忍びの王 作:焼肉定食
「シア、メルドの容態はどうだ?」
「危なかったです。あと少し遅ければ助かりませんでした。……指示通り〝神水〞を使って置きましたけど……良かったのですか?」
「ああ、この人には、それなりに世話になったんだ。それに、メルドが抜ける穴は、色んな意味で大きすぎる。特に、勇者パーティーの教育係に変なのがついても困るしな。まぁ、あの様子を見る限り、メルドもきちんと教育しきれていないようだが……人格者であることに違いはない。死なせるにはいろんな意味で惜しい人だ。」
「少し甘すぎるんだよ。優しすぎて少しこういうことになるのは大体理解していたからな。よかったよ冒険者ギルドに入っておいて。」
俺もさすがに人殺しを最初に体験した時は恐怖も、罪悪感もあった。それでも恵里やリリィと協力し敵を殺すということをなれていったのだ。
「……ハジメ」
「ユエ。ありがとな、頼み聞いてくれて」
「んっ」
シアと話しているうちにユエが到着する。自分の名を呼び見上げてくるユエの頬を優しく撫でながら、ハジメは、感謝の意を伝えた。それに、視線で「気にしないで」と伝えながらも、嬉しそうに目元を綻ばせるユエ。自然、ハジメの眼差しも和らぎ見つめ合う形になる。
……さすがに鈍感な俺でもわかる。香織が気持ちを伝える前にハジメにとっての特別が見つかったってことも
「……お二人共、空気読んで下さいよ……ほら、正気に戻って!ぞろぞろ集まって来ましたよ!」
「さ、さすがに甘ったるいな。」
俺は少し苦虫を噛んだように苦笑いをする。するとクラスメイトが近づいてきた
まぁ俺は覚悟はできているんだけど。と思っていると
「おい、快斗。なぜ、彼女を……」
「ハジメくん……いろいろ聞きたい事はあるんだけど、取り敢えずメルドさんはどうなったの? 見た感じ、傷が塞がっているみたいだし呼吸も安定してる。致命傷だったはずなのに……」
光輝の言葉を遮って、香織が、真剣な表情でメルドの傍に膝を突き、詳しく容態を確かめながらハジメに尋ねた。
ハジメは、一瞬、自分に向けられた香織の視線に肝が冷えるような感覚を味わったが、気のせいだと思うことにして、香織の疑問に答えることにした。
「ああ、それな……ちょっと特別な薬を使ったんだよ。飲めば瀕死でも一瞬で完全治癒するって代物だ」
「そ、そんな薬、聞いたことないよ?」
「そりゃ、伝説になってるくらいだしな……普通は手に入らない。だから、八重樫は、治癒魔法でもかけてもらえ。魔力回復薬はやるから」
「え、ええ……ありがとう……それと快斗も大丈夫なの?」
「何が?」
「い、いえ。あなた人を。」
「ギルドの依頼で恵里と俺は結構体験しているからな。生憎初めてってわけじゃないし。」
「うんそうだよ〜。」
すると凄く粘っこい声が聞こえてくる。
するとメガネを外した。狂った少女がニヤニヤと俺の方を熱を持った視線を送ってくる
「……隠さないでいいのか?」
「いいんじゃないかなぁ。あはは。僕たちのランデブーを話されちゃったしね〜。」
「えっ?恵里?」
「中村?」
「あ〜こっちが素なんだよ。こいつの家庭で昔いろいろあって自殺未遂をしたことがあるし、一度光輝の件もあってちょっと狂っているから。」
「……俺?」
「……お前あんなことがあったのに忘れられるとか逆にすげぇよ。」
俺は少しため息を吐いてしまう。鈴や雫、いやクラスメイト全員が驚いている。自殺未遂。そのことは多分日頃の恵里を見ても気づくことはないだろうしな
「別にいいよ〜僕が今好きなのは光輝くんじゃなくて快斗くんなわけだし。」
「……お前変な奴に好かれたな。」
「生憎こいつらの尻拭いしてたらな。自然と危ない奴との交流も増えるんだよ。」
「……とことん苦労してんなぁ。」
「大丈夫。最近は毒物を使わなくなっただけマシになってきてるから。」
マジで危ない奴じゃねーかとハジメすら若干引いている。
「と、とりあえず。ハジメくん。メルドさんを助けてくれてありがとう。私達のことも……助けてくれてありがとう」
メルドの事と、自分達を救ってくれたことのお礼を言いつつハジメの目の前まで歩み寄る。
