“煉獄さん”になる方法   作:鮫の呼吸

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乗車する“煉獄さん”

 嘴平君は生まれて初めて見る列車に大興奮だった。

 とはいえ実際目にしたのは三人共が初めてだったようで、我妻君は話には聞いていたくらい。機関車を見上げてぽかんとする様子は、皆幼くて可愛らしかった。

 突然ヌシだ勝負だと言い出したのはびっくりしたけど、駅弁の牛鍋弁当を買ってあげるとその良い匂いに気を引かれて一旦忘れてくれて助かった。弁当をどこから開けるのか一生懸命探っている嘴平君を他所に、今度は他の二人が狼狽えていたけど。

 

「どうしたの?ああ、これ二人の分のお弁当。切符は無くさないようにね」

「いや……どうしたっていうか……」

「煉獄さん、それ全部食べるんですか?」

「うん。任務前だから控えめにしておこうと思って」

「控えめが弁当五個の人とか初めて見ましたけど!?え!?本当に食べるの!?全部!?」

「食べるのも鍛錬の内だよ」

 

 お決まりの言葉と共に三人を促して車内に移動する。予め日輪刀を隠していたので、問題なく乗車できた。この時代の警備、令和と比べるとやっぱりおおらかと言うか……うん。助かるけどね。

 廃刀令が出て数十年。当初は取締りも厳しく、鬼殺隊は苦難を強いられたらしい。任務以前に、人の中で刀を持ち、生きていくという事が困難だった。夜半鬼を斬るところを見られ、人斬りだと指名手配を受けてしまう事もあったと言う。

 それでも一番規制の厳しかった頃を抜け、暫く経つと人の警戒心は薄れる。僕らにとってはとてもありがたい事だ。

 

 これからの時代の流れを考えると、今が一番活動しやすい時期だろう。僕以外知る事ではないけど、これから時代が進んでいくと、日本は戦争に向かっていく。警吏や軍が力を増し、徴兵され、日々の生活さえ厳しく監視されるようになる。

 鬼殺隊が世に知られずに居られるのも、そう長くはあるまい。産屋敷家の手腕があればギリギリまで形を保てるだろうが、下手を打てば反社会組織として追われる立場にもなりかねない。

 それは鬼も同じ。見つかれば全世界に存在が知れるかもしれない。そうなれば人類の脅威として、数の暴挙により淘汰の道へ進んでいくこともあり得るだろう。その危機感から今までと違った潜み方に変化していくだろう鬼達を、探すのは難しくなっていく。

 であれば、やはり今が山場と言える。例え物語の件がなくても、そう判断せざるを得ない。

 鬼舞辻無惨は千年鬼殺隊の手から逃れ、生き長らえてきた鬼だ。決して愚かではない。世の情勢も恐らく把握しているだろう。国が開かれ、変わっていく世界を理解しているだろう。

 やがて己の矜恃と現状を天秤にかけ、国外逃亡を図る事も有り得ないとは言えない。そうなってしまえば、鬼殺隊が無惨を殺す事はより一層困難になってしまう。

 そうなる前に、無惨を見つけ出し、その頸を斬らなければならない。

 

 その糸口になるのがこの子なんだよな。隣で弁当を突く竈門君を見る。

 家族を殺され、妹を鬼にされ、無惨に狙われている。日の呼吸に由来するかもしれない未知の技術を使う少年。僕の弟より少し年上なだけの、まだ幼さを残した、優しい子。視線に気付いた竈門君と目があって、誤魔化す様に笑いかけた。

 君にできる事が、僕にはほとんどない。それが少しだけ、哀しいな。

 

「美味しい?」

「はい!……あれ、煉獄さんもう食べ終わったんですか!?」

「呼吸で強化してるからね」

「呼吸でそんな事までできるんですね……」

 

 嘘じゃないよ本当だよ、体づくりの為に研究したんだよ。

 栄養吸収の力を呼吸で底上げする事により、エネルギーを蓄え体に循環させるのだ。甘露寺さんに会ってからは彼女の体質を参考に行なっている。

 まあ元々そういった身体な訳じゃないから、捌倍には全然届かないけどね。でも僕なりに最適化された筋肉はつけられていると思うんだ。

 竹筒からお茶を飲みながら皆が食べ終わるのを待って、乗務員さんに容器を回収して貰ってから、さてと懐に手を入れた。

 

