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「・・・・局長。」
「わかっている。」
その日、闇祓い局局長のティモス・ムーディーは、闇祓いの部署にてとある席に視線を向けていた。
そこには、茶色の髪をした一人の青年がいる。人が思わず見つめてしまうような美青年は、現在黙々と書類に文字を書き付けている。
青年の名前は、アルバス・ダンブルドア。魔法省でも指折りの優秀だと評判の男だ。
今は、夜も深まった時間帯だ。大抵の人間は眠りについているだろう現在、闇祓いたちはぐったりと息をついていた。
普段ならば、皆が皆、忙しなく動き回っているのだが今だけは休息をとっていた。というのも、少し前にずっと追っていた闇の魔法使いの捕縛に成功したばかりだった。
大きな捕り物だったため、すぐに休みたかったのだが。早々と報告書をあげて裁判に持ち込むことになっていたためそれも叶わなかった。
といっても、他の案件に関わっている人間もいるため、部屋にいるのは数人だった。
それでも、今、闇祓いの部署内はひどく穏やかな空気に包まれている。
そんな中、黙々と報告書を書いている青年に視線がいく。その手はひたすら、すらすらと書き綴られている。
けれど、なんというか、やたらと雰囲気が暗い。普段ならば、部署内にいる人間と談笑の一つでもして、人の中心にいるのだが。
(まあ、従姉があんな目に遭って大分まいっていたのも事実か。)
件の男の従姉が事件に巻き込まれたのは記憶に新しい。そうして、いつも涼しい顔をした男の顔が真っ青になる瞬間もよく覚えている。
それでも、ある程度周りへの配慮はしている方ではあったのだが。なんというのか、今日はやたらと陰気な印象を醸し出している。
他の局員たちからの視線もあって、ムーディーはどうしたものかと考える。
がたりと椅子が惹かれる音がした。それにムーディーが視線をあげると報告書を書いていた青年が自分に近づいてきていることに気づく。
そうして、青年はゆったりと微笑んでムーディーに紙の束を差し出してきた。
「局長、報告書が上がったので一応確認をお願いできませんか?」
「ああ、わかった。」
ムーディーは受け取った報告書に目を通す。いつも通り、読みやすく、わかりやすい。
「・・・まとめさせて悪いな。直すところも見受けられない。このまま提出しておく。」
「わかりました。ほかになにか?」
「いや、今日はもう解散だ。久しぶりに皆、帰宅するように。」
その言葉に周りに部下たちからは歓喜の声がちらほら上がる。皆が皆、この仕事にはやりがいや誇りを持っているが、そうはいっても疲労はたまる。
久方ぶりの帰宅に嬉しさを皆があらわにしている。
けれど、アルバスだけはなんともいえない顔をしていた。それは、家に帰るのがいやというわけでも、さりとてうれしいそうでもない、なんとも微妙な顔だった。
といっても、普通ならば気にもとめないようなかすかな意識の動きだ。
長年、闇祓いをしてきたムーディーだからこそわかるその感情を見て、その理由をなんとなしに察した。
(・・・・また、彼女と何かあったのか。)
その男がそんな顔をすることなど、家族が関係する以外に考えがつかなかった。
当初、アルバス・ダンブルドアという存在にムーディーは期待をしていなかったといえば嘘になる。彼自身、ホグワーツの卒業者からそれ相応に話題としては出ていた。
