“煉獄さん”になる方法   作:鮫の呼吸

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蝶屋敷の“煉獄さん”

 

 鍛錬はいつもしている。呼吸の研究も復習も欠かす事はない。ならば特別出来る事はなく、会議を終えたらいつも通りに鬼を狩るしかない。

 この世界は物語に良く似ていて、同じ事が偶に起こる。それは或いは鬼を連れた隊士、或いは僕の父の堕落。違う事は本編自体をよく覚えていないので、僕の立場が本来は"彼"の物だったことくらいしかわからない。

 物語と同じになると信じていると、僕は恐怖やら重責に押し潰されなければいけなくなる。だから今までと同じ様に、余り気にせずに過ごす事にした。

 いつ出会うか分からない鬼に警戒し、頸を斬る為に研鑽し、その為の知識を探り、実践して身につける。それだけのことだ。これまでと何も変わらない。

 変わるとしたらほんの少し、残り時間への備えが加わるだけだ。

 

「猪君はいるかな?」

「あっ!炎柱の……!」

 

 訓練室に当たりをつけて覗くと、案の定少女達に扱かれている所だった。わあ、懐かしい。最近大怪我しないから受けてないけど、常連だったんだよな。

 猪頭の少年は僕の声が聞こえていないかの様にうつ伏せになってピクリともしない。その傍で膝を抱えているのは金髪の少年で、猪君の代わりに反応したのはびしょ濡れの赫灼の少年だった。

 

「うん、煉獄です。ある程度治ったらしいから、呼吸の聴取をしようと思ってね。胡蝶さんの許可も得てあるから、休憩しながら話を聞かせてよ。いいかな?神崎さん」

「しのぶ様が許可されたなら私に意見を聞く必要はありません!私達は他の患者の様子を見て来ます!」

 

 キビキビと答えた彼女が女の子達と栗花落さんを連れて出て行くのを見送ってから、三人に向けてお茶を乗せたお盆と風呂敷を軽く掲げてみせる。

 

「お見舞いに甘味屋でお団子を買って来たよ。食べる?」

 

 そう言えば現金な物で、こちらを見もしていなかった二人も合わせて顔を輝かせた。甘い物を前にした時の若い子の反応って、可愛いなぁ。

 

 

 

 

 

「触覚の鋭さに合わせた呼吸か。成る程……新しい使い手を出すのは難しいかもしれないけど、面白い」

 

 聴診器を懐にしまって帳面に記入する。興味津々で見てきた猪君、もとい嘴平君には悪いが、これは結構高いので替えが利かないのだ。発注には胡蝶さんを頼るので、壊すと凄く静かな笑顔で怒られてしまう。

 誤魔化す為に団子を差し出してから、所見を書き綴っていく。

 

「柔軟性は恋の呼吸にも通じているけど、音と肺の膨らみ方からすると、風の呼吸に近いものがあるね。基礎の呼吸を経由していないから派生とは言い難いし、日輪刀がどんな色を見せるかでも変わってくるけど……一旦は分類を風としておこう。方向性としても中々向いていそうだ」

「ごちゃごちゃ意味わかんねえ事言ってんじゃねえ!!」

「君によくあった強い戦い方だ、という事だよ」

「そんなこたぁ知ってらぁ!!」

「よしよし、団子もう一本食べるかい?」

「よこせ!!」

 

 僕が持ったままの串に齧り付いた嘴平伊之助君は団子だけ口の中にさらって行き、キラキラした顔でもっちもっち!と咀嚼した。美少年どころか美少女の様に整った顔立ちに似つかわしくない豪快さだ。

 それにしても随分綺麗な子だな。何で猪被ってるんだろう。猪に育てられたからって事で良いのかな?理由は昔読んだはずだけど、ちっとも思い出せない。

 それを見ながらポカンとした赫灼の少年と、そわそわとこちらを窺いながら団子を食べている金髪の少年に笑いかける。

 

「君達もありがとう。客観的な情報を聞けるというのは助かったよ。えっと……名前をいいかな」

「竈門炭治郎です!」

「あ、我妻善逸……です」

「竈門君に我妻君だね。君達は何の呼吸を使うの?」

「雷の呼吸、です。壱の型だけだけど……」

「俺は……水の呼吸ですけど、あの、煉獄さんは他の呼吸にも詳しいんですよね?」

 

 けど、と来たか。"彼"の事を思い出す時にも竈門君に関して何か情報は出ていたと思うけど、やはり他と同じでほとんど覚えていない。何か別の呼吸も使っているのか?

