■■士郎のシンフォギア   作:トマトルテ

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11話:I love you

「お前……なんで?」

 

 目の前で自らの盾となり、血を流す響の姿をクリスは呆然と見上げる。

 もういい、やめてくれ。それ以上はお前が耐えられない。

 私なんかのために誰かが傷つく必要は無いんだ。

 そんなどこかの誰かにすっかり似通ってしまった思考。

 

 それを実際に口にする前に、響は分かっているとでも言うように呟く。

 

「私がクリスちゃんと士郎君に生きていて欲しいから……」

「そんなの……あたしの勝手だろ。お前が止める必要なんてこれっぽっちも――」

「ううん、ある。あるよ! だって、誰かが泣いている姿を見ると私も胸が苦しくなるから!」

 

 クリスの言葉に響は苦しそうに叫び返す。

 それは、竜の剣を受け止め続ける痛みからではなく、胸に走る悲しい痛みからだ。

 

「自分が泣いてるわけでもないのに、胸が痛くて苦しくて切なくなる。それを無くしたいから、泣いている誰かに笑って欲しい。傷つけあっている人達に手を取り合って欲しい」

 

 他人のためではなく、自分がそうあって欲しいと願うから。

 きっとそれは、酷く自分勝手で傲慢な偽善なのだろう。

 悲しみの中で生きてきた者には唾棄すべき言葉かもしれない。

 

「……全部、お前のためじゃねえかよ」

「自分でも勝手だと思うよ。でも、神様にだって私が手を伸ばすことを止める権利はないんだよ」

 

 一度、勢いをつけねばこの少女は断ち切れぬ。

 そう判断した竜が一度剣を引き、距離を取る。

 今が体勢を立て直すチャンスである。だというのに、響は戦闘態勢を取らない。

 常日頃と変わらぬ顔で竜に微笑みかける。

 

「例え、何度否定されても、私は手を伸ばし続ける。あの時どうして手を伸ばさなかったんだろうって後悔をしたくないから。手を払われたって関係ない。相手が嫌がったって掴んであげる。だって」

 

 血が流れ落ちる手を気にすることも無く、響は竜に手を差し伸べる。

 

 

「つながった手の温もりだけは―――決して間違いなんかじゃないんだから」

 

 

 帰っておいで。

 みんなには一緒に謝ってあげるから。

 そう言って、響は屈託なく笑う。

 

 その笑顔が。

 

「■■■■■■■ッ!!」

 

 竜にはとつもなく気に入らないものだった。

 心も魂も塗りつぶしたというのに、不快感と嫌悪感がヘドロのようにまとわりつく。

 それはさながら逆鱗に触れられたかのよう。

 竜は目の前の存在だけは、決して許さないとばかりに咆哮を上げる。

 

「おい馬鹿! さっさと逃げろ!!」

「大丈夫。私は信じてるから」

「信じるどうこうの問題じゃねえだろ!?」

 

 贋作のエクスカリバーが黄金の光を放つ。

 それは希望の光ではなく殺意の煌めき。

 その剣を振り切れば、響の体など豆腐よりも簡単に切り落とされるだろう。

 だというのに、響は逃げ出さない。柔らかい表情でクリスに大丈夫と告げるだけだ。

 

永久に遥か(■■■■■■■)―――」

 

 逆さ鱗を撫でられた怒れる竜が大顎を開く。

 その口から放たれるは滅びの一撃。

 月すら消し去るそれが地上で放たれれば、直撃などしなくとも死は免れない。

 故に響とクリスの死は必然。

 

 の、はずだった。

 

「―――?」

 

 ふと、竜が動きを止める。

 そして、怒りが失せたかのように固まり、何かに耳を傾けている。

 

「なんだこれ…? 歌か? でも、この感じはシンフォギアじゃない。ただの歌だ」

「うん、ただの歌だよ。でも、大切なのは歌の内容じゃなくて、歌ってる人だよ」

 

