■■士郎のシンフォギア   作:トマトルテ

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10話:赤き竜

 ―――少なくとも、あたしはあんたのことを……士郎のママだと思ってるよ。

 

 頭の中に響くクリスの声を否定しようと、フィーネはシャワーを浴び続ける。

 だが、幾ら水で流そうとしたところで、その言葉は耳にこびり付いたまま。

 むしろ、忘れようとすればするほどに克明に心に刻まれていく。

 

「違う……私はそんな上等なものではない…ッ。私は…恋のために全てを捨てた……魔女」

 

 母親ではない。そう口にしても、心の中には小さくないしこりが残る。

 それは他ならぬ彼女の心が覚えているからだ。

 一度だけ、士郎から“お母さん”と呼ばれた時のことを。

 

「何人もの人間を犠牲にしてきた……あの方に再び出会うためなら…どんなことでも…!」

 

 それは悪夢にうなされ続ける士郎を、いつものようにあやしていた時だった。

 子守唄を歌いながら彼の頭を撫でていた時、寝ぼけ眼で彼が自分を見つめてきたのを覚えている。

 そして、士郎はただ一言“お母さん”と呟いて再び眠りに落ちたのだった。

 

 きっと、無意識のうちに言ったのだろう。

 何故なら、士郎がフィーネを母と呼んだのはその時だけなのだから。

 だから、士郎は寝ぼけて実の母親とフィーネを、間違えただけだと思うことも出来る。

 

「例え…アブラハムのように……息子を神へ捧げることになろうとも…ッ」

 

 だが、フィーネはそれはできなかったし、忘れることもしなかった。

 その日を境に、士郎が悪夢を見なくなったという状況証拠もあるが、本質は別のものだ。

 

 理由は至極単純。

 母と呼ばれた時、いけないと分かっていても嬉しいと思ってしまったのだ。

 その瞳から悲しみではない涙が溢れてしまったのだ。

 このような日が、いつか来ることも分かっていたというのに。

 

「私は…! 私は…ッ」

 

 自分は一体何者なのかという答えを見出すことが出来ずに、フィーネは乱暴に鏡を叩く。

 頬を伝う水滴がまるで涙のように見える、鏡の中の自分を否定するように。

 

 

 

 

 

 広がる湖畔に月が浮かび、黒々とした緑がそれを囲う。

 だが、中でも一際に目を引くのは、岸辺に立つ城のような外観の建物。

 そう、かつてフィーネのアジトとして、3人が暮らしていた家だ。

 彼がそこを指定した理由は簡単。

 フィーネの証拠(家族との思い出)を消し去るためだ。

 

「約束通りにデュランダルを持ってきたぞ……少年」

「ああ、ありがとうな。弦十郎さん」

 

 そんな場所に2人の男が向かい合うように立っていた。

 1人は風鳴弦十郎。

 もう1人は聖遺物の集合体となった少年。

 

 少年はかつての自分達の家を、デュランダルの引き渡し場所に選んだのだ。

 

「少年。色々と言いたいことはあるが、まずは響君の安否の確認が先だ。響君はどこにいる?」

「そろそろ二課の方についてるんじゃないか?」

「なに?」

 

 訝し気に弦十郎が眉をひそめたところで、彼の携帯端末に連絡が入る。

 無言で出ても良いと告げる少年から、目を離さずに弦十郎は電話に出る。

 

「もしもし、俺だ」

【弦十郎君、今響ちゃんが二課に戻って来たわ】

 

 了子の言葉に、弦十郎は思わず疑いの視線をもって少年を見る。

 本来人質は、目的のものを手に入れた後に返すか、同時に交換するものだ。

 先に返すなど、自ら約束を反故にしてくれと言っているようなものである。

 だから、弦十郎は疑いを持って響本人に確認を取る。

 

「響君、無事なのか?」

【はい! へいきへっちゃらです!!】

【私の見立てでもパッと見た感じは健康そのものよ。ただ、安心できるかというとね】

「……どういうことだ?」

 

 電話の先に居る了子の説明に、深刻そうな顔をする弦十郎。

 その疑問対して、了子が何かを言う前に少年が口を挟む。

 

「響は誓って傷つけてない。ただ、見張りをつけさせてもらっているだけだ」

「見張りだと?」

 

 どういうことだと鋭い視線を向ける弦十郎に、少年は軽く肩をすくめてみせる。

 そして、自身のポケットから小さな刃の破片を取り出す。

 

