これは、思春期なのか。
ちょっと短め。
アルバスにとってニゲルが初恋をしているという事実に対して感じたのは、苦笑であった。
(・・・・見栄をはっているなあ。)
もちろん、最初は動揺じみたものがありはしたが、よくよく考えればそんなことなどありえないだろうということに考え付いた。
ニゲルの学校生活は、お世辞にも他と親密な関係性を築いていたとは言えない。
もちろん、浅く広く交友関係はあった。
ハッフルパフ寮であった彼女は良くも悪くも平等で、果ては寮を越えて交友関係を持っていた。
ふと、本当にふと、彼女の姿が目に付くことがあった。その隣には、グリフィンドールやレイブンクロー、果てはスリザリンの人間の姿があった。
元より、人の捌き方が上手かった。のらり、くらりと、人の間で生きているような人だった。
だからこそ、初恋なんて言葉をありえないと否定できた。
そこまで、ニゲルがたった一人に関して態度が違ったというならば、自分が知らないはずがない。
アルバスは、友人たちの恋愛事情を思い浮かべ、そんな様子がなかったと頷いた。
そんな確信がアルバスにはあった。
そのために、初恋云々という話は、おそらく彼女の見栄であるのだと考えていた。
「馬鹿だろ、くそ兄貴。」
アルバスは、目の前で紅茶を啜る弟を見た。
「いったい何がだ、アブ?」
「姉貴だって初恋の一つや二つはしてるだろ。精神未熟児のあんたと違って。」
皮肉が酷い弟だ。そう思いつつ、アルバスはニゲルの置いて行ったクッキーを一つ口に放り込んだ。
時期は、丁度、夏休みの始め。
ニゲルと母親は、ダイアゴン横丁に、薬草の卸しと買い物へ出かけた。
アルバスは、久方ぶりの休みを実家で過ごすために帰省していた。そんな折、丁度学校から帰省したアバーフォースに勉強のことで質問されていた。
そんな折に、世間話の体でアルバスがニゲルの初恋について口にしたのだ。
最後に、ニゲルの見栄であるとアルバスが言ったのに対して、アバーフォースは大きめのため息を吐いた。
そうして、彼は持っていた羽ペンをびっと目の前のアルバスに向けた。
「あのな、言っとくが姉貴はあれでもモテるからな?」
それに今度はアルバスの方が、何言ってんだこいつという様な顔をした。それに、アバーフォースは更にあきれ果てた様な顔をした。
「・・・・すまないがお前がニゲルのことを慕っているのは知っているが、それはあまりにも贔屓が過ぎる気が。」
アルバスは弟を傷つけないように、恐る恐る声を掛けた。
確かに、ニゲルは善人だ。
それは例えば世界を救う様な正しさではなく、巨悪を討つような光ではない。
それはどんな人間にも宿っている様な平凡な、陽だまりのような善性だ。
いつだって、忘れてしまいそうな当たり前を抱えているような人だった。
けれど、それははっきり言って異性に対して有利な条件ではないはずだ。
ダンブルドアはぼんやりと友人たちとした、年頃の少年たちらしい下世話な話だったが、人気のある異性の特徴をずらりと並べた。
魅力的な容姿?
確かに見目は悪くないが、凛々しすぎる顔立ちはどちらかといえば女子に人気があった。
女性らしい体つき?
畑仕事などを好む彼女の体はスレンダーで、背が高い。
趣味があうこと?
さほど趣味らしい趣味のない人だ。
可憐で笑顔がよく似合う?
可憐さとは134度は差がある。
アルバスから言わせれば、彼にとって異性から人気のある女性というのはイメージするならばアリアナのような可憐な乙女であった。
アルバスが一つずつ、なぞるようにそう言えば、アバーフォースは深くため息を吐いた。
この、曇り切った目の兄貴に何と言おうか。いっそのこと、そうだなと適当な相槌を打って終わらせたい欲求に襲われる。
だが、それ以上にこのままこの感覚を引きずった挙句、あの姉が婚姻した時どうなるか?