 派生と派生元の関係と違い、別の呼吸を使い分けるのは身体に負荷を掛ける。出来ても継戦が困難になるから、そうやって戦うのはほぼ不可能なはずだけど……。

 考えつつも、淀みなく応える。聴取の時聞かれることも少なくないから、答えはほぼ決まっているのだ。

 

「自分が全て出来る訳じゃないけど、呼吸は一通り調書を取っているよ。呼吸毎の特徴を知っておくと、自分の呼吸で極めるべき点と言うのが見易くなる。補わなければならない点もね。お茶のおかわりは?」

「えっと、頂きます」

「よこせ!!」

「(柱に茶を注がせて平然としてやがる……とんでもねえ奴らだ……)」

「我妻君もどうぞ」

「ヒョッ!?あ、は、ハイ……」

 

 おずおずと差し出された湯呑みに急須を傾けながら言葉を続ける。

 

「例えば雷の呼吸は呼吸の力を脚に集中させ、神速の斬撃を繰り出す特徴から疾さはどの呼吸にも勝る。そうだね?」

「んギュッ!?あ、ハイ、そ、そう、でございますかね……?ウェヒッ」

「専門の呼吸法で行うほど極められなくても、これを活かすことはできる。つまり、呼吸の力を脚に傾ければ疾く走れると言うことだ。応用すると、威力が必要な技を放つ瞬間に必要な筋肉に呼吸の力を傾ければ、本来の型より強力な技を出すことも出来るって事」

「そうなんですか!?」

「理屈としてはね」

 

 実現しようとするとその中にさまざまな過程が必要となる。

 まず、人間は普段の動きで自分の筋肉の動きを全て把握している訳ではない。雷の呼吸も脚全体を強化している為、筋肉を選んでいる訳ではないのだ。

 モノにするには、相当な鍛錬を要する。常に自分の筋肉を意識しながら動き、まずそれらがどう動き、どの動きの時に最も良く働くかを把握。その上で呼吸の力を傾ける割合を操作し、効果的に力を増幅させる強化法を身体で探る。

 また、技を放つ為だけで無く、その反動に耐える為の動作にも意識を割かなければならない。筋肉を酷使し過ぎたり次の動作に繋げることが出来なければ意味も無いので、その匙加減も必要だ。

 そしてそれらの判断、配分を瞬時に行えなければ意味がない。鬼はこちらの集中を待ってはくれない。そして想定通りの動きもしてくれない。自分の身体の動きだけでは無く、その判断と対応もしなければならないのだから、筋力だけで無く脳も著しく働かせなければならず、その為にはそちらにも呼吸を傾けなければならないのである。

 現実的には恐ろしく難しい話だ。その発想は出来ていた僕も、理想的な使い方には程遠い。『始まりの呼吸』の使い手は当然の如くそれらを熟していたのかもしれないが、使い手もおらずその記録が殆ど残っていない以上、検証のしようがなかった。

 

「僕はあまり強くないからね。そうして学んでいく事で補っている」

「えっ……」

「それで、そう聞くって事は何か呼吸で聞きたいことがあるのかな?」

 

 少し渇いた喉を温くなった自分の茶で潤しながら促す。竈門君は慌てて姿勢を正し、それを口にした。

 

「ヒの呼吸についてご存知ありませんか?」

「――、……詳しく聞こうか」

 

 咽せるかと思った。

 

 

 

 団子を食べた後は転がって寝だした嘴平君を他所に聞いたところ、竈門君の意図としては火の呼吸と言いたかったらしい。

 しかし、ヒという響きを持つ呼吸は『始まりの呼吸』の他にはない。炎の呼吸も、混同を防ぐ為にそう呼ばれているくらいだ。

 正式名称はヒノカミ神楽といい、代々厄祓いの為に年始に奉納する物として継いできたと言うが……。

 

「うーん……」

「何か、思い当たる事はないでしょうか」

 

 ヒノカミか。随分意味深な名だ。『火の神』とも取れるし、日本の最高神と言われる『日の神』とも聞ける。火は呼吸として名乗れない物であり、日とは誰も知る者が残っていない『始まりの呼吸』……日の呼吸に通じる。意味のない符号とは思えない。

 血縁?いや、日の呼吸の家系で残された血は時透君だけだとはっきりしている。思えば時透君は元杣人で、炭焼きと同じ様に山奥で暮らす職業だ。当人が記憶喪失の為呼吸については分からないが、その点は少し竈門君と似通っているか?

