ハルハル遺物を揃えてた時に「夜侵入、冷気付加、血の刃」の遺物が出た瞬間が一番テンション上がった思い出があります。
「善人になりなさい」
「善人になりなさい」
「善人になりなさい」
「お前たちは、その為に生まれたのだから」
感応する精神により、狩人は女王の夢を見る。それは角人達の信仰と文化を継続する為だけの、贄。
壺に入れる為だけの生贄。
元より、罪人を善人へ変態させる肉の繋ぎ。
宛ら、幼虫を繭に包んで美しい蝶へ進化させる生命の秘匿。
故にそれこそ、人肉で行う接ぎ木であり、それは黄金律に宿る業の原初。巫女は人間ではなく、言うなればハンバーグを丸める為のパン粉に過ぎず、罪人角肉団子を形成する素材である。
そして角人の宗教とは、狩人にとって螺旋する暗黒銀河を信仰する素晴らしい神への信仰。これもまた螺旋樹信仰の開祖が啓蒙された空にある宇宙への真理である。
「あぁぁああああああ―――!!」
「―――いやぁああああああ!!」
彼女達は、悪を選ぶ自由意志を持ち得なかった。王都の調香師が瓶詰にする素材として、しろがね人を当然の営みの中で狩り殺す様、角人は巫女を壺の中身肉の素材として、家畜みたいに育てた儀式素材として、雑菌塗れの鞭で甚振っている。
しかし、それは当然なのだろう。
巫女は人間に非ず。悲しみ、苦しむ様に見えるかもしれないが、所詮は人真似の擬態。古いノクスの稀人が持ち得る業より産まれた人間もどき。
(―――素晴らしい)
だから、きっと彼女は女王となり、神となり、巫女を脱して人の如き心を得た。彼女は祝福された事で人間性を手に入れ、善人で在れと言う教え以外の感情を得た。
それは、エルデの宙より与えられた感動だったのだろう。
皆殺しにしなければ正気を保てない憎悪と憤怒であり、完璧な善人で在るが故に無垢なる神で最初は在ったと言うのに、夫を得て、子供達を得て、家族を得て、女王は愛を理解してしまった。
即ち―――角人に奪われた自分の家族を、深く愛していた事を自覚してしまった。
愛が死を呼ぶ。人の愛が、人の愛を奪う。愛し合うが故に、憎悪し合い、奪い合いが繰り返される。人間性を宿す時点で無辜なる善人など存在せず、最初から人間で在らぬ者でなくては、完全無欠の善なる聖人には成り得ない。
(褪せ人よ、貴公は素晴らしい)
世界を焼き尽くし、嘗て溶かし終えた業が蕩ける混沌の狂い火より、狩人は素晴らしい業を啓蒙された。
宇宙に、ただ感動する。
狩人は、宙の理を啓蒙される。
あらゆる悲劇を観測し、人の罪が渦を巻き、彼の脳内で深まる悪夢に地獄が沈み、業が坩堝となって混じり合う。
「私は何の為に、この宇宙に生まれたのか。この宇宙は何を求めて、外側より魂を呼び込み、物質に宿らせ、生命を暗黒より生み出したのか。
万物を創造した宇宙……―――被造物が造物主を愛するのは当然と、君は私に言った。
ならば、我々が高次元暗黒を愛し、愛されるのも必然だとも。私も君も、このソウルは宇宙に求められたが故、この宙の外側より宇宙が赤子となる血肉に下したのだろう」
「では狩人様……貴方が私を愛する様、貴方の宇宙もまた貴方を愛しているのでしょうか?」
「ああ、当然だとも。魂は宇宙を観測し、それを感動する為に存在する。
人類種もまた同様。造物主に何を求められたか悟れぬ故、生き場に迷うも、自らの瞳で己が脳を啓蒙する事により、我々は高次元暗黒が何の為に宙の裡に生じたのか理解し、そして自分が自分自身で在る由縁を悟る。
―――知らぬ者には、何も分かるまい。
全て善い事なのさ。悪事さえも、そう在るべしと自分で自分に与えた責であり、故にあらゆる業は宙に祝福されるべき感動に他ならない」
「私が、私で在る理由がそうであると?」
「まさか。我々に理由などない。宙の外側で魂が生まれ、宙の内側で命が生まれ、交ざり、混ざり……その果て、繰り返しの果て、この今に到達している。
分かるだろう……―――理由など、最初から何一つとして無い。
宇宙は完全無欠にして全知全能で在り、だからこそ不全有欠にして人知無能である私は、完璧なる宇宙卵を理解しようと求め、その過程で愛を悟り、それを愛そうと努力する。
だが完璧で有るが故、それは自分以外を必要としない。必要とする意味がない。
だからこそ、完璧な世界が根源よりソウルを求めた理由など無い。必要ですら無い故、私は理由がない理由を知った」
「そうですね。意味がありません……―――私が人形で在る理由も、狩人様が人間で在る理由も、生まれに意味はないのかもしれません」
「ああ、そうだった。残念ながら、理由を与えられるのは宇宙ではなく、宇宙により魂を根源から求められた我々だけなのだよ。
車椅子に座る狩人は、花壇の塀に座る人形へ微笑んだ。
「では、悲しいと思うこともまた、善い感動なのでしょうか?
自分と他者を憐憫する罪は、赦される思考なのでしょうか?」
「宙は人を罰しない。全てを観測する。ただ、在るが儘に。
生命が暗黒より産まれる様にはしたのだろうが、その生命に何かをする道理がない。宇宙はただ、この宇宙の在り儘の形を、宙の落とし仔である我々に観測され、美しさにそのまま感動して欲しいだけなのだろう。
君が君として生まれ、君が君で在る事に苦しむのもまた、美しい感動なのさ。我々自身も宇宙の一部であり、宇宙より生じた生命である故に」
彼女は作り物の手を、作り物の瞳で見詰め、作り物の脳で思い悩む。
「狩人様も、私も、同じなのですね……」
「そうだよ。所詮、差異が在るだけだ。全て同価値であり、同意味に過ぎない被造物だ。この星でさえも、被造物の人間と同じ価値しか持ち得ず、人間の被造物も全てがそう在るだけだ。
どうせ、何もかもが暗黒より産まれた。
この闇でさえ、嘗ての熱より無から生じた。
この時空間でさえも有限に過ぎず、最後は一欠片の闇すら残らず無へ消失する。そしてまた、虚無より熱が生まれ、闇が広がり、闇の中で火が灯り、宇宙に星が誕生する」
「でしたら、貴方も私も所詮、獣ですね?」
「良き啓蒙をされたね、君。人の裡に潜む様、獣性は全ての魂に内包されている。それが無ければ、他者の生命を貪ってでも生存しようとする熱が生まれぬ。
それは生まれ生きる事を、宙が命に求めたのだから当然だ。
殺して生きる、その繰り返しこそ、よりこの宇宙を美しく色鮮やかに感動させる火の輝きとなろう」
「彼等上位者でさえ、死なない狩人様を殺そうと希うのですから……あぁ、では全てを狩り殺したい程に愛おしいと思う私も、悪い私ではないようです」
「当然だ。人を殺したいと人が思う事が当たり前な様、君の獣性も実に人間性に満ち溢れた衝動だとも。
須く、私は自分が殺し、自分へ融かし、自分と言う坩堝の地獄へ落ちた全ての他者の意志を、今の私を構築する血の遺志となった全ての私を愛している。
君が狩人を愛するとは、それである。無論、私が君を愛するとは同意の想いとなる。
母の愛、赤子への慈愛……生命誕生と言う被造物への愛。人が人を生み出す為、人が効率的に繁栄する上で社会性として備えた人間性の愛だが、人間自体も数億年と言う数多の生命種が地球と言う坩堝の大釜の中で掻き混ざって今の霊長種へ深化した様に、その果てに今の愛の形に辿り着いた様に、私と君の愛も人間性の裡より生じた思念となる」
「善いことか、まだ私には分かりません……」
「それそこ善い事なのだ。より深く、君が自分で在る事を喜ばしく思う上でね。
最初は上位者が赤子に抱く愛を私に向けていたが、君の中には私の血の遺志が混ざり込んでいる。私をより素晴らしい狩人へ深化される為の道具として夢に居る君が、それ以外の君を君自身が求める様になったのだから」
「甘く、感じてしまったのです。狩人様から頂いた血の遺志は全て、狩人様へ力として返さないといけないのに」
「誘惑は甘いものさ。血によって人を知ってしまったが故、もう君は私の母には戻れない」
「でしたら星見の狩人様は、私とも混じり合っています」
「無論。君が、彼女を血の遺志で深化させた故」
「まぁ……では私の中で、狩人様とオルガマリーの血が、蕩け合っていると」
「何とも素晴らしい事だ。だが、それだけではない。嘗て悪夢を夢見た全ての狩人の血が、君の中で蕩け混ざり、そして狩人が狩り殺した獣と眷属の血もまた雑ざっている。
