ダンブルドアは自由に生きられるか   作:藤猫

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別段、生まれた場所にこだわる必要もないような。いきたい場所があるならそこにいけばいいのでは。
魔法使いも、マグルも。

外に出ていったスクイブと、未だ卵から生まれ出ていないかもしれない魔法使い。

作中に出て来る小説の一節は、これだけ印象に残っております。



止まり木の人

 

「・・・・あのスクイブ、出て行ったんだね。」

「ん?ああ、そうだね。」

 

満天の星空の下、辺りには灯りなどない真っ暗闇の中。

未だ、大人であるか少々悩んでしまうほどに年若い男女が身を寄せ合っていた。

一人は、それはそれは見目麗しい青年だ。

淡い金の髪は微かなカンテラの光にキラキラと輝いている。そうして、知性を帯びた青い瞳はまるで凪いだ海のように静まり返っている。

まるで俳優のような端正な顔は、どこか不機嫌そうな表情が浮かんでいた。

その隣に座る女は、正直な話をすればその青年の隣に座っていることに疑問を持ってしまう程度の容姿であった。

といっても、別段醜いというわけではない。

真っ黒な夜のような髪は艶があり、さらさらと風に靡いていた。そうして、切れ長の瞳は澄んだ緑。

その顔立ちは、男らしいというには優しすぎたし、女らしいというには鋭すぎた。

どこか中性的な顔立ちは別段悪いわけではないのだが。隣に並んだ美麗な男のおかげでその感覚はだいぶ薄れてしまうのだ。

 

「ニゲル、あまり見ず知らずの人間を、しかもスクイブなんて家に上げるのはさすがにどうかと思うんだが。」

 

ニゲルが家から持って来た温かなココアを受け取りながらグリンデルバルドはそう吐き捨てた。

そんなことを言われたニゲルは、同じように魔法のかかった瓶から平然と温かなココアを注いだ。

 

「だから、アルバスの奴も許可出したんだからいいだろ。というか、あいつのことをそんな風に言われる筋合いはない。」

「僕は友人として忠告をしているんだよ?」

「学校で乱闘騒ぎを起こした短慮さでそんなこと言えるのか?」

 

ぴしゃりとそう言われれば、グリンデルバルドはひどく不満げであっても黙り込んだ。自分自身、軽率な行動であったという自覚はあった。

ニゲルはそんなグリンデルバルドの様子を呆れた風に見つめ、そうして温かなココアを啜った。

丁度、夏の終わりかけたゴドリック谷の夜は日本人としての記憶があるニゲルからすれば寒いとさえ言える。そうして、彼らが天体観測のために星空を見上げる今日は特に冷え込んだ。それを予期して持って来たココアは確かに丁度いい。

 

「だいたい、私は前に問いかけたはずだ。魔法族でないことが、魔法を使えないからこそ見えるものも、得るものもある。彼と君は違うだけでけして優劣があるわけじゃないと思うがな。」

「僕がスクイブに劣っているとでもいうのか?」

 

明らかに棘のある声に、ニゲルはぼんやりと宙を見上げたまま口を開いた。

 

「少なくとも、あの子は私や君よりもずっと勇敢だよ。」

「へえ、それは是非とも教えてほしいね。」

 

グリンデルバルドはまるで高慢な猫の様につんとそっぽを向く。それにニゲルは苦笑する。悪い奴ではないのだが、少々高慢な所が多々、鼻につく。

 

「あの子は、同じようなスクイブの伝手を頼ってマグルの学校に通っているよ。」

「マグルの?」

「ああ、魔法界のことが嫌いじゃない。けれど、少し息苦しいからと言ってな。」

 

晴れやかな笑顔で旅立っていたよ。

 

ニゲルはそう言って心の底から嬉しそうに微笑み、そうしてグリンデルバルドに視線を向けた。

 

