案外、筋書は簡単に戻るもので。でも、変わることもちゃんとある。
ニゲルさんの杖はちなみに林檎にセストラルの尾毛。
オリバンダ―さんも覚えがなかった杖なのだが、ニゲルさんを選んでしまったので仕方なく売った。
「え、怖いんですけど!?なにその微妙にホラーな話!?」
と嫌がったが仕方がなく使っている。本人が魔法をあんまり使わない主義の為出番はあんまりない。
その日、アルバスは最悪の気分で仕事に赴いていた。
昨日の喧嘩でなかなか眠れずに本当に珍しく寝坊をしたアルバスは朝食も食べられずに出勤することになったのだ。
ニゲルもアルバスが家に帰って来ていたため、てっきり休みだと勘違いしていたこともある。
そうして、ばたばたと出て来たアルバスは、これまた珍しく空腹とニゲルと何も話せなかったという二つの事実で余計にいらいらとし始めた。
温和で理知的なアルバスが明らかに不機嫌であることを見て、魔法省の人間は遠巻きにしていた。
といっても、アルバスを知る人間たちからすれば彼の機嫌が悪くなる理由など一つしかない。どうせ、すぐに仲直りなんなりするのは知っている。それならば、放っておくに限る。
ニゲルがアルバスの唯一の欠点というか、弱点であることは皆が知っていることだ。
そのためにアルバスは彼女のことを話すのは避ける傾向にある。居場所が知られれば厄介で、かつ、何重にも保護呪文もかけて守っているのだからその熱の上げ方は知られるところだ。
彼と付き合いの長いものは、その様子にそっと距離を置いたことだろう。
(・・・・守りの補強もしていない。)
アルバスの実家は見る人間が見ればドン引きするような守護の呪文がかけられている。実家に帰るたびに点検していたが、今回は喧嘩のせいでおざなりにしてきてしまった。
急いでいたこともあったが、謝ろうと思っていたくせにどこか気まずいと逃げてきてしまった自負が湧き出て来る。
(・・・・明日は休みを取った。ニゲルに何か、お詫びを。)
「・・・・ダンブルドア?」
自分に声を掛けられたことを覚り、アルバスは振り返る。そこには、自分よりも一つ歳が上の二人の同僚の姿があった。片方の女性は金の髪にくすんだ緑の瞳をしており華やかな印象を受ける。男性の方は黒髪に灰の瞳をしたどこか気弱そうな印象を受ける。
「やあ、おはよう。」
「ええ、おはよう。」
「おはよう。」
同僚と言っても部署は違い、女性の方は魔法警察部隊、男性の方は忘却術士本部に所属していた。
アルバスは、素早く記憶を攫った。
「エーミールに、アルマじゃないか。」
「・・・・覚えていてくれたの?」
「光栄だよ!」
嬉しそうな二人の顔を見て、アルバスは内心でため息を吐きたくなる。
エーミールについては、一度同級生から紹介を受けたことがある。どうも、アルバスに憧れているらしい。
そうしてアルマについてだが知っているのは当然の話、アルバスのことが好きであるらしいためだ。
名前も、身内から漏れ聞いたため知っている。だからといって何かできるわけではない。
昔も、今も、恋愛というものに興味がないのなら何をすることも無い。ただ、何かの折に協力は得られそうだと名前は覚えていた。
「珍しいね、こんな時間にいるなんて。」
「そうかい?」
「ええ、私たちいつも同じぐらいに来てるんだけど。あの、えっと、会えるなんて。」
熱のこもったアルマの熱のこもった目に面倒さを感じる。ただでさえ空腹で苛立っているというのに、これ以上は会話を続ける気にならずさっさと立ち去ろうとする。
けれど、それが分からなかったらしいアルマが変わらずに話しかけて来る。
「顔色が悪いみたいだけど、大丈夫?」
「ああ。大丈夫だよ。」
「ハードな部署だものなあ。寝てないのかい?」
「まあね。」
早く振り切るなりしようとしたとき、アルマが何気ないしぐさで言った。
