お久しぶりです。
山場を越えるために手短にしていこうと思います。
感想、評価、ありがとうございます。
感想、いただけると嬉しいです。
(・・・・・・たぶん、あれが忘れたらしい記憶、なんだよな?)
しゃこしゃこと朝の歯磨きをしながらニゲルはぼんやりと考えていた。
ベッドから転げ落ちたせいで所々痛む体をさすった。節々は痛むが、そんなことよりも気になることがある。
長いこと、覚え書きをしていたらしい自分は、幼い頃にアリアナを助けるためにマグルのクソガキを吹っ飛ばしたことがあると記録があったことを思い出す。
ならば、あの記憶はなんなのか。思い出したことなどそれぐらいで、ほかのことなど欠片だって思い出せない。
けれど、まざまざとした、走り去る瞬間の怒りを覚えている。実感がある。それは、自分の記憶であると。
(だからといって、なんであんな部分だけを思い出したんだ?)
頭の中で疑問が浮かんだ。その時、足下でにゃーと鳴き声がした。足下を見ればふかふかの毛並みの猫が1匹。
「ああ、少し待て。朝飯にするか。」
何はともあれとニゲルは食事の用意を始めた。
焼いたトマトってあんまり好きではない。正直な話をするのなら、和食が食べたい。別に、そこまで和食が好きだったわけではないのだが、ここまでパン文化にいると、一周回って和食への恋しさが増していく。
朝はやっぱり、塩鮭に味噌汁にご飯が良い。塩鮭は目玉焼きでも良い。半熟の目玉焼きをご飯にのっけて醤油を垂らしても良いだろう。
(いや、まあ。パンも旨いんだけどなあ。)
ぼんやりともそもそと食パンを頬張った。一人での食事というのはどうしてこうも何もかもが億劫になるのか。ほかに人間がいればそれ相応に手間をかける気にもなれるのだが。
「ごっそうさん、と。」
机の上を片付けて、部屋の掃除を簡単にした。そうして、身支度を調えた。マグルに混じっても違和感がないようにきちんとした格好だ。
「そんじゃあ、ラピス。留守番頼んだぞ?」
(本当は、もっと早く来なくちゃいけなかったんだが。)
ラピスの目の前にあるのは、一つの墓だ。そう、曰く、自分が原因で死んだ、ダンブルドアの両親の墓だった。
さすがはイギリスと言うべきか、冬でもないというのに寒さの感じるそこでニゲルはため息を吐いた。
どうしたのものかと考えていた。アルバスの奇行だとか、自分の状態だとか。悩みに悩んだ結果、ひとまず落ち着くかと考えてふと、自分の養い親の墓にもろくろく参っていないことを思い出したのだ。
ひとまずは整理をつけたいと、目の前のそれを片付けることにした。
アルバスに何も言わずに出てきてしまったが、結婚宣言後ではなんとなく話しにくい部分がある。
そうして、花を供えたねずみ色の墓の前。そこに来たとしても、どうしたのかなんて自分にはピンとこない。
ただ、なんだか、アルバスの元に帰っていいのだろうかと考えた。
(あるべき、場所か。)
どこにいけばいいのだろうか。ただ、現在、こじれたこの関係性でどうすれば良いのだろうか、とも思う。
帰るという、単語自体も使いたくない気分だった。ただ、朝に見た夢、それがひどく残像のように自分の前に横たわっている。
なぜ、突然そんな夢を見たのか、いや、記憶を思い出したのか。
アルバスに会えていないせいで、記憶の話も出来ていなかった。うーんと、墓の前で考え込んでいたニゲルははあとため息をついて立ち上がった。
(家の跡地にでも行ってくるか?)
ダンブルドア夫妻が葬られている墓があるのは元々ニゲルたちの住んでいた村だ。ちょうど、バチルダ・バグショットの家に寄ってみても良いのかもしれない。
世話になったというのに、礼もそこそこであったはずだ。
(あーでも、何かしら手土産があったほうがいいのかな?)
