僕のヒーローアカデミアー麗日お茶子の兄ー 作:トガ押し
寝苦しさによって目が覚めた。堅い床、寒く、電気もつけっぱなしの部屋。昨日、引越しの荷ほどきの最中に寝てしまったのだと、寝ぼけた頭で思い出しながら体を起こした。
体が疲れているのだろう。昨日の夜、荷ほどきの作業をしながら日課である個性を限界ギリギリまで使う訓練をしていて、その途中から記憶がない。体は多少だるい程度で問題なく動くことから限界を超えてしまってはいないようだった。
「今、何時や?」
大あくびをして目覚まし時計を見るとまだ午前6時を少し過ぎたところだった。
もう一度寝るにしても、布団を出していないので出す手間を考えれば荷ほどきの作業を再開した方がよさそうだ。
しばらく荷ほどきをしていてぼーっとしていたのだろう。段ボールの中に入っていた小学生の卒業制作で作ったオルゴールを手にとって三段ボックスの上に置こうとした瞬間、距離感がつかめず手前に落してしまった。
地面にぶつかる瞬間、個性を使いなんとかオルゴールがフローリングに当たるのを防ぐ。冷や汗を少し流して、再び三段ボックスの上に置きなおす。
そうしたところで、一枚の古い封筒が足元に転がっていることに気がついた。
「あー、懐かしいな」
その封筒の表面には綺麗な字で麗日茶虎様、お茶子様と連名で綴られていた。大人が書いた綺麗な文字。本文自体は難しい言葉が使われているが、今でもその内容は覚えている。
そして、それは自分が明確にヒーローを志した理由でもある。
「今見ても綺麗な便箋やわ」
封筒から中身を取り出して、裏面を見てみるとヒミコの住所とヒミコの両親の名前。そしてその横には小学生のミミズが這ったような少し汚い字で『渡我被身子』と書かれていた。
『麗日茶虎様、お茶子様
先日は家に来てくれてありがとう。君たちのお陰で目が覚めました。今まで被身子が動物の血を吸ったりしているところを私たち夫婦は度々見てきたたび、見て見ぬふりをして被身子に「どうして普通にできないの」という言葉をぶつけてばかりでした。
しかし、君たち二人がうちに来て被身子が一人で苦しんでいること、それが被身子の個性だと言うことを受け入れてくれた君たちだからこそ私たちも気付かされました。
我が娘のことながらお恥ずかしい話ではありますが、あれから被身子ともしっかりと話し合い。被身子が自分が普通じゃない事に苦悩していたこと、普通を押しつけていたことを本人の口から聞いて、これからについて考えました。
君たちがいなければ被身子はヴィランになっていたかも知れないと思うほど、確かに娘は異常でした。ですが、その個性を受け入れた上で、否定せずしかし、人の迷惑になることを注意することで、被身子がこれからも危うい橋を渡らないようにしていくつもりです。
君たち二人は私たち家族にとってのヒーローです。本当にありがとう』
全文を読み終えて、一息ついて懐かしさと感動に思わず口角が上がる。手紙の中に同封されている渡我家三人で映った笑顔の写真。三人とも泣きはらしたような跡があり、話し合いが苛烈だったことがわかる。
「誰かを笑顔にする、それこそが俺の目指すヒーロー像……よっしゃ!今日も頑張るかっ!」
そう張り切って再び荷ほどきの作業に戻るのだった。
結局、リビングなど全ての荷ほどきが終わるのに要した時間は三日間だった。その間にいくつか進展したことがあった。
一つはバイト先が決まったこと。20社受けて受かったのは1社だったことにはビックリしたが。
どこの会社も雄英高校のヒーロー科に所属しているということで、勉学を優先しなさいという回答ばかりだったが、自分の両親とヒミコの両親に生活費を出してもらっている手前、それだけに頼りすぎるのはよくないと二人に内緒でバイトを始めることにした。
生活費の管理はその辺を厳しい目線でやってくれるお茶子に任せるつもりではいるが、生活費というのも馬鹿にならないので多少は自分で稼ぐことで生活の質を上げる必要がある。おもに食生活的な部分で。
もう一つは被服控除申請のことだ。ヒーローコスチュームをデザイン会社が作ってくれるということで全生徒出すのだが、これも昔から決めていた。材質等の指定もできるそうで炭素繊維を編み込んだ特殊合金製のコートとコートの下に着る軽装の鎧、それから武器一式のデザインを送っておいた。
ヒミコも何やら考えがあるようで、それを送っていたがお茶子は酔い止めのツボを抑えるものという以外細かい指定はしていないらしい。
変なのにならないといいが。
「そろそろ、昼飯の時間かー」
そんなことを思いながら部屋を出るとリビングから良い匂いが漂ってきた。
今日はヒミコが初めて料理を担当する。少し、大丈夫かと不安が残るがこんなに良い匂いがするなら大丈夫だと信じたい。
「あっ茶虎!もうすぐできるのです!」
リビングを開け放つと四人掛けのテーブルに顔をぐったりとつけてくつろいでいるお茶子といつもの二つ縛りの団子をほどいて髪を降ろして白いかっぽう着をきて料理をしているヒミコがいた。
「兄ちゃん、めっちゃ美味しそうや。ヒミコちゃんの料理」
お母さん通り越しておばあちゃんの格好やないかという言葉を住んでのところで飲み込んだ。意外なまでにそのかっぽう着姿が似あいすぎている。
「そんな格好もするんやな」
普段の今時のギャルっぽいイメージからは想像もできないほどヒミコは良妻の才能があるのではないかという疑問を抑えて自分の椅子に腰かけた。
「どれも美味そうや」
食卓に並べられたのは焼きそばなどの簡単に安くできる料理ばかりではあるが漂う香りが鼻孔をくすぐり、お腹の虫の食欲を更に掻き立てる。
「ごめんなさいです!食材なくて簡単なものしかできないですけど」
笑顔のまま少し申し訳なさそうにするヒミコに大丈夫だと手を振ってヒミコも早く席に着くように誘導する。
かっぽう着で中華というちぐはぐさがなんともヒミコらしいなどと思いながら、いただきますをして食卓を三人で囲む。
料理の味は予想を遥かに超えるほど絶品で、このままずっと料理担当をしてもらおうと思うほどだった。
「美味しいです?」
しきりに何度も聞いてくるヒミコにお茶子と二人で流石に聞かれる回数が多すぎてうんざりするが、それを帳消しにする美味しさに何も言えなくなりただ一言。
「すごく美味いよ」
と返すしかできなかった。