人形よ、君の白濁した血で漂白されてしまったとしても、ヤーナムで夢の狩人が狩った全ての遺志を君だけが継いでいるのだ」
「私の中に、皆様の遺志が残っているのですね」
「私も捧げたが故にね」
人の形をした悪夢。あるいは、人型の歩く地獄。時空間が冷却死した後も生き続ける不死にとって、過去とは犯した罪業の蓄積。
人形とて例外ではない。
死ねぬ悪夢であるならば、嘗て望まれた遺志に従う事こそ存在意義であり、人間が人間性の儘に在り続ける事と同様だ。
「何、言っているんですかねぇ……あははは。
こっちはこっちで古い獣狩りの責務を全うしてるって言うのに、本場歴戦の人類種を外なる宙から守護する狩人が、人形趣味に耽溺しているとは。
あぁ、何て可哀想な私。
貴方の愛弟子がより宙深く進化する地獄を演出する苦労、実に徒労に感じて遣る瀬無いでしょう?」
ボソリ、とした覇気の無い声。何でも無い現代風の衣装をした女が一人、恨めし気に狩人を見詰めている。
「しかし、それが貴公の目的。夢に邁進する努力の糧。ならば、何一つ価値がない救いだとしても、全人類が救われるのであれば素晴しい徒労と言えるだろう」
「私は、人間が好きだから救いの道を舗装してるのではないのです。人間の魂が、人間以外の意思により、欺瞞と偽善で捩り曲がる様が嫌いなだけです。
別に自業自得による滅びならば、その未来は素晴しき善意で舗装された終わりの一つ。謂わば、人類種の答えです。
古い獣が関わらないのなら、むしろ娯楽でカルデア側に私は居ましたしね。
特異点で人間を虐殺して膨大なソウルを生み出す何てより、面白可笑しい人達をワイワイガヤガヤしてる方が絶対に愉しいに決まっていますもの」
「それは要人に言い給えよ。剪定事象の理の外側に存在する獣を宙の外側から呼び込んだのが悪い故」
「全く……何もかも、記録にも残らなくなると言うのに、話が違います」
「だが、この宙の内側にソウルの業を呼び込んだ功績は素晴し過ぎる。
尤も、外側の中でも古い獣は災厄だよ。あれは魂を持つあらゆる存在にとって天敵となる。邪神、異神であろうとも例外はない。物理的な攻撃性能や、概念的破壊能力は低いが……まぁ謂わば、アリストテレスにとってのブラックバレルさ」
「それが皮肉なのです。だから、外なる彼方に住まう連中は、この地球が存在する宇宙一つに手を出せない訳です。隔絶されているとは言え、手段がない訳ではありませんが……深く手をさせば、悪魔殺しの悪魔が古い獣を誘導するでしょうしね」
「残酷な事だ。人間が勝手に呼んだ獣を使い、人間が繁栄する宇宙を侵略者を撃退する為、侵略者が住まう宙の理ごと消し去ってしまうとは。
それを思えば、あの悪魔の手腕は実に悪魔的だよ。
剪定事象で不要とされる世界を苗床の贄とし、人類史を獣より守りて存続させるとは……あぁ、実に気が遠くなる話ではないか。
貴公と言うソウルの業の化身が都合良くこの世に迷い込まねば、何れ並列世界にも古い獣は現れ、一つ一つ可能性の濃霧へと霧散させていたことだ。やがて人類史は全ての選択肢を失くし、この星は霧に覆われ、ガイアとアラヤの全てが喰い殺され……そうなれば、あの悪魔が古い獣を飼殺す意味も失っていた事だ」
「あー……全く、嫌です嫌です。
「成程。そう言う人格を演出している訳か」
「醒める事を言わない下さい、狩人。折角、この星に住む人間共との営みで得た人間性なのですから、私が一番大切にしないといけないのです。
愛と絆の力が、汎人類史存続には大切なのです」
「あぁ、分かっているとも。愛と絆を理解すればする程、人理を運営する人類種の運命が愉しめると言う事だな?」
「当然でしょう。既に起こった悲劇も、これから起こり得る惨劇も、全てが人間共のソウルとって良い事です。悪と呼ばれる所業ですら、全てが本質的に善となります。
この感動を愉しむには、愛こそが希望だと実感する心が要ります。
何故、この宇宙が自分の内側に物質を作り、物体が生命を行う働きを作り、根源から命に魂を吹き込む理を運営しているのか?
その根本的なソウルの働きこそ、観測より生じる感動なのですからねぇ……ふふふふふ」
「安心し給え。永遠不死にして人類種の汚点たる貴公ですら、宇宙は愛している。
何せ、この宙が冷却死を迎えても、貴公も私も生きている。時空間が崩壊しても存在し続ける我々だけが、この時が熱より生じた意味に答えを見出す事が可能である故、ただ生きているだけでこの魂は愛される」
「そうですね。ま、それは如何でも良い未来です。どうせ、根源によって人類種は記録されているのですから、人間の魂は色んな宇宙で人間を堪能している事でしょう。
そんな事より、人形さん?
私の暗い闇黒なダークソウルを捧げますので、貴女の中に触れても宜しいでしょうか?」
「意味合いが重複する程、魂が闇深いのか、貴公」
ボソっと狩人は日本語が可笑しい灰に呟く。尤も、今では灰や狩人達の公用語のように使われる日本言語ではあるが、それだけ葦名亜種特異点は業が深いのだろう。
「ええ、灰様。構いません。
私は狩人様に仕える人形……それが、狩りの助けになるのでしたら」
「わぁ……泣いちゃいたい位、可愛くて良い子です。思わず、新しく鍛えた武器で試し切りがしたくなりますねぇ」
「それも構いません。私は、狩りの助けとなる為の人形ですので」
注ぐだけ注ぎ、灰は人形より狩りの業を得る。神秘、啓蒙、血質、何とも素晴らしきヤーナムが生んだ業の概念。灰は己が暗い魂にあらゆる能力を新しく埋め込み、粘り付く暗黒に深め、そして良きソウルに深化する。
そして、人形の内側に蠢き鎮まる深淵の闇が沈む。
「ですが、宜しいのでしょうか……灰様?」
「ん、何がです?」
「上位者さえも人を宿す暗い魂。これほどの叡智を、私などに与えてるのは、慈悲が過ぎるかと」
「気にしないことです。何せ、真実は万人にとって等価の現実に過ぎません。
即ち、貴女の葛藤また夢の中の現実。
互いに差異を有する今を生きる人間と、何一つ変わらない同価値の御悩みでしかないのです。
故に人間と人形の差異など、実に些末となりましょう。肉体と生命の在り方の違いは、この世に生まれ方の違いでしかありませんし、魂は万物平等に宙の外側から宇宙が内側に引き込んだ観測存在ですのでね」
「貴女は良い人ですね、灰様」
「そうですね。私は、私にとって善い人には良い人で在りたいのです。なので、あらゆる世界の人間を古い獣から守ろうと、人理に不要と剪定された人々を生け贄にしてまで人類存続に死力を尽くす悪魔殺しの悪魔の御手伝いをしております。
せめて人理を夢見る星が、我が子で在る人類史は悪夢でしかなかったと結論するのは決まった未来だとしても、その悪夢を良い目覚めにするのが我々不死人の善性です。
薪になるのは一人で良い。
贄の継承など一度で良い。
やがて永劫の魂、命の不死化に進化する地球人類種は私と同類でありますので、それより更に深化してしまった火を宿す灰より、祝福するのが道理となりましょう」
「あら……でしたら、私もまた人と?」
「赤子を作るのもまた人の業。そして赤ん坊とは、人の命より望まれた魂の灯火。
人形さん、貴女が人形で在ると言う自覚を抱く精神こそ、私からすれば素晴らしい人間性の結晶なのですよ」
その言葉を聞き、狩人は笑みをマスクの奥で深めた。
「ああ、そうだとも。人間が生み出せる遺志など、人間性より生じる魂のみ。
人形、君の魂は人の業より膿み出た滲み。独りの男の悪夢を形造る執着と情愛であり、だからこそ人間性以外に形容出来ず、人間でしかない訳だ。
元より、魂とは根源より呼び込まれた観測点。
魂の否定を行う者こそ、生まれるべきではなかった愚か者。尤も、全てを否定すると言う価値観に基づく視点も素晴らしいと、我らを求めた宙は御喜びなるだろう。愚者も賢者も、等価の差異持つ魂で在る故に」
狩人にとって、素晴らしく無いソウルは無い。全て例外なく、造物主にとって大切な被造物であり、この宙に遺志を残して根源へ還る者。だからこそ、宇宙が冷たく滅んでも根源へ還らぬ不死者は、この宙の価値を記録する遺志で在り、例外無く此処から逃げられない無価値なる存在とも考える。