そんなことを思っていると、後ろから声がした。
「ニゲルさん?」
それに振り返れば、そこにいたのは自分の聞き取りをした魔法警察のアルマであった。それにニゲルは固まった。こんなところで会うなどとは、どんな偶然であるのだろうか。
ニゲルは驚くように体をのけぞらせた。それにアルマはにこやかに微笑んだ。
「どうされたんですか?」
「え、ああ。いえ、叔父たちの墓参りに。この頃、これていなかったので。」
「ああ。そうなんですね。」
「ええっと、アルマさんは?」
それにアルマは言いにくそうな顔をした。
「私は、その、事件のあった家の跡地に用が。」
それに全てを察して、ニゲルはなるほどと頷いた。少しの間、気まずい沈黙が訪れた。
ニゲルは向かい合う形で立っている眼の前の女性にどうしたものかと悩む。
そこでアルマがおそるおそるといった体で話しかけてきた。
「それで、その、すいません。以前のお話、考えていただけたでしょうか?」
それにニゲルは固まった。
(やっべ、ダンブルドアにも何にも相談してない・・・・)
ちらりと、アルマを見れば、彼女はどうだろうかと不安そうに自分を見ていた。
その視線にニゲルの中でぐるぐると罪悪感が湧き上がってくる。
(あいつのとこ、離れて暮らすのか。)
それについて何か不安だとか、もろもろがあるわけではない。自分は一人でも生きていける自信はある。ただ、今のところアルバスに養ってもらっている身のため、それ相応に仕事を見つけねばならないが。
そこまで考えて、ニゲルはふと、アルバスの今のところ生活姿勢を思い出した。
仕事ばかりの、それはそれはひどいワーカーホリック気味のそれ。どうみてもすぐにでもぶっ倒れそうで不安になる様相だ。
「・・・・アルマさんて、いとこ君のこと、どう思います?」
唐突な言葉であったが、アルマはすぐにはいと頷いた。
「ダンブルドアの、ことでしょうか?」
「ええっと、仕事で、会いますよね?」
ニゲルの言葉にアルマははい、と明るく頷いた。
「はい、彼はすごいんですよ?仕事においても完璧で、偉ぶったりもしません。それに。」
アルマは驚くほどにアルバスのことをかたり始める。その熱狂ぶりは、恋する女の子を越えて、熱狂的なファンのように見えた。
(こういう反応が、普通なのかな。)
ニゲルの知る限り、アルバスの身内からの扱いはだいぶ雑だ。
アバーフォースはアルバスに呆れていたし、アリアナも軽んじていないが若干雑だ。そうして、記憶を無くしたこ後のことは置いておくとして、少々雑だった覚えがある。
自分の知る限り、アルバス・ダンブルドアとはどこにでもいるであろう、普通の青年だった。
甘いものが好きで、熱心に取り組んでいることがあると食事も忘れ、手柄を立てればうきうきで帰ってきて、褒められたことを自慢する。
悪い奴ではないけれど、どこか、他人を値踏みするような眼だってする。
それは悪いことではないだろう。人には、損得勘定だって必要だから。
だから、目の前の女性が語る、まるでヒーローのような、清廉潔白な好青年の話をされると、ニゲルとしては困惑してしまう。
それに、ニゲルは、自分がアルバス・ダンブルドアという生き物の近くで生きているのだなあと自覚した。
物語の中を思い出す。
正しくて、強くて、賢くて。
悪に立ち向かう、賢者の老人。
(でも、最後には、何も残らなかった人。)
