“煉獄さん”になる方法   作:鮫の呼吸

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煉獄家の“煉獄さん”

「ただいま帰りました」

 

 玄関から声をかけると、奥から足音が響いてくる。

 相変わらず元気そうだ、とほっこりしていると滑り込むような勢いで駆けてきて座し一礼した弟の笑顔が弾けた。

 

「おかえりなさいませ兄上!!」

「ただいま、()寿()()。元気そうだね」

「はい!!兄上もご健勝そうで何よりです!!」

 

 立派な声量もいつも通りだ。廊下を走るのは良く無いけれど、それだけ慕ってくれているという事。今日は叱らないでおこう……と言うのが、実は帰る度毎回なんだけど、どうにも叱れないでいる。

 履き物を脱ぐのに座り、近づいた杏寿郎の頭を撫でる。いつもキョトンとしたように見開かれた眼を、嬉しそうに細めるのがとても愛らしい。

 

「さ、杏寿郎、これは土産だよ」

「わあ、おいも!!では兄上、兄上のお芋ご飯が食べられますか!?」

「お前は本当にそれが好きだねえ。じゃあ急な任務がなければ明日にでもそうしよう。会議の後だから少し夕食が遅くなるけど、我慢できる?」

「できます!!できます!!」

 

 食べる前から嬉しいのか、わっしょい!と声を上げてワラで括られたサツマイモを持ち上げる。芋と手料理で喜んでくれるのだから、可愛いものだ。

 任務先などの特産を買って来てもいいのだが、結局芋を買って帰った時が杏寿郎は一番喜ぶ。令和の世だったら様々な種を食べ比べたりさせてやれたが、今は大正。食べ比べができるほど世の中にサツマイモの種類は出回っていない。

 もし食べ比べさせてあげられたら、わっしょいわっしょい騒がしかっただろうなぁ。まあでも、令和の世は物に満ちていたので、芋では満足してくれなかった可能性も無きにしもあらず。

 杏寿郎のわっしょいが聞けないかもしれないと思うと、とても寂しい。となると、やっぱり今で良かったなあと思う。

 

「おみよさんは厨かな?」

「はい!!今煮物を教わっていました!!見ているから迎えて来るよう言っていただいたのです!!」

「そうか、じゃあすぐ戻らないとね。煮物、楽しみにしているから頑張って」

「はい!!」

「良い返事」

 

 履き物を揃え、立ち上がる。僕が身を向けた方向に瞬時にムッと表情を曇らせる杏寿郎は、今日も自分の気持ちに正直だ。相変わらず、仲違いをしたままでいるらしい。

 

「……父上のところですか」

「ああ。挨拶を済ませたら私も厨に見に行くよ、先に行っててね」

「……」

 

 プックリ頬を膨らませて、けれど芋は大事に抱えて去っていく背中を微笑ましく見送る。拗ねてる所だって可愛いんだから、うちの弟はすごい。

 綺麗に磨き上げられた廊下を進む。おみよさんはいつも丁寧に掃除をしてくださってるようだ。やはり給金をもう少し受け取って欲しいが、いつも柔らかく遠慮されていた。

 おみよさんは藤の家から週三、四来て頂いているお婆さんだ。僕の務めが鬼狩りである事もあり、一般の女中を雇う事はできない為である。正式な雇用の形を取ってはいるのだが、相場よりも良心的で、なんだか申し訳ない気持ちになる。

 我が家はあまり良い職場環境では無いだろうに、おみよさんは文句も言わず働いている。家事が不得意で、掃除をすれば障子を破り、料理をすれば火力で消炭だった杏寿郎にも、甲斐甲斐しく教えて下さる。

 お陰で杏寿郎は米だけは一人で炊けるようになり、そこから少しずつ作れる品目を増やしている。ありがたい事だ、頭が上がらない。

 それに彼女は、杏寿郎の世話ばかりか、父の抑止にもなってくれる。

 

「父上、千寿郎です。入ってよろしいですか?」

 

 返事は無いが、いつもの事だ。中に入ると、いつもの様に万年床に転がって、こちらに背を向けている。襖を閉じてから正座し、畳に手を付いた。

 

「長く空けて申し訳ありません。お元気でしたか?」

「…………」

 

 寝た振りのつもりなのだろうか。父の寝相は良く、仰向けじゃなければ寝付けない事くらい知っているのだけれど。

 幾つかこなした任務の話をし、時折問いかけるように声を掛けたが、少しも反応はない。罵倒さえあまり返ってこなくなった事が進歩なのか悪化なのかは、よくわからないままだ。

 

「柱合会議の為また暫く滞在致します。明日は杏寿郎が食べたがっている芋ご飯を炊くつもりなので、少し遅くはなりますが、良ければご一緒に夕食を取られませんか?」

「まだ、柱などやっているのか」

 

 不意に、落ちた言葉は何度も言われた事だった。柱になってからは今のようになり、その前は「まだ刀を握っているのか」「まだ鬼殺隊などにいるのか」だった。かつて烈火の様だった言葉は、苛立ちを含みながらも熱量がない。

 

「はい。務めさせて頂いております」

「……才もない癖に、実力も伴わぬ座に何故しがみ付く。無様極まりない」

 