闇祓いは確かに降りてくる案件こそ少ないが、一つ一つへの対処の重さ、そうしてもとより闇祓いになれるまでの優秀さを持つものの希少さで常に人を求めている。
そんな折り、優秀だと評判であった男が入ってくることに関してはそれ相応に期待というものをした。
蓋を開ければ、アルバス・ダンブルドアの優秀さには目を見張るものがあった。
例えば、魔法の腕、知識、どれをとってもずば抜けていた。そうして、物事を順序立てて考える頭の良さもあった。そうして、仲間との付き合いも行い、人の心の機微に関してもくみ取っていた。
ただ、長年人の悪意に触れていたムーディーとして、少々野心的な部分があることは否めなかった。
それを別段否定する気はない。野心とは、言い換えれば向上心だ。己を磨く気概があることは認められるべきだろう。
そのため、ムーディーの総評としてはその男は完璧に近い存在という認識があった。いうなれば、隙になるものないのだろう。
ただ、そういった完璧に近しいあり方が鼻につくものも多々いた。
けれど、あるときのこと。
ムーディーはその日、珍しく、といえばいいのかわからないが部署に一人でいるときがあった。
ちょうど、ほかの皆が外に何かしらのようで出ていたときのことだ。珍しく書類仕事に追われていたムーディーは、ふと、部屋に誰かが入ってきたことに気づく。
「アルバスか。」
「局長、お一人ですか?」
「ああ。おまえは、帰宅していたのか?」
「はい、着替えを取りに。今、自分の物入れに入れましたが。」
そう言ってにこにこと笑うアルバスはやけに機嫌がいい。普段も、例えば怒りだとか悲しみだとか負の感情を表に出さないといっても、そこまで感情を表に出しているのは珍しいように思えた。
そうして、ふと、アルバスのデスクの上に大きめのバスケットが置かれているのが見えた。そうして、やたら香ばしくて甘く、いい匂いがすることに気づく。その匂いがバスケットから漏れ出ているらしい。
ムーディーは普段ならば、あまり部下のプライベートというものに踏み込みはしないのだが。
そのときは、なんとなしにアルバスに声をかけた。
「・・・・なんだ、そのバスケットはやたらにいい匂いがするが。」
それにアルバスは、少しだけ、ほんの少しだけ、不本意そうというか、不機嫌そうな顔になる。ムーディーは男の浮かべたその素直な嫌そうな顔を物珍しげに見てしまう。
アルバスはそんなムーディーの様子など気づかずに、バスケットを開き、中に入っていたものを出す。
それは、焼きたてらしいアップルパイだった。
「・・・・局長もどうぞ。」
そう言ってアルバスはムーディーに一切れ、どこからか取り出した皿にのせて差し出してきた。
その動作は、いかにも、仕方がないという感情にあふれていた。
「あ、ああ?」
ムーディーは固まって思わず、アルバスの隣の席に座り、渡されたフォークを握る。食べればいいのか。というよりも、自分はバスケットの中身が知りたかっただけで、こんなことを予想していたわけではない。それでも、確かに出来たてのそれはムーディーから見ても魅力的であった。
さくりとしたパイ生地を切り取ると、中からごろごろとしたリンゴが転がり出てきた。
砂糖煮にされたそれとこってりとしたカスタードはほどよい甘さだった。
出来たてと言うこともあり、ムーディーは顔を緩ませた。
そうして、ムーディーはそっとアルバスのほうに視線を向けた。
アルバスもまたムーディーと同じようにアップルパイに舌鼓を打っていた。それについてはいいだろう。だが、ムーディーは目を疑った。
(・・・・ホールで食べてないか?)