家族は去り、親友とは仲違いして、秘密主義に誰にも何も語ることもなく。
そうして、最後には一つ残った名誉さえも、後世のものたちに穢された。
最後まで秘密を抱えて、死んだ後に暴露本が出来たときだとか、彼のなしたことがさらされた瞬間、読者の好感度は一気に落ちたように思える。
(まあ、頼りになる老師系キャラが腹黒感の出てるような描写をされたっていうのもあるのだけれど。)
けれど、こうやって、物語を外側から見る読者としてではなく、生きているものとしてダンブルドアを見たとき。
自分たちは何を夢みたいなことを考えていたのだろうかと呆れてしまう。
善性しか持たない人間はいない。アルバス・ダンブルドアは確かに、美しい部分もあれば、後ろ暗い弱さと傷を抱えていただけだ。
(まあ、あの小説自体、どのキャラにもクソかと思うような部分があったけどさ。)
そんなもんなんだろうな。
ダンブルドアにはダンブルドアなりの良き部分と、クソだろという部分がある。それはニゲルも同じだ。
自覚が出来ていなくても、そんなところはあるのだろう。
(そういや、今日、帰ってくるんだよなあ。)
彼のご飯は何にしよう。洗濯物はどれだけ貯めて帰ってくるのか。部屋を暖めてやらないと。
そこまで考えて、ニゲルはあーと肩を落とした。
「あの、どうかされました?」
「いや・・・・・」
ニゲルは己の口元を覆って、あーと声を出した。
(完全に、ほだされてる。)
少し前に、散々に考えたことを棚に上げて、彼の世話だとか喜ぶことを当たり前のように考えている自分に呆れてしまった。
「・・・・どうかされました?」
ニゲルはその言葉に苦笑した。そうして、アルマの方を見た。
「・・・・すいません。あの、住居の話なんですが。」
「あ、考えてくださったんですね?」
「断ろうかと・・・・」
ニゲルはそっとアルマから視線をそらした。散々に返事を引っ張り、提案をしてくれたというのに断るという返事は非常に気まずかった。
「何故でしょうか?」
「いいえ、その。」
帰って、ご飯を作らないといけないんです。
ああ、そうだ。
ここまで来ても、墓に参っても、欠片だって思い出はないし、義理もない、愛もない。
あの場所にいる理由は自分にだってないけれど。
明日、あいつらに何を食べさせてやろうかと、それを考えているだけできっと理由はあるのだと思う。
にっこりと笑ったその先で、今まで優しそうに笑っていた人が凍り付くように冷たい目をしていたのを覚えている。
(・・・・・私、魔法界でたぶんろくなめにあってねえよなあ。)
縛られたその先で古びた木目の目立つ壁を眺めた。そうして、大きくため息を吐いた。
(アルマさんに杖、突きつけられてから記憶が無いんですが。)
ニゲルは古びた部屋の中でため息をついた。
(・・・・まずは、状況の判断だ。)
ニゲルは己のことを振り返った。
覚えているのはダンブルドア夫妻の墓の前でアルマという魔法警察官に会ったとことで途切れている。
完璧にそうであるのだ。
完全に、アルマという女に拉致されているのは確実だ。気を失う前の凍り付いた顔からしてそれは絶対だろう。
(・・・・理由は?)
疑問に思うのはそこだ。自分が彼女にらちをされる理由が皆目見当がつかない。
彼女と自分は今回の事件で初対面であったはずだ。
(アルバス、のことか?)
思い至ったものの、いっくら恋や愛やらがあっても拉致監禁などするだろうか?
