竜殺しだけど竜殺しじゃない竜殺しのお話   作:竜殺し

2 / 6
小説のお気に入りなどの情報を見てお茶を吹いた私です
一発ネタでお気に入り百件超えたら書こうとか思っていたら、気づけば百五十超えて今は二百を超える不思議

皆様に感謝しかありません








竜殺しだけど竜殺ししない竜殺しのお話

 ジークフリートという男にとって、任務の無い時間というのは存外暇を持て余しているのが常だったりする。

 無論、自己研鑽は怠らない。何なら一日中鍛錬に明け暮れても良いかもしれない。実際、彼は剣を振るだけで一日を浪費したこともあった。

 誰しもが、彼を狂人であるかのように見て、聖人の様に崇め、英雄として憧れる。

 しかしその実態は、

 

「すまない、無趣味な人間で本当にすまない」

 

 趣味探しをするつまらない男だった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「―――――ふむ、これは何とも」

 

 築百年は優に経っているであろうアパートメントの一室。

 現英雄とも呼ばれるジークフリートの住んでいる一室であるのだが、途轍もなく簡素だ。

 梁の高さは最低でも二メートルで百九十センチの彼が頭をぶつける事は無い白い所々剥げのある壁紙の一室には、身長に合わせた金属フレームのベッドが一つ。カウチが一つ。その前には簡素なテーブルが置かれ、部屋の隅には三段の本棚。窓際にはサボテンの鉢植え。

 電化製品などは、基本的に冷蔵庫など位しか置かれておらず、テレビやパソコンは愚か、ラジオすらも置かれていなかった。

 そんな簡素を形にしたような部屋に隣接する小さなキッチンに、件の英雄の姿はあった。

 彼の前には、銀の大き目なボウルが置かれその中には牛乳と卵を混ぜ合わせた液に四等分にされた食パンが浸されていた。

 作っているのはフレンチトースト。パンを切ってあるのは、単純に液が染み込みやすくトロリとした味わいとなるから。イチゴジャムをたっぷりつけて頂く。

 現在朝の七時を少し回ったところ。彼の朝食は、手抜きと思われそうだが大抵こんなもの。むしろ、存外かわいらしいものを食べると思われるかもしれない。

 

「やはり、甘味は良いな」

 

 口の端についてジャムをなめとって、ジークフリートは一息ついた。

 結構な量を食べていたように見えたがまだまだ余裕が窺える。

 ボウルとフライパン、皿やフォークなども洗い。マグカップにコーヒーを注いでリビングへ。

 特に何かをする予定などは無い。無趣味ゆえに致し方なく、悪魔狩りをするほどの敬虔でもなく狂信的でも妄信的でもないジークフリートは、このままカウチに腰掛けた状態で一日を浪費していくことになるだろう。

 

「…………ん?」

 

 このままであったなら。

 この部屋で最も最新の文明の利器である二つ折りの携帯電話が鳴る。スマホなどの文明の利器は、彼の手元には無いのだ。

 

「はい」

『仕事だ、ジークフリート。今回は、あるお方の護衛。期間はこれより帰還し、送り届けるまでだ』

「了解」

 

 短い会話が交わされ、そこで通話は切れた。

 彼の休日は、時折、というか結構な頻度でこうして潰える事が多かったりする。そしてそれを当人も気にしていない為に、仕事が舞い込み続けるのだが。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 教会の人間は基本的に敬虔な信者ばかりだ。ほぼ全員が、神への信仰心を拠り所としており、同時に狂信的で妄信的であるとも言える。

 故に、神の不在(・・・・)はトップシークレットとされていた。

 

「久しいですね、ジークフリート。竜殺しの英雄よ」

「…………」

「今回は、貴方に護衛を任せます。こちらへ」

「御意」

 

 金髪の美丈夫、ミカエルの前でひざまずくジークフリート。

 彼こそ、現天界陣営のトップを張っている熾天使にして、システムの管理者でもある。

 

「任務の内容は?」

「はっ、ミカエル様の護衛となっております」

「その様子だと、詳しくは聞き及んでいないみたいですね」

「…………」

「今回向かうのは、日本。貴方も馴染みがあるでしょう?駒王町です」

「…………」

「目的は三大勢力の和平。今の世界情勢はどこまで?」

「テロリストが、徐々に動き始めている所でしょう。俺も、一度勧誘を受けましたから」

「ほぉ、教会の戦力にも彼らは手を伸ばしているんですね」

「英雄派と名乗っておりました。首魁は、曹操と」

「曹操……三国志の英雄ですね。神器保有者でしょうか?」

「…………」

「ジークフリート?」

「…………あの男の神器は、【黄昏の聖槍】です」

「ッ、そう、ですか…………」

 