「其処は気が合うんですよねぇ……ふふふ。
穢したいと希う愛情もまた、我々にとって愛すべきソウルの発露ですのでね」
「そうか。我が弟子は、葦名の地下街に挑んでいるのか……え、本当に
「はい。誘導しました」
「貴公ら、糞団子好きだものなぁ……まぁ、汚物好きを咎める程、私も徳は積んではいないが」
「良い事ですよ、他者の好き嫌いに差別しないのはね。尤も、自分の趣味嗜好に合わせて区別するのは当然ですが」
「何、否定はせんよ。私も豚尻の穴に右腕を突き刺し、内臓を抉り捥ぐのも好きだしね」
「豚以外もでしょうに」
「狩人の嗜みだよ、貴公……―――ふむ。だが、
排泄孔が穿たれた孤児院より罪業が流れ溜り、病み村は汎人類史の汚泥が累積する場所となった。何よりも特異点が発生した場所は葦の日本国であり、怨嗟が膿む死の人国だ。
汎人類史の現代では平和だが、平和な社会では陰鬱とした悲劇が少なからず這い潜む。無用とされた人々、平和な国の中ですら幸福を得られない人種、贄として阻害された少数社会、特に意味もなく偶発的に死ぬ本質的な弱者……まぁ、人が人を苛む地獄は何処でも膿み出るのが必然故、私は見詰めるのみだがね」
人間が人間を殺す尤も邪悪な災厄。人類悪とは人類愛であり、人間そのものこそ極性の善悪。平和な社会だろうと、戦時中だろうと、悪は悪で在り、善は善。
灰も狩人も、全てを知っている。
被害者の絶望も、加害者の歓喜も、知っている。
この世には、生まれるべきではなかった獣の心しか得られない人もどきが生まれ出る。殺人と殺戮の規模は違えど、醜さはどうしようもない程に自分達不死を超えた薄汚さだった。
故、愛すると灰は決めたのだろう。
愛でる価値の在る魂の排泄物だと理解したのだろう。
外なる根源より何故、星々が煌めき輝く美しい宙の世にあのようなソウルが捻り出されるのか―――と、純粋な疑念は魂を食すことで理解出来てしまった。
「何を言ってるのですか。私が何千年も見守ってきた地球人類種は、地獄と楽園を地上に作るものでした。結局、地獄しか未来が無かった我々よりも上等な人類種ですが、醜さは同意味にして同価値です。
繁栄、汎人類史、特定区域の平和、殺戮を前提とした人類社会の経済的存続。
俗っぽく、安っぽく、だからこそ現行汎人類史と写し合う葦名特異点……糞溜めに捻り落ちる汚物としては素晴らしい存在理由じゃないですか?」
「成程、愛か」
「愛です。母たるこの星に、遥か未来で気色悪い汚物は死ねと断じられるのだとしても、私は人間が生き続けて欲しいと願っていますから。
だって―――人間だけが、人間と人間以外を貪る全ての因果を持つのですからねぇ……うふふふふふふ」
「神喰らい……いや、上位者喰らい……いやはや、悍ましい人間だな、貴公」
「滅びを求めるのは私ではありませんよ。宇宙を滅ぼす程の叡智を得るのもまた、人の業なのですから」
人類悪に決して転じない人類愛。その愛を与えた人類は、繁栄と言う命の呪縛から解放される未来はないのだろう。
―――結末には、必ず辿り着く。
人類種が
自滅以外の
人類が行なった全ての罪業を記録し、人間共が犯したどんな些細で軽率な殺人もソウルに刻み込み、彼女自身がもはや人の形をした地獄と成り果てていた。
◇◆◇◆◇<◎>◇◆◇◆◇
此処は、酷く臭う。悪臭にして激臭。むしろ、致死性の
「マジで―――
所長は臭気で潰れた鼻を指で揉み解し捲くりつつ、嫌悪の念が思わず零れた。葦名の下水処理地下区画は人食い豚が住むヤーナムの下水路よりも酷く、聖杯牢獄
とは言え今の所、探索は順調である。
月光灰の気紛れに乗り、二人は直接戦闘せずに下水路を進む事に成功。先程と同じく、腐肉人間は焼殺しながら進む。腐肉達は普通に殺害すると体内に溜めた劇毒粉末の即死性ガスを噴出するのだが、火で炙ることで消毒が可能であり、地下道と言う密閉性のある場所で毒素が充満するのを防いでいた。
とは言え、完全に消毒出来る訳ではない。一呼吸で心筋梗塞を起こし、二呼吸で細胞融解が始まり、三呼吸目で脳が蕩けて鼻から垂れ流れる悪環境なのは確か。序に火炎放射を使うことで地下空間で限られた酸素を二酸化炭素へ変えるので息苦しくなるのだが、人体にとって有毒なCО2の許容を超えた摂取も問題となる。
「藤丸にアーラシュ並の耐毒スキルがあって良かったわ」
「自分でも原因不明なので怖いですが……いや、本当に。人理修復の旅、隠されしこのマイスキルがないと死んでた場面が多いのが、本当に怖いっすね。
まぁ……魔術で麻痺させてるのに、臭いが保護を貫通して脳が痺れるのがアレですがね」
「まだまだ悪環境下でのサバイバル経験が不足してる。下水路で全身汚泥塗れになっても躊躇わず回避行動が出来る様になって、やっとこさ赤子レベルよ」
「死んでしまいます」
「それだと立派なヤーナム野郎にはなれません」
「ヤーナムとか知らないので、今の儘でオッケーです」
「あらま、残念―――……ふむ、到着かしら?」
此処は木造建築の地下集落。日本らしい古風な木造住宅街ではなく、それは中華人民共和国の九龍城砦スラム街を彷彿とされる超過密集合住宅であり、家と家が入り混じる造りとなっている。
その入り口にて、人が人を食べていた。不死故に死ねぬ奇形化した動く遺体を、奇形化した元人間の人外が、肉を一口一口噛み千切り、唇から血を滴り落として貪っていた。
パシュン、と空気が抜ける様な音。
所長は消音術式を短銃に施し、奇形化人間の頭部を水銀弾で容易く吹き飛ばす。それは藤丸の認識出来ない早業であり、構えと発砲がほぼ同時に行われていた。
「景気付けに、一発」
「良いんですか。第一村人なのに?」
「ま、必要なら蘇生すれば宜しい。この特異点だと、命より安い価値は存在しないもの」
「……―――まぁ、はい」
人食いの化け物になった人間に同情するのは、藤丸からして傲慢にも程が有る善意。嘗て人間だったソレに対する憐憫で対話の慈悲を与えやろうとするのは、確かに人間らしい獣の冒涜かもしれない。もう戻れず、どうする事も出来ず、死ぬ事も出来ず、生きることすら絶望なら、人が人の遺体を食べるのすら、此処では当たり前の常識なのだろう。
よって、この状況も必然だ。
脳を痺れ焦がす悪臭。滑り気のある床。油分を多分に含んだ水滴が天井から垂れ、放置された野糞は乾燥されずに湿り、発光する極彩色の黴が蠢き、死体を養分にした茸が自律的に動き、環境適応した雑草が生える。動けなくなった死なずの屍と、その屍を食べる生きた屍と、その屍を襲って食べる屍と、巨大鼠へ卵を植え付ける為に襲う巨大な寄生虫。
―――吐気がする。
脳が痺れる程、此処は醜さと汚さが極まった穢れの常世。
「んーそれとね、藤丸――……ッチ、補足された。村長気取りの糞女め」
「所長、糞女って?」
「糞呪を名乗ってる灰の一匹。この病み村の村長をしてる糞団子職人よ。
あいつ、良質な糞団子の原料が欲しいからって、此処を運営してる生粋の糞団子趣味の火を簒奪した灰なのよ。
いや、違うかな。ぶっちゃけた話……第三法以上の業で膿み出る魂の糞を作る為、この特異点で葦名地下街を作ったようなもんだし」
「分かりました。うんこ好きの変態ですね。マジで会いたくない」
「変態なのは灰共全員だから、間違いじゃないけど……あの灰は異常なまで度が過ぎちゃってんのよ」
病み村村長、
葦名下水処理地下区画、隠し病み村。
幻術で壁に偽装されていた通路の入り口の先、地獄の一。
死ねぬ屍を生きる不死が喰らい、肉体を臓物で消化され、魂をソウルで消化され、肛門より排泄物が出されるも―――不死故、糞になっても人の魂は根源に還れない。
正しく、死ねぬ地獄の形の一つ。
糞より人の断末魔が永続的に所長は聞こえ、本気で精神が摩耗する五月蠅さに脳が重く歪み、一滴だけ右目から血涙が流れ落ちる。彼女からして葦名で灰が作った病み村は地獄としての完成度が余りにも高く、汎人類史繁栄の身代わりとして葦名特異点の人間達が苦しみ悶え、その因果律そのものが邪悪にも程があった。
「ウオぇ……あれ、此処、何処、凄く臭いです!」
丁度その時、藤丸が背負う
「あら。御目覚め?