 

「竈門君、君の額の痣は生まれつき?」

「え?これは……昔の火傷です。選別の時に受けた傷で今みたいな跡になって」

「先祖は代々炭焼きかい?間違いなく?例えば、時透などと言った家名に聞き覚えは?」

「えっと、うちは家系図でもずっと炭焼きですし、時透?と言う家名は載っていなかったと思います」

「そうかぁ……ふむ」

 

 二者の繋がり方はさて置き、ヒノカミ神楽が日の呼吸に通じる物だというのは納得しやすい話だ。呼吸の関係者が人里を離れ暮らしていたとなると、隠していた、或いは隠れていたのかもしれない。

 強力である事が分かっている日の呼吸が関係者諸共失伝しているというのは、明らかにおかしい。同時に、それだけ強力な物を鬼舞辻無惨が目障りに思わないはずがない。

 

 もし失伝が鬼舞辻無惨の計略による物であり、それから隠し守る為に、そして目を欺く為神楽に姿を変えて受け継がれて来ていたのだとしたら――。

 

 あり得ない話とは言えない。実際に彼は鬼舞辻無惨と遭遇し、狙われている恐れがある。

 それにあくまで付随する一つの要素に過ぎないが……竈門君は、竈門炭治郎は主人公でもある。

 僕は覚えていないが、そう言った隠し要素は主人公には付き物だ。下弦の鬼に対峙した際に偶々思い出し、用いた神楽の呼吸法が鬼に通ずる。それが喪われた最強の呼吸の極意で……なんとも英雄譚の主役らしい逸話だ。

 この世界は現実であるので、一概に主人公である事をあてには出来ないが、それを除いてもやはりあり得ないとは言い切れない。

 

「あの……?煉獄さん?」

「……鬼殺隊が現在用いる呼吸は、主だって五つの流派に分かれている。それは知ってる?」

「五つ、ですか?えっと、水と雷と……」

「炎に風、岩。この五つが多くの派生呼吸の基盤となっているんだ。しかし、呼吸法の全ての始まりはたった一つ。全ての呼吸がその派生なんだよ」

「そう、……なのか?」

「えっなんで今俺にふるの!?知らないよ!?ここまでもろくにわかんないで話聞いてたよ俺は!って言うか俺が聞いていい話なのこれ!?なんか壮大じゃない!?」

 

 ぽかーんとしていた我妻君が竈門君の声で徐に覚醒したようにまくし立てる。反応の大きい子だなぁ。真面目に考え込んでいたのに、和まされてしまう。

 ふと悪戯心が湧いて、声を潜め神妙に囁いた。

 

「……因みに今は情報も資料も残っていなくて、関係者は殆ど命を落としてしまっているんだよ……」

「い……イ゛ヤ――――!!(汚い高音)何それ何それ何それ!?何なのそれどう言う事なの呪いの呼吸なの!?ヤダヤダヤダヤダヤダ怖い怖い怖い怖い怖い!!ねえ大丈夫!?大丈夫ですか!?これは俺が聞いていい話なんですか!?ヤバい話じゃないんブゲェッ」

「ウルセェ――ッ!!ギャアギャア騒ぐんじゃねえ!!この紋逸ヤロウ!!」

「だから俺は……待ってなんで紋逸を罵倒みたいに使ってんの!?何で!?俺の名前罵倒換算なの!?いや俺の名前じゃないけどさ!?」

 

 飛び上がる様に我妻君に突っ込みながら覚醒した嘴平君と、我妻君が賑やかに言い合いを始める。

 ああ、いいなあ、仲良しだな。鬼殺隊にいる皆年の頃的には中学生高校生なんだよな、と、改めて感じる。ほっこりしながら、改めて竈門君に向き直った。

 

「だから今の多くの隊士は存在さえ知らないんだ。でもその名は残るところには残ってる。僕の生家にある歴代炎柱の書にも、僅かながら載っていたよ」

 

 ぴ、と人差し指を立てる。お館様の様にそれで周囲を鎮まらせることは出来ないけど、竈門君は注目してくれた。

 

「全ての祖にして、最強の鬼殺の法。()()()()

「日の……呼吸」

「ヒノカミ神楽は、この呼吸に関係があるかも――」

 

 

「――いつまで休憩時間にするおつもりですか?」

 

 

 現れた胡蝶さんの笑みが般若に思えたのは、流石に失礼なので墓まで持って行こうと思う。

 

 とりあえず竈門君とは後日改めて連絡を取ることにして、僕はその怒りが爆発する前に蝶屋敷を去ったのでした……。

 逃げたと言われても構わない。

 胡蝶さん、本当に怒ると怖いからね。

 

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