竜殺しだけど竜殺しじゃない竜殺しのお話   作:竜殺し

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竜殺しだけど竜殺ししない竜殺しのお話 Part2

 世界というのは、残酷だ。善性を信じた為に、貧乏くじを引かされることだって少なくはないし、何より詐欺師というものはそういうもの。

 そんな詐欺師に真っ先に引っかかり、詐欺関係なく踏み倒す者も実は居たりする。

 

「すまない、金は持っていないんだ。ただ、君の両親を救う為の手立てを用意はした。案内してはくれないか?」

 

 騙された上でも救う彼は、確かに英雄なのだろう。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 駒王学園も学校だ。夏休みを終えて、新学期。新任教師であるアザゼルや、転入生である紫藤イリナとゼノヴィアがそれぞれ教員と生徒に加入することになったがそれ位。

 少なくとも、表の学校生活には殆どの変化が無かった。

 

「…………」

 

 ホースからノズルを通ってシャワーとなり草花を揺らす水を見ながら、ジークフリートはひと時の平和を噛み締めていた。

 英雄と呼称されようとも、彼自身は戦闘狂ではない。平時はゆっくり眠り、甘味を食べて、日光浴をする。鍛錬もするが、殺伐としているのはそれ位だ。

 今彼の仕事は、学園の用務員。生徒として編入することも提案されたのだが、彼自身が多忙であり仮に学園に通っても欠席が増えるばかりになりかねない。

 という事で、居なくなってもそこまでバレる事の無い用務員という場所で落ち着いた。

 もっとも、筋肉質な体に、灰色のつなぎを大きく膨らませる様な体格と褐色の肌。帽子と眼鏡で隠しても目立つ整った容姿のせいで少なからずの噂にはなってしまっていたのだが。

 

 ノズルのトリガーを戻して水を止め、ジークフリートはボーっと水に濡れて陽光に輝く花を眺めている。

 腑抜けているようにも見えるが、任務の無い時の彼は大体こんな感じだ。

 果たして、苛烈にして壮絶にして剛毅な剣を振るう彼と、今の彼、どちらが本当なのだろうか。

 

「こんにちは、ジークフリートさん」

「…………ああ、こんにちは。君は……支取だったか」

 

 穏やかな昼下がりに、ジークフリートへと声を掛けたのは、この学園の生徒会長であり悪魔の若手の一人、支取蒼那。

 彼女が、声を掛けたのは今の情勢を考えての顔つなぎ。そして、王として自分の眷属を鍛えてくれている彼への礼があったから。

 ただ一つ驚いたとすれば、彼の何というかオーラの無さ。

 蒼那もまた、学園でのカテレア襲撃に立ち会った。

 何もできなかったが、その戦闘力に関して結界越しにもその目で見たのだ。圧倒的な、それこそいかなる策を用いようとも踏み壊されると理解させられるようなそんな戦いを。

 

 その上で、今のジークフリートはオーラが無い。どこにでもいるような、穏やかな青年、ともすれば少年にしか見えない。

 

「何か用か」

「あ、いえ、その…………」

 

 花に視線を向けたまま問うてくるジークフリートに、蒼那は言い淀む。

 言葉はあったはず。だが、そのどれもが、この穏やかな光景を崩してしまう気がして、彼女の喉を塞き止めてしまっていた。

 かといって、声を掛けたのは彼女だ。このまま何も言わないというのもバツが悪い。

 

「花、お好きなんですか?」

 

 という訳で、当たり障りのない言葉を選ぶことにする。

 キョトンとした顔を蒼那に向けるジークフリート。だが、直ぐにその口元に穏やかな笑みが浮かぶと口を開いた。

 

「花、というか植物、自然を見ているのは好きだ。心が落ち着く」

 

 似合わないがな、と彼は笑って膝を折ると花へと手を伸ばし撫でるように触れた。

 優しい手だ。誰よりも血に汚れながら、それでも大切なモノに伸ばされ続けてきた手はしかし何も掴めてはいなかったが。

 