 どこかから近づいてくる歌声。

 優しく温かい、まるで子守唄だとクリスは思った。

 だが、不思議に歌の内容は全く聞き取れなかった。

 

 それも当然だろう。その言葉は遥か太古に失われた言語だ。

 今では喋れる人間も、理解できる人間も1人しかいない。

 

「にしても、この声……まさか」

 

 しかし、クリスはその声には聞き覚えがあった。

 言葉は分からずとも、その声はよく聞いたことのある声だ。

 

「言ったでしょ、クリスちゃん。信じてるって。どんなに姿が変わって成長したって」

 

 それは竜も同じであるのか、怒りを収め剣を降ろす。

 ただの歌で赤き竜から戦意を奪う。

 これだけ聞けば途轍もないことをしているように感じるだろう。

 だが、これは実は必然のことなのだ。

 

 なぜなら、古来より竜の怒りを鎮めるのは。

 

「お母さんのことは忘れないって」

 

 ()()の歌と相場が決まっているのだから。

 

 

 

 

「ちょっと、おいたが過ぎるわよ。この―――()()()()

 

 

 

 

 時は遡り、弦十郎が士郎に攻撃を仕掛けた時に戻る。

 

「師匠、頑張ってください! 私もすぐにそっちに行きます!」

「ちょっと、響ちゃん。何勝手に動こうとしてるの」

 

 弦十郎との通信を切り、すぐに現場へと向かおうとする響。

 それを少し呆れた様子で了子は止めている。

 

「え、ダメなんですか?」

「当たり前よ。あなたは人質として3日も捕まっていたのよ? メディカルチェックもしないとダメだし、何か仕掛けられてないかも確認しないと」

 

 そんな馬鹿なという表情で固まる響のおでこを小突き、了子はため息をつく。

 他の二課の面子も同じような表情で頷いているので、響は何だか恥ずかしくなって頬を染めてしまう。

 

「そもそも、まず無事を伝えないといけない人がいるでしょ?」

「え? でも、ここは二課本部なんだから居るはずが――」

「……響」

 

 そして、聞きなれ過ぎた声で名前を呼ばれたことで一転、顔を青ざめさせる。

 ギギギと首がさび付いたように振り返ると、そこには無表情の未来が居た。

 そう、無表情だ。喜怒哀楽の全てが抜け落ちたような顔である。

 もう、それは響にとっては鬼に睨まれるよりも恐ろしく感じられた。

 

「み、未来……えっと、その……」

「…………」

 

 無言でこちらを見る未来に何と言えばいいのか分からずに、響は口をパクパクとさせる。

 それを未来は何も言わずにジッと見つめる。

 その威圧感と言えば、二課の面々が思わず仕事を忘れて固まってしまう程のものだ。

 恐らく、このまま響が何も言わなければ、二課の機能は物理的に停止してしまうことだろう。

 しかし、流石にそうなることにはならずに、響が凍り切った時を動かす。

 

「……ごめん。黙ってて…嘘ついて…心配かけて……ごめんなさい」

「………響」

 

 謝罪。心からの、聞いている方が申し訳なくなるほどの感情。

 それを聞いて、未来はようやく口を開く。

 

「これから一週間、響は私の言うことを何でも聞くこと」

「え?」

「掃除や洗濯、料理も全部響がやること。おやつは抜き。破ったら一食抜きだから」

「未来……許してくれるの?」

 

 淡々と、罰則を言い渡す未来に響はおずおずと尋ねる。

 未来はそれに対して、口に出すことはなくただ勇気づけるように笑う。

 

「それと、最初の命令は……クリスや翼さん達を助けに行くことよ」

「ッ! 分かった!!」

 

 そして、未来は優しく響の背中を押し出す。

 行ってらっしゃいと。

 彼女の帰るべき温かい陽だまりとして。

 

「後、帰ったら説教だから。一時間や二時間じゃ終わらないから覚悟しててよね」

「許してくれたんじゃ!?」

「それとこれは別」

 