そして、グッと込み上げてくる何かを堪えるように服の裾を両の手で握り締め、しかし、堪えきれずにホロホロと涙をこぼし始めた。嗚咽を漏らしながら、それでも目の前のハジメの存在が夢幻でないことを確かめるように片時も目を離さない。ハジメは、そんな香織を静かに見返している。
「ハジメぐん……生きででくれで、ぐすっ、ありがどうっ。あの時、守れなぐて……ひっく……ゴメンねっ……ぐすっ」
クラスメイトのうち、女子は香織の気持ちを察していたので生暖かい眼差しを向けており、男子の中でも何となく察していた者は同じような眼差しを、近藤達は苦虫を噛み潰したような目を、光輝と龍太郎は香織が誰を想っていたのか分かっていないのでキョトンとした表情をしている。
ハジメは、困ったような迷うような表情をした後、苦笑いしながら香織に言葉を返した。
「……何つーか、心配かけたようだな。直ぐに連絡しなくて悪かったよ。まぁ、この通り、しっかり生きてっから……謝る必要はないし……その、何だ、泣かないでくれ。」
そう言って香織を見るハジメの眼差しは、香織を気遣う優しさが宿っていた。その眼差しに、あの約束を交わした夜を思い出し、胸がいっぱいになる香織。思わずワッと泣き出し、そのままハジメの胸に飛び込んでしまった。
胸元に縋り付いて泣く香織に、どうしたものかと両手をホールドアップしたまま途方に暮れるハジメ。ただ、ユエの手前、ほかの女を抱きしめるのははばかられたので、銃口を突きつけられた人のように両手をホールドアップさせたまま、香織の泣くに任せるという中途半端な対応だった。
「ヘタレだな。」
「おいてめぇ。ぶっ飛ばすぞ。」
俺がケラケラ笑うとハジメの青筋が浮かんでくる。
とそうした時だった
不意にくらっとしてしまい俺は明らかに体が重く感じガタンと座り込んでしまう
「快斗!!」
すると雫が俺を支える
「あ〜悪い。やっぱダメだ。本調子にまだなってないし。限界突破使わないで正解だったな。」
「……本当に体調悪かったんだな。」
「うっせ。……頭もクラクラするし結構真面目にやばい。明らかに膨大な魔力で急に起きてそのまま戦闘だからな。雫ちょっと肩借りていいか。マジでやばい。」
「……大丈夫なの?」
「大丈夫。多少無茶しただけだから。いつものこと。」
俺は少しフラフラになってしまう。
「……ふぅ、雫や香織は本当に優しいな。クラスメイトが生きていた事を泣いて喜ぶなんて……でも、二人は無抵抗の人を殺したんだ。話し合う必要がある。もうそれくらいにして、二人から離れた方がいい」
クラスメイトの一部から「お前、空気読めよ!」という非難の眼差しが光輝に飛んだ。この期に及んで、この男は、まだ香織の気持ちに気がつかないらしい。何処かハジメと俺を責めるように睨みながら、俺に寄り添う雫を引き離そうとしている。単に、香織と触れ合っている事が気に食わないのか、それとも人殺しの傍にいることに危機感を抱いているのか……あるいはその両方かもしれない。
「……ちょっと光輝。二人は、私達を助けてくれたのよ? そんな言い方はないでしょう?」
「だが、雫。彼女は既に戦意を喪失していたんだ。殺す必要はなかった。特に快斗がしたことは許されることじゃない」
「あのね、光輝、いい加減にしなさいよ? 大体……」
光輝の物言いに、雫が目を吊り上げて反論する。檜山達は、俺たちが気に食わなかったこともあり、光輝に加勢し始めるのだが
圧倒的に光輝側が不利であった
「八重樫。後は俺が持つ。」
「えっ?あ、ありがとう。」
「……大丈夫か?快斗。」
「悪い。迷惑かけちまって。」
「いや、お前のおかげで本当に助かった。」
「うん。原口くんがいなかったら本当にみんな死んでたよ。南雲くんもありがとう助けに来てくれて。」
「お、おう。」
「南雲悪い。快斗が戦闘ができない状態だしちょっと地上まで送ってくれないか?俺たちもう回復薬もほとんどない状況なんだよ。」
すると永山たちのパーティがこっちにきて俺を支えてくれる。すると恵里や鈴、龍太郎もこっちに近づいてくる。
「快斗くん本当に大丈夫なの?」
「大丈夫。これくらい二、三日寝てれば治るって。」