 神器の上位種である神滅具。その中でも始まりであり、同時に序列一位という文字通りの神をも殺せる聖槍。

 それは、存在するだけでも彼ら教会陣営にとっては忘我の境地へと至らせるほどの神聖さを持ち合わせ、悪魔を滅ぼしかねない特級の代物。

 そんな槍が、テロリストの手の中にある。それだけでも、熾天使である彼にとってもまた衝撃的であった。

 ジークフリートが言い淀んだのは、相手の内心を慮っての事。因みに彼には、何ともない。槍は槍でしかなく、武器は武器。それが由緒あろうとも、名が知れ渡っていようとも敵対するならば戦うのみであるのだから。

 良くも悪くも、彼は孤高だ。

 誰よりも前に立ち、誰にも背中を預けず、誰かに頼る事をしない。

 英雄とは、そう言うものだ。特に、ジークフリートという、シグルドという英雄はその側面が強いと言えるだろう。

 “誰か”の為に邁進し続け、最後はその背を裏切りによって貫かれた。

 

 魂を継ぎ、完成した彼もまた、その記憶が無いわけではない。しかしそれでも、英雄は止まらない。

 再びその背を貫かれる、その日まで。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 日本家屋というのは、天井が低いとよく言われる。

 ただこれは、単純に日本人の身長が低いため天井を無駄に高くする必要が無いためだ。

 

「…………」

 

 諸刃の大剣を背に、左腰に魔剣をそれぞれ装着したジークフリートは腕を組んで目を閉じ待っていた。

 彼の前では、今まさにミカエルが今代の赤龍帝である一誠へと聖剣を譲渡している所。ジークフリートは護衛である為立ち会っているが、興味のある光景ではないらしい。

 

「あの、ジークフリートさん?」

「…………どうした」

 

 聖剣アスカロンを進呈され、神滅具の中へと取り込んだ一誠がジークフリートへと話しかけた。

 

「いや、その……あの時は、助けてくれてありがとうございます」

「……?俺が、君を?」

「えっと、あの堕天使が来た時なんですけど…………」

「気にするな。戦闘行為には何の支障も無かったからな」

 

 素っ気ないとも取れる態度だが、元より口下手である為会話を膨らませる事は出来ない。

 一誠としても、もう少し英雄とも称される彼と話したいと思わなくもないが、如何せん相性が悪すぎる。特に今はミカエルの護衛の為に自身の持つ魔剣と黄昏の剣の二振りを携えた状態。(ドラゴン)絶対殺すマンとでも言うべき状態だ。龍の神器を持つ一誠には近寄るだけでも辛いものがあった。

 

 短い対談を終え、ミカエルとジークフリートは厄介になっている教会へ。

 一時期は、堕天使がのさばり加護の外れてしまった場所だがミカエルが訪れたことにより、それを解消。悪魔の寄り付けない駆け込み寺状態であった。

 

「貴方から見て、彼はどうですか?」

 

 ジークフリートの用意した紅茶に口を付けながら、ミカエルは問う。

 赤龍帝もとい、二天龍というのは三大勢力にとってのみならず世界的にもその存在が持つ影響力は大きいと言わざるを得ない。

 

「可も不可も無く。今はまだ卵の殻を被った雛鳥かと」

「ふふっ、優しい評価ですね。飛び立てる雛鳥、ですか」

「それは、彼の周り次第かと。少なくとも、才能は有りません」

 

 それが、ジークフリートから見た戦士としての一誠への評価。

 彼とて神滅具の力は知っている。すでに複数の神器保有者と戦い下してきた実績もあるのだから。

 その上で、神器保有者の特有の弱点も知っていた。

 

「彼らは等しく、神器に頼った戦いを主としています。赤龍帝の籠手は、十秒ごとの倍化が主。であるならば今の彼が禁手化しようとも、俺の障害足り得ない」

「……驕りでは?」

「力を誇れ、それは彼らとの誓いですので」

 

 生きられなかった命ほど、重いものは無い。

 ジークフリートの剣はそれだけ、重かった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 駒王学園会議室。

 今宵この場に集まる三大勢力のトップたち。

 悪魔陣営からは、四大魔王の内、サーゼクス・ルシファー、セラフォルー・レヴィアタン。

 堕天使陣営からは、総督であるアザゼル。

 そして、天界陣営からは、ミカエル。

 各々が顔なじみであるが、纏め役とするならばこの中ではアザゼルが一番長いか。因みに悪魔陣営が二人であるのは、ホストという事もある。

 