 のそりと起き上がり、此方を睥睨する。気怠げだが顔色は悪くない。頼んだ通り、おみよさんが食事をさせてくれているのだろう。

 若い頃父も度々訪れたという藤の家にいたおみよさんを、父は強く邪険にする事ができない。家族でない者が家に居ることにより、理性を呼び起こす事もできる。報告がない以上、最近は冷戦状態だが杏寿郎と目立った喧嘩をしている様子もない。

 やはり判断としては間違っていなかった。会議の間におみよさんと彼女の家には、何かお礼をしなければ。

 

「僕の様な愚昧でも、お館様は信頼して柱を任せて下さっています。その信が続く限り、この身が続く限りは頂いたお役目に添える様励むつもりです」

「くだらん。貴様ごときに何ができるというんだ」

 

 鼻で笑い、立ち上がった父はもう私を見ていない。

 

 

()()()()()()()()()()()()()に、果たせる役目などあるものか」

 

 

 言い捨て出て行く背を見送る。

 投げつけられた石の様な言葉が、胸の内でかつりと音を立てた。

 

 

 

 

 

 杏寿郎の手製の煮物は少し塩っけが強いものの美味しかった。父は結局その場には現れず、また酒を呑んでいたのだろう。

 おみよさんが言う事には、僕達が食事をしている間に帰ってきたらしい。酒瓶を持っていたので、つまみとして煮物を出しておいたと話してくれた。後で部屋の前に行くと空になった器が出してあり、こっそり笑ってしまった。いつもおみよさんが作る味とは違う事くらい、酔っていても分かっただろうに。

 口を利かなくても、表向き罵っても、その内には昔確かにあった想いが残っている。それを感じて嬉しくなったが、杏寿郎は僕が持ってきた器を見て心底嫌そうに顔を顰めた。不和の根は深い。

 

(まあ、二人がこうなったのは僕のせいだけど)

 

 自惚れではなく確実に、二人の仲違いの原因は僕だ。庭先で一人型稽古をしながら、思い起こす。何度も繰り返した反復運動は、少々の考え事ではブレることはない。

 

 母が床からあまり離れられなくなった頃から父は沈む事が増え、愛する人を失ってからは本格的に荒れた。刀を持つ事に意味を見出せなくなり、柱を辞して全てを放り出し酒に溺れる様になった。鍛錬し、鬼殺隊に入った僕を罵り、僕の才の無さをあげつらう様になったのもこの頃だ。

 弟は昔から家族で一番僕に懐いていた。だからいっそう父のその態度を嫌った。感情を包み隠せない性格だった為に真っ向から父に反抗し、僕に宥められなければ収めることができなかった。

 選別を終えて這々の体で帰り着いた我が家が二人の喧嘩で廃屋のようになっていた時には、思わず玄関先でそのまま失神したものだ。あの時が一番被害が酷かった。

 余談だが、半分は杏寿郎の家事の結果だったのは起きた後に発覚した。白目を剥きたくなった。

 

 僕にしがみつき泣き疲れて寝た杏寿郎を抱きつつ、最寄りの藤の家に駆け込んで相談し、その場でおみよさんと契約したのは今や懐かしい思い出である。

 思えば冷戦に切り替わったのはこの件がきっかけだった。少なくとも杏寿郎には、大分僕の卒倒が効いたらしい。父と顔を合わせることさえ無くなり、関係する事には嫌悪感を露わにする様になった。

 

(……失意に暮れているだけで、父上の奥底は変わっていらっしゃらない。杏寿郎は鈍くは無いから、それに気づけばまた違うだろうが……)

 

 それにはまだ、時間が掛かる。

 

「……、……ハァ」

 

 ブレた鋒に、一呼吸して刀を下ろす。その刃を見下ろして、胸に詰まった石ころがガリ、と音を立てた。

 炎の呼吸を継いできた煉獄家の伝統に倣った、炎の揺らぎに似た乱れ刃。その刃は、かつて父や歴代の炎柱が振るった様な、赫い色を()()()()()

 

 まるでこびりついた赤錆の様。

 滲んだ朱色がまばらに浮き出た、僕の二本目の日輪刀。

 

「無様だな」

 

 父上が仰るのは事実ばかりだ。分かっているから、棘で刺される様に傷つく事はないけれど、だからこそ容易に振り払えず胸の内に積もる。

 最初の刀が折れ、新しく誂えたこの刀が今の様になり、染まった事に喜び、同時に落胆した。

 鍛錬を積み、呼吸を研究し、何体も鬼を斬り……それでようやっと、辿り着いてこれなのか、と。

 無能の謗りが、半端者に変わっただけ。

 柱になる時にも、反対意見が少なくなかった。お館様のご厚意と、炎柱の座が空いていたからそこに就けただけだ。

 実力がそれに伴っているかは、自分ではとんと分からない。

 

 ただ確かなのは、必要な時間が、もう残っていないかもしれないと言う事だけ。

 

「……無限列車、か」

 

 脳裏を過るのは、あの美しい赫だ。

 掲げた刃に映した自分の顔は、とても運命を覆せる様には見えなかった。

 

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