おはよう、マシュ。肥溜めで起きるなんて、幸運Eランクじゃないの?」
「え、所長―――!?
レフ爆弾で木端微塵になった後、カルデア星人に拷問されて精神崩壊した挙句、鬼畜親父に見殺しにされて獣堕ちした後、色々と黒歴史作りまくって愉快な第二ライフを送っていた筈じゃ!?」
「あー……まぁ何と言うか貴女、カルデア生活が色々と終わった後のマシュみたいね?」
自分の未来が啓蒙され、所長は少し陰鬱になった。どうやら、百年間の拷問は避けられないらしい。とは言えヤーナムで死に続けた期間は百年を遥かに超えるので、既に魂魄ごと精神霧散した後に狂い切った所長にとって拷問地獄一世紀など、精神統一すれば一瞬の出来事にしか感じ取れないだろうが。
「あれ、手足があります!?」
「
「何で―――!?」
「後で話すから我慢しててね」
「承知しました!」
一つ、所長は絶対。その掟がこのマシュには何故か植え付けられていた。
「元気ねぇ……―――いえ、元気にしたのは私だから当たり前だけど。
なので少々、歩けそうになるまで、藤丸の背中で大人しくしててね?」
「藤丸……―――藤丸、立香?」
「そうよ。貴女の記録の中にある旦那さんの並列存在よ。遺伝子的には本人だし、魂も同じなので、元気になったら彼よりメンタルヘルスを見て貰ってね。
私だとほら、ブチューと輸血すれば生きる活力が湧くから良いじゃないって結論しか出ないし?」
「……―――???」
「所長。そんな適当な説明ですと、見えなくてもマシュの心が宇宙空間を漂っているのが分かります」
意識が回復して良かったと思うと同時、此処は亜種特異点。藤丸は別れが確定しているのを理解して特異点の人々と接するも、その相手がマシュの別存在なのことを何時も以上に憂鬱に感じ、更に四肢が取られた後で意識が回復したことも良くないと感じてもいた。
どうも、この特異点、マシュを辱める灰の意図が絡まっている。
そう考える藤丸からすれば悪趣味、且つ冒涜的思索とも言える。
しかも、悍ましい事に、当のマシュ本人には無害にして盲目。被害者はマシュの複製品に過ぎず、更に言えば特異点消滅と共に悪虐は消えてなくなる仕組み。罪の記録は藤丸の魂の中にのみ残され、カルデアへと帰還する。
「即ち、俺だけへ向けた悪意……なのか?
奴等がどんな意図を隠してるか、所長は分かりますか?」
「それもあるわね。けど、まぁ……それはそれとして、可愛い人が可哀想な目に遭ってるのが好き過ぎる性的異常者でもあるので、余り気にしても仕様がないです。
後はほら……人のメンタルを生け花にする芸術性とでも言いますか?
地獄の中で煌めく程に人の魂は、灯火が美しく消え、燃え滓になる。
あの灰にとってマシュの心は特異点の飾りなのよ。物語を付け足す文章程度の価値でしかないし、そんなのは夢の中の登場人物と等価です」
「相容れないっすね。しかも、灰からすれば現実よりも思い入れがあるって事?」
「自分のソウルに縛られる脳内より、あいつにとって現実の方が好き勝手出来るから、そうかもね。
挙句、試練になる悲劇が悪趣味な程、ソウルはより深く鍛えられるって信条な糞灰共ですので、変な善意も混じってる当たり、ガチ目に救い難い人間性なのよね。
自分達がそうだからと、他人にも自分と同じ精神的耐久度があるって人を信じ過ぎてると言うか、何と言うか……私だって顔面に糞団子当たると戦意が激萎えするんだから、戦闘中位は真面目に殺し合って欲しいって言うかさ?」
「何となく、どんな目に遭っているのか想像出来ました」
「そうよ。対人戦に特化してる灰程、うんこ投げ技術が糞高いのがマジムカつきます」
排泄物の悪臭に満ちる病み村を歩いている所為か、何度か顔面糞塗れになった記憶を所長は思い出しつつも、奴等の顔面にも汚物を命中させたのも思い返す。
あれはあれで、やる側は結構爽快感があるのが変な癖になる。と言うより、糞団子が個人同士の人殺しの道具として結構メジャーな分類になる程、灰共が殺伐とした仲なのに、自分に糞団子を当てた奴と気にせず普段は会話している神経が所長は結構怖くもある。
「……ッ―――ハッッ!
いえいえいえ、御二人はどんな会話をしているのですか!?」
「何って、そりゃマシュ……灰共の葦名特異点で営む文化について考察してるのに決まってんじゃない。
いざ尋常に殺し合いってなった時、無造作に初手うんこ投げられる私からすると、本気で感性が狂い果て過ぎて吐気がするのよ。
何より恐らく、この病み村こそ糞団子供給源でしょうし、何としてでも灰燼に帰して滅ぼしたい。村人ごと何から何まで鏖殺ね。
それに、見て見ぬ振りする程、私だって邪悪が極まってる訳でもなし。見るからにもう此処の住人はソウルごと腐ってるので、この様で根源にでも直接還ってでもしたら、来世にまで糞の呪いが宿ってるだろうから、ただ殺すだけだと慈悲すらならないので、無以上の死で因果律を浄滅しないと汎人類史まで糞呪の悪夢に塗りたくられる」
「そんなに此処って酷い特異点なのですか……?」
「そうよ。人理焼却より酷い。何せ、この宇宙に来る魂が汚染されるから、人類の魂が生まれる星幽界がお陀仏になる。人間種、誰も悟りを拓けない宇宙にでもなるんじゃないからね?
ま、だから灰共は死んでも根源に還れない。
この宇宙が牢獄となり、閉じ込めてんのよ。
不死だから死ねないんじゃなくて、死なれて還ると全部が無駄になる。ほら、魂って観測者だから、この宇宙も自分を見て感動してくれるお客さんが外側から来なくなると、星々が暗闇の中で光り輝く意味も消えちゃうんだろうし」
「そんなに厄い人たちなのですね」
「ええ。そもそも魂は誰だって終わらないしね。所詮、繰り返しなのよ」
「嫌な悟りですね。けど、所長らしいです」
「そう?