「君には出来るかい?」

「何がだい?」

「魔法という私たちにとって唯一無二の力を持たず、まったく違う価値観、文化の世界に君は飛び込むことが出来るかい?」

 

その問いかけに、答えを窮してしまったのは。

それは、唐突であったからだろうか。それとも、出来るとは言えなかったせいだろうか。

いや、それ以前に、魔法のない世界で生きる自分というものを想像できなかったせいだろうか。

黙り込んだグリンデルバルドに、ニゲルは苦笑する。

 

「意地の悪い質問だよな。誰だって、未知なる世界に歩み出すことを悩みもせずにやることはできないだろうしなあ。」

「・・・それでも、彼はその一歩を踏み出したんだろう?」

「ああ、だからこそあの子は私たちよりもずっと勇敢だ。」

 

そう言った後に、ニゲルはココアを一口すすった。それに倣って、グリンデルバルドもココアを啜った。

甘いそれは、どこかほっとする味がする。

 

グリンデルバルドは、ニゲルの問いかけについて考える。

魔法とは、彼にとっては絶対的な力だ。けれど、それが使えずに。己は、そんな未知の世界にいけるだろうか。

グリンデルバルドは、空の先、宙の彼方を想う。

もしも、自分は、その先に行ける手段があるとして。その一歩を歩みだせるだろうか。

もちろん、グリンデルバルドの思う世界と、あのスクイブの歩み出した世界は全く違う。けれど、道に歩みを向ける意味ではきっと同じだ。

考え込むグリンデルバルドを見て、ニゲルは苦笑する。

そうして、まるで歌うように言葉を紡いだ。

 

「・・・・私たちは、少年という名の鳥の雛なのだ。卵は世界であり、私たちは生まれようとするその瞬間、一つの世界を壊さなくてはいけない。」

 

まるで、詩のような言葉だった。

 

「なんて、言葉があったなあ。」

 

ニゲルはくすくすと笑って、思い出す様に頷いた。そうして、自分を不思議そうに見るグリンデルバルドに気づいたのか、照れたように肩を竦めた。

 

「ああ、すまん。何かの、確か小説の言葉だったんだが。唐突に思い出したんだ。」

「いや、いいんだけれど。それは、どんな意味なんだ?」

 

ひどく、グリンデルバルドは、その言葉が美しいように思えた。

ニゲルは、ふむと考え込むように顎に手を当てた。

 

「あー。そうだな、すまん。私も、この文章しか知らなくて。ただなあ。」

 

未知へ歩みだすとき、私たちは確かに世界を壊さなくちゃいけないんだろうと思うよ。

 

グリンデルバルドはそれを不思議に思って、どういう意味かと聞いた。ニゲルはやはり苦笑する。

 

「未知に飛び込むってことは、それまで培った常識ってものが通じなくなることだってあるだろう?魔法がマグルの世界では知られない様に、マグルの在り方もまた魔法界には合わない。常識、当たり前の理っていうのはある意味では世界と同等だろう。」

 

人は、いつか大人になる。家庭という世界を飛び出すその瞬間、私たちは多くの誰かの世界が重なり合っていることを知るだろう。そうして、全く違う誰かの当たり前と帳尻を合わせて生きていく。

 

「アーガスもまた、魔法使いでなければいけないという世界を殻を壊して、己が幸福になれるかもしれない世界に生まれ落ち、そうして飛んだというならば。それは、きっと祝福に満ちていると思うんだ。」

 

あれは、確かに魔法使いではない。けれど、勇気ある者であり、未知に憧れ、誰かを想いやり、そうして手段を持って歩む狡猾さがある。

あれは、立派な開拓者なのさ。

君と同じようにね。

 

「だから、あれだ。君もマグルの世界に行っても構わないんだぞ?」

「は?」

「マグルの世界のほうが、少なくとも宇宙に行く方法にたどり着くのは早いと思うし。そこら辺を勉強して魔法で技術を補うのだって出来る。」

 