「俺が細胞の1つでもあれば再生できるのは聞いているな?」

「……ああ、翼からな」

「それでな、ネフシュタンの再生能力っていうのはこういうことも出来るんだ」

 

 少年はそう言うと、地面に向けて破片を投げ捨てる。

 すると、そこからまるで植物のようにもう1人の少年が生えてくるのだった。

 思わずその光景に目を見開く弦十郎だったが、すぐに少年が言わんとしていることに気づく。

 

細胞(つるぎ)の破片があれば、いくらでも分身体が作れる。まあ、再生力は弱まるけどな」

「まさか…! 響君にその破片を持たせているのか!?」

 

 弦十郎の問いに頷き、再結合しながら少年は答える。

 

「正解だ。響が二課の本部に入ることは、俺を二課に入れるってことだ。仮に響がまだ外に居るとしても、響の危険は変わらない」

 

 要するに少年は、響に爆弾を持たせているようなものだ。

 しかも、いつでも爆発させることが出来るものを。

 悪辣とは、こういった者のためにある言葉なのだろう。

 

「俺は響も二課の人も傷つけたくない。素直にデュランダルを渡してくれると助かるよ」

「……良いだろう。だが、響君の安全を確保するための方法を聞いてからだ」

「響の服のポケットに破片を入れてある。それを捨てればいい。方法は()()()()に任せればいい」

 

 了子さん。そう、どこか親しみのある声で告げたことに弦十郎は眉をひそめる。

 同時に電話越しに僅かに了子が動揺する気配が伝わり、さらに疑問を深めるのだった。

 

「少年、君は了子君の知り合いなのか?」

「まさか。櫻井了子さん()()俺は関係ないよ。そんなことよりも、デュランダルだ。時間を稼いでる間に、響から破片を取られたら人質の意味がないからな」

 

 櫻井了子とは関係がない。

 そう言い切った少年の言葉に嘘はなかった。

 それもそうだろう。彼にとっての家族は櫻井了子ではなく、フィーネなのだから。

 

「……良いだろう。デュランダルはこのケースに入っている」

「そこに置いてくれ。回収はノイズにやらせる」

 

 弦十郎がケースを置くのを確認すると、少年はソロモンの杖を一振りし、無数のノイズを召喚する。現れた無数のノイズは、弦十郎に身動きをさせないように彼を囲う。それは明確な警戒の証だ。

 

「あんたは俺なんか足元にも及ばないぐらい強い。でも、ノイズには勝てない。悪いけど、そこでジッとしておいてくれ」

「徹底的だな。そこまでして、何を望む?」

「恒久的に平和な世界を創ること、それだけだ」

「それは雪音クリスの夢だからか?」

 

 ピタリと、ケースに向けて歩いていた足を止める士郎。

 そして、睨むような視線を弦十郎に向けた後、取り繕うように笑う。

 

「……何の話だ? 俺は俺の目的のために動いているだけだ。クリスはそのために利用しただけだ」

「隠さなくていい。雪音クリスは二課と俺の全権限を使ってでも守ってみせる。だから、君は本音で喋っていい」

「……時間の無駄だな」

 

 クリスの安全は保障するという弦十郎の言葉に、士郎はどこか安堵したような表情を見せるがそれだけだ。決して本音は言わない。まるで、今から消える自分が何かを残すべきではないとでも言うように。

 

「仕方ないな……少年」

「何だ?」

「君は以前、誰も恨まないと言ったな?」

「そんなことも……あったな」

 

 被害者だというのに、生き残った自分こそが加害者であり、生きる価値などないと思っていた少年。死ぬべきは、罰を受けるべきは自分だと勝手に思い込んでいる異常者。誰かが傷つくぐらいなら、自分が盾になるべきだという自罰的思考の塊。

 

「批判はあるだろうが、その意志自体は立派なものだ。とても優しい。誰にでも出来ることじゃない」

「買い被りだ。俺はそんな出来た人間じゃない。いや、もう人間ですらない」

「いいや、大人である俺から言ってやる。君は優しい子だ」

 

 それを覚えていたからこそ、弦十郎は足に力を籠める。

 そして、その背を人質になっている電話越しの響が押す。

 

【師匠! 士郎君を信じてください!!】

「だからこそ少年。俺は―――君の優しさを信じよう」

 

 彼は決して響を傷つけない。

 そんな普通であれば、敵には抱かない信頼を抱き、弦十郎は大地を蹴る。

 

 ―――活歩。

 