アルバスはおそらく数人分あるだろうアップルパイをホールでそのまま食べていた。ムーディーに差し出した部分は欠けているとはいえ、それでも殆どまるまるそのままのアップルパイを彼は無心に、けれど顔をゆるゆるにほころばせて食べていた。
仕事場でアップルパイをワンホールで完食したアルバスについての印象はその日から良くも悪くも変わったものになった。
アルバスという人間は、良くも悪くも自分のことを語らない。
会話がうまいのだろう、ある程度のことを話しても一定の範囲にはけして立ち入らせなかった。
闇祓いをするのならば、秘密というものを上手に隠せるほうがよいだろう。けれど、アルバスのあり方はどこか信頼というものをいつか欠くのではないかという心配もあった。
そんな彼の身内もまたよく耳に入った。
粗雑な性格でもそこそこの成績を収めているらしい弟、穏やかな気質で癒者を目指しているらしい妹。
二人の兄弟について、アルバスは別段何かしらのアクションを取ることはない。にこやかに、元気にしているだとかそんな当たり障りのないことを返す。周りもまた、その兄弟たちに関しては概ね好意的であった。
けれど、問題というのは、彼の従姉であるというニゲルだった。
彼女の評価は、ムーディーが伝え聞くにどうも賛否両論というのだろうか、良くも悪くも二分されている。
彼女は好かれる人間には好かれたし、苦手にしている人間はとことん距離を置かれていた。
あまり差別的なことをしないそうで、どんな人間にも態度が変わらない。けれど、どこか不躾で誰に対しても対応が雑であるらしい。
どちらかというと、アルバスのことを買っている人間はより彼女を嫌っている者が多かった。
そうして、アルバス本人はというと、何というか、扱いが少々、言葉にしづらいものだった。
「そういえば、従姉殿にお礼を言ってくれるか?」
「・・・・・彼女と会ったことはあったでしょうか?」
表面上は特別何かがあるわけではない。けれど、ムーディーはその青年の中で何かしらのことが揺らいだことは理解できた。己を探るような、少しだけ不機嫌そうな視線を意外に思いつつ言い返した。
「以前、ごちそうになった菓子のことだ。彼女が作ったのだろう?言いそびれていたからね。」
アルバスの噂はある程度耳を立てておけば勝手に入ってくる。そこで、アルバスが食べる出来たての菓子の出所は従姉であることを知った。間違っていたらならばそれはそれでよかった。
ただ、従姉についてアルバスがどう思っているかをしりたかっただけの話だ。
「・・・おいしかったですか?」
「ああ。」
頷いたムーディーは次にアルバスが浮かべた顔に驚いた。
「それはよかった。彼女は料理がうまいのですが、私ぐらいにしか振る舞えなくてよく嘆いているので。」
それは端から聞けば、ただの日常的な会話だったろう。けれど、アルバスの浮かべた微笑みから漏れ出るそれ。
にんまりと上がった口角に、少しだけ自慢げな瞳。
言外に、それを自分だけが食べられるという自慢を、ムーディーは感じ取ってしまった。
あの、秘密主義のアルバス・ダンブルドアが。
そこまであけっぴろげに己の感情をさらしたことに、心の底から驚いてしまった。
そこから、よくよく観察すればするほどにニゲル・リンデムという女性はアルバスの側に存在していた。
例えば、忙しいときに着替えを届けたり、食事を渡しに来たこともあった。世間話をしていれば、アルバスの口からこぼれ出ることもあった。
ムーディーも、一度だけ彼女に会ったことがある。
魔法省のある廊下、簡単な面会場のようになっている場所を通りがかった折のことだ。不機嫌そうな声が聞こえてきた
「アル、頼むから食事だけは取れって言ってるだろ?」
「わかってる。」
ムーディーはそれに、思わずその方向に視線を向けた。聞き慣れた己の優秀な部下の声に反応したのだ。
そうして、その視線の方向には声の主だろうアルバス・ダンブルドアと、そうして黒髪の女性が立っていた。