別に、魔法界でそれをなさなくてもいいと思うんだがねえ。

 

それは、何と言うのだろうか。全く考えたことのないものだった。

もちろん、それは別に馬鹿にしているわけではない。ニゲルと話してきたからこそ分かる。それは、一つの、グリンデルバルドに存在する選択肢の一つだ。

考えたことも無い、ことだった。

 

「僕が、マグルの?」

「まあ、いやならいいし。でも、行ってみてもいいんじゃない?分からないことを判断するのは酷だろう。知るということは大事だ。判断するという上ではね。」

 

蔑みだけで成長できるなんて思うほど、君は愚かではないだろう。君は、美しく、強く、そうして賢いのだから。

 

 

女は、そう言って微笑んだ。

まるで、母の様に、姉の様に、友人の様に。そうして、まるで人を見守る神の様に。

優しく、柔らかに微笑んでいた。

グリンデルバルドは、それを美しいと思った。

際立った容姿は無くとも、けれども、その女の慈しみに満ちた笑みを心の底から美しいと思った。

 

「どうした、惚けたみたいな顔をして。」

「あ、ああ。いや、何でもない。」

 

何となく、友人の知らない面を知ってしまったかのような、気恥ずかしさというのだろうか。何となしの気まずさを感じて、グリンデルバルドは首を振る。

そうして、ふと、呟いた。

 

「・・・心細いだろうな。」

 

伝手があり、同じようなスクイブがいたとしても。全く違う常識の世界で、道に飛び込むことはきっと心細いだろう。

一度生まれてしまえば、暖かな揺り籠であった卵の中にはもどれない。二度と、戻れないままに飛翔を続けることはきっと心細いだろう。

自分は、自分はどうだろうか。

グリンデルバルドは、夜空の先、宙を見上げる。グリンデルバルドの思う世界は、マグルの世界とは全く違う。そこにあるのは、まさしく非情なまでの未知だ。

いつか、いつか、その先に旅立てる準備が出来たとして。

自分は、その一歩を踏み出せるだろうか。

おそらく、宙へ行くための最短であるはずのマグルの世界に行くという選択肢さえ、蔑みによって踏み出せぬ自分は。

生まれ出でたことを、後悔しないだろうか。

ニゲルは、その言葉の全てを察したらしくグリンデルバルドを慰める様に微笑んだ。

 

「そんな顔をするな。そりゃあ、卵の中には戻れない。でも、止まり木を決めることは出来る。戻ることも、飛ぶことを止めることも、きっと赦されているよ。何よりも、あいつに言ったしな。辛くなれば帰ってくればいいってさ。」

 

それを言った時、フィルチはまるで子どものような顔をした。

ニゲルとしては、そこまで大仰なことを言ったことはない。聞いた話ではとうに実家も無いらしい彼が魔法界で帰れる場所など自分の所以外に思い浮かばなかっただけの話だ。

 

(・・・・いや、まさか彼がアーガス・フィルチだったとは。)

 

ニゲルは原作での彼の歳など知らないわけで、雪の降る街でであったやせっぽちの青年がそれであるなどと分かるわけはない。

スクイブは、良くも悪くも差別される存在だ。

当たり前にはなれず、無力なお荷物。

魔力が無くとも出来ることはあるにはある。生きてはいける。けれど、それでも仕事は少なくフィルチのようにのたれ死ぬものもいるし、はてはマグルの世界へいくものもいる。

 

ニゲルは、フィルチが選ぶならばそれでいいと思っていた。

生きづらい世界ならば、生きにくい世界ならば、違う世界へ逃げることも、旅立っていくこともきっといいことだ。

行き先が在るのならなおさらに。

この世界は、希望を抱くには狭すぎて。そのくせ、絶望するには広すぎる。

それでも、フィルチはまるで子どものような顔をして呟いた。

 

かえってきていいのでしょうか。魔法も使えない自分が。

 