 中国拳法における特殊な歩方により、一気に相手との距離を詰める弦十郎。

 だが当然、士郎との間にはノイズが居る。

 シンフォギア装者とは違い、弦十郎は生身だ。

 当然、ノイズに触れてしまえば消し炭となる。

 

 だから、ノイズとノイズの僅かな隙間を薄皮一枚で躱して進む。

 文字通り目にも止まらぬ速さで。

 そして、唖然とする少年の前に悠然と立ち、構えを取る。

 

「な――ッ!?」

「クリス君からは許可をもらっている。キツイのを一発くれてやれとな」

 

 慌てて、体を剣の鎧で覆う少年だったが、遅い。

 否、そんなもの自体が無意味だった。

 

 ―――金剛八式・衝捶。

 

 金属を叩く鈍い音が響き渡る。

 それは剣で出来た肉が、骨が、砕き折れていく音。

 防御など意味をなさない、鋼の心臓を叩き潰す一撃。

 

「グウゥッ!?」

 

 余りの衝撃に、意識を持っていかれかけ、ソロモンの杖を手放してしまう少年。

 しかし、絶対に引いてなるものかと、吹き飛ばされた体を支える様に足から剣を出して、スパイクのように地面に突き立てる。

 だが、それが間違いだったと気づいたのはすぐ後だった。

 

「それは失策だぞ」

 

 下腹部に叩き込まれる、えぐりこむ様なアッパー。

 その威力の前には剣のスパイクなど意味をなさず、少年は無残に上空へと打ち上げられる。

 

(なんて力だ。痛みなんて感じないはずなのに、意識が吹き飛びそうだ。でも、上空に上がったことで距離が空いた。それに、地上にはさっき出したノイズが居る。ソロモンの杖が無くても、勝手に弦十郎さんを襲うはずだ。そうすれば態勢を立て直せる)

 

 幾ら強いと言っても弦十郎は生身の人間だ。

 ビル群ならともかく、辺りに何もないこの場所なら空までは追ってこれないはず。

 そう、少年が楽観視したところで。

 

 聞きなれた歌が聞こえてきた。

 

 ―――MEGA DETH PARTY!!

 

「クリス…?」

 

 士郎が目を見開いた時、彼の視界には無数の大小のミサイルが広がっていた。

 

「めちゃくちゃ言いたいことがあるけどな―――その前に一発食らっとけッ!!」

 

 弦十郎が空中に士郎を打ち上げたのは、これが狙いだった。

 遮蔽物の無い空間で、クリスに思う存分に銃を打たせるためだ。

 

 魔弓イチイバル。

 本来であれば弓の聖遺物であるそれは、クリスの深層心理にある兵器への嫌悪からその姿を、銃やミサイルという近代兵器へと変えている。

 

(なんでここにクリスが…!? いや、それよりも今の状況は不味い)

 

 そんな爆撃の連打にはさしもの士郎も焦る。

 傷を受けるわけではないが、こうも連打を受けていては身動きが出来ない。

 死ぬわけではないが、時間を稼がれれば何をされるか分からない。

 

(幸い、破片はそこら中に散らばっている。こいつらを使ってクリスを止めさせれば…!)

 

 故に士郎は、先程の攻撃から削れ続けている自らの破片を基に分身体を形成する。

 その数は優に100は超える。

 それは士郎が傷ついたことを示す証明であると同時に、どれだけ傷つけても士郎が死なぬという証明でもある。

 故に、状況は未だに自分に有利であると士郎は思おうとした。

 だが。

 

 ―――蒼ノ一閃。

 

 分身体達は蒼き大剣によりバッサリと断ち切られていく。

 その事実に、士郎は下手人が誰かを見る前にその歌で誰かを理解する。

 

(風鳴翼さんもいるよな…ッ。これじゃあ、倒すのはキツイな)

 

 如何に不死身で、なおかつ分身出来ると言えども純粋な戦力は士郎1人分でしかない。

 2人のシンフォギア装者と、英雄染みた男を同時に相手に勝つのは難しい。

 しかし、現状を理解した士郎は逆に冷静さを取り戻した。

 

「……クリス」

「…! な、なんだ士郎?」

 

 いざ話すとなると、勇気が湧いて来ずに言いたいことが言えなくなるクリス。

 そんな、可愛らしい乙女の姿にも何の感傷を抱くことも無く、士郎は吐き捨てる。

 

「無駄なことはやめろ。俺はこのまま星が終わるまで付き合えるけど、クリス達は違うだろ?」

 