「・・・・家に帰られたそうですけど。あの、また、彼女が何か?」
アルバスの中で、ぐるりと何かが蠢いた。何故、実家に帰ったことを知られているかは知らない。ただ、昨日同僚と少し話したため、そこから漏れたのかもしれない。いつもならば、無視しただろう。ただ、その時は余りにもタイミングが悪かったのだ。
「・・・・人のことを詮索するぐらいなら仕事をしたらどうだい?」
ぴしゃりと言われたその言葉に二人が焦った顔をするが、それをアルバスは無視して廊下をさっさと歩いて行く。
苛々としながら歩いて行くアルバスに話しかける存在はそれからいなかった。
「ええっと、買い物はこれだけか。」
ニゲルは持っていた買い物のリストを見つめて呟いた。
彼女がいるのは闇の横丁であった。人気がないわけではないが、フードを被っていたり、どこか薄汚れた衣装の、アングラ系の魔法使いの視線を感じつつ歩みを進める。
ニゲルが闇の横丁にいるのは単純な話、彼女の畑で取り扱っている特殊な薬草の為の、これまた特別な肥料を買うためだ。
少々、グレイゾーンな材料の為闇の横丁にしか取り扱われてはいない。
明らかに毛並みの違うニゲルに絡むものがいないのは単純な話、関わりたくないためだ。
それは単純にニゲルが騙しにくいということもある。そうして、ニゲルが自分に無理に絡んできたものを拳でのしたことにもよる。
何と言っても魔法使いは基本として何があっても杖を使おうとする。そんな中、何の躊躇もなく拳を振るったニゲルはあまりにも異端者過ぎたのだ。おかげで、彼女に関わろうとする人間は闇の横丁ではほとんどいなかった。
(・・・・肥料は買ったし。後は、どうしようか。今日、アルの仕事はどうなるか分からんしなあ。焼き菓子でもしてあいつの家にでもおいとけばいいか。謝罪のカードでも添えといて。)
ニゲルとしても、後々考えればアルバスの言いたいことも分かりはするのだ。確かに、グリンデルバルドはどちらかといえば不審者だろう。
けれど、ニゲルとしても言い分があり、そこまで一方的に言われる筋合いはないだろう。
が、あの弟分が自分の心配をしていることだって分かっているつもりだ。
ニゲルは早く夜の横丁から出るために足を速めた。
建物に囲まれた一本道だ、薄暗い中を速足で進む。そんな時だ、前に人影を見つける。
それを不審に思いはしても気には留めない。こういった時は無視するに限るのだ。
無言で歩き続ける彼女に向けて人影は徐に杖を構えたのだ。ニゲルはそれにぞわりと寒気が走る。
ニゲルはとっさに屈みこむ。頭上を、何かしらの光線が駆け抜けていく。
ニゲルは持ち前の反射神経で杖を取り出し、相手に向けた。
「ステューピファイ(麻痺せよ)!」
素早かったせいで避けきれなかったのだろう、相手はそのまま吹っ飛んでいく。
ニゲルはそれに来た道を脱兎のごとく駆け出した。
(ええっと、アルから聞いた、襲われたときの対処法は・・・・)
ニゲルは必死にそこそこ敵を作りやすい立場のアルバスから口を酸っぱくして聞かされたことを思い出す。
(戦わずに逃げる、人のいるところ。大声を出して、助けを呼ぶ・・・・・)
が、そうはいっても焦りに焦った精神ではお世辞にも真面な考えなど出てこない。そのために、初めて思い出したことを必死に繰り返す。
元より、ニゲルは一般人だ。魔法使いの決闘など存在を知っている程度だ。
というか、そう言ったことになりそうになっても杖を出す前に拳で行くという物理的すぎたということもあるだろう。
そうして、走り出して少しして、目の前にまた人影が現れる。
ニゲルは握りしめた杖を構えた。
「プロテゴ (護れ)!」
これだけは覚えろと周りに叩き込まれた守護の呪文だ。それによって、自分に向かって来た呪文は何とか跳ね除けることが出来た。
(畳みかけるしかねえ!)