それにニゲルはどういえばいいのか分からなくて。

それでも、こう言うしかなかった。

 

君の故郷だ、帰っておいで。

 

彼は何になれるのだろうか。何になって帰って来るのだろうか。

それとも、帰って来ることはないのだろうか。

それでもいいと思う。

広い世界で生きていくにも、ここに帰って来るのも自由だ。

あの小説では、あの文章はどんな意味だったのだろうか。

もう、それは分からないけれど。

ただ、生まれ出でたひな鳥たちにとって優しい意味であってほしい、叶うなら希望を願うものであってほしい。

ニゲルは、ただ待つだけだ。

彼女は、ただそれだけしか出来ないけれど。

それでも、帰りを持つ誰かがいるということは嬉しいことのはずだから。

 

「まあ、そこらへんは選ばないのも選ぶのも自由だ。どんな道を行くのか、結局のところ行かなきゃ結果が分からないならなおさらに。」

 

そんな時、彼女は隣りから漏れ出た声に気づく。

 

「・・・それは、彼以外も赦されるのかな。」

 

思わず漏れ出たそれに、グリンデルバルドは慌ててニゲルの方を見るが、それよりも先に彼女は彼の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 

「ああ、お前さんも疲れたら帰っておいでよ。そりゃあ、ずっとここにいるってことはないかもしれないが。それでも、どこかで君が来るのを待っているよ。温かなココアでも入れて、君の話を聞くからさ。」

 

ニゲルはそう言った。

なんの含みも、てらいも無く。ひどく、ひどく、穏やかな声で。

ああ、それに。それに、グリンデルバルドは泣きたくなる。

何故だろうか。

ただ、ただ、そう思う。

きっと、その言葉はこれ以上にないほどに、優しいものだ。

これから旅立つ、未知へと飛び込むものにとって、何よりも優しい言葉なのだと。

ニゲルは、グリンデルバルドの頭から手を離し、改めて目的であった天体観測のために目を向ける。

 

「さて、それじゃあさっそくだけど。約束してた星の話を始めようか。」

 

グリンデルバルドはその話に耳を傾けて、そうして思うのだ。

女の言葉は、ひどくグリンデルバルドを悩ませる。

自分の信じて来たもの、自分の理想。

それが、どこか間違っているように思える。その感覚は、ひどくそわそわして。落ち着かなくて。

今までで、何の迷いも無く進んだ道をふと、振り返ってしまう。

その道は、信じていた通り間違っていないような、けれどどこか間違っている様な、そんな不思議な気分になる。

けれど、女は結局のところ、正解などくれないのだ。

何が正しい?

女は微笑んで、自分にしかわからないだろうがと、そんな言葉しかくれないのだ。それでも、何故だろうか。女はその答えを知っている気がする。

失望されたくないのだ。結局のところ。

彼女は語る、グリンデルバルドの望む星の話。

星への距離はひどく遠くて、光の速さでも数万年かかること。光に速さがあるなんて感覚をグリンデルバルドは初めて知った。

グリンデルバルドに多くのことを与えた、平凡のような、けれど特異なことを知る人に失望されたくないと思った。

グリンデルバルドは、思わず微笑む。

ニゲルの言葉は、まるで遠い異国の言葉の様に不可思議で、未知に溢れ、そのくせひどく慕わしい。

女は、いつだってグリンデルバルドに何も望まない。

彼女は、グリンデルバルドの宙への憧れに微笑んだ。

聞く限り、宙の果てへ行くということはひどく難しい。

けれど、彼女はその夢を嗤うことはしない。いや、元より、グリンデルバルドに夢を見せたのは彼女であったから。

 

伸ばし続ける手に諦めがないなら、いつか星にだって届くだろう。

 

先ほどの様にスクイブにだって対等に夢を見ることを嗤わない。魔法界とマグルの世界に呆れながら、それでも否定をしない。

そんな、どうしようもなく気になって、そうして優しい人に呆れられたくない。

平凡でありながら、特異な言葉を持つ人よ。

 