「おいおい、ミカエル。お前、気合入り過ぎじゃねぇか?」

「いきなりなんですか、アザゼル。言いたい事があるなら、ハッキリと言ったらどうです?」

「チッ、見せびらかすように竜殺しの英雄を連れ回すなって話さ」

「ですがそちらも、白龍皇を連れているじゃありませんか」

「こいつは勝手についてきたんだっつの」

 

 アザゼルが天界に居た頃からの付き合いである二人。

 そんな彼らから距離を置いたジークフリートに絡む一人の男。

 

「初めまして、と言うべきか竜殺しの英雄よ」

「………君は」

「俺の名は、ヴァーリ。今代の白龍皇だ」

「そうか」

 

 戦意を滾らせて迫ってくるヴァーリだが、ジークフリートが乗る気配はない。

 元より今回の彼の仕事はミカエルの護衛だ。必要以上に戦う事など良しとしないし、護衛対象である彼を放りだして私欲に走るなど以ての外。

 目を瞑ったジークフリート。流石のヴァーリも相手が乗ってこなければ、この場(・・・)では手を出せない。

 

 

 そんな不穏な幕開けより始まった和平会談。

 議題は、聖剣強奪。コカビエルの一件。これは、聖剣回収に赴いたジークフリートが居たお陰と言うべきか大した被害は出なかった。強いて挙げれば、校庭の一部に強力な竜殺しのオーラが滞留してしまい数日の間赤龍帝である一誠が近寄れなかった位。

 次に上がるのが、アザゼルが大量の神器保有者を自身の陣営に集めている点。元々胡散臭い事で有名な彼だ、特にミカエルなど黒歴史ノートを持ち出す始末。

 とはいえ、彼とて何も考え無しにそんな事をしていたわけではない。

 

「俺が神器保有者を集めて―――――チィッ、来やがったな」

 

 瞬間、世界が冗談無しに止まる。色を失い、その場で動けるのは確かな実力者のみ。

 

「ミカエル様」

 

 その一人、ジークフリートは腰の魔剣の柄に手を掛けて警護対象であるミカエルの側へ。

 動けないのは、この場に呼ばれたグレモリー眷属とシトリー眷属のみ。リアスは一応動けていた。

 世界が停止していたのは、ほんの少しの間だけ。だが、窓の外は様変わりしていた。

 

「ジークフリート」

「はっ」

「私はこれより、サーゼクス、セラフォルーと共に結界を張ります。貴方は、外で襲撃者を討ちなさい」

「…………」

「心配せずとも、貴方が間に合わない程に早くやられたりはしません。頼みましたよ?」

「……御意」

 

 命を受け、戦士は戦場に立つ。背後では、結界が構築され前方には多数の襲撃者たちが魔法陣を通して学園を覆う結界内に侵入してきていた。

 何より、

 

「あらあら、セラフォルーを殺す前の手慰みかしら?」

 

 今回の首謀者である褐色の美女、カテレア・レヴィアタンがジークフリートを空より見下ろしていた。

 

「…………」

「竜殺しの英雄でしたか。ふっ、人間の中で持ち上げられた程度で図に乗るなんて、随分と安い英雄ね」

「…………」

「この真の魔王である、私の敵ではありません」

 

 言って、カテレアは前座としてジークフリートへと向けて手をかざした。

 膨大な魔力が陣を築き、放たれるは紫電の一撃。受ければ、上級悪魔であろうとも一発で消し炭になる事間違いなし。

 だが、

 

「―――――児戯に付き合うつもりはない」

 

 抜き放たれる魔剣。そこから発された圧倒的なまでのオーラが紫電を飲み込み消し飛ばしてしまう。

 英雄とは、一番わかりやすい形態として、人の身で人外の怪物を打倒するというものがある。ジークフリート、シグルドの逸話ならば竜殺しといった具合に。

 如何に聖剣や魔剣を携えようとも、その実力は実際の本人に依存する。

 

 ジークフリートも自身より弱い相手に悦に浸る様な戦いなどしてこなかった。それどころか、己の堅牢な肉体すら貫きかねない相手と戦った事も少なくない。

 今回の相手、カテレアも旧魔王派として十分な力はあるだろう。だが、それでもジークフリートにとっては背中の剣を抜く必要が無い程度。

 

「貴様がどれほどの覚悟を持とうとも、俺は貴様を、貴様たちを打倒する。ここより後ろに進みたくば、俺の屍を踏み越える事だな」

 