 そう、それだけしても、この身に死が訪れることはないのだ。

 勝つのは難しくても負けることはあり得ない。

 極論を言えば、相手が寿命で死ぬまで粘ってやってもいいのである。

 

「翼さんもだ。分身を切ったところで新たな分身が生まれるだけ。何をやっても俺は倒せない。諦めろ、無意味だ」

 

 無限に湧き出る不死身の兵士。

 それらを従え、怪物は弱き人間達を嘲り笑う。

 諦めろと、全ての行動は無意味であり、時間の無駄だと。

 

「人が海の水をすくって干上がらせることが出来るか? 不可能なんだよ。俺は殺せない。あんた達はそこで、新しい世界が生み出されるのを黙って見守っていればいい。そうすれば、俺も危害を加えないし、死ぬことも無い。だから、これ以上俺の邪魔をしないでくれ」

 

 自分の視界に入らない場所に消えてくれ。

 そうすれば、誰も傷つかないですむ。

 士郎はどこか気遣うような声色で弦十郎に告げる。

 

「……そうだな。確かに君の言うとおりだ」

「叔父様!?」

 

 その言葉に弦十郎は静かに頷き返す。

 当然、翼は驚きと非難の目をもって弦十郎を見る。

 

「俺達では力で君を倒すことは出来ない。それはどうしようもない事実だろう」

「そうだ。戦いなんて無意味だ」

「ああ。だからこそ、君自身に止まってもらう以外にない」

 

 そう言って、弦十郎はどっしりと地面に座り込む。

 その予想だにしない行動に、士郎は動きを止めて考え込んでしまう。

 罠か? 諦めか? それとも強者の余裕か。

 様々な考えが頭の中を駆け巡り、それらが絡まって思考を鈍らせる。

 

「……どういうつもりだ?」

「話し合いをしないか、少年?」

「先に仕掛けてきたのはそっちだろう。何をいまさら……」

 

 何を都合の良いことをと、若干呆れた表情を見せる士郎。

 翼やクリスも弦十郎に対して困惑した顔をしていることから、彼がおかしいのは間違いない。

 しかし、弦十郎は真面目な顔で、彼女達に黙ってみていてくれと目配せをするだけだ。

 

「そう、今更だ。だというのに君は未だに反撃1つしていない」

「それがどうしたっていうんだ?」

「響君を人質にしているというのに、未だに響君の身は傷1つついていない」

「だからそれが――」

 

 あれだけ攻撃を食らったというのに、士郎は反撃1つしていない。

 それは一見すると圧倒的強者故の余裕に見えるだろう。

 だが、本当は違う。

 

 

「なあ、少年。君は本当は―――誰も傷つけたくないんだろう?」

 

 

 怪物から呼吸が消える。

 それが答えだった。

 

「なにを…言って……る。俺は今までだって翼さんや響、それにクリスすら傷つけてるんだぞ?」

「翼は前の戦闘の際に完全に殺すことも出来たはずだ。響君も最初から首元に刃を突き付けていれば良かった。そうすれば、俺が攻撃に出ることは出来なかったからな。クリス君もそうだ。本当に駒として扱うのなら、こうして情報と戦力を敵に渡す前に殺すのが正解だ」

 

 弦十郎は士郎が本来取るべきだった最適解を述べていく。

 残酷極まりない内容だが、それを実行していれば少なくとも相手の戦力は激減していた。

 むしろ、本気で目的を達成したかったのなら、やっていなければおかしい。

 だが、士郎は逆の不適解を選び続けた。

 

「それは……俺が馬鹿だから。ただ単に思いつかなかっただけだ」

「そうか。なら、君はなぜ今に至るまで反撃1つしない? いきなり攻撃するような男だ。遠慮などする必要もないだろう」

 

 弦十郎が話している間に士郎は、誰1人として攻撃していない。

 そこかしこに破片や分身体は散らばっているのだ。

 不意打ちなど、それこそ目を瞑っても出来るというのに。

 

「攻撃をしない理由は1つ。君が優しいからだ」

「違う! 俺はそんな上等な存在じゃない!! 俺はただ…ッ」

 

 士郎の瞳に苦悩が浮かび上がる。

 優しいと、自分が上等なものとして扱われるのが耐えられない。

 そんな自己嫌悪の塊が生み出す痛み。

 

「自分が嫌いなだけか?」

「…!?」

 

 それを大人としての直感から言い当て、弦十郎は悲しげに眉を下げる。

 

「以前言ったな。誰も恨まないの“誰も”の中に、君は入っているのかと」

 