「それでな。今、私たちが見ている星の輝きは、届くことの遅れた遠い、過去の光なんだ。」

 

ああ、また、新しい、ワクワクするような言葉を、知識を知る。

マグルたちは、こんなにもワクワクするようなことをもっと知っているのだろうか。

その知識だけで、グリンデルバルドの当たり前は崩れていく。けれど、それは嫌ではなかった。

その変化は、どこか未知に満ちていた。

 

「どうした、そんな顔をして。」

「・・・・君と出会えてよかったよ。」

「なんだよそれ。」

 

変な奴だな。

女は笑う、自分と会えて何をそんなに嬉しがるのかと。

 

グリンデルバルドは、その、誰もが認める麗しい笑みに、とびっきりの笑みを浮かべる。けれど、その場にそれを気にするものはいない。

そこには、良くも悪くも平等な彼女しかないから。

感謝しよう、この世界に、だって自分は確かに運命に会えたのだから。

そうして、その星の話を聞きながら、自分の蔑んだスクイブについて考えた。

彼は、どんな気持ちで未知へ歩みを進めたのだろうかと。

グリンデルバルドは、考える。

自分の考え、思い、彼女の言ったこと。自分たちには出来ないことをする、分かたれたもう一つの世界について。

いつか、いつか、己がどうしたいのか。この世界にどんな思いを持つのか。

それをその、特異な人に話した時、呆れられることなんてないように。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・遅かったね。」

「はう!」

 

とっさに声を噛み殺せたことにニゲルはほっとする。

玄関から家に入り、来ていた上着を脱いでいる最中のことだ。驚いても仕方がないのだろう。

時間も、お世辞にも出かけるには適しているとは言えない時間だ。

おばもとっくに寝ているだろう。

そんな中、声を殺したことにほっとしながら自分に声を掛けた存在に振り返る。

そこにいたのは、お世辞にも機嫌がいいとは言えないアルバスだった。

 

「・・・お前か。びっくりさせないでくれ。にしても、珍しいな。お前さんがこんな時間に実家に帰ってるなんて。」

 

明日は休みだったろうかとニゲルが首を傾げていると、アルバスは眉間に皺をよせ吐き捨てるように言った。

 

「・・・・あの男とは会うなと私は言ったはずだ。」

 

その言葉にアルバスが何故、わざわざこんな時間に家にいたのかを察してニゲルははあとため息を吐いた。

 

「お前さんに私の交友関係を言われる筋合いはないよ。」

「・・・・身内でもない男女がこんな時間にあっていることを私は言っているんだ。」

「別に何にもないしいいだろ?ゲラートは良い奴だ。」

 

ニゲルとしては、いつの日にかやって来るアルバスとグリンデルバルドとの邂逅のためにせっせと接点作りをしていたというのに。

何故か、アルバスとグリンデルバルドは仲が悪い。

いや、というよりも初対面が悪かったのだ。

 

(・・・いやまあ、そりゃあ初対面が和やかな茶会に唐突に入り込んできて、男女が二人っきりなんて非常識だとか言われりゃあな。)

 

脳裏に浮かぶ喧嘩腰のアルバスと、いちゃもんを付けられ見る見る不機嫌になるグリンデルバルドの姿だ。

 

(・・・・何でですか、創造神。)

 

脳裏に浮かぶのは、何時かの写真で見た作者の姿だ。

グリンデルバルドはアルバスにとっての真実の愛だったのでは?