……そうかもね。魂の自意識が継続するか、断続するかの違いって分かると、根源接続者がこの宇宙に興味を失い、基本的に生まれる前に死ぬのも分かるわ」
「何ですか、それ?」
「全知全能は生き地獄ってこと。まぁ私はもう、あの連中みたいに根源へ逃げ帰る無様な真似は選ばない立場だけどさ。
藤丸が気にする事じゃないけど、カルデアライフ続けるなら何処かで出会うだろうし、脳内の片隅にでもそんな人種が居るのは知っておいて損ではないでしょう」
「分からん。けど、分かりました。何時も通り、雰囲気何となく直感任せで選択肢を選びます!」
「啓蒙的だわぁ……宜しい、期待しておく」
そして、また村人に遭遇する。幾人かのグループを形成しており、遠くから監視する気配も感じ取る。背中のマシュを藤丸は背負い直し、今度は
遠距離用対策にアーチャー。
近距離殲滅用にバーサーカー。
近場の村人を
「あら、御上手。戦術屋として、もう一流じゃないの?」
「皆と比べたら全然です。エミヤの心眼とか便利だから、ちょっとだけ習ってるのです。
それに気力も少しは戻って来ましたしね。所長ばかりに負担は掛けられません」
「良い男ね。結婚でもする?」
「所長が本当に愛してくれるのでしたら」
「成程。その返し台詞、カルデアでの生活も綱渡りで苦労してるのね」
「はい。相手が納得しそうな雰囲気の言葉でピンポイント論破しないと、貞操がクライマックスな愉快な日常生活です」
恋愛出来ない故、恋愛強者になるしかない藤丸に憐憫を抱くも、所長はノーカウントで振られた自分も序に哀れんだ。
「ちょっと、オルガマリー所長?」
「良いじゃない、マシュ。世の日本男児がキャバクラを楽しむ心理を、ほんのり藤丸で体感してるだけだし」
「それ、良くないです」
「律儀ねぇ……―――」
適度に、且つ適当に村人を鏖殺しつつ、所長は二人を連れて更に病み村を下って行く。巨漢に変異した村人が糞塗れになった猛毒
殺す。殺す。殺す。特に、糞団子投擲する村人は念入りに殺す。
藤丸は殺人行為を忌避するも、得意不得意で言えば得意だった。
サーヴァントを使ったマスターとしての戦闘能力は極まって高く、故に殺人に長けるサーヴァントを誰よりも上手く使役する彼からすれば村人を蹴散らすのは気を抜けないとは言え、単なる特異点におえる日常生活でしかない。
「此処が、葦名の底かしら?」
「結構潜りましたし、そうかもしれませんね」
「そうねぇ……マシュは直感的に如何感じる?」
地獄の底以上の最下層。奈落と言う形容さえ生易しい汚物。
掃溜めの底の汚泥の澱。人魂の残り滓が蓄積した排泄毒沼。
後はこの奈落の底の反対側へ移動し、上層階へ上って行けば、時計塔に隠された地下隔離実験棟に潜入出来る事だろう。
「なんだか、すごく……臭いです」
「確かに」
「そうだね」
嗅覚がもう死んでいる。毒が混ざる空気に目が沁み、肺はもう気体化した糞を吸い込んでいる状態。
「この感じだと葦名特異点に流れ込んでたの、汎人類史一つ分の排泄物じゃないわね。観測した並列世界から手当たり次第、排された呪詛を垂らし流してる」
「所長、灰達ってどんだけうんこ好きなの?」
「呪い好きが長じてって感じでもあるし、糞自体が好きと言うより、糞を嫌がる人の反応が好き何でしょうね。
人間に関する感動だったら、良くも悪くも大好きって連中ですから」
「何ともアッシュ・ワンらしいですね」
「灰だし、そんな生き物でしょう。人間好きって結構、負の感情も好きなのが多いイメージがあるのよね」
「そのお二人とも……―――灰って何ですか?」
マシュの言葉を聞き、それもそうかと即座に所長と藤丸は納得する。なので、それぞれの所感を好き勝手言う事にアイコンタクトで直ぐ決め、ノータイムが口にする。
「人間賛歌狂いの非人間で真人間」
「親切心を拗らせた御節介。でも外道」
「あー……はい。何となく分かりました。
色々と理由があって悪事をしてますけど、それはそれとして悪行も娯楽として楽しめるパターンの敵ですか」
「それね。人類にとってリターンは大きいけど、巻き込まれた当事者は身を守るべきだし、復讐の正当性が大き過ぎて殺し返さない方が駄目人間って感じ」
その会話を聞き、マシュは胡乱気な瞳になる―――直後、脳を蕩けさせる甘い香りが空気を汚染した。
殺気のない存在感。人一人、その場に居るだけの違和感。
気配遮断には程遠く、殺人技巧を持たない一般人でさえ、何となくの第六感で感じ取れる人の気配。だが、余りにも普通過ぎる存在感はこの場において異常極まる条件であり、暗闇の中で目立つ明かりさえ燈っている。
「本当ならサプラァーイズゥ……でもと考えていたが、やはり殺し合いは生身で体感するのが一番快楽を得られる。
すぅ……はぁ……ああ、そうだとも。人類史が排泄した糞の肥溜めの中で生まれたソウル……その死と苦痛の凝縮性融合存在でも嗾けようと考えるも、玩具で人を弄んで楽しむより、この手で嬌声を鳴かせる方が魂が潤うのだろう」
「何を言ってるのよ?」
妄言にしか聞こえない事実を所長は聞くも、理解し難い故に率直に聞き返す。
「端的に言えば、私が汎人類史が排泄した呪詛より創りし化身、敗北者の怨念を嗾けようと思っていた……思ってはいたが、私は思うばかりだ。カルデアが敵対するのに相応しく、繁栄を至上とする貴様等の罪科を見せるのもまた懺悔の人間性だったがな。
だが駄目だった。どうも愉しく、私の娯楽品として消化してしまったのだ。
殺し、暴き、砕くのは愉しくてなぁ……いやはや、やはり我慢など魂が耐えられん」
煙草を吸って待っていた灰の一人。美の神が更に神懸かりった才気を発露して作り上げた極限の美貌とも言うべき顔立ち。言うなれば、そこにあるだけで恋患う呪詛を宿す顔面であり、知性体の脳を汚染する美しいと言う病魔であり、何万回と言うトライアンドエラーを繰り返して産み直された奇跡だと分かる悪夢貌でもあった。
謂わば、狂美の人貌。
猟奇的、且つ狂気的。
人を容易く精神汚染する美貌の女は、酷く恍惚とした表情を浮かべ、口に咥える棒状の劇物を舌で絡め、鼻の穴からも煙を吐き出す。
「スゥー……はぁ……―――ハァ、とは言え貴様達、実に遅かったな」
病み村は排泄物の悪臭で満ち、挙句その灰は煙草の煙で口内が燻されていると言うのに、藤丸と所長にまで甘過ぎて気が蕩けそうな吐息が漂っている。物理的にも甘いのかもしれないが、糞呪灰は人の魂を狂わせる匂いまで吐き出している。
まるで魂を蕩け腐らせる毒華の香り。悪臭で淀む脳を覚醒させ、猟奇的な性欲を支配欲を湧かせ、同時に腑抜けた犬のように頭を下げたい欲求にも駆られる、そんな倒錯した奇妙な感覚。
「糞呪の簒奪者、ダング・パイ。どうも、こんにちは」
「気安く、どうも。星見の狩人、オルガマリー……ふむ、一本吸うか?」
「貰います」
「ほら、やる」
糞呪が煙草を一本、指先で挟むと突如として消え、次の瞬間には所長の眼前に現われていた。それを彼女は認識した直後、迷わず唇で優しく空中に浮かぶ煙草を咥えた。その上、加えた直後に更に着火され、刹那の間で喫煙体勢が整っていた。
「ヴゥぅぁあアァァアああ……これ、ちょっと美味過ぎじゃなぁい?」
「ソウルを蕩かす甘さだ。中毒性は抜群だよ。肺が蕩けても死ねない灰でなくば、愉しめぬ一品だ」
「すごぉぉおい……狩猟衝動がちょっと和らぐ。今なら、ビースト相手でも優しく接して殺せそうな気分になる」
「上から流れてきたソウルを使った。ほら、何だ……汎人類史だとアメリカの飛行機乗りが幾百万人と日本人を生きた儘に焼き殺し尽くしただろう?
