「ねぇ、ひーくん、束さんのこと、好き?」
コテンと首を傾げながら此方を見つめてくる美しい少女。吸い込まれそうな大きな瞳は返事を今か今かと待ちわびる。眼の下の隈に普段は眠たげな顔をしているというのに今日はどう言うわけか元気はつらつと言った様子だ。
「え、っと……」
「うん……」
返事を今か今かと待ちわびる彼女にはてさてなんと答えた者か。嫌いと答えた瞬間粒子レベルで分解されかねないし好きと答てもそれが親愛にしろ友愛にしろ恋愛にしろ身の程を知ろっか☆と殺される可能性もある。うん、詰んでるねこれ。
しかし此奴何でまたこんな質問してきた。こんな他人なんて秋まで生き残った蚊よりも興味を持たない此奴が何だって俺のような平々凡々な幼馴染なだけの男に声をかけた。家族にだって興味を持たない奴だぞ此奴は。いや、まあ……たぶん両親よりは関わってるけどね俺。
「………それとも、ちーちゃんの方が好き、かな?ちーちゃん、かわいいもんね」
「いや全くその通り」
「こっちは即答しやがったよこの男」
なんかジト目で睨まれた。げせぬ。
「あー、じゃあさ……昨日告白してきた女の子ぉ?あの子もかわいいもんねぇ」
「急に投げやりだな。まあ、人に興味がないお前が認めるぐらいにかわいいのは確かだが、それ以上のお前とか見てる身としてはなぁ………断ったし」
「あれ、断ったんだ。ふーん………へぇ、ほぉ………ふひひ………ん?待って、今束さんの事可愛いって言った!?」
「…………可愛いとは言ってない」
「じゃあ言え。今言え。直ぐ言え」
ズズイと顔を近づけてくる幼馴染。顔を逸らすことは出来るが話すことは出来ない。何故なら俺は今両手を床に押さえつけられて腰には幼馴染の身体が乗っかっているからだ。そう、押し倒されている。場所?夕焼けにより赤く染まった学校の屋上だ。
出口は遠く。仮に幼馴染を振りほどいたとしても、此奴の身体能力なら直ぐに追い付かれる。と言うか仮に、だ。実際は絶対抜け出せない。つまり俺に逃げ場はない。
「…………束は可愛いなぁ。ウサミミとか似合いそう」
「………つけよっか?ひーくんが、好きなら」
ニコォと言う擬音が聞こえたような気がした。そんな笑み。満面の笑みなのにどこか粘性を帯びたような、此方を捕らえ、逃がさぬと言うような無言の圧力。いや、今まさに逃げられないけど。
「ひーくんが望むなら、束さんは何でもするよ?裸Yシャツでも全開パーカーでも水着エプロンでも………ひーくんが束さんにして欲しいこと、全部してあげる。そんな束さんはお好きかな?」
耳元でささやきながら頬をすりすりこすりつけて来る幼馴染。赤紫というわけ解らん色の髪が顔にかかる。甘い香りがする。血液がある部分に集まるくせに顔にも集まり頬が熱い。
「嫌い………って、言ったら?」
「んー。他の人のにならないようにぶち殺すかな」
「好きじゃないって言ったら?」
「んー。他の人のにならないようにぶち殺すかな」
「………親愛は持ってるって言ったら?」
「んー。以下同文」
「…………助けてください」
「同文」
何だろう、逃げ場がない。好きと言ったら助かるの?助かるよね?助けてくれるだよねそれしか選択しないんだけどそれすらデットエンドに直行じゃないよね?
「あはは。冗談だよ、冗談………そしたら、既成事実を作る」
「オゥ……」
既成って、規制されるようなことでもする気なんですかねぇ。やべぇ、俺の貞操終わる。前世併せて43年の貞操が終わる。誰か、助けてくれ!
その時救いの神が洗われた。
「日向から離れろ!」
「うお!?」
幼馴染があまり女の子らしくない悲鳴を上げ飛び退く。先程まで彼女の頭があった場所を何かが通過し俺の顔の横に………コンクリートの床に突き刺さる。
「………ちーちゃん」
「貴様………前々から露骨なアピールをしていたと思ったがまさかこんな直接的な手段にでるとはな」
「………だって、ひーくんったらここ最近よく告白されるんだもん。周りの有象無象共がひーくんの魅力に気づき始めちゃったらさ、もう行動するしか、ないじゃん」
ズボ、と足を引き抜き仁王立ちする我が幼馴染ツー。どうでも良いけど幼馴染って「ようなし」とも読めるな。本当、どうでも良いけど。
さて、今の言葉を思い出してみよう。我がヨウナシ……もとい幼馴染一号は俺がここ最近女子にモテだしたから行動に移して俺に好きかどうか聞いてきたらしい。ここまで言われて気付かない奴は脳か耳か精神を見てもらった方がいいだろう。聞いてるかイッチー、君のことだよ。
「だからといって押し倒すな!うらやましい!」
「べー、だ!ちーちゃんとの友情もここまでだい!束さんは誰に遠慮することなくひーくんと結ばれるもんね!」
「何が結ばれる、だ!日向の思いも考えろ!」
「束さんはちーちゃんと違って、ひーくんの想いを知って身を引くなんて絶対やだ!」
やばい。どんどん顔が熱くなってくる。正直に言うと、俺は普通に彼女のことが好きだ。大好きだ。
けど、正直な話し自分が彼女と付き合えるなんて思ってもいない。だって向こうは天才……天災だぞ?細胞レベルでチートスペックで、世界の軍事バランスを代えるどころかそれこそ世界を支配することの出来る存在。
