僕のヒーローアカデミアー麗日お茶子の兄ー 作:トガ押し
夕焼けの中、目が覚めた。体を起こし周りをぐるりと見渡して、ここが保健室だということをかろうじで理解して再びベッドへと体を預ける。
「反動、でかかったな……」
今は感じない。骨が軋むような痛みを覚えている体が少し恐怖で震えた。それを気にしないように右手を握ったり閉じたりする。限界だった。使いすぎることもこうなることもわかっていた。
そして、わかった上で飛び込んだ。無視することも当然できた、そのままポイントを稼ぐこともできた。でも、それでは自分の目指すヒーローではないから飛び込んだ。
人々の笑顔を守るためのヒーローになりたいから。
だから、震えるな。痛みに負けるな。そう言い聞かせるように右手を強く握りしめる。
見つめていた右手と反対の手に、ふと暖かい感触を覚えた。視線を移すとそっとその手に触れる手が1つ。ヒミコの手だった。無意識だろうか、本人はすっかり寝息を立てて眠っているようだ。
保健室のドアが開いた。
「あっ、兄ちゃん起きたんや。ヒミコちゃん寝ちゃったな」
「おう。ご覧の通りぐっすりな」
「お疲れ様、お疲れ様。随分と個性を酷使したみたいだね。なんでまあ、そこまで無茶するのさね」
お茶子の陰から現れた小さい老婆。雄英を受けるときの学校資料で見たことがある。妙齢ヒーロー、リカバリーガールだ。
「あの時……あの仮想ヴィランが現れた時やけど、みんなの顔から笑顔が消えたんや……それが見過ごせんかった……それを見過ごしたら自分がヒーローになる資格がないと思ったから」
呟くようにぼそりとこぼす。
「それでも無茶のしすぎだね。妹さんと友達悲しませるヒーローがいてたまるかね。今度はみんなを笑顔にするように努力するんだね」
「わかりました。努力します」
「兄ちゃん、そういえばさっき蛙ぽっい女の子が兄ちゃんに渡して欲しいって手紙預かっとるよ」
そう言ってお茶子から手渡された手紙を受け取ってそれを開いた。
『試験では助けてくれてありがとう。
相当無茶をしたみたいだから、しっかりと休んで療養してね。
貴方の行動に私も助けられて、そして勇気をもらったわ。
貴方たちと同じ雄英高校で切磋琢磨できることを楽しみにしてる。
本当にありがとう。
蛙吹 梅雨』
その手紙を読んで思わず顔が綻ぶ。巨大仮想ヴィランを倒した事にでも、自分が無事だったことにでもなく、ましてやお礼を言われたことにでもない。自分の行動によって誰かを助けられたという事実に。
「どうした兄ちゃん、だらしない顔して」
「お茶子、兄ちゃんの笑顔をだらしない顔とかいうなや」
「兄ちゃん、そろそろ帰らんと」
「そうやな」
ヒミコの手をそっとどけて、身支度を整える。動きやすい服装から、試験会場に向かってきた時の学生服へと着替えを済ませ、持ってきていた学生鞄を脇に抱える。
「ヒミコ、起きろ」
「ぐっすり眠ってて起きないね。どうする?起きるまで待つかい?」
「いいえ。これ以上迷惑かけるわけにはいかんので、連れて帰ります。ありがとうございました」
「気をつけて帰るんだよ」
もう一度リカバリーガールにお礼を言ってから、ヒミコを背負って保健室を後にした。雄英高校の校門を出たところでぼそりとお茶子が呟いた。
「兄ちゃん、私な。今日、助けられたんや」
「そうか」
「ボロボロになりながら、助けてくれたんや。その男の子、なんか兄ちゃんみたいだって思った。でも、その男の子なポイント取れてないかもって思ったらいてもたってもいられんくなって、先生に直談判しに行ってしまったんや」
「お前、本当にそういうところ変わらんな……でも、ええと思う。正しいと思ったことをしたんやろ?」
少ししょぼくれたような表情をするお茶子の頭を撫でる。
「しょぼくれんな。正しいことをしたんなら胸を張れ。自分は間違ってないって。それとも、先生への直談判は間違ったことなんか?」
「違う。兄ちゃん、私正しいことしたんや。決して間違ってなんかない」
お茶子の眼は力強く否定した。だから、続けて口を開いた。
「だったら、胸張れや。でも、よお頑張ったなお茶子。勇気出して行ったってことはわかる」
わしゃわしゃとお茶子の頭を撫でて、ヒミコを背負い直す。
「ありがと兄ちゃん。ヒミコちゃんも相当頑張ったんやね、起きないなんて珍しいな」
そう言いながら、お茶子はヒミコの頭を優しく撫で始める。目を細めて、まるで妹をあやすかのように優しい手つきだ。
「ヒミコちゃん、兄ちゃん助けてくれてありがとうね。兄ちゃんがこの程度の怪我で済んだの、ヒミコちゃんのお陰やって聞いたんや……だから、ありがとう」
「そんな、恥ずかしいことは起きてから言ってやれ。俺も、ちゃんと起きてから言わんとな」
そんなことを話しながら二人で笑いあう。背中ではまだ規則正しい寝息が続いていた。
「それとな、兄ちゃん。学校合格したら、方言直してよ。ちょっと恥ずかしいから」
「そんなこと言うたって治るもんでもないやん。生まれてから、標準語なんて使って生きてきてないんやし」
「父ちゃんも母ちゃんも訛ってるから、兄ちゃんくらい標準語で話してやーお願いやから。おーねーがーいーやーかーらー」
「しゃーない。妹の頼みやで頑張ってみるけど、変になっても笑うなや?」
「それは約束できかねるかな」
「勘弁してくれ……」
そう言いながら、携帯電話でヒミコの実家の最寄り駅までの時刻表を立ち上げる。スマホではないので、起動が遅いがそれでも駅に着くまでには立ち上がるだろう。
「ヒミコを家に送り届けて、そっから新幹線乗って名古屋で乗り換えて、家か。結構かかるなー」
「兄ちゃん、方言出てるよ」
「もう始まってんのか……」
笑いながら話すお茶子に少し、うんざりするように首を落として、帰り道を歩きはじめる。夕日はもう沈みかけていた。