アルバスさんの口調、若いころでめちゃくちゃ悩んでます。
なんとなく、丁寧語で、身内の前で僕、仕事では私が一人称。
「アルの奴、結婚しないのかね?」
何気ないその台詞に、隣で薬草畑の雑草取りをしていたアバーフォースが顔を思いっきり顰めた。
「アブはどう思う?」
「どうもこうも、どうでもいいだろそんなこと。」
「何だよ、気にならないのか。あの、アルが連れて来る嫁さんだぞ?」
ぶちぶちと、雑草を抜く音が辺りに響く。
彼ら二人は、家の近くに作った小さな農園にてせっせと仕事に励んでいた。
アバーフォースは丁度、ホグワーツの夏休みで帰省している。そうして宿題の隙を見て、何だかんだで逆らえない関係であるニゲルの手伝いをしていた。
そんな時、唐突に姉貴分の言い出したことにアバーフォースはあきれ果てた。昔から意味の分からないことを言い出すニゲルであったが、さすがに唐突過ぎる。
まあ、昔から変わり者であったのは事実であるが。
だからといって、己が兄はエリート中のエリートである闇祓いに就職し、姉貴分である彼女も卒業後は実家に戻り、母親の世話をしながら細々と薬草を売って暮らしている。
幸いなことに、根気強く凝り性な為か、質の良い薬草だと評判であるらしい。
アバーフォースは、土いじりをする姉貴分を見た。
ニゲルは確かに変わり者であるが、それでもそこそこ優秀ではあったのだ。
ある程度、望める就職先があったというのに、彼女はこんな片田舎で実の親でもない存在を世話する理由もない。
最初は、兄に言いくるめられたのかと思ったが、ニゲルはアバーフォースの知る中で特にアルバスの扱いが雑な人だ。
本当に嫌ならば、徹底的に拒否しているはずだと考え直した。
だからこそ、アバーフォースはニゲルのことが好きだった。
自分と同じものを、大事に、慈しんでくれる彼女を慕っていた。
ある時の事、ニゲルは本当に唐突に何を思ったのか、アバーフォースにこんなことを言った。
「アルバスは家から出るけど、別に私たちを置いて行くわけじゃないから寂しがらなくていいぞ。」
何を言っているんだ、これは。
アバーフォースが胡乱な目で彼女を見返した。アルバスが、卒業旅行に出かけて少ししてからのこと。
母親とアリアナが寝入り、アバーフォースは居間で宿題を片づけていた時のことだった。
自分の机に温かい紅茶を置いて彼女は、のんびりとそう言った。
「何気持ちの悪いこと言ってんだよ。」
「でも、お前、アルのこと大好きだろ?」
アバーフォースは心の底から不服そうな顔をする。けれど、そんな態度など気にした風も無く、彼女は言い切った。
「だって、お前さん本当にどうでもいいなら無視してるだろ。アルバスが、家を出ていくのだって、嫌いならもろ手を挙げてるだろう。」
その言葉に、アバーフォースは固まって、思わず手を止めた。
その、思いっきり不機嫌ですと言う顔に対して、ニゲルは平然とした顔をしている。
アバーフォースは、それに精神的な動揺を隠すため、指で机を叩いた。
アバーフォースは、外に出しているほど兄のことが嫌いなわけではない。
アバーフォース自身、ひねくれた部分があると言ってもアルバスのことを慕っていた。
優秀で、人に慕われる兄のことが嫌いなわけではなかった。
ただ、ただ、時折、たまらなく寂しくなる。
アルバスは、優秀で、家族よりももっと多くの誰かに認められることを求めていて。
アバーフォースは、家族が好きだ。
兄のこと、母のこと、何よりも、妹のことが好きだった。
けれど、アルバスは、そんな小さな箱庭よりも、外のことに目を向ける。
それを、寂しさと言わずにして何と言えばいいのか分からなかった。
それにアバーフォースがアルバスにぶつけても、その兄はどこかするりと躱してしまう。
置いて行かれる悲しさを、あのくそったれは知らぬのだ。
けれど、けれど。
目の前の姉貴分だけは違った。
ニゲルは、元より、アルバスからの共感を求めない。
兄のなす、業績だとか、そんなことに興味はない。アルバスが、悪事以外であれば何をしようと気にしない。
けれど、不思議と、彼女の言葉はアルバスの心を震わせる。