対して俺は平々凡々。努力して努力して努力して、それでも彼女達に並べぬ存在。今もなお追い続ける存在。そんな存在が、なぜ惚れられると思うよ。
別に俺でなくたって良いはずだ。それこそ、本来彼女が唯一心を開く存在だったイッチーとかが、他の女同様彼女を侍らせ……………想像したらかわいい弟分をぶち殺したくなってきた。
「私だって、諦められるか!だが、日向が選んだなら、それが日向の幸せな筈なんだ……お前は、自分が、自分だけが幸せならそれで良いのか!?」
「絶対束さんが幸せにするもん!」
「やだ男前」
惚れそう。惚れてるけどね。
ああ、全く。何でこうなったんだろうか…………。
その男の存在を篠ノ之束が認識したのは幼稚園のころ。いや、それ以外を認識しなくなったのは、と言うべきか。
彼女は天才だった。幼稚園にいながら、学ばされる情操以外……物が落ちる時の速度の計算の仕方、ある体重の少年が走っていて転んだ時する怪我の程度、それら全てが計算できた。
それは凄いことなんだと幼心に理解していた少女は自慢した。気味悪がられた。
人は異端を嫌う。自分の延長線ならば、出来て凄いですむが自分じゃどうやったって不可能なことを行える者には尊敬よりまず忌避を覚える。それが人の役に立つのなら、きっと称えられるのだろう。しかし束は自身を忌避する人間の為に行動する気など無かった。
ザクザクと砂場にスコップを突き刺したり、数字をかく日々。誰も近づいてこない。楽で良い。
「何やってるんだ?」
「…………何、お前」
話しかけてきた少年にギロリと拒絶的な視線を向ける。それだけで、大人も子供もおびえて逃げる。なのにその少年はあろう事かそんな彼女を無視して砂場に描かれた数字の羅列をみる。理解なんて出来ないくせに。
「これ何の計算?」
「…………………あそこでボール遊びしてる奴等の運動能力とか体格とか性格とかを計算した式」
「演算って奴か。んで、結果は?」
「ヒートアップして喧嘩でご破算」
ふーん、と少年は腰を下ろしボール遊びをするグループを観察。手が当たった、当たってないなどと喧嘩になり試合どころではない。そもそもまともなルールも知らないくせにテレビで見たからとやってる試合擬きだ、点が入った入ってないでよく喧嘩するのによく続ける。
「おお………あ、じゃあ俺ぐらいの体重の子供が乗れる凧ってどれぐらいの強度と大きさが必要?」
「………………」
面倒くさいんで暗算で答えを出した。メモ帳にメモする少年。
数日後少年がドヤ顔で作ったぜ!と凧を見せてきた。父親が工場長で、息子に激甘。作ってくれたらしい。だけど誰もが乗るのを反対した。当然だ、計算したのがこんな小さな子供だったと知ってたら笑い話にしかならないのだから。
「俺は信じるけど?だって、他でもない束が計算したんだからな」
その言葉に、束は感動…………するはずもなく嫌悪感を覚えた。お前が私の何を知っている。お前ごときが私の何を理解できる、と。
どうせ理解などしていないくせに。理解したら、気味悪がり、恐れ、遠ざかるくせに。嫌うなら初めから寄るな。どうせ否定するくせに。拒絶するくせに。別に良いさ、こっちだってお前等なんか嫌いだ。理解されようとも思わない。
なのに、何で此奴は何度も寄ってくるだろう。
曰わくお前の側にいれば楽しい事が起きそうだから、だとか。
彼は、笑わない。否定しない。拒絶しない。
嫌われるから嫌ってやると言う考えは、何時しか嫌わないでに代わり、ヘラヘラ笑うなと言う怒りは彼の笑顔をみるたんびに喜びに代わる。
けど、何時からだろうか?疎遠になった。彼が自分を嫌ったわけではない。けど、話す回数が減った。寝不足な自分をおんぶしては昨夜はどんなことを思いついたのか尋ねてきたのに話を聞く余裕もなさそうに、走り出した。
最初は生き絶え絶え。今は余裕綽々。
後なんか格闘技とかもやりだした。篠ノ之流剣術とは別の道場………と言うか教会の神父に八極拳を学んでいるらしい。あそこの神父が出す麻婆は天才たる自分を持ってしても理解できない領域にある。
てか、何で神父が八極拳?何で教会で麻婆?
他の変化と言えば、彼は塾通いでテストが近づくと勉強会を開いたのに、呼んでくれなくなった。
いっつもトレーニングや勉強。遊ぶ時間は、とんと減る。
「…………つまんない」
新しくできた友達とか、妹とか居なければきっとグレてた。彼のおかげでまあまあ会話してやっていた友人未満たちも彼がそこにいなきゃ話す気にもなれなかったし。
そして、中学入学。彼が女子にモテだした。この頃になると彼も何というか、これ以上は無理だと諦めたのか勉強も運動も何に備えてなのか毒の投薬も数が減った。毒に関しては耐性が出来たからかも知れないが………。
まあ、とにかくフリーな時間が減ったわけだ。鬼気迫る顔からだいぶ余裕のある表情。元々容姿は悪くなく、それでいて文武両道。そりゃもうモテるモテる。彼女とか選び放題だろう。
彼女…………
「ひーくんに彼女が出来るかもと思ったら気付いたら押し倒してました。反省も後悔もしてません」
「開き直るな………」
「ちーちゃんうっさい。ひーくんだって、いやじゃ無かったでしょ?」
「それは…………まあ、うん」
その言葉に束はただただ嬉しそうに笑った。