そんな時、突然自分よりも年上の女性に話しかけられるのだが女性との出会いが少年の人生を大きく変えることになるのであった。
『チュンチュン』と小鳥が囀っている金曜日のお昼前。
いつもなら学校に行っている時間であるが、俺はサボってゲームをしている。
学校など全く楽しくない。
俺が通っている高校は進学校を謳ってはいるが、実際のところはそこまで進学実績が高いわけでもない。
無駄に土曜日も授業を行い、意味がほとんどない宿題を山ほど課す、いわゆる『自称進学校』というやつだ。
あんな学校の授業を受けるくらいなら一人で勉強していた方がまだ身になるというものだ。
俺は一人、公園のベンチでゲームに勤しんでいた。
本当であれば家でゲームをしたいところであるが、親がいる手前、堂々と学校をサボるわけにはいかない。
少し肌寒いが、俺が住んでいる場所は田舎であるため、時間つぶしに使えるようなお店などないに等しい。
平日の公園というのは利用するものがほとんどいない。子連れの子供か老人が散歩にやってくるくらいであった。
「ねえ、君」
ふと背後から誰かに話しかけられた。
背後を振り向くと、スーツを着た茶色い髪をの女性が俺をじっと見つめていた。
歳は二十歳くらいだろうか。小顔で整った顔立ちをしている。
「な、何ですか?」
「学校はどうしたの? 制服着てるけど」
もちろん、その女性とは知り合いなどではない。
確かに平日のこの時間に公園でゲームをしている学生など珍しいだろうが、赤の他人にとやかく言われる筋合いなどない。
「あー……サボりです」
なんて答えるか少し迷った末、正直にそう答えた。
すると、女性はなぜか俺の隣に座った。
「ふーん、そっかサボりか。それ、なんていうゲーム?」
女性が俺と距離を詰め、画面を覗き込んできた。フローラル系の心地よい香水の香りが鼻孔を突いた。
急に距離を詰められ、思わずドキッとした。
「え、えーと、その……カプットハンターっていうゲームです」
俺がゲームのタイトルを告げると、女性は「おお!」と手をポンと叩き、驚きの声を出した。
「それ知ってる! カプセルでモンスターを捕まえるゲームだよね。カプハン好きなの?」
「ええ、まぁ……」
有名なゲームだから知っていても不思議ではないか。
それにしても、なぜこの女性は俺にここまで関わってくるのだろうか。何かの勧誘か?
「あ、ごめんね。そういえばまだ名前言ってなかったね。私は能代恵梨香(のしろえりか)っていうんだ。この辺りにある会社で働いてるんだ。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします」
「ねぇ、君の名前はなんていうの?」
「大館和樹(おおだてかずき)って言います」
名前を告げると、恵梨香という女性は「ふーん、そっか~」と相槌を打った。
「それで、どうして学校をサボってるの?」
軽い口調で学校をサボった理由を訊いてくる恵梨香であった。
確かにサボりは良くないが、そちらこそどうして平日のこんな時間に公園にいるのだろうか。
お昼休みにしてはまだ時間が早い気がする。
俺はゲームを一度スリープさせることにした。
「単純にめんどくさいんですよね。授業はつまらないし、意味のない宿題を出してくるし」
「ふーん、そっかー。好きな授業とかはないの?」
「特にないですね」
まぁ、強いて挙げるとすれば現代文の授業くらいか。読書は良くするため、現代文の授業は受けていてそれなりに楽しい。
あくまでそれなりにだが。
「だいたい一生懸命、勉強したところでこれから待っているのは退屈な人生じゃないですか。大学に行って、就職そして……やりたくもない仕事を続けて一生を終える。勉強なんて頑張ったところで大して意味ありませんよ」
「ふ~ん、君は随分と捻くれてるね~」
恵梨香は愉快そうにケラケラと笑った。
「それじゃあさ、好きなことはある?」
「そりゃ……ありますよ」
「ふーん、どんなこと?」
「漫画とかゲームとかですかね」