どうせ、前門の虎後門の狼、それならば進むことを選択した。
持ち前の運動神経で、素早く杖を振る。
「ス・・・・」
その時、後ろから声がした。
「インペリオ(服従せよ)」
グリンデルバルドは少々浮かれていた。
その理由と言うのも、マグルの本屋で面白そうな本を見つけたのだ。
(・・・・スクイブにも出来たんだ、思った通り、マグルからの買い物程度楽勝だった。)
事前にニゲルからある程度の情報は聞いていたとしても、初めて買い物を成功させたことについては褒められるべきだろう。
(にしても、適当に宇宙に関係がありそうな本を買ってきてしまったが大丈夫だろうか。)
そんなことを考えながらグリンデルバルドは村の道を歩く。そんな時だ。
ふと、そこで同じように道を歩くニゲルの姿を見つけた。普段は、家にいて伯母の世話などをしている彼女と昼間に会うことが珍しく、グリンデルバルドは急ぎ足に彼女に駆け寄った。
「ニゲル!」
「・・・・うん?ああ、グリンデルバルドか。こんにちは。」
「ああ、こんにちは。」
律儀なあいさつの後、グリンデルバルドは後ろからのぞき込むようにニゲルに微笑みかけた。己の自覚通り、魅力的な微笑みを前にしてニゲルはどこ吹く風だ。
その変わらない彼女がグリンデルバルドは好きだ。
「買い物帰りかい?」
「ああ、畑のための肥料とかね。」
「へえ。」
そんなことを言っているニゲルに、グリンデルバルドはふと彼女の持っている古びた箱に気づいた。グリンデルバルドはそれを指さした。
「ニゲル、それは何だい?」
「ああ、これは・・・・」
彼女は大事そうに抱えた箱を嬉しそうに見た後、ふと、ひどく不思議そうな顔をした。まるで、自分が何故その箱を持っているのか分からないというように。そうして、少しの間考えた後、唐突に言った。
「贈り物だよ。アルへの。」
「・・・・彼への?」
「ああ!」
彼女はにこにこと、まるで子どものように笑った。
その笑みに、グリンデルバルドは強烈な違和感を覚える。
だって、あまりにもらしくない。
彼女がアルバスに贈り物を与えること自体には違和感はない。というよりも、彼女がアルバスを喜ばせようとすること自体よくあることだ。
けれど、その、ニゲルの様子があまりにもらしくない。
彼女がアルバスを思う時、その表情いつだって母の様だ。愛することを是とする、与える様な感情だ。
けれど、今、微笑む彼女はなんだか、ひどく子どものように一方的な何かを感じる。
「・・・少し、一緒にいていいかい?」
「ああ、別にいいが。」
不思議そうな彼女の表情に、グリンデルバルドは神妙な顔で見つめる。ニゲルはそのまま、他愛も無い話を続けた。グリンデルバルドは、それに相槌を打ちながら歩いて行く。
別段、おかしな様子はない。
けれど、先ほど感じた違和感をどうしても見逃すことは出来なかった。
そのまま、ニゲルの家まで共に歩いた。
「それじゃあ、また夜にな。」
「・・・・すまない、ニゲル。お腹が空いたんだが、何か貰えないか?」
「珍しいな。まあ、いいが。確か、焼いたパンと、昼に作ったスープが残ってたはずだからな。」
あっさりとあげられた家に、グリンデルバルドは無言で入っていった。
そうして、ニゲルに示された席に座る。ニゲルは、玄関の脇に肥料が入っているらしい袋を置いて、家に入っていく。
そうして、彼女はスープとパンを持ってやってきた。変わらずに、その古びた箱を持ったまま。
「・・・・ニゲル。その箱は、置かないのかい?」
「置かないよ?」
きょとりと、眼を瞬かせるその表情は無邪気そのものだ。それ故に、普段と彼女との落差を感じる。
大事そうに、抱えたその箱が、けして良いものでないと悟ったのだ。
「ニゲル、その箱を見せてくれないか?」
「だめ。」
がらんどうの目が、グリンデルバルドを見る。彼女は自分の手の中に大事そうに小箱を隠す。グリンデルバルドは、とっさに彼女が持つ小箱を奪おうとした。
彼の中でびりびりと、何かが騒めいた。
それを、彼女に持たせてはいけないと、どこか、遠くに放らないといけないと。
けれど、それよりもニゲルの方が早かった。
彼女は自分の持っていた木箱を開け放ち、中から金色の華奢なペンダントを取り出した。
グリンデルバルドは、その行動に、とっさに奪うのではなく、そのペンダントを壊すことを選んだ。
「レダクト(粉々)!」
その時、辺りを光が包んだ。
その日、幸いなことにアルバスに不用意に話しかけるものはいなかった。
流石に当たり散らすほど子どもではないがどこかピリピリした何かが漏れ出ていたのは確かだろう。闇祓いの人間はそれを察して、誰もが彼に話しかけることはなかった。
幸いなことに急を要する事件も起きていなかった。
アルバスは何とか、今日は早く帰ってニゲルに謝ることを決意していた。
よくよく考えれば、自分がこんな風に喧嘩している間にあの金髪男とニゲルが仲良くなる可能性を考えれば意地を張るなど愚かな事なのだ。
(・・・・帰りに何か、お詫びを。女性の喜ぶもの。菓子は、僕に食べさせて終わるだろうし。服は、たぶんあまり喜ばない。宝石?未知の領域だ。花は?)