「竈門君、これ。約束していた資料だよ」

「え!?日の呼吸のですか!?」

「うん。丁度見つけた所で騒ぎになったんだ。渡しておくから、後で見るといい。汽車に乗ってる間はやめておくんだよ、気分が悪くなってしまうからね」

 

 差し出すと、恐る恐る両手で受け取った竈門君がマジマジとその表紙を眺める。

 

「黒、なんですね」

「日の呼吸の剣士は黒い刃の日輪刀を使ったらしいからね。それに因んである」

「そうなんですか?俺の日輪刀も黒なんです」

 

 へえ、それはまた……意味深どころか確定的とさえ言えるな。

 日輪刀の色変わりで、失伝以来適性不明と見做されてきた黒刀。僕がその記述を見つけた所で、日の呼吸の指南が誰にも出来ない以上結局どうにもならなかったし、そもそも僕の代に黒刀を持つ剣士は居なかった。直系の子孫の時透君は、霞の呼吸の白だったし。

 黒い日輪刀、耳飾り。額の痣は別物だけど、竈門君はまるで本物の日の呼吸の剣士のようだ。ヒノカミ神楽を物にできれば、最強の座に手が届くような剣士にもなれるだろう。

 その呼吸を研究させてもらえたら、もう少し僕も強くなれたりしないだろうか。

 竈門君は少し黙って僕を見上げた後、大事に資料を懐にしまってから不意に尋ねてきた。

 

「煉獄さんって、気持ちを切り替えるのが得意なんですね」

「? どういう事?」

「匂いが……あ、俺匂いで人の気持ちが大体分かるんですけど」

「ごめんもっとどういう事?」

 

 匂いとかそんな事ある?耳が良いのは宇髄さんがそうだって聞いた事あるけど、鼻って……鼻が利くから気持ちがわかるって……全然意味がわからない。

 

「煉獄さんは感情の匂いがしても、すぐに分からなくなるんです。いつも平常心でいるとか、そういう事なんでしょうか?」

「待って、どういう匂い?例えばどういう匂いがしてるの?」

「えっと、今さっきは何だか羨ましそうな感じの匂いがしました!」

「うわぁ」

 

 うわぁ……。

 筆舌に尽くしがたい。僕は思わず頭を抱えた。

 確かにちょっと思ったけどそれを察されてるの辛過ぎる。あっけらかんとした調子だから多分竈門君は全く気にしてないけど、明らかに後輩隊士に持っていい感情ではない。

 気づいて欲しくなかったから表に出さないようにしてたんだよ。匂いで感情が分かっても多分その辺は竈門君解ってないな……。

 通路を挟んだ席で我妻君が聞いてないふりしながらこっちを気にしてるのも地味に辛い。我妻君はそういうの察せちゃうタイプなんだよね多分。

 気配りが出来るというか、人の感情の動きを常にある程度気にしてる。警戒心が強いから、地雷を踏まないようにいつも人の機微を窺っている様子がある。だから多分今も僕の気持ちを慮ってくれてるんだな。ありがたい。

 窓側の席で外を見るのに夢中な嘴平君はそもそも聞いていなさそうだ。正直とても助かる。

 というかもしかしてこれまで一緒に行動してた間の事も察されてる感じかな?竈門君の伸び代にちょくちょく嫉妬してたとか、他の柱とか父上を怖がってた事もバレてるのかな?

 うん、すごく恥ずかしい。表情とかには出てなかったはずだけど、匂いってそんなどうやって防ぐんだ。香り袋でも持てばいいのか。

 うん、兎に角羨ましい匂いには触れずに行こう。

 

「そうだね。普段から平常心でいるようにはしてるよ。その方が迷わず刀を振るえるんだ」

「そうなんですね!コツとかあるんですか?善逸とかにも凄く役立つと思うんですが」

「だから振るなよ俺に!俺今必死に聞いてないふりしてんのわかんないの!?」

「善逸は耳が良いから全部聞こえてるだろう」

 

 あ、そうなの?それ多分語感的に宇髄さんとかあの位良いって事だよね。

 ああ……じゃあ察してるんじゃなくて聞こえてるのか。筋肉の収縮とかで人の大体の思考がわかるって宇髄さん前に言ってたし。理屈は分かってもやり方は分からなかったけどね。

 そういえば嘴平君の触覚もその感じなのかな?五感それぞれに鋭い子が居たりするのかも。そう言えば、昔の柱に感覚の鋭い人がいたと聞いたことがある。岩柱の継子の、不死川さんの弟君は鬼喰いをしていると聞いたが、あれは味覚と考えることもできるか?全く才能豊かな子達だ。