 だが、彼女の怒りはまだ晴れていない。

 後でこってりと絞るつもりだ。

 

「ちょっと、ちょっと。仲直りしたのは良いことだけど、勝手に出て行ったらダメよ。未来ちゃんも冷静になって」

「ごめんなさい、了子さん。でも、私思うんです。このままじゃ、手遅れになりそうだって」

「……不安になるのは分かるけど、私達を信じて」

 

 なんだか、良い空気で響の出撃が決定してしまいそうだったので、慌ててストップをかける了子。あまり、計画に対して不確定要素を出したくない。それだけだと、自分の心に言い聞かせながら。

 

「了子さんのことは信じてます。でも、私も感じてるんです。手も声も届かない所に行ったら、もう士郎君は救えないって。だから、手の届くうちに、その手を握ってあげないと」

 

 だが、続く響の言葉は容易く了子(フィーネ)の心を抉る。

 手の届くうちに、声の届くうちに恋を伝えられなかった。

 それが今の自分が醜く生きている理由なのだから。

 

「……()()()を救いたいの?」

「はい。だって、こんな結末誰も幸せになりませんから」

「いやに、あの子の肩を持つわね? 本当に洗脳とか受けてないでしょうね」

 

 自分でも酷いことを言っていると思いながら、了子は響を戦場から遠ざけようとする。

 しかし、響はゆるゆると首を振り、ニコリと笑みを浮かべる。

 

「知ってますか、了子さん? 士郎君ってすっごく料理が上手なんですよ」

 

 知っている。

 そう、声にしたいのを我慢する。

 

「私も料理をしたことあるんですけど、結構大変ですよね。でも、士郎君は人質の私に3食プラスおやつを欠かさず作ってくれたんです」

 

 知っている!

 あの子が女性に粗末な扱いをするわけがない。

 そう、教えたのだから。

 

「それも、食べやすいように、大きさや匂いや味も工夫してくれるんです。もう、自分は味も匂いも分からないくせに」

 

 知っているッ!

 あの子はそういったことで手を抜いたことはない。

 

「それで、そんなことを嫌な顔一つせずにできる士郎君は絶対―――優しい人だと思うんです」

「………知っているわ」

 

 ポツリと無意識のうちに零した言葉に気づくのに、時間がかかった。

 さらに、それが失態だと気づくのにはもっと時間がかかった。

 幸い、響以外の人間には聞こえていないようだが、手遅れだろう。

 

「そんな優しい人を助けたいんです。だから力を貸してください―――士郎君のお母さん」

 

 立花響は間違いなく確信を得ているのだから。

 

「…え? 了子さんが士郎さんのお母さん…? 響どういうこと?」

 

 響の言葉に二課全体が騒めき始める。

 未来も混乱したように響に説明を求めている。

 

「……私はあの子の母親などではない」

 

 だが、了子は響が口を開くよりも前に否定を言葉を吐く。

 しかしながら、そこに誤魔化そうという意思は感じられない。

 ただの否定だ。自分のような存在が、母親であってはならないという嫌悪感からの。

 

「ううん。今ので確信しました。了子さんはやっぱり士郎君のお母さんです」

「何を根拠にそんなことを言っているの?」

「簡単ですよ。だって―――嘘つくときの表情がそっくりなんだもの」

 

 思わず、息をのむ了子。

 それが正解だと告げているようなものだった。

 

「それに、私が士郎君の話をしている時、すごく優しくて悲しい顔をしてましたよ? あんな表情、お母さんにしか出来ない」

 

 もう、否定など出来ない。

 隠すことなどできないだろう。

 それが分かったからこそ、了子(フィーネ)は響を睨みつける。

 

「例え…! そうだとして、私に何を望む!? 私に何が出来る!!」

「手紙を読んでください」

 

 激昂するフィーネに対し、響は封筒を差し出す。

 

「……これは?」

「この中には士郎君が書いた手紙が2通入ってます。開けてください」

 