 人を憎まず、罪を憎む。

 それだけ見れば、まさに聖人のようなメンタルだろう。

 だが、■■士郎の内面はそのように美しいものではない。

 

「恨むべきは自分1人で、罰を受けるべきも自分1人。分かるぞ。君は痛みを感じる度に、傷つけられる度に……自分は罰せられていると安堵する。そんな自罰的な人間だ」

「黙れ……」

 

 人は憎まない。だが、その人とは他人であり自分は含まない。

 自らを憎み、呪い、嫌悪する。そうすることで、心の平衡保っている弱い人間。

 

「こちらからの攻撃に反撃しなかったのもそれが理由だろう? 本当の君は目的などどうでもいいと思っている。いや、どちらに転んでも良いと思っているか」

「やめろ…ッ」

 

 そんな自分が大嫌いなだけのエゴイストが望むことが、誰かのためであるわけがない。

 本当は自分を救うことしか考えていない、薄汚い贋作。

 それが自分でも分かっているからこそ、少年は望む。望み続けてきた。

 

「成功するならそれで良し。失敗しても罰を受けられるので良し。いや、今までの行動から考えて、失敗したいとすら思っている節があるな。分かるぞ、君は本当は――」

「やめろ! てめえぇえええッ!!」

 

 あの日、魔女に拾われた時から望み続けてきた歪んだ願望。

 

 

 

「―――死にたいだけなんだろう?」

 

 

 

 惨たらしく殺されて、楽になってしまいたいという死への逃避。

 自己犠牲という綺麗な言葉に隠した醜い願い。

 それが■■士郎の原点だ。

 

「俺の心に触れるなぁあああッ!!」

 

 癇癪を起こした子供のように、士郎は雄たけびを上げる。

 それに呼応するように分身体や破片達が剣となって、彼の体に戻り剣山と化す。

 まるで、自らに触れようとする者全てを拒絶するかのように。

 

「そうやって、他人を拒絶するばかりでは何も変えられないぞ、少年!」

「いいや! 変えられるさ!! 確かに、今の俺は人を傷つけたくないのかもしれない。だけどな! そんなもの、心を…魂を捨ててしまえばどうとでもなるッ!!」

 

 支離滅裂な言葉を吐きながら、士郎はなおも剣をその身に収めていく。

 弦十郎達から見れば、それは何の意味もない行為。

 ただ、再結合していくだけの行動に見えた。

 しかし、最初に翼がある違和感に気づく。

 

「なんだ…これは? 天羽々斬が引っ張られている…?」

 

 まるで、磁石に引き寄せられているかのような気味の悪い浮遊感。

 突如として訪れたそれに、疑問符を浮かべる翼だったが、ある光景を見て目を見開く。

 

「デュランダルが奴の下に向かっている…!?」

 

 確かにケースにしまっていたはずのデュランダルが、独りでに士郎の下へと向かっていたのだ。そのあり得ない光景に、一瞬呆然とする翼だったが、自らの体に起こった異変と結び付けて、その現象の正体に思い至る。

 

「まさか…! 剣であるもの全てを引き寄せているのか!?」

「剣は鞘に収まるものだろう?」

 

 それは士郎の体に宿る鞘の能力。

 ありとあらゆる剣をその身に収める究極の鞘。

 剣を支える者(Stay knight)

 

「デュランダルさえ取り込めば俺は…! 心などない…ただ一振りの、剣になれる…!」

 

 デュランダルに向けて、士郎は手を伸ばす。

 ネフシュタンを取り込んだ時、士郎は記憶と心を失いかけた。

 今では落ち着いているが、聖遺物を複数取り込むというのはそれだけ無茶な行為なのだ。

 それなのに今、士郎は3つ目の聖遺物を取り込もうとしている。

 素人目に見ても、不味い行為だ。

 

「させるかよ!!」

 

 だから、クリスは捨て身の特攻でデュランダルを掴み取る。

 同じように引き寄せられる他の剣が、雪のような肌に当たり切り裂いていくが、そんなことは気にもしない。

 今の彼女の目に映るのは、思いの丈を伝えたい愛しい人だけなのだから。

 

「士郎! もういいんだ! あたしが間違ってたんだ。暴力じゃ誰も笑顔にできない。別の方法を探さなきゃいけない! だからさ……一緒に考えてくれよ。世界を平和にする、ちゃんとした方法をさ」

 

 必死に踏ん張るが、徐々にデュランダルと共に士郎に引き寄せられる中、クリスは語る。

 もうやめてくれと。悪いのは私だったから、自分の下に戻ってきてくれと。

 精一杯の笑顔と涙を浮かべながら。

 