「悪いな。本当に無茶させてしまったらしいし。」
「お前が謝るなんて珍しいな龍太郎。」
「ご、ごめん。鈴のせいで。」
「あれはしゃーないって。俺も鈴に黒猫を抜けさせたしな。悪かったよ。とりあえず、反省会は後にしてとりあえず迷宮から抜けようぜ。」
「「……」」
「あぁ。快斗ってこういう奴だから。俺も快斗は友達だと思っているしな。こいつ天然の人誑しなんだよ。」
「……なんか失礼なこと言われた気がするんだが。」
俺はため息を吐く。檜山のパーティーと光輝はキョトンとしている
「ちょっと待て。快斗は人を殺したんだぞ。」
「…はぁ。光輝。元々は俺らが負けたから快斗に頼らざるを得なかったんだぞ。多分快斗の作戦通りにやればお前も雫も怪我をしないですんだんかもしれないだろうが。」
「そうだね。快斗くんがこんな僕を見捨てないくらいお人好しだしね。それに一度殺しかけて躊躇をした光輝くんがいうことではないと思うよ。」
「俺たちも認識が甘かったことは違いねぇよ。……そうだよな。戦争っていつかは殺すことになるんだよなぁ。」
「……そうだよね。」
「あぁ。もう暗いの禁止。とりあえず帰ろう。多分ギルドの依頼ってことは下の冒険者たちにも知られているんだろ。心配かけていると思うしな。」
俺は士気を落とさないように永山の背から声をかける
「……やっぱりお前は強いな。」
「俺にとってリーダーはブレたら終わりなんだよいつだって決心を曲げない。一番俺らが足りないのは意志の強さだ。人殺しをためらうのは分かるし別に光輝が言っていることは間違ってないしな。でもここはトータスだ。俺たちの常識なんか通用しない。正直にいうけど俺はこの世界なんてどうだっていい。」
すると全員がこっちを見る。多分俺は初めてこの世界の見解を。全員の目を覚ます言葉を発する
「言っとくけど俺だって優先順位がある。全員を救えるなんて考えてないし。元々の俺たちの優先順位はなんだ?この世界を救うことか?人間族を救うことか?違うだろ。俺たちを待ってくれている人が地球にいるだろ?」
俺の言葉でクラスメイトがハッとする。多分ここが。俺の行動原理を言える最初で最後の機会だと思う。
「……俺は帰りたい。家に帰りたいんだよ。生きてこの世界から出て家族に会いたいんだ。」
「……快斗。」
「朝嫌々学校にきて、愛ちゃんの授業を受けて。永山たちや龍太郎でダベリながら雫の弁当を食べたりして。また授業を受けて。放課後部活……はもう厳しいかもしれないけど後輩や先輩たちと剣道をやって、部活仲間や友達と帰ったり。トラブルに巻き込まれたりして、家に帰ったら恵里に文句や愚痴を言いながら勉強をしたり一緒にゲームやそしてまた同じような日常生活に戻る……普段の学生生活に戻りたいんだよ。それが一番楽しかったからな。」
俺は少し苦笑してしまう。
「だから俺はみんなで帰ることを優先する。多分全員を守ることはできない。もしかしたらクラスメイトが死んでしまうかもしれない。……クラスメイトを殺すときがあるかもしれない。でも。俺の味方である人たちの味方でありたい。俺はそいつらのためなら何度だって剣を振るうし無茶だってする。もしそれがこの世界を相手にするとしてもな。」
だから
「俺を非難するのも別にいい。こんなのただの俺のエゴだ。それでもお前らが戦争も参加したいっていうんだったら俺は参加するし。それが帰れる手段であればとことんやってやる。」
この世界にきて最初に決めたことだった。トータスにきてイシュタルの話を聞きながら周りに流されずクラスメイト。友達を守るために俺は剣を振るうことを決めた
帰りたい。
異世界なんて来たくなんて最初からなかった。
だけど俺だけが帰ったって意味がない。
できればみんなで、向こうで卒業まで。いや卒業してからも友達の関係でいたい
「……悪い、結構臭いこと言ったな。早く行こうぜ。」
多分黒歴史になるだろうな。照れて熱くなった頰を隠しながら俺は永山の背中に捕まる。
すると自分の体調が悪かったのを忘れるほど熱くなっていたらしい。体が急に重くなり眠気がする
……そしてすぐさま眠りの中に落ちていった