 フィーネは、封筒と響を巡視した後に恐る恐るそれを受け取る。

 無視をすることも出来た。叩き落すことも出来た。

 だとしても、もうそれをするだけの勇気は湧いて来なかった。

 

「1通はクリスちゃんにあてたものです。もう1通はきっと……」

 

 震える手で封を開ける。

 中から1通が出てくる。宛先には“クリスへ”と書かれていた。

 そして、奥の方からもったいぶるように残りの1通が落ちてくる。

 宛先には。

 

 

「了子さんにあてたものだと思うんです」

 

 

 “母さんへ”

 と、狂おしい程の愛情を込めて記入されていた。

 

「―――あ」

 

 見慣れた字で、見慣れぬ言葉。

 だというのに、ずっと待ち望んでいたその言葉にフィーネは目が離せなくなる。

 ポツリと手紙に水滴が落ちていく。

 それが自分の涙だということに気づくことも無く、フィーネは指が震えるままに手紙を開く。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

“母さんへ”

 

まず、こんな呼び方で読んでごめん。きっと、気味が悪いと思うし、俺なんかに呼ばれたくもないと思う。でも、最後だからどうしても言っておきたかったんだ。俺、フィーネさんのことを2人目の母親だと思ってます。

 

ありがとう。あの日から俺を育ててくれて。あの日母さんに拾われたことは、きっと俺の人生の中で一番の幸運だと思います。手を握ってくれたこと、頭を撫でてくれたこと、抱きしめてくれたこと、歌を歌ってくれたこと。全部、全部、俺にはかけがえのない宝物です。

 

幸せでした。

死にたくなる程に。

 

幸福でした。

自分が生きていることに違和感を覚える程に。

 

そんな母さんに、少しでも恩返しをしたいんです。こんな出来損ないで、死に損ないの俺だけど。母さんの幸せのために死ねるんなら、ちょっとは生き恥を晒してきた意味があると思うんだ。

 

だから、俺は死にます。

母さんの夢のために、クリスの夢のために。

この薄汚れた魂を捧げさせてください。

 

そうして、俺の居なくなった世界で母さんは笑ってください。

俺のことなんか忘れて、幸せになってください。

そうしてくれれば、生まれてこなかった方がよかった俺でも、きっと。

 

生まれた意味が少しはあったんだって思えるから。

 

“士郎より”

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 ポツリポツリと雨のように涙が手紙に降り落ち、文字が滲んでいく。

 それは喜びの涙であり、哀しみの涙。

 そして何より。

 

「あの―――バカ息子がッ!!」

 

 怒りの味がした。

 

 

 

 

 

「自分の居ない世界で笑え? 息子を忘れて幸せになれ? ふざけるなよ! 息子の居ない世界で笑える母親など居るものか!!」

 

 時間は戻り、1人の巫女が。否、母が息子に対峙する場面に進む。

 フィーネは今の今まで抑えていた感情を爆発させ、叫び声をあげる。

 怒鳴るように、泣くように、懺悔するように。

 

「生まれてこない方がよかった? 冗談でも母親の前でそんなことを言わないで! 他の誰が否定しようとも、母親(わたし)だけはあなたの生を肯定する!! よく聞きなさい、愛し子。私の息子」

 

 状況が分かっていないクリスも、倒れている翼達も無視だ。

 ただ、自分の息子を真っすぐに見つめ、ずっと言いたかった言葉をぶつける。

 数千年の恋と同等の、否、それ以上かもしれない感情を。

 

 

「士郎―――あなたを、愛している」

 

 

 感情の名前は愛。

 親が子に抱く、温かく真摯な祈りの歌。

 その歌は如何なる攻撃よりもなお深く。

 

「――■■■■■■■ッ!?」

 

 ■■士郎の心を抉った。

 

「■■■■…ッ」

 