 うーん、コツかあ。昔は押し入れに籠もってたけど、今は毎回そんな事をしていられない。母を亡くした頃からは、別のやり方で気持ちを落ち着かせている。

 

「コツというか、想像する事はあるかな」

「どんな想像ですか?」

「うん。胸の中で、火を熾すんだ」

 

 種になるものは何でも良い。誇りでも理想でも、己の中でいっとう大事な物を、抱き続けたい物を燃やす。それを小さな火から、炎へと育て上げる。

 身体の中心で燃え続ける炎。それは心臓と同じ様に、身体を突き動かす機関だ。

 その炎に、僕はいつも色んなものを託す。

 

「嫉妬や羨望、悲哀や辛苦、後悔や恐怖。障害になり得る感情……心を、囚われてしまう前に焼べる」

「捨ててしまうって事ですか?」

「捨てるんじゃない、燃やすんだ。燃やして、するべき事のために身体を動かす力にする。向き合うには時間が足りないから、足を止める訳にはいかないから、せめてそうやって連れて行く」

 

 本当は、一つ一つに向き合って、受け入れて進んで行けるのが一番良い。でも僕は強くないから、そうやっているとへし折れてしまいそうになる。自分の弱さと不甲斐なさが情けなくて堪らなくて、膝をついて蹲ってしまいそうになる。

 でも、そうしている時間は僕にはない。足を止めれば追いつかない。周りの命が損なわれてしまう。与えられた役割を果たせなくなってしまう。

 全てを燃やし、進まなければ、辿り着けない。

 

「火の熾し方は人それぞれだ。先の見えない暗闇を進む為の灯りとして静かに燃やす人もいる。誰かの道標になる為に、火そのものとして大きく明るく在ろうとする人もいる。でも、人は皆そうやって、心の火を、命を燃やして生きていると思うんだ」

 

 いずれ消えゆく物だとしても、懸命に燃え盛る命はとても美しい。

 願わくば、僕もそんな炎でありたいと思う。

 

 ……なんか、ちょっと詩的になっちゃったな?

 普段人に話したりしてこなかった事だからか、言語化すると妙に恥ずかしい。

 

「ち……抽象的な話してごめんね?あんまり気にしないで、そこまで役に立たないと思うから」

「いえ!凄く勉強になります!」

 

 本心で言ってくれてるなこれ。どれだけ素直なんだ。

 山育ちだからこんなに純朴なのか?眩しささえ感じる。心配になってきちゃうよ、本当に真っ直ぐな子だ。

 

「煉獄さんの強さの理由が少し分かった気がします!俺も頑張って心を燃やしますね!」

「うっ!積極的に使って行くんだね……吸収早いね」

「ありがとうございます!」

 

 いや本当迂闊な事言えないなこれ。呼吸のことを話す事は多くても、自分の事とかを話す事ってあまりないから……。あー恥ずかしい!匂いの事で動揺したからかな。もう集中しなきゃ、発車の時間になるぞ。

 少し熱くなってしまった頬を手で扇いでいると、音を立てて車体が揺れた。それと同時に通路向こうの嘴平君が椅子の上でビクンと跳ねたのが見えた。うん、和む。

 ガタン、ガタン。線路と車輪が組み合わさって鳴る音が、少しずつ感覚を狭めて行く。懐かしい様で、大分違うその感覚。

 窓の向こうの景色が流れて行く。眺めている間に、もう容易く止めることも下りることも出来ない速度になった。

 嘴平君が窓から身を乗り出して、我妻君に止められている。ああ、ぼんやりだけど確かな既視感を感じる。そうだ、こんな始まりだったな。

 

「嘴平君、はしゃいで居たら危ないよ」

「アァん!?」

「もう任務は始まっている。警戒して備えなさい」

 

 嘴平君と我妻君が一緒に動きを止める。そして、金色の髪がギギギと音を立てる様なぎこちない動きでこちらを振り向いた。

 

「……任務?にににに任務ってことは、まさか……鬼がいるのは、行き先じゃなくて……!?」

 

 無言のままにっこり笑って見せると、我妻君が青ざめて「騙されたぁぁぁぁあ!!」と叫んだ。

 人聞き悪いなあ。わざと勘違いを放置しただけだよ。もう降りられないから、一緒に頑張ろうね。

 




素体違えど同じ血を持ち、同じ環境で育ったので、考えはどうしても似る
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