 地面に魔剣によって線を引き、その刀身に膨大な負のオーラを纏わせたジークフリート。その存在感は彼が何倍にも肥大したかのような威圧感があった。

 これには、襲撃者たちも黙っていない。しかし、接近戦では勝ち目が無い事は明白。

 それぞれが遠距離手段を、それは神器であったり魔法であったり様々だが、それら極光がジークフリートへと襲い掛かってくる。

 

「フンッ!」

 

 対して彼はその場から動かずに、横薙ぎに魔剣を一閃させる。

 魔剣グラム。あらゆるものを切り捨てる聖剣デュランダルにも勝るとも劣らない逸品であるこの魔剣は、何と言ってもその破壊力が凄まじい。

 それこそ、生半可な神器など逆に破壊するのではと思えるほどだ。

 

「…………ッ、これほどとは……!」

 

 カテレアもまた、目の前の光景に冷や汗を流す。

 人間の英雄であると侮っていたのは事実だ。自分には勝てるはずが無いと驕っていた事もまた事実。

 しかしそれは、淡い幻想でしかなかった。

 今も、嵐のような攻撃を魔剣一振りで全て叩き落し、斬り潰し、弾き返す。奔る魔剣のオーラは触れただけでも一瞬で老け込ませるほどの恐怖を相手に刷り込み圧巻の一言。

 更に、

 

「―――――“我が身は、竜殺しなり”」

 

 刀身に指を這わせ、真名解放。竜殺しの呪いが全開となり、横薙ぎに振るわれた一閃によって襲撃者の尽くが消し飛んでいた。

 これだけでも、相手の戦意をへし折るには十分すぎた。何より、今回の襲撃には英雄派と呼ばれるメンバーの下部構成員も交じっており、彼らの心は既に折れている。

 

 そしてそれは戦況を見ていたカテレアも同じく。

 

「~~~~~ッ!我らが首領、オーフィスの力をこの身に!」

 

 故に、切り札を切った。

 取り出した小瓶の中には一匹の蛇が。それを彼女は飲み干したのだ。

 瞬間、まるで位階が上がったかのような爆発的な力の上昇が発生し、彼女を中心とした魔力の嵐が吹き荒れる。

 オーフィス。無限の龍神にして、世界最強の片割れ。この蛇は、そんな龍神の力の一部を己へと取り込むことで増強するドーピングのような物。

 だがしかし、彼女のこれは悪手と言う外ない。

 

「―――――これ以上の時間は、無駄だな」

 

 魔剣を片手に携えたジークフリートが、一瞬の合間にカテレアの前に現れていた。

 振り下ろされる一閃。それは、防御に発現した魔法陣すらもガラス細工のように割り砕き、容易く彼女の右半身を消し飛ばしていた。

 オーフィスは“龍”神だ。そして、ジークフリートは竜殺し。

 本体ならば未だしも、力の端末程度ならばお話にもならない。

 

「わ、私は…………!」

「貴様の言い分など、俺は知らん。敵として、俺の前に立った。それだけだ」

 

 奥の手である自爆すらも許さない。猛るオーラを纏わせて振り上げられた一閃により、カテレアの体は塵一つ残さず消し飛ばされる。

 襲撃は明らかな失敗。降り立ったジークフリートの完全勝利と言っても差し支えないだろう。

 だが、彼は魔剣をそのままに構えこそしないまでも警戒を緩める様子が無かった。

 

「凄まじいな。流石は、人間最強候補の一人と言ったところか」

 

 背より神滅具【白龍皇の光翼】を出現させ宙に立つヴァーリは、戦意を隠そうともせず、言葉を落としてくる。

 

「……君が、裏切った経緯はどうでもいい。ただ一つ、敵か、味方か?」

「敵さ。俺が目指すは、最強の座。何より、アースガルズに喧嘩を売らないかと誘われていてね」

「そうか」

 

 返答は簡潔に、しかし濃密な殺気がヴァーリに襲い掛かる。

 ビリビリ肌を刺すような、刺激にしかし彼は好戦的に口角を歪めた。

 

「―――――禁手化!」

 

 纏うは、白銀の鎧。白龍皇の鎧と呼ばれるそれは、ある種の神器の極み。一定の力量に達した証拠である。

 効果は、半減と吸収。相手の力を削って、己の力へと変えて余剰分を翼より放出するという造り。

 だが、

 

「…………半減が、上手く作用しないな」

『気を付けろ、ヴァーリ。奴は竜殺しだ。喰らえば、お前と言えども致命傷は避けられんぞ』

「分かっている!」

 