「…………戦う事がお嫌いなんですね」

 

 あまりにも優しい光景に、蒼那は思わずそんな事を呟てしまう。

 呟いてから、自分は何を、とも思わないでもないが目の前の彼は咎めるでもなく、怒るでもなく、ただぼんやりと花を見つめたまま口を開く。

 

「…………そう、だな。ああ、そうだ。俺は、そもそも戦う事は好きじゃない」

「…………」

「この血塗れの手で言う事ではない、が俺は一度も戦いに高揚感を求めた事は無いんだ」

「では、なぜ、戦うんです?」

「それが、俺に求められたことだからだ。戦い、勝ち、打倒する。この身が滅ぶその時まで、立って戦う事を求められた。ただ、それだけでしかない」

 

 ジークフリートは典型だが、英雄とは求められるものだ。それが何であれ、求められるからこそ英雄は成立し、後の世にまで語り継がれることになる。

 彼もまた、求められたからこそこの場に居る。

 

「世界の平和の為には戦わないんですね」

「………………」

「ジークフリートさん?」

 

 黙ってしまった彼に、蒼那は首を傾げた。

 彼の顔を覗き込むために腰を曲げて前に乗り出してみれば、何やら渋い顔をしているではないか。

 

「ど、どうしたんですか?」

「…………いや、平和と言われたからな。少し、考えていた」

「?」

「支取。君は何をもって、平和と呼ぶ?」

「それは…………」

 

 思わぬ、と言うほどではない。ありふれているが、同時に答えの出る事の無い命題とも言える問い。

 この問いに答えるには、大前提として平和とは何なのかを定義するしかない。

 

「…………とりあえず、禍の団を討伐する事でしょうか」

「そうか…………」

 

 どうやら、彼が求めた答えではなかったらしい。

 花から手を離したジークフリートは立ち上がると踵を返してしまう。

 

「ジークフリートさん!貴方の思う平和は、一体何なんですか!」

 

 離れていく背中に、蒼那は叫ぶようにして問うた。

 聞かねばならないと思ったから。かの英雄が、いったい何を思ってこの質問をしたのかを知りたかったから。

 立ち止まったジークフリートは、首だけ振り返る様に捻り、

 

「恒久的な平和は存在しない。平和は全て、仮初だ」

 

 ただ一言、それだけを呟き去っていく。

 多くの戦いを見てきたからこそ言える彼の言葉は、重い。それだけの裏を見てきたし、笑顔のままその背に斧を隠して握手するような講和も見てきた。

 平和という夢を見るには、最早遅すぎるほどに。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 三大勢力の和平と禍の団の行動により、世界は急速に慌ただしくなり始めている。

 

「しばらくぶりではないか、ジークフリートよ。また、儂の身辺警護を任せよう」

「はっ」

 

 重視されるのは各勢力の繋がり。

 今回もレーティングゲームへと御呼ばれしたオーディンは、自身の警護としてジークフリートを指名していた。傍らには、付き人のロスヴァイセが居る。

 今回は、彼女も何も言わない。むしろ、頬を赤らめてチラチラとジークフリートへと視線を送っているではないか。

 そして、

 

「は、初めましてジークフリート……いいえ、シグルド。貴方に出会えて、光栄です」

 

 ジークフリートの前に立つのは、水色の髪をした美女。

 ロスヴァイセの様にヴァルキリーの鎧姿なのだが、その雰囲気は精錬されており抑えても溢れる魔法力は確かな強さを感じさせる。

 彼女こそ、今代のブリュンヒルデ。実力ならば、ロスヴァイセを優にしのぐほどであり今回のレーティングゲーム鑑賞についてきたのだ。

 

「……すまない、俺はシグルドではなくジークフリートと名乗っているんだ。君には申し訳ないが、ジークフリートと呼んではくれないか?」

「…………ええ、分かりました。では、ジークと呼ばせていただきます」

「あ、ああ」

 