だというのに、どうしてこんなにも不仲になったのか。

というか、アルバスがそこまでグリンデルバルドに警戒心を持つのかもわからない。

もちろん、ニゲルはそのまま裏でグリンデルバルドに会うのを止めなかった。今はどれほど不仲でも、いつかは何かしらで愛に目覚めるはずだ。

ならば、その仲を取り繕うこともやぶさかではない。というか、そうでなければあまりにも哀れだ。

 

(・・・・たぶん、身内に近寄る不審者だと思ったんだろうなあ。というか、あいつもあの茶会が見合いみたいなもんだって察したろうしなあ。二人ともなんだかんだでいい奴だし、分かり合えると思うんだが。)

 

結構な期間、グリンデルバルドに対して知る限りの星について教えていた身としてはすでにしっかりと情が湧いてしまっている。

話すと、好奇心の強い、素直な男だ。

一を教えれば、ニゲルも把握できないほどの考察を重ねる。

 

(ぜってえ好きなタイプだもんなあ。)

「ニゲル、そんなにあっさりと人を信じるのは君の美点だが。今は、美点とは言えないね。」

「事実だからいいだろう。大体、今まで何回もあってるが別に何もないぞ?」

「学校を暴力沙汰で追い出された様な奴だぞ!?信用できるのか?」

 

思わず出たというアルバスの怒鳴り声にニゲルの眉間に皺が寄った。

 

「お前、あいつの経歴勝手に調べたのか!?」

 

流石のアルバスも気まずさは感じたのか、そっと目線を逸らした。

 

「おま、それはさすがに駄目だろ!?最低だ!」

 

思わずそんな言葉が出てしまったのは、アルバスの行動に純粋に非難したことと、何よりもお前のためにやってるのになんでわざわざ引き離そうとしてるんだよという不満もありはした。

久方ぶりのニゲルの怒りにアルバスもひるんだのか、顔を逸らす。

言いたいことはたくさんあった。けれど、さすがにそれは夜遅くの、リビングですることではないということも理解していた。

 

「・・・はあ、もう私の部屋に行くぞ。」

 

くいっと指さしたニゲルの指先にアルバスの目は大きく見開かれた。

 

 

 

「お前はそっちに座れよ。」

 

アルバスは、その時酷く落ち着かなかった。というか、妙にそわそわしてしまう。

アルバスとニゲルがいるのは、女の自室だ。

特筆すべき点などない、強いて言うなら目いっぱいに満たされた本棚と、魔法薬を作る為の作業台ぐらいだろう。

ニゲルは、作業台近くに置かれた、部屋で唯一の椅子に座る。そうして、彼女はアルバスにベッドに座る様に促した。

自分の部屋にあるベッドとさほど変わらないはずだ。だというのに、なんだろうか。全くの別物のように感じる。

元より、アルバスはさほどニゲルの部屋に入ったことはない。それは、プライバシーだとかもあるが、何よりも自分たちはいとこではあってもきょうだいではない男女なのであるということはちゃんと意識はしていたのだ。

常識の範囲で、婦女子の部屋に入るものではない。

そんな意識があった。

といっても子どものころ、幾度か出入りした部屋はほとんど変わってはいなかった。

ただ、何と言うのだろうか。匂いが違う気がした。

 

(・・・甘い、ような。)

 

花のような、けれど、いつもニゲルの作る菓子のような、甘い匂いがした気がした。幼い時は意識しなかったはずの、その匂いにアルバスは何となく気まずくなる。

 

(・・・・というか、普通私をベッドの方に行かせるか?)

 

少し、そんな苛立ちを覚える。

けれど、そんなことなど理解していないニゲルはどうしたものかと悩むようにアルバスを見る。

 

「・・・・・あのな、アルバス。そりゃあ、男女が二人で夜に会うのはいいことじゃないが。私とゲラートがそんな仲じゃないのはわかってるだろう?」

 

ようやく始まった話に、アルバスは匂いのことを必死に頭から追い出し、口を開く。

 

「そんな仲じゃなくとも、相手にどんな思惑があるかなんてわからないじゃないか。君だって、あの男がどんな奴が分かってないだろう?だいたい、闇の魔術に傾倒していた奴なんて信じられるわけないだろう?」

