忍びの王   作:焼肉定食

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暗躍

「……はぁ。」

 

俺は王宮に戻ってきてからも色々なことに追われていた

 

「……大丈夫ですか?」

「あ〜リリィか。いや。結構きているな。香織の看病にクラスメイトのメンタルケアにハジメの英雄として伝聞の散布。……さすがにちょっとキツイな。」

 

待女になったリリィが少しばかり気の使った言葉に俺はつい本音が漏れてしまう。

あの日、迷宮で死闘と喪失を味わった日から既に五日が過ぎていた。

宿場町ホルアドで一泊し、早朝には高速馬車に乗って一行は王国へと戻った。とても、迷宮内で実戦訓練を続行できる雰囲気ではなかったし、無能扱いだったとは言え勇者の同胞が死んだ以上、国王にも教会にも報告は必要だったらしい。

帰還を果たしハジメの死亡が伝えられた時、王国側の人間は誰も彼もが愕然としたものの、それが〝無能〟のハジメと知ると安堵の吐息を漏らしたのだ。

 国王やイシュタルですら同じだった。強力な力を持った勇者一行が迷宮で死ぬこと等あってはならないこと。迷宮から生還できない者が魔人族に勝てるのかと不安が広がっては困るのだ。神の使徒たる勇者一行は無敵でなければならないのだから。

しかし、俺はその先に手を打っておいたのだ

ハジメが無能ではなく幻影魔法で先に恵里と一緒に大げさに勇者たちを救った英雄としてホルアドの町の冒険者ギルドや町人に広めることになった

すると王宮は大混乱を受けざるを得なかった

今まで無能扱いだったのが町人たちには英雄視されている

それも本物のお姫様であるリリィが協力してくれたこともあり、大きく楔を打ち込むことができたわけだ。

俺が暗躍したこともありハジメを罵っていた生徒も貴族も大きなダメージを受けることになったのだ

 

そして勇者と呼ばれるものの敗走と、及び俺に対する世間の声も高まった。

所謂勇者ではなく、勇者パーティーの俺がその後指揮をとり、撤退戦を成功させたとなれば俺の意見に力を持つことになる。

すなわち発言力が高くなり、俺の意見を無視できないようになったのだ

しかし教会側は切ることができない。

神の意志により召喚された俺が異端児扱いになると教会側に不信感を覚えることになる

 

そして愛ちゃん先生と協力して教会幹部、王国貴族達に真正面から立ち向かった。自分の立場や能力を盾に、私の生徒に近寄るなと、これ以上追い詰めるなと先生も声高に叫んだ。

愛ちゃん先生はいつだって生徒の味方である。俺も一度恵里の件を報告し他時でも、恵里ですら愛ちゃん先生のことを自分の教師であることを認めるほどだった

 結果、何とか勝利をもぎ取る事に成功する。戦闘行為を拒否する生徒への働きかけは無くなったのはかなりの進歩であった

 

「とりあえず今日の仕事は終わったよな?」

「はい。一応、今日の予定はこれで全部です。」

「……ちょっと香織のところ行ってくるから。」

「……香織は大丈夫ですか?」

 

リリィは心配そうに聞いてくる。一応立場もありながら生徒第一に動いてくれるのは本当に嬉しいよなぁ

 

「一応脈拍も問題ないし息もしっかりしているからな。命に別状はないらしい。おそらく精神的ショックから心を守るため防衛措置として深い眠りについているのだろうということらしい。故に、時が経てば自然と目を覚ます。でも起きた時にハジメのいないことを考えるとな……色々伝えないといけないこともあるし。気が重いなぁ。」

 

と俺たちは香織の部屋に向かう

そしてコンコンと扉をノックするとどうぞと雫の声がする

ドアを開けると本当に必要な時以外はずっと香織の手を握っている雫がいた

 

「よう。」

「こんばんわ。雫。」

「……快斗。リリィ。」

 

俺も少し香織の反対の手を掴む

 

「……やっぱり、怒るんだろうな。」

「……えぇ。その時は一緒に謝りましょ。」

 