恥ずかしいため普段の学校生活ではあまり知人らに教えない趣味であるが、この人にはなぜか正直に告げてしまった。
「いいじゃん。それ、そういうの仕事にしなよ」
「え?」
恵梨香が一体何を言っているのか分からなかった。
「漫画とかゲームとか好きなんでしょ。それじゃ、そういうのに関わることができるの仕事にしたらって言ってるの」
「そんなの……無理ですよ」
無理であることを告げると、恵梨香は急に真面目そうな表情でじっと見つめてきた。
思わず心臓がドクンと大きく鼓動した。
「どうしてそう思うの?」
「どうしてって……」
漫画など自分で描いたこともないし、ゲームだって同じだ。
一度、漫画やゲームの作り方をネットで調べたことはある。
しかし、とても難しそうで挑戦する前に諦めてしまった。
「無理って思ってるんでしょ。分からないじゃん。君は自分の可能性を否定しすぎだよ。もっと自分を信じてもいいと思うよ」
「そんなの……あなたに何が分かるっていうんですか」
「分かんないよ。けどね、分かんないからこそ言えるの。もっと自分を信じてもいいと思うよ。あんまり捻くれないでさ。思いっきりやってみなよ」
何でこの人は出会ったばかりの俺にこんなことを言ってくるんだ。
しかし、思いっきりやるか……俺はいつから本気で物事に取り組むのに怖くなったんだろう。
俺は勉強やスポーツなど失敗したら、その都度親や教師に怒られ、いつからか本気で取り組むのが馬鹿らしくなった。
「失敗してもいいと思いますか?」
「うん、もちろん。失敗は成功の父! だよ」
大きくもない胸を張ってドヤ顔で間違った諺を披露する恵梨香であった。
「あ! 今、ちょっと失礼なこと考えなかった?」
「い、いえ! 別に! それより、それを言うなら失敗は成功の母ですよ」
「あははは! そうだね。ねぇ、君。携帯持ってる?」
「え? 持ってますけど……」
すると、恵梨香はポケットからスマホを取り出した。
「ここであったのも何かの縁だし、連絡先交換しよう!」
なんと連絡先の交換を持ちかけられた。偶然、出会った赤の他人と連絡先を交換することになるとは思わなかった。
「わ、分かりました」
恵梨香と連絡先を交換し、追加された彼女の名前をじっと見つめる。女性の連絡先が増えるのは家族以外で初めてである。
すると、恵梨香は俺の頭を撫でてきた。急に頭を撫でられ、恥ずかしくなり思わず顔が熱くなる。
「それじゃ、私も仕事に戻るね! そろそろ戻らないとサボったのバレるし。もしもゲームとか漫画を作ったら私にも見せてね!」
恵梨香は颯爽と仕事に戻っていった。というか、やっぱりサボりだったのか。
「さてと……俺も学校に行くか」
俺が今やっている勉強が何の役に立つかは分からない。いや、もしかしたら役に立つことなどないかもしれない。
だけど、少しは頑張ってみるか。
「いや~、そんなこともあったね懐かしい」
「あの時は驚いたよ。なにせ見知らぬ人間が急に話しかけてきたんだからな」
「けど、あれが和樹くんと出会ったきっかけだったわけだし、私の気まぐれがなければ結婚することも、ゲームを作ることもなかったかもしれないよ?」
「そうだな」
それは認めざるを得ない。七年前、もしも恵梨香が俺に話しかけてくれなかったら俺は捻くれたままだっただろう。
きっと、無難な仕事を選び、文句を言いながらさして面白くもない毎日を過ごしていたはずだ。
俺は大学卒業後、自分で会社を立ち上げ、ゲーム制作を行う毎日を過ごしている。
そして一年前、俺は彼女にプロポーズし、結婚をした。
高校時代、自分でゲームを作った俺は早速、恵梨香にプレイしてもらった。
拙い部分が多々あったにも関わらず、彼女は『すごく面白い』と言ってくれた。
俺はプレイ中に見せた彼女の笑顔を忘れることができない。
いや、彼女の笑顔を見るたびにゲームを作っていると言っても過言ではない。
「誕生日、おめでとう。恵梨香」
「うん。これからもよろしくね、和樹くん」