何故か、彼女は、アルバスの隠し続ける何かを知っていた。
そのせいか、アルバスは彼女に対してひどく無防備な表情をする。
困ったような、苦笑するような、まるで、子どものような。
その表情を見ると、ほっとした。
兄は、ここにいるのだと。どこにだって行かずに、きっとこの変わり者と共に在るのだと。
神様なんかじゃないんだと。
「しるか。」
アバーフォースは、そんなこと言えなくて。
本音なんて、気恥ずかしくて言えなくて。そんな素っ気ないことを、赤みがさした頬を隠して言い切った。
それにニゲルは軽く肩をすくめる。
「そうかい。」
暖かな紅茶を少しだけ啜った姉貴分の横顔を見て、兄が必ず帰って来るという確信に心底安堵した。
そんなことを思い出して、アバーフォースはニゲルの台詞に耳を傾けた。
「いやさ。アルの奴、卒業旅行行っただろ?」
「いったが。たんまり土産話は聞いただろう。」
「ふとな、あいつもう学校卒業したっていうのに、浮いた話の一つも聞かなかったんだよ。ああ、お前、結構熱心に聞いてたじゃないか。」
アバーフォースはそれに思わず横を睨み付けた。それに、ニゲルは気にした風もない。
アルバスが卒業旅行から帰った夜、そこまで話す性質ではない彼は、珍しく饒舌に旅先でのことを語っていた。
ニゲルは、それを聞いてはいたものの、アバーフォースたちへの茶を注いだり、雑用をこなしながらであったためそこまで自分たちに注意を払っていなかったと思っていたが。
変な所で、彼女はよくよく周りを見ていた。
アバーフォースは兄の話を聞いていたことがばれているのに気恥ずかしさを覚え、皮肉気に台詞を返した。
「・・・・週に何度も、従姉とはいえ年の近い女が差し入れなんぞ持って来れば、浮いた話なんぞ出てこないだろう。」
「あー、確かにそうかあ。アルが嫌がってないからついついやってしまっているんだが。」
ニゲルはそう言って、泥だらけの顔を流れる汗を拭った。
今日も今日とて、平和である。
アリアナは癒者になるのだと頑張っているし、アバーフォースは素直ではないが兄との関係は良好だ。その母も、病弱ではあるが生きている。
学校を卒業したアルバスは、魔法省の闇祓いにて仕事をこなしている。
ニゲルも、アルバスの闇堕ち防止のために、多忙な彼の世話兼見守りと、薬草栽培を続けている。
何もかもが、順当に回っているそんな中、ニゲルがそんなことを口にしたのは、彼女に残った懸念があったためだ。
(えっと、名前は、グリンデルバルドだっけなあ?)
それは、作者曰くアルバス・ダンブルドアの唯一愛した男の名前であった。
「アル、君、好きな人っているかい?」
「藪から棒だね、また。」
ニゲルは、自分の前でお手製のアップルパイをもぐもぐと至福そうに食べる男を見つめた。
鳶色の髪を整え、きらきらとした青い目をしたとびっきりの美形である男は、何故か寝巻のままニゲルの作ったアップルパイを食べている。
狭い部屋の中に置かれた、唯一のテーブルには二脚の椅子が置かれ、向かい合わせにアルバスとニゲルは座っていた。
バターをたっぷりと、前世で知ったなんちゃってカスタードクリームがたっぷり入ったそれは、この頃のアルバスの気に入りである。
(・・・・糖尿にならないか心配だ。)
いや、もちろん、アルバスを釣るためにせっせと菓子作りを練習し、その果てに貢いでいるニゲルの言えたことではないのだが。
(・・・住んでるのが田舎のおかげで、大抵のものが現物支給で手に入るのがいいなあ。)
そんなことを考えているなど露も知らないアルバスは、昔から知っている変わり者の昔なじみを見つめた。
「それは、僕のティータイムを邪魔するほどのことかな?」
「私が持ってきたもんなんだから、菓子代ぐらいにはなるだろう?つーか、それ喰うのはいいけど、真面目な飯もちゃんと食べてるんだよな?」
その言葉に、アルバスはそっと目を逸らした。
アルバスは、闇祓いになった折に、家を出て一人暮らしを始めていた。
ロンドンの中にある小さなアパートメントを借りたのだ。
新人とは言え、エリート枠である闇祓いである彼はそこそこ余裕もある。