俺と雫は少し力を込める。

 

どうかこれ以上、「優しい親友を傷つけないで下さい」と、誰ともなしに祈った。

その時、不意に、握り締めた香織の手がピクッと動いた。

 

「!? 香織! 聞こえる!? 香織!」

「香織?おい。香織。」

 

俺が必死に呼びかける。すると、閉じられた香織の目蓋がふるふると震え始めた。更に呼びかけるとその声に反応してか香織の手がギュッと握り返してくる。

 

 そして、香織はゆっくりと目を覚ました。

 

「「香織!」」

「……雫ちゃん?快斗くん?」

「香織さん!!」

「リリィまで。」

 

香織は、しばらくボーと焦点の合わない瞳で周囲を見渡していたのだが、やがて頭が活動を始めたのか見下ろす雫に焦点を合わせ、名前を呼んだ。

 

「ええ、そうよ。私よ。香織、体はどう? 違和感はない?」

「う、うん。平気だよ。ちょっと怠いけど……寝てたからだろうし……」

「もう五日も眠っていただからな。そりゃ怠くもなるだろ。でもよかった。」

 

俺はほっと息を吐く。

 

「五日? そんなに……どうして……私、確か迷宮に行って……それで……」

 

 徐々に焦点が合わなくなっていく目を見て、マズイと感じた雫が咄嗟に話を逸らそうとする。しかし、香織が記憶を取り戻す方が早かった。

 

「それで……あ…………………………南雲くんは?」

「ッ……それは」

「……」

 

 苦しげな表情でどう伝えるべきか悩む雫。俺も黙り込み口元をしめる。

 

「……嘘だよ、ね。そうでしょ?二人とも。私が気絶した後、ハジメくんも助かったんだよね?ね、ね?そうでしょ?ここ、お城の部屋だよね?皆で帰ってきたんだよね?ハジメくんは……訓練かな?訓練所にいるよね?うん……私、ちょっと行ってくるね。ハジメくんにお礼言わなきゃ……だから、離して?二人とも」

「……分かっているんだろ。」

 

俺は歯を食いしばる。声に出すとかなり重いことがわかる

 

「やめて。」

「香織の覚えている通りよ」

「やめてよ……」

「彼は、ハジメ君は……」

「いや、やめてよ……やめてったら!」

「香織! 彼は死んだのよ!」

「ちがう!死んでなんかない!絶対、そんなことない!どうして、そんな酷いこと言うの!いくら雫ちゃんでも許さないよ!」

「……死んでいるかは分からない。でも奈落に落ちた。それは事実だ。」

 

 イヤイヤと首を振りながら、どうにか俺たちの拘束から逃れようと暴れる香織。雫は絶対離してなるものかとキツく抱き締める。ギュッと抱き締め、凍える香織の心を温めようとする。

 

「離して! 離してよぉ! 南雲くんを探しに行かなきゃ! お願いだからぁ……絶対、生きてるんだからぁ……離してよぉ」

 

いつしか香織は「離して」と叫びながら雫の胸に顔を埋め泣きじゃくっていた。

 

 縋り付くようにしがみつき、喉を枯らさんばかりに大声を上げて泣く。雫は、ただただひたすらに己の親友を抱き締め続け、俺はただ、背中をさすっていた。そうすることで、少しでも傷ついた心が痛みを和らげますようにと願って。

 どれくらいそうしていたのか、窓から見える明るかった空は夕日に照らされ赤く染まっていた。香織はスンスンと鼻を鳴らしながら雫の腕の中で身じろぎした。雫が、心配そうに香織を伺う。

 

「香織……」

「……雫ちゃん……快斗くん。ハジメくんは……落ちたんだね……ここにはいないんだね……」

 

 囁くような、今にも消え入りそうな声で香織が呟く。雫は誤魔化さない。誤魔化して甘い言葉を囁けば一時的な慰めにはなるだろう。しかし、結局それは、後で取り返しがつかないくらいの傷となって返ってくるのだ。これ以上、親友が傷つくのは見ていられない。

 