アルバスはムーディーの存在に気づいたのか、少しだけ表情を動かした。それに反応した女性はくるりと振り向き、ムーディーを見た。
アルバス・ダンブルドアはまさしく完璧な人間であった。
それは、ムーディーでさえも認めることだ。
人目を引く容姿、舌を巻く知識と頭脳、優秀であれどそうそう妬みを買わない人心掌握術、向上心と野心。けれど、けして弱者を踏みつけにしない善良さを持っていた。
そうして、彼は完璧と言っていいほど心を隠しきっていた。
アルバスのあり方はある意味で、徹底的に人に対して弱みを見せないが故の完璧さだ。
悪心を見せないが故に善良さを際立たせ、弱みを見せないからこそ一目を置かれ、冷たさを覆い隠すユーモアを欠点のように見せて警戒心を解いていた。
闇祓いというものを長年してきたが故に、ムーディーは彼に隠された野心というものを察していた。けれど、まだ若い存在からすれば、己の醜さを嫌う者からすれば、強者に羨望を抱く者からすれば、アルバスというものがどれほど輝かしく見えるかムーディーにも理解できた。
だからこそ、ムーディーは心の底から興味があったのだ。
アルバス・ダンブルドアの本音といえるものを引きずり出す、ニゲル・リンデムという存在に。
「え。ムーディー?」
「ああ、確かに私はムーディーだが。会ったことがあるかね?」
「い、いいえ。ただ。有名な家名だったので。不躾に、失礼を。」
ムーディーはそう言って詫びを入れる女性に視線を向けた。彼女はそれでも落ち着けなさそうに視線をうろうろとさまよわせている。
そうして、その隣には一応はにこやかな顔はしているものの、かすかな苛立ちを放っているアルバスがいた。
ムーディーも普段ならば部下のプライベートな部分にそこまで立ち入ることはない。けれど、その時のムーディーは好奇心を抑えきれなかったのだ。
(・・・・普通、だな。)
ムーディーは、正直言ってどんな女が来るのかとわくわくしていた節がある。
アルバスが気に入っているという女性、どれほど美しいのか、どれほど賢しいのか、それともいっそ毒婦のような人間なのだろうか。
けれど、蓋を開けてみればなんと言うことはない。ニゲル、という女はひどく普通だった。
真っ黒な髪だとか、少々焼けた肌だとか、全体的に健康的な印象を受けてもそこまで華美なものではない。容姿が悪いわけではない。けれど、もっと美しい女ならいくらでもいるだろう。言動や仕草を見ても、際だって賢しいというわけではない。
そうして、毒婦、などという単語からは対極にあるような人間だった。
言っては何だが、アルバスの従姉と言われても全くといっていいほど繋がりを感じない人間だった。
似ていない、まったくと言っていいほど似ていない。
容姿も、雰囲気も、中身も、全くといっていいほど。ただ、そのきらきらとした緑の瞳だけが唯一の類似点だろうか。
「・・・・ニゲル。そろそろ帰った方がいいんじゃないのかい?母さんも待ってるだろう?」
「ん?ああ、でも今日は食欲ないからいいって言われてるからなあ。特に、用事もないんだけど。」
アルバスはそんなことを言いつつ、ムーディーから距離を置かせようとしているのか、間に入る。ニゲルはそれに気づかないのか、のんびりとした態度でそんなことを返す。
「ん?待てよ、お前もしかして、このまま私を帰らせて話を濁そうと。」
「あのことに関しては後でちゃんと話すから。」
「すまない、何か取り込み中だっただろうか?」
「そうだ、ムーディーさん。一つ聞きたいんですが。」
「だから、それは!」
何故か珍しく慌てるアルバスの様子に、ムーディーはその言葉に耳を傾ける。一体何があったのかと、気になった。
ニゲルはアルバスの事など気にせずに、言葉を続ける。
「以前から、アルにお菓子を持たせてるんですけど。こいつ、勧めたりとかしてますか?いえ、いらなかったならもう少し減らした方がと思ってるんですが。」
「菓子?」
ムーディーはそれにきょとりと眼を瞬かせる。そうして、ちらりとニゲルの隣で彼女の肩を掴んだアルバスを見る。