ニゲルも、アルバスの完璧ぶりを知っているため、一人にしても大丈夫だろうと放っておいたのだ。
が、それが幻想であることを知ったのは、それから少ししてのこと。
ニゲルは、久方ぶりにアルバスを訪ねた。
休みの日を訪ね、特製の菓子でつれば訪問は容易かった。
アルバスの家はきっちりと片付いていた。それこそ、実家暮らしから一人暮らしに変わった男性の部屋へのイメージというものを軽く超えていた。
魔法が使えると言っても小まめに掃除もしているようであったし、洗濯物を溜めている様子もない。
強いて言うならば、文机らしい場所に、大量に積み重なった本や紙がご愛敬だろう。
流石、と安心していたニゲルはアルバスの許可を取り、持って来ていた菓子を手に簡易のキッチンへ向かった。
其処で見た光景に、ニゲルは固まった。そうして、勢いよくアルバスへ叫んだ。
「アルバス、てめえ、菓子を飯代わりに食べてるな!?」
その怒声に、アルバスはやっぱりそっと目を逸らした。
聞けば、さすがに毎日というわけではないが、どうも忙しい昼間など軽く菓子を摘まんで終わらせたりしていた。
「だからって、買ってくりゃいいだろうに。」
「買う時間もない。」
「どんだけ忙しいんだよ、闇祓い・・・・・」
審査が厳しすぎるために人数がいないので、新人といえど優秀なアルバスにはなかなかの案件が重なっているらしい。
「だからといって、自分で作る気もないしね。」
あっさりとそう言い切ったアルバスに、ニゲルの選択は早かった。このごろ、原作に於いての鬱展開を回避するよりも、弟分の健康的な生活を保つことが主な目的になっていることからは目を逸らしながら。
ニゲルは、週に何度か、アルバスの夕飯を差し入れるようになった。仕事で帰れない日は、伝えてもらい、それ以外は空いた時間で食事を作りに通った。
アバーフォース曰く、母親より過保護が過ぎると不評になっているが、そんなことなど気にしていない。
ニゲルとしては、このままではマルフォイに殺されるよりも先に生活習慣病で死にそうで怖いのだ。
ニゲル自身も、どうせ実家の晩御飯を少し多めに作ればいいだけの話だ。移動も、姿現しを使えばいい。
そんなこんなで、ニゲルのアルバスへの差し入れは続いている。
「少なくとも、いないかな。」
「だよな、お前、仕事とか研究とか楽しすぎて恋愛とかに頭いかないもんな。」
ニゲルの当人のような口ぶりに、アルバスは何とも言えない顔をする。けれど、図星でもあったのか肩を竦めた。
「そうだね、今は仕事の方が楽しいかな。」
「でも、初恋だってまだなのはどうかと思うんだけどなあ。」
「・・・・何を根拠にそんなこと言うんだい?」
「え、初恋あるの?」
そのニゲルの悪意のない台詞に、アルバスは顔をしかめた。
「・・・・・・・・・・・・・・・あるよ。」
「ねえんだな。」
長い前置きにニゲルがばっさりと斬り捨てると、アルバスは心の底から不服ですということを前面に押し出した表情をする。
それに、嫌がった犬の表情を思い出した。
それを見つつ、ニゲルは頬杖を突きながら、アルバスを見た。
「・・・・いやあ、つってもだらけすぎじゃね。何が悲しくて、お前さんのパジャマの柄なんぞ知らにゃあならんのだ。」
「家にいたころも知ってるだろうに。」
そう言って、ニゲルの目の前には相変わらずアップルパイにぱくつくアルバス。
(・・・・この頃、こいつ分かりやすくだらけてきたような。)
いや、別段、目の前の存在が家でもだらけていなかったわけではないが。それでも、一応は身内といえど、パジャマ姿で土産にぱくつくほど適当であった覚えはなかった。
それを、態度がおざなりであると言えばいいのか、それとも心を開いていると言えばいいのか。
(まあ、頭脳仕事なわけだし、人よりも多めの糖分は赦されるだろ。その他の食事も、ちゃんと食べてるようだし。)
仕事も順調であり、私生活でも魔法の研究を続けているらしい兄弟分は、少なくとも今の所幸せであるらしい。
ニゲルにとっては、少なくとも彼女の知る未来において苦労ばかりのそれが、今は満たされた生活をしている。それ以上に良いことなどあるはずもない。