「そうよ」

「あの時、ハジメくんは私達の魔法が当たりそうになってた……誰なの?」

「わからないわ。誰も、あの時のことには触れないようにしてる。怖いのね。もし、自分だったらって……」

「そっか。快斗くんは?」

「……断言はできないけど。俺と恵里は憶測がついている。」

「「えっ?」」

 

俺の言葉に二人は驚く

 

「でも、知らない方がいいと思う。……もしハジメが奈落で生きていると仮定するならば、お前を壊すわけにはいかないからな。」

「生きている?」

「確かに奈落に落ちたのは確かだけど。どこか生きているような気がするんだよ。なんとなくだけど。」

 

すると香織も俺の方を見る

 

「本当?」

「あぁ。だから死亡届けも出さないようにしているはずだ。一応これでも頑張ったんだぞ。恵里にもお礼言っとけよ。あいつのおかげで民衆に本当のことを伝えたんだからな。」

「……うん。私も、信じないよ。ハジメくんは生きてる。死んだなんて信じない」

「香織、それは……」

「……雫俺らだって分かっている。あそこに落ちて生きていると思う方がおかしいって。それでも諦めきれないんだよ。あいつが死んだところを見たことではないし可能性は一パーセントより低いけど、確認していないならゼロじゃない。その僅かなことでも信じてみたいんだ。」

 

俺だってあいつの友達だったんだ。

生きているって信じていたい。生きて会えるってことを。

 

「私もそう。もっと強くなるよ。それで、あんな状況でも今度は守れるくらい強くなって、自分の目で確かめる。ハジメくんのこと。……二人とも」

「なに?」

「力を貸してください」

「……」

 

じっと自分を見つめる香織に目を合わせ見つめ返す。香織の目には狂気や現実逃避の色は見えない。ただ純粋に己が納得するまで諦めないという意志が宿っている。こうなった香織はテコでも動かないだろう。雫や俺どころか香織の家族も手を焼く頑固者になるのだ。

 

「……当然。親友の頼みを断るわけないだろ。」

「もちろんいいわよ。納得するまでとことん付き合うわ」

「私もわずかながら力にならせてください

「雫ちゃん!快斗くん!リリィ!」

 

香織は雫に抱きつき「ありがとう!」と何度も礼をいう。「礼なんて不要よ、親友でしょ?」と、どこまでも男前な雫と「俺も諦めきれなかったからな。」と苦笑する俺。リリィも任せてくださいと胸を張る。

 

 その時、不意に部屋の扉が開けられる。

 

「雫! 香織はめざ……め……」

「おう、香織はどう……だ……」

 

光輝と龍太郎だ。香織の様子を見に来たのだろう。訓練着のまま来たようで、あちこち薄汚れている。

あの日から、二人の訓練もより身が入ったものになったらしい。二人もハジメの死に思うところがあったのだろう。何せ、撤退を渋った挙句返り討ちにあい、あわや殺されるという危機を救ったのはハジメなのだ。もう二度とあんな無様は晒さないと相当気合が入っているようである。しかしなぜか硬直している

 

「あんた達、どうし……」

「す、すまん!」

「じゃ、邪魔したな!」

 

 雫の疑問に対して喰い気味に言葉を被せ、見てはいけないものを見てしまったという感じで慌てて部屋を出ていく。そんな二人を見て、香織もキョトンとしている。

 

「……あぁ。そういうこと。」

 

俺も多分初めて見たなら多分勘違いしてもおかしくはない。

現在、香織は雫の膝の上に座り、雫の両頬を両手で包みながら、今にもキスできそうな位置まで顔を近づけているのだ。雫の方も、香織を支えるように、その細い腰と肩に手を置き抱き締めているように見える。

つまり、激しく百合百合しい光景が出来上がっているのだ。ここが漫画の世界なら背景に百合の花が咲き乱れていることだろう。

雫は深々と溜息を吐くと、未だ事態が飲み込めずキョトンとしている香織を尻目に声を張り上げた。

 

「さっさと戻ってきなさい! この大馬鹿者ども!」

 

俺とリリィはそして顔を見合わせ少し笑ってしまった。

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