謂わば、それの煙だ。命が灰となる時に生じる生死の煙だ。愛すべき人類史を火種にして人命を燻したもの。
私が観測した汎人類史にて、日本人を一番多く焼殺し、熱殺し、虐殺したのがアメリカ人となる。ソウルに刻まれたその歴史に私はとても感謝している。彼等の蛮行により、多くの日本人のソウルが焼かれた煙が特異点に流れ落ち、こうして美味い煙草の原料となった。
誠、糞に等しい愚かさだ。国益と言う大義名分で戦争と言う娯楽を愉しむ経済文化は、実に人間らしく、その上で選んで殺すのは正しく神の欺瞞を倣う人間性に他ならない」
「灰の貴女達、欺瞞が一番嫌いだものね」
「あぁ……不死に目覚めぬ人間性には必要だと理解はしているがな。
最後は死ぬと分かった上の人生なら、魂の苦悶を紛らわせる酩酊が居る。悟りを持たぬソウルにとって、この世は生きるだけで息苦しい。
繁栄を求めるのも同様。その欺瞞の元、人が人を死に追いやる。それを糞と呼ばず、他の何が糞なのか」
汎人類史に生きた人類種を焼き焦がした煙を吸い、糞呪灰は人を燃やした者達の
「この版図は我等の絵画より、生々しい死に溢れ、輝ける生に満ちておる。
星の欺瞞が定めた命の在り方により、死ねぬ我等よりも命が蠢いておる。
人の死を甘美に感じる連中に感謝し給えよ。全く以て、素晴らしい殺戮を行い続ける善人だ。異界から来た人間で在る私から見て、どうやら人でなしの連中とは話が合うと思う。私がソウル欲しさに手当たり次第に殺戮を行うのと同じく、未来の幸福の為に無関係な人を地獄に落とすのを正義と秩序とする故、此処の人類種も人間的本質は同類となる。
恐らく、精神性が糞団子なのだろう。奴らの様な人間のソウルを貪った後に消化すれば、実に良く湿り気を保った糞団子が出来そうだ」
人は人を良く燃やす。そんな汎人類史の甘みを凝縮させたソウルが、きっと糞呪灰の煙草に込められているのだろう。
「そうよ。人殺しを営むのなら、人間も、英霊も、不死も、狩人も、皆きっと糞団子の材料に相応しいし、人殺しと関係ないって勘違いした幸福なだけの人間共も、きっと良い糞団子になるでしょう」
「死を前にし、己を人で在らんとする者だけが糞以外か……貴様とも気が合うな」
「そうね。糞じゃない人間って珍しいしね。
あ、言っとくけど、私は糞側の腐れ外道ですのでね」
「私と同類か。故に、星見の狩人はカルデア所長を営んでいる訳だ」
「生き残った私の部下に、糞は居ないもの。変態はいるけどね。
はぁ……にしても、これ甘い。もう一本欲しい」
「箱でやる。気に入ったのなら、貴様の血とソウルにて複製すれば良い」
「マジ良い奴ね。感謝しとく」
啓蒙に導かれ、吸う。所長の脳裏に燃える人々が投影される。生きた儘、死灰と化して死ぬ人間の姿が映し出される。日本で行われたあらゆる焼殺の歴史を垣間見る。火が人を燃やし、人が人を焼く。
麗しの救われるべき人類史。
この死によって今この瞬間が紡がれたなら、こんな危機で滅べば今まで死んだ人々の苦痛に意味を見出す行為も出来なくなる。
「しかし、あぁ何とも忌々しい心。
嫉妬する程、啓蒙深き
貴様を生んだ狩人は、とても素晴らしい変態だ。そして、それはとても変態的とは言え、愛だ。もはや人界の地獄を愛し、全てを在りの儘に認める万象認知の全能者の思索。万物を創造した彼方の爆発より生じた暗い宙の虚空を見る脳の瞳。
だが私はこうも思う―――死ねぬ我らが、宇宙を愛する資格を有するのかと?」
日本人の
「良く言う。此処を私達がきっちり後始末しなきゃ、貴女の垂れ流した排泄物塗れの魂が根源へ還って、全てが汚染される。
不死で在る私や貴女達みたいなのが、呪いを世界が消えても永劫背負うのが魂の業。
そうじゃないと、根源が便器になる。外側に行けば無が上塗りするけど、消滅による浄化装置はないし、ソウルの下水処理機能は無い。魂魄の循環に呪詛が組み込まれ、魂と言う情報存在に糞呪を宿すのが当然の理となる。そんなの宇宙を好き勝手弄ぶより罪深い。
だから―――汝、魂より愛せよ。
殺したくなる程、他人のソウルが愛しいのでしょう?」
「食し、自らにする程には愛がある。魂を産む根源を私が愛するのもまた、道理。それら食し、排泄し、その宿痾を他人のソウルへ植え付ける歓びもまた、やはり根源より生じた混沌衝動。
なれば、この狂気も御喜びになられているのだろう。
根源より生じた魂が愉しむのであれば、その娯楽を作った根源もまた喜んでいる」
「そりゃあ、まぁ……ね。否定はしないわ。魂を産んだ創造元が、魂に楽しむって言う機能を付けて、更にこの宇宙を観測して愉しむのを良しとしている訳だし」
「もはや還れぬ我等ではあるが、ならば中身の中にまた中身を作り、此処を根源とすれば良く、その繰り返しの入れ子構造も赦される所業となる。
私はね、不死の宿痾を輪廻に与えたい」
「それって……此処ではなく、貴女が生きる並列世界の宇宙に?」
「そうだ。この世界で起こる地球での惨事、あの灰と貴様の狩人が守っている。私が根源へ糞呪を流そうとも、この宇宙に呼び込まれるソウルは、浄化されて通常の輪廻の環が機能する事だ。
無論、この宙の外側までは護れないだろう。
とは言え、人間の呪詛を根源へ垂れ流すのは汚物が過ぎるのも事実。この惑星外の人類種からすれば理不尽極まる災害であり、全てが不死人化する魂の人間性を持って生まれ出づるのは人間として素晴らしくも、我々の事を宙の外側に存在する異神と同類と見做すのも肯ける」
「貴女、何を言ってるの……?」
所長は深く相手の脳を探り、魂と感応するも、己れの人間性が相手の人間性の理解を拒むのを直感した。今までそんな事は一度もなかったが、どうやら糞呪の簒奪者は灰共の中でも特別な異常者だと分かる。
「分からぬか―――愛だ。私は愛したい故、ただ愛しているのだ」
「え、何を?」
「貴様がソウルの中で消化している感情だ」
「――――待て。
おい、ちょっと貴女、待ってくれ」
遠回しに所長は、オリジナルの残骸の成れ果てで在る今のオルガマリーの人間性を、排泄物になる前の消化物だと言われたのを理解してしまった。
これ程の侮辱―――有り得ない。
不死からすれば、死すら生温い暴言。だが極大に肥える好奇の瞳は真実だけを映し、糞呪灰は所長の魂の全てを愛で見詰め舐め回す。瞳で見るだけで他人のソウルを凌辱する灰共からすれば、目と目が合うだけで人の中身を暴き味わい、濃厚で濃密な魂魄接触を身勝手に行い、人の中身全てを犯す。
「これはきっと、病なのだ。私は不死を発病する前から、灰になる遥か前より、己のソウルの在り様に病んでいる」
ソウルを丸ごと喰らう等、感情として捻り出す糞になる前の排泄物を食すのと同義。人が人を犯し喰らう人間性と言う宿痾を食べる行為とは、正しく糞食い。
糞呪の簒奪者とは、その在り方でしか魂を実感出来ない。
人が生きて死ぬ姿に感動する為、彼女は生命に宿るソウルが排泄する肥を祝福する。
「故に私を貴様を呪いたい。私のソウルを、可愛らしい貴女様の魂に塗り融かし、穢し尽くし、犯し味わいたい」
僅かばかり、露わになる糞呪の本質。全ての呪いを愛するが故、汚物を産むソウルを愛でる為、人間性が宿る魂を敬する特上の情念が言葉となる。
「あぁ―――呪い、在れ。
呪詛を思考し、狂気を嗜好し、魂魄を至高する我が人間性をどうか、星見の狩人を。愉しく苦しみ、受け入れ給えよ」
「難しく言うなよ、腐れ変態。それ、自分が勝ったら私をレイプしながら殺し続けるって事じゃない」
「ほう……―――確かに、すまない。愛の言葉を飾りたがるのは、灰共の悪い癖だ。では改めて、言い直そう。
私と糞みたいなセックスをしろ。これで分かり易いだろうか?」
「馬鹿ね。お断りよ。その手の変態趣味、私にはそこまでない」
