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!
それだけは嫌だ、それだけは、それだけは。
彼女は、ニゲルの愛は自分や弟妹たちのためだけのものだったのに。
誰が、アルバスの弱さを、傲慢さを、身勝手さを知って、叱って、呆れて、それでも認めてくれるだろう。完璧でない自分を笑ってくれるだろう。
愛されていた。アルバスという人間は、誰にだって愛されていた。
けれど、愛を与えても、愛を望まなかった人がどれほどいるだろうか。
だからこそ、焦るのだ。
「ニゲルとずっと、共に在りたい。ただ、幸せに、彼女が家族と共に居たい、それだけなんだ。」
秘密主義の彼が、己の言葉をそこまで吐露したのは、誰かにそれを伝える術のない獣であるラピスだからであり、そうして、疲労と疲弊。彼にとって、何よりも、一番に柔く、もろい部分が崩壊したせいだった。
言葉を必要とする、意思のやり取りをする人間では、ここまでのことはしゃべらなかったろう。
ただ、その時は、ある意味で彼にとっての独白だった。
それを聞いていたラピスは、呆れた様なふんと息を吐き出し、机を降りる。その後に、べり、という音がした。その後すぐに、ラピスは何かを咥えてアルバスの元に戻った。
それは、ニゲルからの張り紙だった。
「なんだい?」
アルバスはそれの張り紙に目を向ける。ラピスは、机に張り紙を置き、ある一文をとんとんと叩いた。
好きに生きればいい。
その一文にアルバスが目を向けた後、ラピスを見る。
「なあーん。」
一声鳴いたそれは、自分を見るその瞳は、文そのままに、お前の望みは何だと問いかけるようだった。
「・・・・僕は、ただ、夢を叶えて、アブやアリアナ。そうして。」
ニゲルと生きられればそれで。
その言葉にニーズルは、なあーんと鳴いた。
素直に話せと、そう言った気がした。
「ああ、そうか。そうだ。」
アルバスの中で、何かがカチリとはまり込んだ気がした。好きなように生きればいいのだ。望みを叶える。
アルバス・ダンブルドアは、勇気を持ち、知恵を是とし、人を平等に評価し、そうして望みを叶えるだけの狡猾さを持っていた。
「・・・・・まて。もう一回言ってくれるか?」
ニゲルは、次の日の朝、リビングにて少々眠気のある中、目の前のいとこを見た。
鳶色の髪を綺麗に整え、きらきらとした青い目をじっとこちらに向ける青年に聞いた。
それに、アルバスはにっこりと微笑んだ。
「ニゲル、僕と結婚してくれ。」
「いや、分からん。」
それを部屋の隅で見ていたニーズルはお手上げというように尻尾をばしりとソファにたたきつけ、面倒そうに丸まってしまった。
アルバス
いなくならないでほしいという感情が一周回った。恋してるかは分からないが、愛してはいる。
ニゲル
いとこへの感情は、文字でおった、スクリーン越しで見た絵空事への憐れみまでリセットされている。それでも、体は壊さない程度に生きてほしい。一人で生きていけるガッツも、自分だけで幸せになる程度の胆力はある。
ラピス
素直に話し合ってほしかっただけなのに、暴走の引き金になる。
ニーズルの知性の程度はわからないですが、そこそこ賢い設定でいきます。ダンブルドアが素直に感情を吐露するのに、人にはしてくれなさそうでこうなりました。
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