 思いのほか、グイグイと突っ込んでくるブリュンヒルデに、さしものジークフリートもしどろもどろ。

 何より、目の前の彼女は今までに出会った女性陣の中にも埋もれる事の無い美人。

 端的に言って、彼は照れていたのだ。無論、ブリュンヒルデの名が彼にとってどれほどの意味を持つのか知らないわけではない。

 シグルドの死因は彼女と出会った事。もっとも、彼の場合は破滅すると予言されていながら自分の一目惚れを押し通した結果ではあったが。

 ジークフリートの場合は、どちらかと言うと受け身。思われている事に気づくことなく、悲劇を起こしてしまった。

 

 頬を掻くジークフリートと、そんな彼に詰め寄るブリュンヒルデ。

 名に宿った逸話からも距離が近くなるのは自然であった。だが、この場において二人の距離が近すぎると面白くない者がいる。

 

「あ、あの、先輩?少し、ジークフリートさんに近いのでは……?」

 

 ロスヴァイセはおずおずとしながらも、声を掛ける。

 前回の一件。チョロいと言うなかれ、彼女もあそこまで異性が近かった試しが無いのだ。それも、耳元で名前を囁かれるオマケ付き。

 不幸とすれば、ジークフリート本人にそこまでの意図が無かった事か。

 

「あら、ロセ。他勢力の重要人物と繋がりを持つことは重要でしょう?」

「そ、そうですけど……」

 

 だが、実力も地位も上の相手。それも戦い方を教えてもらった師匠筋が相手では分が悪い。

 黙ってしまったロスヴァイセから視線を外し、ブリュンヒルデはジークフリートへと向き直った。

 

「ジーク、ああ……ジーク…………」

「…………」

 

 熱に浮かされた様に迫ってくるブリュンヒルデ。

 自分の頬を撫でるようにまさぐって近づく精巧なビスクドールすらも歯牙にかけない人外の美貌に、ジークフリートは上半身を反らせていた。

 心の臓がドクドクとより大量の血流を巻き起こし、耳や頬が紅潮していく。

 女慣れなどしているはずもない彼には、ここまでの美女を前にしてどうこう出来る術など無い。

 

「くくっ、流石の英雄も美女の前では形無しか。面白い――――――が、今は暇が無いのでな。行くぞ」

 

 助け船はオーディン――――――ではなく、時間。もしも余裕があったならば、彼はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて女性陣に四苦八苦しているジークフリートを眺め続けていた筈だ。

 かくして、英雄譚はここに再現される。

 願わくば、その行く末が悲劇ではあらぬことを。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 レーティングゲームの観戦は、政治的な面で見れば外交の場となっている。

 時折、自勢力内で全て完結させようとする者が居るが、それは大きな間違いであるのだ。

 

「HAHA!お前があの竜殺しの英雄か?」

「お初にお目にかかります、帝釈天様」

 

 アロハシャツに数珠、坊主頭にサングラスというファンキーと仏教の合体の様な男を前に、ジークフリートは深々と頭を下げた。

 帝釈天、またの名をインドラ。阿修羅に勝利し、ヴァジュラをもってヴリトラを撃滅した武神にして、この世界においてもトップクラスの戦闘能力を有した神。

 伝説に違う事無く、彼自身も相当な戦闘狂。戦いの為ならば、己が負ける事すらも笑って受け入れるのだから質が悪い。

 

「ほうほう、成る程成る程…………」

「?」

「HAHAHA!いや、なぁに。“最強”の竜殺しとか煽られてたからよォ。俺も一応、竜殺しみたいなことはやってるもんだから気になっただけさ」

「…………そうですか」

「お前も、人間にしては十二分に強いな。俺が戦いたいと思える人間なんざ、レアものだぜ?」

「俺では、あなたの足元にも及ばない」

「そりゃあ、どうだろうな。龍の逆鱗(・・)に触れちまえば、神であろうとも止められないってのが通例なんだぜ?」

「…………」

 

 サングラスにより、目元は分からないがニヤリと笑った帝釈天に、ジークフリートは何も返す事は無い。

 龍の逆鱗は下級であっても触れれば手に負えないとされるほどに暴れ狂う。

 