ニゲルの喜ぶものと言えば、新しい薬草の種か、それとも暇なときに読み物になる書物の類なのだが。
ここでそれを送るのは、何故だろうか、駄目な気がした。
それは、少々、何と言うのか、身内感覚がありすぎるというのか。
訳の分からない感覚であるが、弟として振る舞うには不思議とあの金髪男の顔がちらついて仕方がないのだ。
(・・・・・花だ。断固として、花だ。)
豪華な、いっそのこと赤いバラの花束を買って帰ることを決意する。
何だかんだで花が好きな彼女のことだ。嬉しがるだろう。
アルバスはお詫びの品を決めたことに安堵して、少しだけ穏やかさを取り戻した。残っていた仕事を片付けようと、アルバスが手を動かそうとしたとき、ふくろうが飛び込んできた。
アルバスはふくろうに礼を言いつつも、面倒事ではないかと懸念しながら紙を開く。
そうして、紙の内容を読んだ彼は脱兎のごとく闇祓い局から飛び出した。
紙には、簡素にこう書かれていた。
母君、ケンドラ・ダンブルドア死亡。従姉君、ニゲル・リンデル危篤。
至急、聖マンゴ魔法疾患障害病院まで来られたし。
聖マンゴ魔法病院にやって来たアルバスはそこで母の遺体と対面した。
魔法で修復はされていたが、当初は損傷が激しかったことを聞いた。
病院の人間は何があったのか詳しくは知らないらしく、家が崩れたそのがれきに母が潰されたことを知った。
そうして、次にニゲルのことだ。
「ニゲルは!?危篤、と聞いたんだ・・・・・」
「・・・・彼女は。」
癒者の一人はどこか困ったような顔をした。
ニゲルと対面したアルバスは、彼女が眠っているのかと思った。それ程までに、その姿は普通であった。
けれど、事態は深刻で何らかの呪いを幾つか受けているらしい。
「呪い自体がとても古いもので、それに絡まり合っていて。私たちも今、彼女がどういった状態なのか調べている最中なのです。」
そう言って、そそくさと癒者は部屋を出ていく。
眠り続ける彼女。死んではいない彼女。でも、目を覚ますかも、このまま死んでしまうかもしれない彼女。
(・・・どうしよう。)
ぼろりと出てきたのは、そんなこと。
いや、分かっている。これからやることなんて、それはたくさん、嫌と言うほど。
姉の入院の手続きや母の墓の手配に葬式。弟妹たちに事情を話して呼び戻して。ああ、そうだ、家が壊れたのならそちらの処理もしなくちゃいけない。
仕事場にもしばらく休むよう話を。
ずらずらと、出て来るやらなくてはいけないこと。
けれど、足は重く、動いてくれない。
いつもなら、もっと、ちゃんと動けるのに。そう、いつもなら。
(・・・・行くぞって、僕の手を引いてくれて。)
泣くのは後だ。やることやって、そうしたら、一緒に枯れるぐらい泣いてやる。
そんな、温かくて、自分よりも小さな手はいつまでも現れなかった。
呆然と立ち尽くしたまま、アルバスはのろのろと動き始める。
しょぼくれてばかりはいられない。それでも、彼はちゃんとそこら辺は大人になっていたらしい。
ふらふらとした足取りでも、彼はしっかりと自分のやるべきことのために歩き出した。
病室を出た彼は、誰かにぶつかった。
「きゃ!」
「ああ、すいません。」
ノロノロとぶつかった存在を気遣うと、そこには朝に会った女性が立っていた。
「ああ、アルマか。」
「ええ、アルバス。こんな所で奇遇ね!ああ、やっぱり体調が悪かった?」
こんな場所で奇遇もクソも無いだろうに。
そんな口汚い言葉も浮かんだが、何もかも面倒で黙っていた。
「いや、別に。少しね。」
「そう、私は少し事件があって。まだ、詳細は知らないんだけど。ゲラート・グリンデルバルドって男が。」
その、単語にアルバスの瞳に光が宿った。
「・・・・彼は、どこに?」
アルマはそれに不思議そうな顔をしたが、珍しくアルバスが食いついたことに気をよくしたのか部屋の場所をすらすらと教えてくれた。
「そうかい、ありがとう。」