言わないで、そんな言葉が察せられるほどに彼は慌てていた。ムーディーはポーカーフェイスを保ちつつ、アルバスのその豹変ぶりにムクムクと好奇心が擡げてくる。
おそらく、ここは庇ってやった方がいいのだろう。けれど、それ以上に好奇心が買ってしまう。
「そうだね、アップルパイをごちそうになったことはあるけれど。一度だけ。」
付け加えた一言に、ニゲルの顔がこわばった。そうして、アルバスは苦い顔をする。
「っ!」
次の瞬間、アルバスから押し殺したような悲鳴が上がる。よくよく見れば、アルバスの脇腹にニゲルの指が突き刺さっていた。
「てめ、皆にも好評だったからって言ってただろうが!あの量、一人で食べてたのか!?」
「仕方ないだろ!?ニゲルのお菓子、滅多に食べられないんだから!」
「それで嘘つくんじゃねえよ!食べたいなら素直に言えや!」
ニゲルはそう言いつつ、容赦なくアルバスの脇腹を指で突き続ける。アルバスも逃げようとするが、ニゲルがそれを阻む。
ムーディーは目の前で起こる子供の喧嘩のようなそれに目を丸くした。
ただ、ただ、驚いていた。
あの、アルバス・ダンブルドアがなんともまあ無防備に、そうして人前でじゃれ合いのような喧嘩をしているじゃないか。
そうしてアルバスはムーディーの前であることを思いだしたのか、叫ぶように言った。
「ニゲル、ニゲル!局長の前だよ!」
「あ、やべ。」
ニゲルは取り繕うように、へらっと笑う。アルバスはいててと脇腹を押さえていた。
「仲がいいんだね。」
それは素直なムーディーの感想だった。ニゲルはムーディーの前でしてしまったことについて恥じているのか耳を赤くして肩をすくめた。アルバスは脇をさすりながら、表面的に苦笑する。
「いえ、お恥ずかしいところを。」
「いいや、そんなことはないよ。」
「つーか、お前が一人であんだけ平らげてるのが問題だろうに。」
ぼそりと言ったニゲルに対して、アルバスは不服そうな顔をする。互いで、まるで子供のようににらみ合った後に、ニゲルがため息を吐いた。
「・・・・いいよ。でも、もっとちゃんとした食事はとれよ。」
アルバスはそれに少しだけ口をとがらせる。その、幼い動作にムーディーは目を丸くした。
それにニゲルはまったくと一言吐き出した。
「まあ、いいよ。渡したサンドイッチとスープは食べなよ。」
「わかってる。」
「わかってないだろうに。」
ニゲルは呆れたような顔をした後にムーディーの方を見た。
「すいません、私はそろそろおいとまします。あの、こいつのこと、お願いします。変なところで意固地なところがあるんで。」
「ニゲル!」
「わかった、帰るから!」
ニゲルの親心のようなものがにじみ出るそれにアルバスは不機嫌そうに名前を呼んだ。それに、彼女は弁解するように言った後、アルバスの背中を軽く叩いた。
「それじゃあ、私は帰るよ。また用があれば連絡して。あと、おばさんにも連絡しなよ。心配してたんだから。」
がんばれよ。
ニゲルはそう言って、アルバスの頬を手の甲で軽く叩いた。まるで、幼子にするような仕草だった。ニゲルはそのまま、足早に幾度か振り返りながらその場を去って行く。
まるで嵐のような女性であった。けれど、不思議と不快な感覚はない。ムーディーはふと、渡されたらしい荷物を抱えた青年のことを見た。
ふてくれたような表情で彼女の後ろ姿を見ていたアルバスは、次に抱えた荷物に視線を向けた。どこか、にへりと子供のように顔をほころばせたそれを見て、ムーディーはああと改めて思ったのだ。
彼は天才であった。それと同時に、人を統べる才があった。誰もが彼から目が離せず、特別なのだと仰ぎ見た。
けれど、その、子供のような顔で従姉とじゃれ合う彼に、ムーディーはその青年が未だに年若いことをようやく理解した気がした。
だからといって、ムーディーにとってその青年への態度が変わる理由もない。彼は彼なりに優秀で、自分の任せる仕事を遂行する程度の能力があることは理解できていた。