「まあ、仲良くやろうや」

 

 本心では欠片もそんな事を思っていないであろう帝釈天は、ジークフリートの肩を叩いてすれ違うと、そのまま奥へと向かってしまった。

 

「…………ふぅ」

 

 ジークフリートは襲ってくる頭痛に眉を顰める。

 彼はオーディンの護衛だが、仕事自体はそれだけではない。

 先程の帝釈天との接触のように他勢力との顔つなぎ及び、危険人物の把握等々、しなければならない事は多い。特に帝釈天は、なまじ力があり尚且つ危険思想という事で周囲からも危険視されていた。

 如何にジークフリートといえども、世界トップテンの強者たちに抗う事は難しいのだが足止めはできる。ついでに、トップを二分する龍神に関しては相性上優位を取れるお陰で一矢報いる事も出来るだろう。

 

 話を戻すが、ジークフリートに降りかかる仕事は重く、大きいという事。

 だが、そうしなければ他が回らない。

 聖書の神が不在になったその時より、三大勢力陣営は弱体化を始めていたのだから。若手の育成も急ピッチで行われているが、それでもまだまだ追い付いていないのが現状。

 であるならば、力のある者が責務を全うするのもまた必然。粛々と従わなければならないのもまた、組織に属する者としては仕方が無かった。

 

「……私情は、必要ない」

 

 一言そう呟けば、彼の意識は切り替わる。

 公私を分けろとはよく言われる事だ。そして、間違いなく今は公の時間。であるならば、個人的な感情を廃して臨まなければいけない。

 個人的な感情で言えば、世界に争いを撒きかねない帝釈天を好きにはなれない。だが、それでも彼は勢力の長にして世界を破壊できる可能性のある重要人物であることも確か。仮に消えれば、それだけで勢力図が大きく書き換わるだろう。

 

 ジークフリートの仕事は、皆の盾になる事。その対象は、護るべきものであるならば選ばれないのだから。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「HA!良いじゃねぇか。欲しいな、アイツ」

 

 帝釈天は、先程であったこれぞ英雄と言わんばかりの男の姿を思い出し、口元を歪める。

 手駒としても、手慰みの相手にしても、かの英雄は及第点。いや、人間としてみれば合格点の花丸をやっても良いと彼が思えるほどの完成度であった。

 強靭にして堅牢な肉体に、竜殺しの力を有した最上級の魔剣と黄昏の大剣を携える龍に関した神器保有者。

 後者に関しては、ほぼあり得ない。

 何故なら魔剣というのは、敵のみならず使用者にも牙を剥くのが基本。いや、下手すれば所有者の方が手酷い事になる可能性の方が高い。

 そんな代物を普通に持ち歩き、剰え全開で振るえる。それ即ち、魔剣を完全に屈服させ従えている事にほかならず、彼が死んだ後には誰も振るえなくなる可能性があるほどだ。

 

 帝釈天は兵が欲しい。それも腕利きの。その為に、他の陣営を自身の手元に呼び込んだりしているのだ。

 その範囲は、神などの人外に限らず、腕利きの人間であってもその対象となる。

 

 かくして、ジークフリートは新たな神に狙いを定められることになる。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 強い力というのは、色々と面倒を運んでくる。

 

「オーディン様、お下がりを」

 

 背負った大剣を引き抜き、ジークフリートは眼前の光景を睨んだ。

 レーティングゲームの会場には、夥しいとすらも言えるほどの悪魔たちが集まっていた。

 禍の団の襲撃である。それも、旧魔王派と呼ばれる者たちであり、今回の襲撃は若手の一人であるディオドラ・アスタロトの手引きにより発生したもの。

 上級悪魔といえども、そう易々と傷つける事が出来ないのが神というものだが、それでも万が一があった場合瑕疵になるのは明らか。

 故に、ジークフリートは加減しない。誰よりも前に出ると大剣を眼前に切っ先が結界の天井を突くように構えた。

 