「クリス……ありがとうな」

「士郎…!」

 

 そんな彼女に対して、士郎は柔らかい表情を浮かべてみせる。

 クリスはその表情に、納得してくれたのかと希望に顔を輝かせる。

 だが。

 

「最後にクリスに会えてよかった」

 

 そんな希望はいとも簡単に砕かれる。

 

「なん…だよ…最後って…! なんだよ…!?」

「本当は手紙を響に渡してたんだけど……ついでだから今言うよ」

 

 まるで、余命一日の病人のように、自殺する瞬間の人間のように。

 士郎はどこか解放されたような笑みを浮かべながら語る。

 

「俺、クリスと出会えてよかった。

 一緒に過ごせて、死にたくなるぐらい幸せだった。

 でもさ、俺は幸せになんてなったらいけないんだよ。

 それは俺の代わりに死んでいった人達が、得るべきはずだったものだから。

 だからさ―――捨てなきゃいけない」

 

 ゆっくりと、自らの心臓を捧げる様にデュランダルに近づきながら士郎は笑う。

 不相応に得てしまった幸福は、残らず捨てなきゃダメだと。

 

「幸福を、幸せな時間を。俺を幸せにしてくれるもの全てを」

「……なに…言ってんだよ…お前…」

「だからさ、クリス。俺は―――君を忘れる」

 

 恐怖で顔を歪めるクリスに、場違いな笑顔を向け続けながら士郎はデュランダルに触れる。

 鞘が歓喜に打ち震える。ようやっと、自分が収めるに相応しい聖剣が来たと。

 

「俺は消えるからさ。クリスは俺のことなんか忘れて、幸せになってくれ」

「おい! ふざけるなよ!! 自分勝手なことばかり言ってんじゃねぇよッ!!」

 

 幸せになってくれ。

 どこまでも身勝手な台詞を言い終え、士郎はデュランダルを握り締める。

 それは自殺の準備。

 

「士郎ッ! あたしはお前のことが――」

 

 滅びぬ肉体を持つが故に死ねぬ少年が至った答え。

 この肉が滅びぬというのなら。

 魂を別の存在で、塗り潰せば死ねるという暴論。

 

 

「―――体は剣で出来ている」

 

 

 その破綻した思考の末に少年は、赤き竜にその身を捧ぐ。

 

 

 

 

 輝ける黄金の剣と鞘。

 清流のように澄んだ瞳。

 荒々しい赤とは正反対に映る蒼銀の鎧。

 それまでの化け物のような姿とは違う、どこまでも英雄らしい姿。

 不死の鞘、不滅の鎧、不壊の剣が合わさった究極の一の姿。

 

 ブリテンの赤き竜の化身。

 かの者以降の全ての騎士達が憧れ、誉とした騎士達の王。

 その王の名は。

 

 

 ―――アーサー・ペンドラゴン。

 

 

「士郎…?」

 

 もはや、少年の原型を留めていない姿に戸惑いながらクリスは声をかける。

 赤銅色の髪は今は、剣と同じ黄金となり、琥珀色の瞳はエメラルドになった。

 どうみても別人だ。それでも、一縷の望みをかけて少女は少年の名前を呼ぶ。

 だが、それは。

 

「■■■■■■ッ!!」

 

 荒ぶる竜の耳には届かない。

 見た目とは正反対に、その竜が示すものは純然たる暴力。

 嵐であり、雷であり、厄災である。

 人が神代の時より、敵わぬものとして恐れ崇め奉ってきた存在。

 それこそが、竜である。

 

「……■■■ッ!」

 

 竜は天へと向け、咆哮を上げると自らの牙である聖剣を構える。

 瞬間。暴力的なエネルギーの渦が竜を中心に生み出されていく。

 それは真なる竜巻。

 

「なんて力…! デュランダルの無限のエネルギーを惜しみなく使ってる」

「しかし、どういうことだ? 何故、空に向かって剣を……」

 

 デュランダルの無限のエネルギーを、どこまでも増幅させる赤き竜。

 本来ならば、肉体が耐えられぬそれも、鞘と鎧の能力によって不死不滅となったことによって耐えることが出来る。

 しかし、竜はそのエネルギーを地上ではなく空に向かって放とうとしている。

 その意図が分からずに、翼と弦十郎はただ見つめることしか出来ない。

 