絶対と言い切れるほど、宥めることになるのは己であると理解できた。
「あのな、いいか。あんたの言う姉貴は、俺の知り合いから言わせるとこうだ。」
大人びた容姿に、世話好きで、誰にだって平等な、勉強の出来る素敵なお姉さん。
「年上やら同い年は知らないが、ニゲルは年下には人気があったんだぞ?」
「・・・そんな。」
そんなこと知らない。
アルバスのいつだって淡い表情で笑うそれに浮かんだ驚愕にアバーフォースは少しだけ驚いた。
そうして、その、いつだってキラキラと輝くそれが、だんだんと爛々としたものに変わっていくことにかたまる。
「・・・・そりゃあ、知らないだろ。お前さんの周りはニゲルのこと、そこまで好きじゃなかったしな。不出来な従妹の恋愛話を振るほど暇じゃないだろ?」
呆然とした様子で、アルバスは目の前に置かれたクッキーの皿を見つめた。
それを見つつ、アバーフォースは言う気のなかったことについて口にした。
「その様子だと、ニゲルに縁談が来てるの知らないのか?」
「なんだと?」
それにアバーフォースは、自分の言ったことを心の底から後悔した。
何故って、目の前のアルバスは確かに笑っていた。けれど、心底冷え切った氷のような青い瞳を爛々とアバーフォースに向けていたからだ。
その時、アリアナは激怒していた。
彼の姉に関しては鈍すぎる長兄を叱らねばならぬと。
アリアナという少女にとって、ニゲルという従姉はまさしくヒーローであった。
幼いころ、自分を虐める悪ガキどもを打倒し、自分を背に庇ったその姿はまさしく幼い少女にとって白馬の王子様であった。
弱い誰かに手を差し伸べ、泣いた誰かを慰め、優しい目を向ける。
何よりも、ニゲルはアリアナに優しかった。
彼女はいつだって、幾つも歳の離れたアリアナの側で、彼女の歩幅に合わせて歩いてくれた。
彼女の実の兄たち、アバーフォースは夢中になるあまりアリアナを置いて行ってしまうことがあったし、アルバスは良くも悪くも自分の道を行く人だ。
けれど、ニゲルはいつだってアリアナのことを気にしてくれた。
他の兄弟よりも、いささか繊細すぎるアリアナのことを誰よりも細やかに世話したのはニゲルであった。
体の弱った母の代わりにご飯を作ってくれたのも、おやつをくれたのも、眠れない夜に暖かなミルクを作ってくれたのも、柔らかな手つきで髪を結ってくれたのも。
全て、ニゲルであった。
自分の体から、成熟した証として血が流れた時も、寄り添ってくれたのはニゲルであった。
アリアナは、兄たちの喧嘩が苦手であった。
二人のことが好きであるからこそ、彼らが争うことが苦手であった。
けれど、そんな時ニゲルだけが二人の間に割って入ることができる。二人を傷つけるわけでもなく、ただ、悲しそうな顔で二人を宥めるニゲルのことが好きだった。
「アリアナの手は優しいな。」
その言葉を、覚えている。
怪我をしたニゲルに何かをしたくて、必死に見様見真似でした手当に姉は笑っていた。
「私を治そうと頑張ってくれる、この手はとても優しいね。」
アリアナは、兄たちから弱者として扱われる。それも仕方がない。なんといっても、アリアナは幼く、出来ることなど少ない。臆病で、いつだって誰かの後ろに隠れている。
けれど、ニゲルはアリアナのことを強いと言った。
アリアナは、私が傷ついたことに苦しんで、怯えてる。お前は誰かの痛みを自分のものとしてしまうから。私のために何かしようと立ち上がってくれる。お前は、優しくて、そして強い子だね。
誰かのために立ち上がれるアリアナは、強くて優しい子だね。
アリアナは、その言葉を憧れとした。
優しい人になりたかった、臆病な自分であることから変わりたかった、強くなりたかった。そんな風に笑ってくれた、美しく、強いニゲルのようになりたかった。
ピンと伸びた背筋、風にはためくさらさらとした黒い髪、涼し気な目元、薄い唇。
そうして、まるで森林のような澄んだ緑の眼。
優秀で神様のようなアルバスでも、自分のことを心配してくれるアバーフォースではなく、自分を強いと認めてくれたニゲルを、彼女は憧れとした。
好きで、あったのだ。どうしようもなく、焦がれていた。近いようで、遠い、あの人に。
「なのに、どういうことなの、アル兄様!!」
アリアナは、その可憐な顔立ちにはっきりとした苛立ちを浮かべ、目の前の兄に吠えた。
そんな妹に詰め寄られているアルバスは、どこか傷心したような面持ちでアリアナを見返した。
丁度、実家に帰り、アバーフォースから色々なことを聞き出したアルバスはどんよりと自室にて物思いにふけっていた。
そこに、兄の帰省を聞きつけ、友人宅よりアリアナが帰って来たのだ。文机に向かっていたアルバスにアリアナは回り込むように彼へと向いた。
「何がだい、アリアナ?」
「ニゲル姉さまの事よ!」
それにアルバスは、納得の意味を込めて頷いた。
何よりも、臆病で優しいアリアナがここまで感情を発露するなどニゲル以外ではありえない話だ。
「アリアナも、あの話で来たのかい?」
その声はどこか弱々しい。アルバスの脳裏にはアバーフォースから聞いた、ニゲルの異性からの人気について埋め尽くされていた。
アルバスは、その事実にひたすら困惑していた。