「ジーク、貴方が戦うならば私も戦います」

「ブリュンヒルデ……ああ、頼んだ」

「わ、私もお手伝いさせていただきます!」

 

 彼の三歩斜め後ろに、それぞれブリュンヒルデとロスヴァイセの二人が立ち魔法力を高めていく。

 

「「――――――ッ!」」

「合わせてくれ、二人とも」

 

 上級悪魔を迎撃しようとしていた他の神々ですらもその手を止めて、その光景に釘付けとなる。

 それほどまでの膨大な魔力が黄昏の極光となって大剣の刃に集束していく。その後ろでは、二人の戦乙女の魔法力が互いに反応し合い絡み合ってより鮮やかな七色の極光へと変わっていた。

 

「撃ち落とす――――――“幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)”!」

「「――――――“フルバースト”!!」」

 

 放たれる竜殺しの極光。結界全てを黄昏に変えるような暴力的が過ぎる巨大な光線は、降り立とうとしていた悪魔たちを飲み込んでいく。

 更に、その極光を中心として包むように螺旋を描く幾筋もの七色の光線がそれをサポートする。

 

 凄まじい破壊力だ。だが、

 

「――――――“幻想大剣・天魔失墜”!」

 

 隙を生じさせぬ二段構え。

 光線が細くなってきたかと思えば、二撃目が悪魔たちへと襲い掛かってきた。

 黄昏の大剣の破壊力は凄まじい。だが、真の恐ろしさはその破壊力を極小の溜で放つことが出来る事。

 その後も、ほとんど絶え間なく襲ってくる極光に悪魔たちはなすすべもなく消し飛ばされ続けていった。たった一人の人間がやるにはあまりにも常軌を逸した戦法だ。

 この戦法を支えるのが彼の心臓。

 【悪龍の心臓】はデメリットを無視すれば半永久的に力を生み出す器官に他ならない。これによって素早く連射が可能なのだ。

 

「…………殲滅完了」

 

 刀身に残った黄昏の剣気を払い、ジークフリートはそう呟いた。

 十数発にも及ぶ連射は、結界の空を覆うような悪魔の軍勢であっても抗う事無く消し飛んだ。それだけやって、息切れの一つもしないのだからその化物っぷりは人類として群を抜いている。

 

「お疲れ様です、ジーク。申し訳ありません、援護が及ばず…………」

「いや、構わない」

 

 歩み寄ってきたブリュンヒルデにそう返し、ジークフリートは大剣を鞘へと納めた。

 彼が本気で戦えば、街どころか国一つが更地になりかねない可能性があるのだ。理由は言わずもがな、この大剣による連射。日がな一日ぶっ放し続けても余力があるのだから規格外だ。

 

 とにもかくにも、襲撃者の大半は沈めた。後は、主犯格を取り押さえるだけ。

 ジークフリートはそう考え、レーティングゲームの会場、その中心へと目を向け、

 

「むっ」

 

 眼前に迫った翡翠の極光を両手を突き出して受け止める。

 

「ジーク!?」

 

 完全な不意打ちに、ブリュンヒルデは悲鳴のように彼を呼んだ。

 だが、当人は僅かに後方へと押されただけで極太の光線をその場に押しとどめていた。

 膠着状態。このままでは、埒が明かないだろう。

 

「ふんっ!」

 

 そこで、ジークフリートの右足が空へと跳ね上がった。

 魔力が込められたその一撃は、ほぼ直角に光線をへし折り天井へと向かわせ霧散させる。

 光線がやせ細り、空間にその残滓が辛うじて見えたところで、彼は光線を放ったであろう怪物へと目を向けた。

 

「あれは…………覇龍か」

 

 彼が言うのは、封印系神器の禁手化以外の強化、というか暴走形態の一種。

 覇龍は龍系神器だけでその他の場合は覇獣と呼ばれるのだが、この状態は凄まじい破壊力を発揮する代わり神器保有者の魔力を根こそぎ奪ってしまい、それが足りなければ寿命を削る。

 

「■■■■■■ーーーーーッ!」

 

 空に向けて咆哮する金属チックな紅蓮の龍。

 