「……月だ」

「なに?」

「あいつ、月に向かってあれをぶっ放す気だ!!」

 

 だが、クリスは理解できた。

 いつも、想い人が何を見ているかを目で追っていたから気づくことが出来た。

 竜の瞳は、こちらを欠片も見ずに月しか映していない。

 

「月だと? まさか月を壊すつもりだというのか!?」

「一体何のためにだ?」

「知らねえよ! でも、本気で月を壊されたら、どう考えてもヤバい!!」

 

 何故月を壊すのかという疑問に、フィーネの願望を知らないクリスは答えられない。

 しかし、月が壊れるということが、どれだけ地球に悪影響を与えるかぐらいかは分かる。

 

「止めねえとダメだ! 士郎! 馬鹿なことしてねえで、正気に戻れ!!」

「自意識が残っているか分からない相手に話しかけても無駄だ! 実力で止めるしかない!」

 

 必死に士郎と名前を呼びかけるクリス。

 実力行使で止めようと動き出す翼と弦十郎。

 竜はその行動を脇目に見ながら思案する。

 一度、手を止めて敵を排除するか。それとも気にせずに月を破壊するか。

 一瞬の思考の末に竜が選んだのは、後者だった。

 

永久に遥か黄金の剣(■■■■■■■・■■■■■)ッ!!」

 

 偽りの聖剣から黄金の光が放たれる。

 それは如何に真に近づこうとも、永久に辿り着くことはない贋作。

 されども、その贋作は真をも超えていかんとする贋作だ。

 

 故に、破壊力は折り紙付き。

 ただ放っただけだというのに、衝撃波で木々がへし折れ、城は崩れ落ちる。

 湖は嵐のように荒れ狂い、塵のように飛んだ瓦礫や杖を(・・)飲み込んでいく。

 黄金の光はまさに竜のように瞬く間に天へと舞い上がり、宇宙へと顔を出す。

 そして、剥き出しの牙を月の喉元へと伸ばし――。

 

「月が……抉れた?」

 

 その端を食いちぎった。

 

「■■■ッ…」

 

 結果だけ見れば背筋が凍り付くほどの成果だ。

 だが、竜は満足などしない。むしろ、不満げに唸り声をあげる。

 それも当然だろう。竜の目的は月の完全なる破壊。

 今のは威力、狙い共に中途半端であった。

 もう一撃を放つ必要がある。そう判断し、今一度剣を構えなおそうとしたところで。

 

「もうやめろォオオッ!! そんなことしたら人がいっぱい死んじまう!!」

 

 クリスからミサイルの雨を貰い、手を止める。

 しかしながら、それはダメージを負ったからでも、情に流されたわけでもない。

 

「■■■■■■■ッ!!」

「士郎……お前、あたしを殺したいのか?」

 

 狙いをずらされる可能性がある。

 ただそれだけの理由で目の前の存在を敵だと判断した竜は、一刀のもとにそれを叩き切ろうとする。感情など欠片もない。ただ、目的の達成に邪魔だから。

 それだけの理由で、竜はかつて家族と呼んだ少女を切り伏せる。

 

「させん!」

「ボーっとするな、雪音!!」

 

 だが、その剣は済んでの所で食い止められる。

 翼が二刀の刀で聖剣を受け止め、弦十郎がそのタイミングで顔面にカウンターを叩き込む。

 完璧なるコンビネーション。先程までの状態であれば、間違いなく士郎は吹き飛んでいる。

 

「叔父様の攻撃にビクともしてない…!?」

「マズい! 翼、避けろ!!」

 

 だが、今の彼は人ではなく竜。

 全世界の伝承に置いて、悪魔として、神として、扱われる力の象徴。

 今の彼は英雄の一撃を食らおうともかすり傷1つ追わない。

 その鞘の伝承通りに。

 

「■■■■!」

「ぬぅッ!?」

「叔父様!!」

 

 まるで何もなかったとでも言うように、再び剣を構え翼に振り下ろす竜。

 それは技術など知ったことかと言わんばかりの、荒々しい天災のような一撃。

 来ると分かっていたところで、避けることなど叶わない死の宣告。

 それを弦十郎は自分が代わりに受けることで、何とか翼を守る。

 

「よくも叔父様を…!」

 

 だが、翼の代わりに攻撃を受けた代償は大きかった。

 腹を裂かれ、まるで噴水のように血を流す弦十郎に翼は怒りの声を上げる。

 そして、すぐさま仇討とばかりにその手の刀を全力で竜に叩きつける。

 

