「あの鬼連れに構ってるって?」
任務の経由地で偶々行き合って、一緒に食事をすることになった宇髄さんが徐に言った。お嫁さん達は今別行動中らしい。
どこから情報を手に入れたかはまあいい。宇髄さんは忍の出なので何かそう言う関係だろう。
でも一体何を聞いてそうなったんだろうか?構ったと言えば構ったけど、それは僕が元からやってる研究の為だと分かるだろうに。
いや、分かってて聞いてるのか。宇髄さんも宇髄さんなりに、竈門君を見極めようとしているんだ。その為に直接関わった僕から話を聞こうと言うことだな。
「彼と一緒に行動してる嘴平君が独自の呼吸の使い手なんですよ。その聴取の際、彼の家に伝わると言う神楽について相談されました」
「ほぉ、神楽たぁ面白いじゃねえか。派手なやつか?」
「内容についてはまだ聴取していませんが、神楽に伴う呼吸法が先日の那田蜘蛛山で下弦の鬼に通用したそうです」
ふうふうと息を吹きかけて、そっと湯呑に口をつける。あ、ここのお茶美味しい。
「僕としてはそれに大いに興味がありますので、機能回復訓練後にもう一度会おうと考えています」
「有用なのか」
「希少な呼吸の手がかりかもしれませんし、もしかするとそれ自体がそうかもしれません。鬼舞辻無惨が彼に接触した事も関わりがあるかもしれませんし……どちらにせよ、彼が神楽を使いこなす様になれば、鬼殺隊にとって重要な存在になるかと」
「重要、なあ?」
まるで本気にしていない声音だ。それでも一応僕の意見に耳を傾けるつもりはあるらしい。
宇髄さんはすぐ派手だ爆破だと言い出す割に、常識をしっかり意識して行動できる人だ。面白がって悪ノリする時を除いては、会議でも結構頼りに出来る。
偶に伊黒さんの嫌味がぐっさり刺さった僕が言葉に詰まった時など、察して茶々を入れる風に助け舟を出してくれる事もあるくらいだ。
豪快な振る舞いの中で冷静さを保ち、しようと思えば繊細な気配りもこなせる。一人の柱として、やはり尊敬できる人だ。悪ノリはやめて欲しいけど。
思いながら向かいに座った宇髄さんを見た時、ふと残像の様に白黒の画像が脳裏に蘇った。白昼夢にも似たそれに、口から言葉が転がり出る。
「宇髄さん、きっと彼らを継子にしたがりますよ」
「はぁ?何で俺が」
「将来有望な子、好きでしょ?」
「いるか、あんな地味なガキ。口だけデカくても何ともなりゃしねえ」
心底嫌そうに手を払う宇髄さんは、本当に継子なんて考えてすらいないようだ。今の一瞬の記憶でははっきり継子宣言をしていたと思うけど、もしかしたらまだ先に何か切っ掛けがあるのかもしれないな。
そこに僕は、いないかもしれないんだよな。
「おい」
「はい?」
顔を上げると、びしりと目と鼻の先に指が突きつけられた。今日も綺麗に爪紅が塗られている。彼の拘りが垣間見えた。
「お前はどうなんだ、煉獄」
「僕ですか?どう、とは何が?」
「継子だ継子!今してた話だろ、惚けてんじゃねえ」
「ああ……」
そこを掘ってくるのか。曖昧な声を出した僕に、宇髄さんは溜息をついてからお茶をガッと飲み干した。
すっごいな、結構熱いのにこのお茶。これも忍の技術なんだろうか。猫舌だと忍になれないのかな?それって結構大変そう。
「人に勧めるって事はお前がそいつを認めてるって事だろうが」
「そうなりますかね」
「甘露寺以外一人も継子を取ってねえだろ。お前が面倒見りゃいいじゃねえかよ」
「甘露寺さんは継子じゃなくて、選別前の稽古をしただけです」
「似たようなもんだろ」
全く違うと思う。僕は進路に迷っていたらしい甘露寺さんに偶々任務中出会い、どう言う訳か入隊を望んだ彼女に鬼殺隊への中継ぎをしただけだ。
その中で炎の呼吸の適性を見せた甘露寺さんだったが、偶々育手が近年存在していなかった為、僕が稽古を付けざるを得なかったのである。鬼殺隊に入るきっかけになってしまった以上、放り出すのは無責任と面倒を見た。
しかし甘露寺さんはあっという間に独自の呼吸と戦闘法を見出して選別を突破し、僕の手を離れた。その後は偶に文を交わしたりしただけで、自分の力で彼女は柱に上り詰めたのだ。継子なんておこがましくてとても言えやしない。
「そもそも僕は人を育てられるような度量も力量も持っていないし、自分と任務の事で手一杯ですよ」
毎日毎日、生き抜き、名に恥じぬ働きをする為に切磋琢磨する日々。
どれだけ稽古しても、どれだけ研究しても、どれだけ鬼を殺しても足りない。