ニゲルが、そんなことを考えていると、アルバスはどこか拗ねた様な表情をする。
「そう言うニゲルはあるのかい?初恋ってものが。」
けれど、瞳の奥に透けて見えたいたずらっ子のようなしたたかさに、お互いさまだろうという意思が透けてみる。
それに、ニゲルははんと鼻で笑い返した。
「残念ながら、初恋はとっくに済ませているんでね。」
まあ、それも前世の話であるが。
けれど、別に嘘というわけでもない。ニゲルはそう思っていると、かちゃんと音がした。その音に、アルバスの方を見ると何故か先ほどまで動かし続けていた手を止めていた。
「・・・ニゲルに、好きな人がいたなんて知らなかったよ。」
「そりゃあ、言ってないからな。」
アルバスは、変わらず淡く笑っていた。けれど、長い付き合いのニゲルからすれば、それが何かしらを誤魔化すための笑みであることを察する。
いったい何が男の琴線に触れたのか分からず、ニゲルは自分で入れた紅茶を啜った。
アルバスは、少しだけ考えこんだような顔で机を指で叩いた。
「それでどんな人なんだい?」
「あー、まあ、別に良いだろ。」
「なんだい、僕に言えないのかい?」
言えない、というよりはあんまりにも遠い記憶のためにぼやけて詳しいことを思い出せないのだ。
それと同時に、ニゲルは目の前の存在の変な茶目っ気を知っているため、揶揄われることを察知して肩を竦めた。
「関係ないだろ。」
「・・・・ふぅん?」
妙に間延びした返事と共に、アルバスは改めてアップルパイを食べ始めた。それにこの話を終わったと悟り、ニゲルはほっと息を吐く。
(・・・・そうかい、アルはまだ、初恋もまだなのか。)
ニゲルは、ダンブルドア家の三兄妹の幸福を何よりも願っている。
少なくとも、精神年齢の違いから、感覚としては子どものころから世話してきた三人は、子ども、下手をすれば孫に近い。
すっかり大人になった三人に関して、ニゲルはさほどの心配はしていない。
アルバスは願った仕事をしているし、シスコンブラコンのアバーフォースはこのまま穏やかに過ごすだろう。アリアナは、夢に向かって頑張っている。
そんな時、ニゲルはふと思ったのだ。
アルバスは、恋を、真実の愛というものを得られるのだろうかと。
(・・・・姉貴分が兄の恋愛事情を気にしてる中、なんで弟妹どもは私の初恋に食いつくのか。)
アルバスから流れたらしい初恋の話に、何故かアバーフォースはいつも以上のむすりとした顔して聞いて来たし、アリアナにいたっては鬼気迫る顔で誰かと聞いて来た。
学校が始まってよかったと思うのは、この話から逃げられることだ。
アルバス・ダンブルドアが同性愛者であることに関してはどうだっていい。そんなのは当人の自由だ。魔法界を巻き込んだ事情を巻き起こすより、数倍はましだ。
ただ、ババア精神としては孫の顔が見られないことは少々残念であるが。
グリンデルバルドとアルバス・ダンブルドアは出会うことがない方がいいのだろうか。
もちろん、グリンデルバルドがアルバスの気持ちを受け入れるのかもわからない。
この時代、同性愛など差別の対象だ。
何よりも、グリンデルバルドとアルバスが出会い、何が起こるのか分からない。
恋をし、結婚をすることが何よりの幸福であるとは言わない。
けれど、それを知らないのは不幸であるのかもしれない。
ニゲルは、アルバスに真実の愛というものを与えてやりたかった。手に入れられるのならば、なおさらに。
(・・・・まあ、こういう考え方も傲慢なのかもしれないが。)
そんなことを思っていたことをニゲルは思い出していた。
「どうかしたのかい?」
聞き心地の良い声が、耳朶を擽る。
「あー、いいえ?」
現実逃避もしたくなる。
目の前には、金髪の麗しい青年が一人。
現在、ニゲルはゲラート・グリンデルバルドと二人っきりでお茶をしていた。
アルバスさん、我が世の春を謳歌してますが、アリアナの事件がなかったので権力大好きで調子に乗ってる感じです。
ただ、もうちょっと謙虚になってほしいんでアリアナさんとは別口で心をへし折りたいんですが、考えてる展開についれこれでいいかと悩み中です。