それほどまでに、アルバスにとってニゲルの異性関係というのは衝撃であった。
アルバスの中のニゲルというのは、徹底的に性の匂いというものが排除された存在であった。それは、元より中性的な容姿というものもあるが、仕草もどこか男性的なものが多かった。
アルバスの周りでは、ニゲルのことをそう言った対象として見るものもいなかったということもあるだろう。
何よりも、アルバスにとってニゲルとは女である前に、家族という枠組みに入っていた。
何があっても離れることもなく、当たり前のように近くにいる存在。
自分の後ろに立っている人、ずっと自分を見ていてくれる人。
アルバス自身、恋愛だとか、男女関係に疎いということもある。
もちろん、彼自身人の心の機微というものを理解することには長けている。けれど、その恋愛感情というものを理解してはいなかった。
二十に差し掛かろうとしているにも関わらず、初恋さえもまだなのだ。
正直な話をすれば、アルバスは自分が結婚するという未来を考えていなかった。
政治という世界にいるのならば、政略結婚について考えるだろうが、悲しいことにアルバスという男はそんなことをせずとも出世できる能力を持っていた。
アリアナについても、アバーフォースについても、何時かは結婚でもして家から離れていく想像はしていた。
その時は、何となしにニゲルと共に独身のまま実家を守って衰えていくのだろうとさえ思っていたのだ。
が、アルバス・ダンブルドアという男はアバーフォースの指摘によって、そんな未来が来ない可能性があることをようやく理解したのだ。
ニゲルというのは、別段いつまでもアルバスに付っきりでいてくれるわけではない。
アルバスは、何の躊躇も疑いも無く、自分はニゲルに一等に愛されているという自負があった。
もちろん、アバーフォースやアリアナと比べられると少しは遠慮する気はあるが、それでも彼は自分が一番に愛されているという自負があった。
どんなことがあっても優先されるし、どんな願いだって聞いてもらえるということを事実として受け入れていた。
ああ、けれど、けれどだ。
いつか、ニゲルには己よりも、特別な唯一というものが出来る日が来るのかもしれない。
それに、納得できなかった。
悲しいことに、ようやくその男はその身内である姉が、女であって。そうしてどうしようもなく分かたれた人間であると理解したのだ。
何よりも、アルバスは、ニゲルが何人かに告白というものをされていることにショックを受けていた。
言ったように、ニゲルの在り方というのは確かに善性であるが、さほど目立つものではない。当たり前であるがゆえに、無視されてしまう様なものだ。
それを知るのも、理解しているのもアルバスは傲慢なことに自分や弟妹達だけだと思い込んでいた。
他人が、それを理解している。
それが、なんだかひどく不愉快だった。
(・・・・・縁談のことも。)
ニゲルに縁談が来ていることについて知らなかったのは単純な話、アルバスの多忙さゆえだ。
縁談というのも、ゴドリック谷での近所からものでニゲル自身が断っていた手前話していなかった。
そうだ、働き者でおばの世話を小まめに見ている彼女は嫁として周りの家からひどく人気があったのだ。
それを教えてもらっていなかったということにも、ニゲルがそういった対象として誰かに見られていたこともショックであった。
アリアナはアルバスの呟く独り言の内、ニゲルへの告白というものへ不思議そうに首を傾げた。
「アル兄様、姉様が異性に人気があること知らなかったの?」
「アリアナは知っていたのかい?」
「話題に出なくても兄様は少しは想像位してると思ってた。だって、姉様もアル兄様の関係者だもの。」
その意味が分からずに、アルバスは不思議そうな目でアリアナを見る。
「だって、姉様と親しくなれば自動的に兄様とだって親しくなれるでしょう?有能な兄様との関係を築いておきたいって人多いもの。」
私も、アブ兄様も学校で声を掛けられるし。
それにアルバスは固まった。
アルバスにとって恋人も、結婚というのも恋や愛が前提にあるもので、そういった政略的なものというのは度外視していた。
そういったものを理解していても、あくまでのその範囲は自分だけ向けられるもので弟妹達やニゲルというのはそこから無関係であると考えていたのだ、
自分がしみじみと、多くのことへ鈍感であったことに気づき、アルバスは一段とショックを受ける。
そこに、追い打ちのようにアリアナの声が重なった。
「それよりも、兄様に聞きたいことがあるの!」
「なんだい?」
ぐったりとしたアルバスに、アリアナは叫んだ。
「この頃、姉様がブロンドの美男子とデートしてるの!兄様、知ってた!?」
「は?」
アルバスの青い目が鋭くなった。
アリアナさんのキャラが掴み切れていない感がすごい。
次回はゲラートさんが出ます。
ニゲルは、ハッフルパフ生になります。特別なことはない、薬草学と魔法薬学が好きだったもよう。
他の寮に知り合いが多いのは、迷子だとか学校に馴染めていないマグルだとか混血の子だとか世話していたため。
後輩から慕われていたが同級とか先輩にはアルバスさんに気安過ぎると評判がよくなかったりしてます。