届かない事に絶望し、それでも己を鼓舞して、前へ前へと進み続ける。
必死に足掻かねば走る事さえ出来ない僕が、人を育てる事などできる筈がない。
「オメエ本当妙なとこで派手に卑屈だな。もうちょっと自信持てや」
「派手な卑屈とは……?」
「カツ丼三人前親子丼三人前豚丼三人前きつねうどんと天ぷらそばと月見うどんお待ちーッ」
「あっ全部僕です、ありがとうございます」
「……相変わらず派手に食うよな」
「食べるのも鍛錬の内ですからね」
にっこり笑って箸を持つ。宇髄さんの食事が運ばれてきてから手を合わせた。
「いただきます」
すぐに手近なカツ丼に手をつけた。うん、衣がザクザクで美味しい。呆れたような宇髄さんの視線を感じつつ、汁物としてうどんとそばを挟みながら着々と平らげていく。
因みに麺類を汁物とする食べ方は甘露寺さんがやっていたものを取り入れた。甘露寺さんはその特異体質から凄まじい健啖家で、「ご飯物だけじゃ物足りないんです」と言いながら交互に平らげていっていたものだ。甘味の時は汁粉をお茶代わりに団子を食べるような勢いだった。
稽古の合間に拉麺を食べに連れていったら、炒飯と餃子で三角食べして、美味しい美味しいと店を空にするほど食べていたっけ。最終的には店で一番大きい皿で中華鍋ごとかな?って感じの炒飯が運ばれてきてた。なんかもう凄かった。
洋食屋に連れていってしまった時は、危うく借金を背負うことになるのではと思うくらいに食べていた。こっそり財布を見ながらすごくドキドキした。
懐かしい思い出だ。甘露寺さんとは、鍛錬以外はそういう食べ物のことばかりが記憶に残る。
(あの子達も結構よくお団子を食べてたなあ。嘴平君や竈門君は、元々山暮らしだっけ。あんまり色んな食べ物を食べた事がないのかも)
団子で目を輝かせるくらいだから、ミルクホールみたいな洋菓子を出す所に連れていったら、面白い反応してくれそうだな。
竈門君は物珍しそうにキョロキョロして、嘴平君は猪頭でちょっと止められそう。我妻君は女の子に弱いらしいから、女給さんの白エプロンにドキドキするんじゃないかなぁ。三人でたくさん騒いで、女給さんに注意されちゃうかも。
鬼の子は、きっと食べられないんだろうな。昼は外にも出れないけど、鬼でも女の子だからおしゃれなものは好きかもしれない。洋菓子は綺麗なものが多いから、竈門君は見せるだけでもしてあげたがるかも。
その時、鬼の子はどんな顔をするんだろう。裁判の時しか見ていないから、鬼としてどのくらい精神が蝕まれているのかは分からない。稀血を耐えることが出来ても、その心に人らしさは残っているんだろうか。
でもきっと、愛らしく微笑むような気がする。とても別嬪さんだったように思うから、我妻君もそれに大喜びするかもしれない。大きな声を上げて、それにまた煩いって嘴平君が怒るかな。
あの子達の前にある道は、平らじゃない。道があるかさえわからない。
鬼殺隊で鬼を連れ、進むというのはそういうことだ。多くに批判され、敵の多い中進まなければならないだろう。
でもきっとその中で、あの子達は、繋いだ手を離さない。戦いの日々の中でも、その糸間に笑い合って歩んでいく。
(……その様を、傍で見守ることが出来たら)
きっと、楽しいだろうなぁ。
店を出ると、バサリと舞い降りたのは僕の鎹鴉だった。物静かで、指令を言う時は絶対に肩に止まる。
「……指令。無限列車ヘ赴キ、調査セヨ」
「――ああ、」
「四十人余リノ人間、調査ニ出タ数人ガ行方不明。柱トシテ調査シ、鬼ヲ発見次第討伐セヨ」
……もう、なのか。
「おい。……おい、煉獄!」
「え?あ、はい」
「何ボサッとしてる、任務なんだろうが」
少しぼうっとしてしまったらしい。宇髄さんに叱られてしまった。
鴉も心なしか心配そうな目で僕を覗き込んでいる。ごめんね、と撫でながら、考えていた事を呟く。
「……終わったら、」
「あん?」
「この任務を、あの子達と一緒に、誰も死なせずに終えられたら」
継子の事を、考えても良いかもしれない。
そう思ったけど、途中で言うのをやめた。なんだか縁起でもないように思えたのだ。そういう様式美じみた話は、昔よく読んだ。
「終えられたら何だよ」
「悪い験担ぎになりそうなので、言うのやめます」
「ハァア?」
「じゃ、宇髄さん。ここで失礼しますね。奥様方によろしくお伝えください」
会釈をして、歩き出す。スウ、と深く息を吸い込んだ。
――運命になど、負けるものか。