「では、興味が湧くようにしよう。その為に態々、私はこの貌を無駄に美麗にし、神さえ恋患いで殺す芸術品にした訳だらかな」
「うわぁ……何だか、魔法少女アニメの変身バンクみたいです」
「ちょっとマシュ、変な突っ込みを入れないの」
「分かりました、先輩」
外野からの言葉に糞呪灰と所長はお互い視線を混じ合わせるも、どちらも不意に攻撃する気がないのを悟って更に強化を行った。
所長は発火鑢により、愛武器である獣狩りの曲刀に火を着火。
糞呪灰は左手に握る糞団子を物干し竿に塗り、猛毒刃を形成。
狩人は抑えきれない狩猟衝動を顕わにし、ソウルを貪り尽くしたい喰魂衝動を灰は剥き出しにして哂う。
―――
魂が求める儘、二人は縮地を超えた歩行で惨殺範囲に互いを補足。最高最善の強化状態の敵を前に、同じく限界強化した自分自身を振るわせ、武器を一閃。
剣戟が弾き合い、即座に切り返し。ほぼ同時斬撃と言える二撃も弾き合い、それが三撃目、四撃目、五撃目と続き、即死の斬撃が延々と続く。互いに意地を張り合い、どちらが先に斬撃の弾き合いに根を上げるか競い、斬殺死のチキンレースが始まる。
「……―――」
「―――……」
呼吸と言う無駄な行為は消える。内臓全てが本来の機能を停止させ、筋肉と神経を動かす人体に特化する。全身全てが細胞一つ残さず、人を殺す機構へと化ける。その死の中で先に仕掛けたのは狩人だった。
左手に持つ
尤も―――それは灰も同様。物干し竿であっさり
体勢が僅かばかり崩れ―――心臓の真上で押し付けられる銃口。
引き金が既に引かれ、水銀弾に着火し、零距離発砲による絶殺が灰を襲う千分の一秒前。
「―――――」
糞呪灰に飛来する想い―――強敵への賛美。
この新鮮な感動をソウルが味わう為に、灰達は皆が業を尊び、殺し合いを至高とする。灰は純粋にオルガマリーが鍛え上げた業を愉しみたいだけであり、自分が窮めた業で相手を愉しませたいだけだった。生死の狭間に宿る業の感動を分かり合いたかった。
故に、愉しい死を相手に御返しするのが灰の親切心。仕掛け武器だけに許される変形機構のパリィのパリィ返しを即座に灰は学習し、臨界加速した超人的体感時間の中、銃身の中を進む水銀弾を知覚しつつ、あろうことか既に発動準備を整えていた魔術を具現。
銃口の眼前―――反動の魔術。
深い闇が水銀弾を優しく受け止め、運動エネルギーを完全停止させた。そして灰は魔術と同時に呪術も同時に行使し、口から巨大岩石を高速吐瀉。それを容易く狩人はステップで回避するも、灰はその回避行動に遅れずに踏み込み、その避ける為の一歩が踏み終わる直度に刺突一閃。何とか攻撃に対して曲刀で防御するも、狩人は完全には弾き返せなかった。
―――眩暈。吐気。酩酊。狂気。
少しばかり右腕に刃が掠っただけだと言うのに、狩人の意識が僅かに混濁する。だが戦闘中では多大な隙となり、糞呪の灰は星見の狩人の首を切断する絶対の好機を得た。
「どうかね、血の中に人魂の排泄物が混ざる気分は?」
だが問う好奇心に負け、灰はあっさりとその好機を捨てた。
「殺し合いの最中だってのに……お喋りの続き?」
「人を煽るのは殺人と同じく非道な娯楽でなぁ……で、気分はどうだ?
瞳を拓く脳に糞呪が混ざる血が流れると、貴様の脳内で見る悪夢に変質があると思うが?」
「―――は?
貴女、私でも啓蒙的に良く分からない事を……ぉ、をを?」
腐敗する魂。悪夢が腐る夢。人類が呪詛として垂れ流す排泄物。不必要として剪定され、根源である無へ還り、宇宙の記録に残らない選択肢。
人間。人類。人類種。人間種。人類史。汎人類史。異人類史。排泄人類史。
糞だ。この世は糞だ。最後は全て糞になる。綺麗な想い、穢れない心、清らかな道徳―――結果、全てが消化されて無へ排泄された。根源など所詮、人類史にとって便器と同じだった。本体から無駄を捨てる掃溜めだった。全てが循環される等、輪廻転生を綺麗事にする魂の言い分に過ぎず、虚無と言う浄化装置で魂に再利用する魂魄濾過事象でしかない。下水をまた飲める水にするように、不要物として穢れた魂をまた宇宙が再利用する為の循環機構こそ星幽界。
「をぉ、おぉお……お前ぇ―――!?」
「私はそれらの価値を永劫、記憶する義務がある。不死として
故、あの灰に召還された後、最初の火を奪った唯の灰を辞める選択を得られた。
故、糞呪の簒奪者ダング・パイと言う新しい価値をソウルに刻み、この病み村を経営する村長となった」
「使命なんて、嗤わせます」
「だろうな。だが、貴様にも私達の価値観は共有出来る事だ。魂の母である根源に愛されないソウルとなった自分達の末路……故の不死。
もはや魂を貨幣として使う灰からすれば、根源は造幣所でしかない。私の視座からすると便器であり、英霊の座など便座みたいな存在だ。愛する趣味の糞団子を作る為の原材料の生産地だな」
「それを私に正しく理解させる為だけに、その糞呪で宿痾を病ませたか」
「そうだとも。悪夢に犯された貴様の魂は、更に葦名にて火を宿す灰である暗い魂の血を吸い、古い獣の神秘が融けた血も吸ったソウルに変貌した。
要人が呼び込んだ古い獣のソウルで呪われた魂はもう、虚無へ還る意味もなく、根源もまた我等を輪廻の循環に必要としない。この宇宙が死滅した後、古い獣と同じく、新生した宙へ輪廻する業もない。だからこそ魔法と言う制約も我々には存在せず、人間が魂を深化させた果てに到達する権利を得ている」
「貴女、死に還りたいの?」
「まさか。神殺しの不死人にして英雄殺しの呪われ人、末路にて王殺しの果てにて火を簒奪した灰、そも絵画の中だけで循環するソウルであり、輪廻もあの隔離された深淵の人界だけの業だ。絵画全てが消滅しない限り、暗い魂の輪廻から解き放たれず、死ねぬ故に絵画から解放されたとしても根源へ還る業もない。
―――生まれた時から、我々は永遠だった。
貴様達にとっての外側の根源が、我々にとっては汎人類史だっただけの話。そして、こうして外側に呼び出された私は、更なる外側として魂の生まれ故郷である根源を理解した。恐らく、根源もまた同様であり、そして根源の内側にはこの宇宙と同じ宇宙が無限に生み出されているのだろうよ」
「だから何なの、本気で?」
「言っただろう……―――愛しているのだ。
貴様も、私も、全ての魂と繋がっている。人間は人間と言うだけで愛され、我々は不死と言うだけで愛されない。
だからこそ―――愛おしい。
私は私を愛さぬ排泄物こそ、魂の底より愛し抜き、全てが死に至るまでに愛したい」
「良く分かった。貴女も、私も、獣未満の成れの果てってこと」
「獣に囚われた狩人よ……星の光もな、獣からすれば餌なのだ」
―――殺意にして、愛。悪を排泄する善。それが心の中には何もない灰の一人が、葦名で召還された為に得た人間性だった。汎人類史と、そこで繁栄する人類種が啓蒙した感動だった。同時、彼女の人血が混ざる糞呪が体内に入った事で、所長は内なる瞳で糞呪灰の過去を垣間見た。
生まれは貴族が所有する愛玩奴隷だった。疑念もなく、玩具にされるのが普通だった。神を信仰する敬遠な貴族に飼育され、見た目だけは至高の人間だった。魔術か、奇跡か、貌も体も貴族が芸術品として気に入るまで改造し、凌辱され尽くされた。だがダークリングが具現した事で拷問用奴隷となり、死に続けることで亡者化して見た目が悪くなり、教会の前に全裸で捨てられ、不死院に送られた。やがて神殺しとなり―――ソラールの為、本当は全てを闇に沈めたいと願うも、己のソウルに従って火を継いで神の幻想を存続させた。
何もかも燃え尽き、不死の死を迎え、だが全てが燃え尽きず、意識が焦げ付いたソウルは闇に戻って輪廻した。二度目の生を迎え、孤児院で生活し、成人した後は普通の人生と言うモノを試しに歩む。結婚し、子供も出来、家事と育児と仕事を繰り返す毎日に生を実感し、子供も成人するまで家庭を守り、だがダークリングが具現した。家族全員に裏切られ、家族全員を殺し、自らの人間性を理解した。愛される必要はなく、ただただ愛し、裏切られた時に相手を殺さないと許せない位に愛し抜く。