 上手く作用しない神器の効果。忠告する相棒の言葉を振り切るようにして、ヴァーリは飛んだ。

 彼は最強を求める。その手始めが、竜殺しの英雄など自殺行為にしか思えないがそれでも彼自身は、負けるつもりは無かった。

 

「―――――ガッ!?」

 

 その瞬間まで。

 何が起きたのか分からないというのが、率直な感想。

 ジークフリートに突っ込んだところまでは覚えている。だが、気づけばヴァーリは上空の結界を見ていた。

 斬られた、訳ではない。斬られれば竜殺しの呪いによって、彼の体にはこの世のものとは思えない激痛が走る筈であるから。

 ならば何が起きたのか。

 それは、外野から見ていたものならばよく分かっただろう。

 

「化物か、あの男…………!」

 

 冷や汗を頬ににじませたアザゼルが結界の向こうより、そう呟く。

 彼含めてジークフリートへの援護に向かおうと言い出す者は少なくなかった。だがそれを、ミカエルが封殺。むしろ邪魔になるとして、彼らを止めたのだ。

 結果はどうだ。彼の言う通り、無駄な手助けはむしろ邪魔になった事だろう。

 

 そして今。歴代最強の白龍皇と名高いヴァーリが青天を食らっている。

 何をしたのか。何の事は無いカウンターで顔面を殴りつけてその勢いのまま地面に叩き付けただけ。

 ジークフリートは“剣士”ではない“戦士”なのだ。徒手空拳は疎か、槍もメイスも暗器だろうが使える。剣ばかりなのは、単純に剣が得意であるから。

 

「ぐっ…………!」

「大人しく投降しろ白龍皇」

 

 倒れたままのヴァーリに魔剣の切っ先を突き付けたジークフリートはそう告げる。

 だがそれは、到底彼には受け入れられるものではなかった。

 

「嘗めるなよ、ジークフリートォ!」

 

 吠えると同時に、ヴァーリは魔力を全身から放出し疑似的な爆発を引き起こした。

 この程度でジークフリートの姿勢が崩れる事は無い。だが、倒れているヴァーリは違う。衝撃によってその体は大きく後方へと飛んでいた。

 距離が空くが、ジークフリートは追う素振りすら見せない。

 それが、今の実力差を表しているようでヴァーリの苛立ちを加速させていく。

 

「見せてやる、俺の力を!!!」

 

 竜の気配が増していき、鎧の輝きがより一層強まった。

 

「『Half Dimension』」

 

 掛け声と同時に展開される領域。触れた全てを半減させるそれは、周りへの影響を顧みることなく、ジークフリートへと迫る。

 いつものように魔剣による迎撃―――――とここで、彼は予想外の行動へ。

 

「…………貴様の性根をへし折る。そして、そこからやり直せ」

 

 魔剣を鞘へと納め、背負った大剣の柄に手を掛けたのだ。

 引き抜かれるそれ。十字架を模したような柄と鍔、刀身であり、柄には蒼い宝玉がはめ込まれその中には太古のエーテルが揺らめいている。

 聖剣にして、魔剣。二種の相反する性質を有した黄昏の大剣。

 

「―――――邪悪なる龍は失墜し」

 

 竜殺しという点においてはグラムと並ぶ世界トップクラスの一振り。

 

「―――――世界は今、落陽に至る」

 

 溢れんばかりの魔力と聖力の二つが刀身を包み、黄昏の極光を成す。

 

「―――――撃ち落とす」

 

 その剣の名を、

 

「―――――“幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)”!」

 

 突きの構えから放たれた黄昏の極光は、極太の光線となってヴァーリへと突き進みその姿を鎧ごとアッサリと飲み込んでしまう。

 極光は、斜め上への軌道で放たれており結界を薄紙の様に突き破って夜空を貫き、雲を抜けて成層圏を掠めていく。

 たっぷり十秒の放射。徐々に細くなり消えた極光。

 その後では、校庭に焦げ目が刻まれており穴の開いた結界が空気に溶けるようにして消えていくところであった。

 

「加減はした。貴様の預かりは、未だ堕天使勢力、アザゼル総督だからな」

「…………」

 

 鎧が解除され、仰向けに倒れたヴァーリは辛うじて息をしているが確かに生きていた。

 ジークフリートが手心を加えたからだ。その程度の事は、余裕。半分寝ていても出来る。

 

 和平会談。本来ならば、テロリストである禍の団の危険性を喧伝するような事態になる筈であった。

 だが、たった一人の英雄がその暴走を阻む。

 圧倒的な力と、今後の火種を携えて。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。