恋愛沙汰で人殺しをする人間もいるため、あり得ない話しではないだろうが。
(それはそうと、さっさと逃げないとなあ。)
おそらく魔法使いとして杖は奪われてしまっているだろう。けれど、残念ながらニゲルは普通の魔法使いではなかった。
ニゲルは厚いコードの袖の中を探った。そうすると固い革の感覚があった。そうして、その革のベルトで腕にくくりつけておいた小さなナイフを取り出した。
(ふっふっふ!魔法界の奴らは基本的に魔法しか信用してないからな!こういう隠し武器に関してはあんまり気にしないんだよな。)
ニゲルは華麗に切った縄をその場に放り出して、立ち上がる。イスに縛り付けられていた時間が長いせいか、体は大分だるい。
一応体中を調べたが、どうも杖は奪われているらしい。
(・・・脱出だ。)
ニゲルはそれに窓もない部屋の中、唯一の出入り口である扉に視線を向けた。そうして、そっと廊下の方を伺った。
音はなく、どうやら人はいないらしい。ニゲルはそのままそっと扉を少しだけ開けて、外をうかがった。
視線の先には、これまた窓のない薄暗い廊下が広がっている。それこそ、微かなランプの明かりだけが辺りを照らしていた。
驚くほど冷静な自分にニゲルは内心で驚いていた。もちろん、心臓はまるで早鐘の用に打っている。
が、思考は驚くほどにクリアであった。
丸腰の自分では出来ることと出来ないことがある。今は冷静に、誰にも見つかることなく脱出するのが一番だ。
きいと微かな音を立てて扉が開いた。廊下は左右に伸びており、どちらとも右側に曲がり角がある。どちらにいくかと考えて、どちらとも同じかと、適当な方向に歩き出した。
(障害物のないこの廊下じゃ、魔法の打ち合いになったらアウトだ。出来れば、杖を取り返したいけど。)
それも可能であったら何とかしようという程度で、優先順位は低い。ただ、人気の無い部屋であったら調べる価値はあるのかもしれない。
ぎしぎしと鳴る廊下を突き当たると、すぐ近くに扉が二つあった。そうして、奥の扉から微かに声がする。
ニゲルはばくばくと鳴る心臓を胸に、耳を澄ませた。
「どうして勝手なことをしたんだ!?」
非常に焦っている印象を受ける声がした。どうやら男性のようだ。それに言い返す形でアルマの声がした。
「勝手?あの女が悪いのよ!」
「アルマ、そうだとしてもやりようがあっただろう?これがダンブルドアに知られたら。」
「彼が知るはずないわ。あの女を墓で目撃してる奴なんていないし。この場所に気づく奴だっていないもの。」
「だからって。これからどうする気なんだ?」
「そんなの、最初っから決まってたでしょ?」
かちゃりと、何か金属がこすれるような音がした。
「これであいつを今度こそ生ける屍にするわ。前は邪魔が入ったけど。今度こそ、成功させてみせる。」
「アルマ、それは確かに珍しい効力はある。でも、本当に予想通りの結果になるとは限らないんだよ?彼女は確かに記憶を失ったけれど、人格にはさほど問題はなかったようだし。」
「なら、奪い足りなかったのよ!」
「・・・・アルマ、本当に良いのかい?このまま。」
男がどこか、気弱そうな、怯えた声を出せば、さらに苛立ったようなアルマの声がした。
「何、今更怖じ気づいたの?」
「そんな、ことは・・・」
「・・・・何考えてるのか知らないけど、今更遅いわよ。これを持ち出したのはあんたなんだから。手を引くなんて考えないでちょうだい。」
「わかっているよ・・・」
「それより、あの女が起きる頃かもしれないわ。」
アルマがそう言って扉に近づいてくるのを理解した。
(やべ!?)
ニゲルは慌ててその場から去ろうとしたが、それよりも先にアルマが扉のノブに手をかけた気配を感じた。
戦くように体を反らしたとき、誰かが己の腕を思いっきり引っ張る気配がした。
吸い込まれるように、隣の部屋に引きずり込まれたニゲルはか細く声を上げそうになったが、それよりも先に自分の口が手で覆われた。
扉が開き、そうして、誰かが廊下を歩いて行く気配がする。
その二つの気配が去って行くのがわかると、その手はそっとニゲルから離された。ニゲルは振り払うように後ろを振り返った。
そうして、その先にいたのは、ひどく意外な人物だった。
「・・・・・・ゲラート、グリンデルバルド。」
「やあ、久しぶりだね。ニゲル、というか、なんでフルネームなんだい?気軽にゲラートでいいんだよ?」
にっこりと笑ったその姿は、非常にチャーミングなものだった。