脳裏に―――病み村の光景が浮かぶ。前世にて、何故か胸に迫る場所だった。
人は病んでいる。ソウルは糞だ。輪廻を運営する世界が捻り出す糞であり、生まれ変わりなど実感しない方が良い。だからか一人、彼女は旅をした。やがて、とある王国に辿り着き、英雄を殺し回る。前世で殺し尽くした筈の神々も違う姿で転生しており、その神々だった成れの果てをまた殺して回り、彼女は亡者を克服した。後、この世への執着を亡くして眠り、英雄殺しの遺体は蛇に回収されて、墓に封じられ、全てを喪って、灰となって蘇っていた。
「―――ソラール」
「何だ、貴様……そこまで見抜けるか」
「貴女が召還に応じた今の世を穢さない理由……その気になれば、灰の一人一人が全てを台無しに出来る。けど全員が自制する精神を持ち、アッシュ・ワンに協力する人間性を与えられている。
私達の汎人類史が、人を愛する人間性を啓蒙した。
だから精々、此処の人類種に感謝しておきなさい。
尤も貴女程度の知能だと、うんこ好きのスカトロマニアを覚える程度の目覚めだったみたいだけど?」
「ああ、感謝する。汎人類種の人間、何でも娯楽にする悍ましい人間性を私達にどうも、有り難う御座います。
どうか、なので如何か―――この世に恒久的世界平和を齎した給え。
皆、古い獣に獣に食い殺され、糞となり、それでも次に転生出来ずに未来永劫、ソウルの糞尿と成り果てれば、全ての人間のソウルと血肉が一つの蕩けた腐肉の集合無意識になる。
極限なりし人肉の王、神喰らいのエルドリッチ。
そのカタチこそ、糞の成れ果て。私が貴様等に深海なるアラヤの形を啓蒙して上げよう。繁栄など喜ばぬ静寂な生命の闇をな」
「あっそう……―――ま、悪くはないわ。
人が人を贄としないと繁栄出来ない糞みたいな人類社会を、本当に糞にしてしまうのは皮肉が利いてて面白い」
世界を一つに。物の試しに一度はしても良いかもしれない。好奇心は愚かであろうとも、賢しい好奇と等価値だ。
なので試しに少し、剪定事象に消えた並列世界を覗き見る。
確かに、それは世界平和。皆、魂が腐肉の中で輪廻する一となれば、争いは有り得ない。
「でもそれ、愉しくなさそう。
所詮、好奇の火に脳を焼かれた人面獣の戯言。腐肉の糞を愉しめる貴女だけしか救われない世界平和じゃない」
「当然だ。私が私の為にする平和で在る故、私が人間を一番愉しめなければ、人類種が未来永劫、平和になる意味はない」
灰は死すべし。それを正しく星見の狩人は分かった。同時に糞呪灰はソウルを互いに貪る事で理解し合える為に、この狩人が魂から垂れ流す
「そっか。じゃあ―――狩る」
「続きをしよう。私はきっと、この瞬間を愉しむ為に人間性を維持している故」
狩人は水銀弾に神秘を込める。灰は呪術の火にソウルを流す。最初の火が激烈に燃え上がり、世界全てを焼く炎が一点凝縮され、一つの火が燈る。
名を、封じられた太陽。文字通り、最初の火の熱が封じられた火炎大玉。
魂を問答無用で焼却する為、不死以外が受ければソウルが灰となるのだが、魂が死んでも蘇生可能な狩人であれば純粋に凄く熱くて燃える火の玉でしかない。もはや回避以外に狩人が取れる手段はないと先読みし、灰は刀を構えて太陽の裏に隠れ潜む。
「―――――」
無空無心の銃殺境地。彼女は弾丸一発、射線に火炎大玉に合わせて発射。刹那の間もなく一方的に太陽を水銀弾が抹消し、そのまま水銀弾が灰に当たって体内に残留した状態で神秘ごと炸裂。
糞呪灰は悟る―――
反魔法領域が秘かに仕組まれ、それを込めた事を魔力ごと隠し、移動式結界である筈の魔術を弾丸に込める悪夢的魔技。封じられた太陽は容易く霧散し、その裏に潜んでいた灰は念の為に準備しておいた反動の魔術も起動させておいたが、防御魔術もまた一方的に消滅。咄嗟に動いた右腕で銃弾を切り捨てるも、液状金属を血液で弾丸形成している為、斬られた水銀弾は二つに分かれただけで灰にそのまま命中した。
「貴女の体内を結界範囲にし、反魔法領域を形成した。
これでも―――神秘は使えない」
こんな台詞、言う必要はない。だが狩人は脳が命じる衝動の儘、相手の戦意を挫く悪意を現せと思考を音に変えた。
「素晴らしい―――死だ」
灰は己がソウルが"魔法"で高次元圧縮される感触を味わう。本来なら魂を塵へ砕く程の圧力であり、思考一つ許さない魂魄拘束具であるも、それが反って気持良い。その灰の予想外の反応に却って所長は敵の人間性を改めて気色悪く思い、魔術的な繋がりを一時的とは持っている所為か、特に意味もなく糞団子に対する情熱を共感してしまう。
殺してしまえ、と狩猟衝動が躰を駆動させる。相手の魔術を封じた故、もう糞呪灰は反魔法領域も送還の魔術も使えない。
「今よ、藤丸!!」
「承知、所長!!」
サーヴァントの連鎖召喚。一方的な攻撃こそ正解。狩人から所長に精神性を少し戻り、援護と止めの一手として掌で握る蛞蝓精霊と脳で繋がり、秘跡の一つ「彼方への呼び声」を発動。上空に穿った高次元暗黒の孔より星々が炸裂する青白い光球が数十は形成され、一つ一つが高ランク宝具に匹敵する破壊力を持つ。
そして敵の眼前、三体の刺客。
アサシン、佐々木小次郎。セイバー、ローラン。ランサー、宝蔵院胤舜。
上空より流れ落ちる星、囲むように迫る刃―――愉しくて堪らず、糞呪灰は壮絶な笑みを浮かべる。ただ斬れば良く、より迅く殺せば良い。
瞬間、横薙ぎ一閃。硬化したセイバーに首を一撃で切り落とし、心臓を突く刺し、硬い肉盾として利用。直後に迫った所長が降らす流星を防ぐ傘にし、アサシンの同時三閃を純粋に背後に回って潜り抜ける。邪魔なセイバー傘付き物干し竿は空中に置き捨て、素手でアサシンの頭部を粉砕。だが既にランサーが灰の背後から心臓目掛けて一突きしており、その刺突をアサシンを殺しながら足の裏で柄を蹴りつつ跳び、槍ごと死の一撃を踏み躙る。そのまま脳天に踵落としを決め、勢いのまま胴体ごと縦に真っ二つにする。
サーヴァント視点からしても、人間技ならぬ英霊技を辞めた境地。無の境地を悟った後、無限の時を経て無の先の狂気を得た灰でしか出来ない不死技。
「――――ッ」
それは所長も同様。姿なく、気配なく、近距離より発射された水銀弾が灰の右腕を吹き飛ばす。そして曲刀を変形させながら振い、左腕も切り落とす。両腕を失くして体勢を崩した隙を狙い、獣化した右手を灰の腹部に突き入れ、内臓丸ごと巨大化した掌で鷲掴みにした。
「いや、実に上手い。私の負けだ……」
「そうね。私だけじゃあ、こんな一方的には勝てないけど、今は藤丸がいますので」
所長は糞呪灰の極まり過ぎた美貌に内心で実は見惚れつつ、その右耳に唇を近付けて妖艶に囁く。同時に灰の体内に右手が入った事で自分が形成する反魔法領域の効果範囲に所長は適応され、自らも神秘が使えない状態となる。よって攻撃と同時に魔術の発動を既に止め、また新しく神秘を右手より発動した。
「ゴフ………」
右手を燃焼させつつ、劇毒と猛毒を血液から出し、魂を苦悶させる拷問を臓腑の裡より行なう。
「貴女の素晴らしき世界……―――私の悪夢に相応しい」
血と血で繋がり、脳と脳が交る。糞呪の人間性が所長の悪夢へ流れ落ち、ソウルの汚泥が吸い込まれる。
「お前……―――正気なの!?」
「正気も狂気もない。その二つに差異なんて無い。
私はただ、脳が欲する思索の儘に、貴女達の人間性を簒奪する」
久しぶりの更新、読んで頂き有り難う御座いました。
悪魔殺しのダイモンが火の簒奪者達に教えた反魔法領域と送還の対サーヴァント無法コンボに対する所長の答えが今回のやり口になりました。