 甲高い金属音が辺りに響き渡り、翼は衝撃に目を見開く。

 

「天羽々斬が折れた…だと?」

 

 先程までは真っ二つに怪物を切り裂いていた天羽々斬は、今となっては龍の鱗1つ傷つけられない。遥か昔、八岐大蛇という神の竜を切り裂いた伝説の剣がだ。それは本来であれば、道理に合わないこと。天羽々斬は日本最強のドラゴンスレイヤーだ。如何なる竜であろうとも特攻となるはずだ。

 

 だが、しかし。ここに例外が存在する。

 

「その身が天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)だとでも言うつもりか!?」

 

 天羽々斬は欠けるのだ。

 天叢雲剣という神剣を断ち切ることが出来ずに。

 そう、天羽々斬は竜の首は切れても、剣は切ることは出来ないのだ。

 

「■■■…ッ」

 

 三種の神器の1つという最高峰の()()の前では、天羽々斬は無力となる。

 故に、竜であり一振りの聖剣である目の前の存在は断ち切ることができない。

 

 天災。そうとしか言いようがない脅威。

 竜の前では人間はみな等しく贄だ。

 赤き竜は大きく剣を掲げ(顎を開き)、翼を見据える。

 

 勿論、翼は本能的恐怖からすぐに逃げ出すが、そんな行為は無駄だった。

 

「■■■■■■!」

「速――ッ!?」

 

 竜の飛翔に人間が勝てる道理などないのだ。

 一歩、ただの一歩の踏み込みだけで、翼の懐に容易く踏み込み、容赦なくその()を突き立てる。

 青い髪が赤く染まり、声を上げることすらできずに、翼は血だまりの中に膝から崩れ落ちていく。

 

「■■■■……」

「士郎……」

 

 そして竜の眼光は捉える。

 最後の贄を。

 

「■■■…ッ」

「お前が……あたしの理想の成れの果てか」

 

 決して逃がさない。

 そんな意思を示すかのように、竜はゆっくりとクリスに近づく。

 彼女はそれを逃げることなく見つめながら、どこか疲れたように声を零す。

 それは罪悪感からだ。

 

「誰1人救えない。家族も、友達も、好きな人も、みんな救えずに壊すだけの存在。理想を抱きしめるのに一生懸命で、溺れてもその手を誰にも伸ばさなかった大馬鹿野郎」

 

 竜が剣を振り上げ、獲物の首を両断せんと唸り声をあげる。

 それでも、クリスはどこにも行こうとせずに、ただ竜を見つめる。

 それは全ては自分のせいだと、罪を自覚した善良な罪人が断頭台を上がるようなもの。

 

 自らの足で。されど、そこに意思はない。

 あるのは、もう全てを終わらせたいという疲労感のみ。

 

「ああ……そんな大馬鹿があたしだ」

「■■■■…!」

「いいぜ。お前があたしの理想だってんなら―――一緒に溺死してやるよ」

 

 お前になら殺されたっていい。

 そう言って、クリスは完全に抵抗をやめる。

 その行動に、竜はどこか訝し気な視線を彼女に向けるが、牙を収めはしない。

 聖剣を大きく振り上げ、頭から真っ二つに叩き割ろうと構えを取る。

 

「じゃあな、先に地獄で待ってるぜ。あんたが来たら、そんときは……」

 

 まるで眠るように目を瞑りながら、クリスは呟く。

 そこへ、何の戸惑いもなく竜は剣を振り下ろす。

 かつて、その少女の願いを叶えようとしていたことすら、思い出せずに。

 

「……ちゃんと―――好きだって伝えたいな」

 

 ―――雪原のような髪が赤く染まる。

 

 

 

 

 

「……るな」

 

 白い髪が赤く染まる。

 正義の味方の熱き血で、燃える様に染め上がる。

 

「……諦めるな」

 

 神の槍を宿した籠手で、竜の剣を掴みながら正義の味方は口を開く。

 その手から涙のように血を滴り落としながら。

 

 

「―――生きるのを…諦めるなぁあああッ!!」

 

 

 正義の味方(立花響)は魂の限りに勇気を歌うのだった。

 

 




ソロモンの杖+ネフシュタンの鎧+デュランダル=黙示録の赤き竜
が原作なので
エクスカリバーの鞘+ネフシュタンの鎧+デュランダル=ブリテンの赤き竜
にしてみました。

因みにソロモンの杖も加えたら、下も巨大化できるようになります。
その代わり月の破壊という目的すら忘れて、ただの厄災と化します。

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