「あれは、赤龍帝、ですか…………」

「ロンギヌス・スマッシャー。ここに撃たれれば、神であろうとも手傷を負いかねない、か」

 

 戦慄したようなブリュンヒルデに対して、ジークフリートは冷静に状況を見極め、そして選択した。

 

「ッ、ジーク。行くんですね」

「彼は、俺の弟子とも言える。何より、このまま暴れるに任せられては、な」

 

 拳を握り、少し足に力を籠めると跳躍。そのまま瓦礫などを踏み越え、彼は真っ直ぐに暴走する紅蓮の龍の前へと降り立った。

 剣は、どちらも抜けない。抜けば覇龍となった彼を勢い余って殺しかねないから。

 

「■■■■■■■■ーーーーーッ!」

「君が少し羨ましいよ、兵藤一誠。その熱い心のままに生きていられたならば」

 

 猛る龍を前に、ジークフリートは拳を握った。

 その内心は誰にも分からない。ただ、堅く握られた拳だけがその心を表しているのかもしれない。

 

 先手は龍。先程、旧魔王派の首魁であるシャルバ・ベルゼブブを蹂躙したように目の前の嫌な気配のする人間を一捻りにしようと襲い掛かった。

 その神器としての面影の残る左腕を振りかぶり、振り抜く。

 

「フンッ!」

 

 対するジークフリートは、右ストレートを真正面から馬鹿正直にその掌へと叩きつけた。

 人体と金属がぶつかったとは思えない破砕音を響かせて衝撃が瓦礫を吹き飛ばす。

 

「■■■■ーーーーーッ!」

「――――――軽いな」

 

 押し込もうとする龍だが、体格差を無視したジークフリートはビクともしない。

 彼は苦悶の表情や、歯を食いしばる事も無くただ愁いを帯びた眼で龍を見るだけ。

 

「君の拳は、こんなにも軽いものではなかった」

「■■■■!?」

 

 手のひらと押し合いになっていた拳を横に弾けば相手の腕もまた動く。

 姿勢の崩れた龍の顎、そこに左のショートアッパーが突き刺さった。

 

「君の肉体は、こんなにも脆くは無かった」

 

 顎の装甲が拳一発で砕け、龍は後方へと上体を反らしながらたたらを踏む。

 そんな龍へと、ジークフリートは駆けよらない。

 ただ一歩一歩、踏みしめるようにして、彼は距離を詰めていった。

 

「君の心は、こんなにも薄弱としてはいなかった」

 

 言葉を紡ぎながら歩みを進める彼は、ジークフリートやシグルドというよりも北欧のもう一人の竜殺しの英雄にして、巨人殺しを成した英雄(ベオウルフ)のよう。

 龍は目の前の英雄(怪物)に本能的な恐れを抱く。

 竜殺しの剣を使わず、己の拳のみで自身を打倒しかねない化物なのだから。

 

「■■■■■■■■ーーーーーッ!」

「君はこんなにも―――――…………弱くは無かった」

 

 龍の胸部装甲が光り、力が充填された直後ジークフリートの体は跳躍する。

 振りかぶられた拳が放たれ、紅蓮の巨体に衝撃を齎した。

 一瞬の硬直を挟み、その肉体は大きく後方へと吹き飛ばされ巨大なクレーターの中へと落ちていく。

 その様子を彼は見送ると、不意に後方を振り返った。

 

「ヴァーリ。貴様の出番だ」

「素手で覇龍を圧倒するか、凄まじいなジークフリート」

「御託は良い。貴様としても、彼に死なれては困るだろう?」

「ああ、そうだな。こちらとしても、余計な力を使わずに済んだと考えるべきか」

 

 言って、ヴァーリは白龍皇の鎧を纏うとクレーターへと飛んでいく。

 その姿を見送ったジークフリートは、少し目を細めどこか遠くを眺めるような眼をしていた。

 

 かくして、この一件は幕を閉じる。

 だがそれは、激化する世界情勢の未だ序章にしか過ぎないのであった。

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