それでも、彼のどこかにある幼さを知れたことはよかったと心の底から思っていた。
ムーディーは、闇祓いの長だ。彼の采配によって、誰かが死ぬかもしれない。そのために、個々の人間の能力はもちろん、精神性についても理解は必要だった。
何によって、精神を揺らがせるのか、何によって動揺を促されるのか。
一つの選択肢、行動によって変わる結果はいくつもある。それでも、アルバス・ダンブルドアという青年がよほどの事がない限り任務を失敗させることはないだろうと言うことはわかっていた。
彼の弱さというのは、あの日、アルバスを子供のように扱った彼女に集中していた。ムーディー自身は、かの女性のことを好ましいと思っていた。
生命に満ちあふれ、己の一族の一人を大事にしていた、ある意味でどこにもでいるだろう女性だった。けれど、その普通さを好ましいと思ったし、アルバスという優秀で、それでもどこか一人である彼のことを大事にしている彼女のことを、確かに好ましいと思っていたのだ。
そうして、あの事件が起こったのだ。
アルバスの真っ青な顔を今でも覚えている。休めと言っても職場に出ては、全てを完璧にこなしていく彼のことを他の同僚は称えていたが、ムーディーは彼の危うさを心配していた。
彼女を襲った闇の魔法使いを必ず見つけるという強い意志を秘めていた。
こちらが心配なほどに仕事に打ち込み続けているアルバスを見かねていたが、あるときからふっと少しだけ落ち着き始めた。
それに、なんとなく、共に住み始めたという彼女のことを思い出した。
彼女は、どうやら記憶がなくなろうと彼女であるらしく、細かくアルバスに食事などを持たせていた。
ムーディーはそれにほっとした。
アルバス自身が、他人に対して今の心情を吐露するような人間ではない。かといって、仕事にミスなどすることもない。ムーディーはなんとかニゲルと連絡を取り、アルバスのことを任せることしかできなかった。
それ故に、ムーディーはどうしたものかと悩んだのだ。その時のアルバスは、他人から見てもわかる程度に落ち込んでいる。
湿り気を帯びたそれに、皆はどうしたものかと困り果てていた。
だっても何も、彼はアルバス・ダンブルドアなのだ。今までの功績や態度を見ても、その様子の異常さは押してしかるべきだろう。
ムーディーはそうして等々覚悟を決める。
「・・・・今日は、少し話があるから残りなさい。」
静かなムーディーの言葉にアルバスは抵抗の意思もなく、はいと頷いた。
誰もが帰った職場で、二人は向かい合わせに座る。ムーディーは紅茶を入れながら、どう話を始めたものかと悩んだ。けれど、早々と腹を決めた。
下手な腹の探り合いをしても、言わないだろうと理解できたのだ。
かたんと、湯気の立つ紅茶を彼の前に置いた。
「・・・・・何かあったのかい?」
一人の部下の椅子を借りて、ムーディーはアルバスの前に座った。
「何が、とは?」
「今日はだいぶ沈んでいたようだったからね。もちろん、ミスはなかったが。」
私でよければ相談に乗るよ。
ムーディーはもちろん、それだけで彼が素直に話すことなど考えていなかった。更に何かを言おうとしたとき、アルバスは口を開いた。
「・・・・局長は、ご結婚されていましたよね?」
「あ、ああ。しているが。」
突然離れたそれに、どうしたのだと視線を向けるとアルバスは神妙な顔でムーディーの方を見た。
「実は、ニゲルに結婚を申し込んだのですが。」
ムーディーはそれに飲んでいた紅茶を落とさなかった自分を褒めたくなった。それでも、殺しきれなかった動揺がカップの波紋に広がった。
「・・・・彼女とは、その、お付き合いを?」
「いえ、全く。」
「許嫁、などでも?」
「そういった約束はしていません。」
「そうかい、そう、か。」
いや。何がそうかなのだ。自分でそう思いながら、ムーディーはカップを置いて、背筋を伸ばした。
どうやら、これから体力が必要になりそうだと理解した。
次回は、ムーディーさんの面談の続きか。それとも、ホグワーツの弟妹たちの視点になります。