にっこりと微笑んだ彼は無言でその部屋に向かった。
この騒動の全てを、その男が知っていると確信して。
がらりと開いた扉を魔法警察部隊の人間であるらしい男が驚いた様に振り向いた。
普段のアルバスならば、にこやかに挨拶し、名乗る程度の礼儀はあっただろう。
けれど、その時の彼にそんな余裕はなかった。
彼は、ベッドに座った男にぎらぎらとした視線を向け、走り寄った。
そうして、グリンデルバルドの胸座を掴む。
「お前か!!」
止めに入ろうとした男は、普段から聞いていたアルバス・ダンブルドアの様子との差異に戸惑い、固まっている。
「薄汚いろくでなしが!お前が、あの人と、母さんを・・・・ニゲルの善性に付け込んで、結局がそれなのか!?学校でしたことを繰り返したというのか!?」
ぐちゃぐちゃになった感情が口から漏れ出る。
「裏切ったんだ!信じていたニゲルを!夜に、あんなに笑い合っておきながら、ニゲルを・・・・」
そこで、アルバスの肩をグリンデルバルドは掴んだ。
そうして、その青い瞳と、青い瞳が重なった。
「それ以上、何も言うな!」
それは、彼女への、彼女が僕に持ってくれた信頼への侮辱だ。
ぎりぎりと、掴まれた肩が痛んだ。それでも、その手を振り落とさなかったのは、重なる様に自分の瞳を覗き込んだ、その青からぼたりと滴が零れ落ちていたからだ。
怒りならば、悲しみならば、憎しみならば、受け取ろう。
僕には何もできなかった。友人を守ることさえできなかった。僕は、無力だった。
世界を変えるなんて、そんなことを考えていたことだってあったのにだ。
友人一人、守れていない。
けれど、信頼を、夜に笑い合った事実を、裏切りがあったと、それだけは罵らないでくれ。
「彼女が見せてくれた、宙の果てを、嫌なものにしないでくれ。」
その、自分とは違う青い瞳に、確かな悲しみを見た。
苦悩を、後悔を、無力感を。
アルバスは、愚かではなかった。
それ故に、男が、その嫌い抜いている男が自分と同じようにひたすらに悲しみ抜いていると知ってしまった。
手の力が緩んだ。それによって、グリンデルバルドは、力なくベッドに体を預けた。
そうして、訥々と、ニゲルの様子がおかしかったことなどを話し始めた。
全てを知ったアルバスの胸には、幾つかの疑念が湧き出て来る。
守護の呪文は、何も効かなかったのか?
グリンデルバルドの話からして、ニゲルは服従の呪文を使われていた可能性が高い。そうして、その金のペンダントが呪いの品であることも予想がつく。
それを予期してかけておいた守護の呪文は、まったく効かなかった?
(僕が、点検を、しなかったから?)
綻びが生まれていた?
グラグラと揺れる思考の中で、扉が開く音がした。のろのろとそちらに視線を向けると、先ほどニゲルのことを説明してくれた癒者が立っていた。
ニゲルが、目を覚ました。
アルバスは、それだけを聞いてまた部屋を飛び出した。
走り、まるで子どものように扉をあけ放つ。
「ニゲル!」
今は、何も考えずに彼女を抱きしめたかった。ただ、それだけだった。
けれど、身を起こした彼女はアルバスに怯える様に身を竦ませた。
それだけで、何か異常なことが起こっていることを覚る。
固まったアルバスに不思議そうな、そうして怯えるような顔で、ニゲルは言う。
「すいません、おにいさん、誰ですか?」
心を折れたので満足です。
前回から思うんですが、みなさんジジロリ√好きですね。
ここからは裏話的なものなのですが、元々この話自体、神様ぶった賢者を凡俗なる人間に引きずり落とそうぜ的な筋を前置きにしてたのでジジロリルートが本当は正規だったりします。
ただ、書き手が策略家としてのダンブルドアをかけずにこんなふうに始まりました。他の作品の狡猾なダンブルドアをかける方はすごいですね。
あと、ルート分岐として他にはハリーときょうだいみたいに過ごすジジロリルートの亜種やニゲルさんがいない原作の世界線になんでか紛れ込んじゃうものもあります。