 

嫌味の含んだ声音に、さすがにカチンと来たニゲルが言い放つ。

 

「少なくともお前さんよりは知ってる。そりゃあ、ちょっと偏った考えは持っちゃあいるが悪い奴じゃあない。それに、だ。」

 

滅多に家にも帰ってこないお前さんと違って、あいつとはよく会ってる。信用できると、今までのことで私が判断したんだ。

 

滅多に、という言葉に盛大な皮肉を含ませたことに気づいたらしいアルバスは激昂する様に言い放つ。

 

「いとこの僕よりもあんな奴を信用するのか!?」

「信用できる程度に私はあいつと話して、知っていったんだ。大体、アルに私が誰と仲良くしようと関係ないだろ?何も知らないアルにそんなこと言われる筋合いはない!」

(なんで、お前の運命を私がこんなに庇ってるんだ?)

 

苛立ちの下にある感情の殆どが、なんで運命の相手であるはずのアルバスからグリンデルバルドを庇わなくちゃならないんだという疲労だ。というか、なんでアルバスとグリンデルバルドの明るい未来のためにこんなに頑張ってるんだろうか?

 

「関係ないはずがないだろう!?君に何かあったらどうするんだ!?」

「そんなに信用できないなら、直接会って話してみろよ。そうしたら納得できる。あいつは良い奴だって。」

「もういい!」

 

アルバスがとうとうそう怒鳴り、ドアへと進む。

 

「あんな男とつるんで後悔するのはニゲルだからな!?」

 

乱雑にドアを開けて、アルバスは出ていく。

その後姿は、完全に拗ねている子どもだ。

 

「・・・・言い過ぎたかなあ。」

 

ニゲルは拗ねた子どもの機嫌取りを考えて、はあとため息を吐いた。

 

(・・・・明日、何か、甘いもんでも作ってやるか。買い物行かねえと。)

 

 

 

アルバスは、苛々としながら自室に入り、ベッドに倒れ込む。

彼は非常に苛立っていた。

何故って、アルバスは初めて弟妹たち以外の理由でニゲルから味方をされなかったためだ。

ニゲルは、いつだってアルバスの肩を持ってくれたし、味方であってくれた。それは、もちろんアルバスが滅多に間違う様なことがなかったということもあるのだが。

それでも、ニゲルはいつだってアルバスの言葉を聞いて、アルバスの味方であってくれた。

だというのにだ。

ニゲルが、あの、自分のためのニゲルが!

家族以外の味方をしている。自分たちとは全く知らない誰かの肩を持っている。

それが、それがたまらなく面白くない。

 

(・・・ぼくの、姉さんだ。)

 

甘ったれの様に胸の内で呟いた。苛立ちを重ねる様に、枕に拳を軽くたたき込む。

アルバスは、ゆっくりと目を閉じる。

自分が悪いのはわかっている。だからこそ、眼を閉じる。

いつだって、謝るのはニゲルだ。

だから、明日も変わらずニゲルは謝って来るだろう。その時は、自分も悪かったと謝って。そうして、どうにかニゲルを説得する。

アルバスはそう思って、眠るための準備を始めた。

 

 




グリンデルバルドさんは、基本的に毎日のようにニゲルから宙の話を聞いております。ダンブルドア家はそれを知ってますが、あんまり自由のないニゲルさんが望んでること何でスルーしてます。

後半のアルバスさん、さすがに子供過ぎたかな?いや、ニゲルさんとかに甘やかされてるのと調子に乗ってるので、違和感、ないかな?

そろそろ心へし折りタイムしたい。

ちなみに、ニゲルさんが死ぬルートもありますが、ルートやらタイミングでリドルさんとアルバスさんの立場がひっくり返ったり。
大穴でサンタクロースなアルバスさんの頭を幼女なニゲルさんがよしよしするジジロリというマニアックなルートなんかもあります。

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