 傷などつかぬはずなのに、痛みなど忘れたはずなのに。

 竜は、士郎は、激痛にその身を()じり耳を抑える。

 もうやめろ、聞きたくないと駄々をこねる子供のように。

 

「フィーネ! ……どういうことなんだ?」

「やっと気づいたのよ……あの方への恋心も大事だけど。息子(士郎)も同じぐらい大切だって」

 

 どういうことだと、詰問するクリスに対し、フィーネは吹っ切れたように答える。

 神に対する恋心が失せたわけではない。だが、士郎への愛情はもう消せぬのだ。

 例え、恋が叶おうとも士郎()を失えばもう自分は笑えない。

 それに気づいたからこそ、彼女は歌うのだ。

 

「私の数千年の宿願はここで(つい)える。私が(つい)えさす」

「……良く分かんねえけど、士郎を救うんだな?」

「当然よ、それが母の務めだから」

 

 堂々と言い切るフィーネに、クリスはここに来て初めて笑みを見せる。

 

「何を笑ってるの?」

「いや、やっぱあんたは士郎のママだなって」

「当たり前のことを言わないで。……響ちゃん! 翼ちゃんと弦十郎君は回収した?」

 

 からかうような口調に、少し頬を赤らめるフィーネ。

 だが、決して顔を逸らすことはなく、むしろ誇らしそうに胸を張るのだった。

 そして、士郎が動きを止めている間に動いていた響に問いかける。

 

「はい! 翼さんは師匠が背負っています。それにしても了子さん特製の薬って凄いですね。師匠が飲んだ瞬間に復活するんですから!」

「……それは弦十郎君がおかしいだけだと思うわ」

 

 傷は気合で塞いだ、とでも言わんばかりの復活を見せた弦十郎に、思わず白目を向けるフィーネだったがすぐに流す。こういうバグ的な存在は、そういうものだと割り切るのが一番だ。

 

「了子君なのか…? 随分とイメージチェンジしたようだが。説明はしてもらえるのか?」

「櫻井了子でも、フィーネでもどちらでも結構よ」

「フィーネ!? 了子さん、一体どういうことですか?」

 

 櫻井了子の姿から、フィーネの姿に変わった彼女に、眉をひそめる弦十郎。

 そして、翼は弦十郎の背中の上からフィーネの名乗りに食って掛かる。

 それは当然の反応なので、仕方がない。

 しかしながら、いつまた赤き竜が動き出すかが分からない状況だ。

 悠長に説明をしている暇はない。

 

「私が何者かの説明は後でするわ。とにかく時間が無いの。だから今は……」

 

 フィーネはゆっくりと口を閉じ、深々と全員に頭を下げる。

 

「―――息子を助けるのに協力してください」

 

 そして、心からの嘆願を行うのだった。

 事情を深く理解していない翼と弦十郎は、その深すぎる礼に困惑するが無理もない。

 2人はまだフィーネを知らず、櫻井了子しか知らないのだから。

 

「都合の良いことを言っているのは分かってる。それでも…! もう大切な者を失いたくない…ッ。私はどうなったっていい。だから、息子(士郎)は…! 息子(士郎)だけはッ!」

 

 懺悔をするように、縋りつくように。

 母は息子の赦しを請う。

 フィーネの事実を知っている者が聞けば、何を都合の良いことをと言うかもしれない。

 人の大切な者を奪っておいて自分だけと。

 

 ここに居るものの大半はフィーネの悪行を知らない。

 だが、しかし。その言葉に籠る重さから大体のことは感じ取った。

 その上で彼らは。

 

「分かった。それで、俺達は何をすればいい?」

 

 迷うことなく手を差し伸べる。

 

「……本当に良いの?」

「良いも悪いも、あたしは元々そのつもりでここに来てる」

「私も同じです。士郎君を助けたい気持ちは了子さんと同じです」

 

 自分で言ったにも関わらず、困惑の表情を浮かべるフィーネ。

 そんな彼女に対し、クリスと響は何を今更という表情を浮かべる。

 

「助けを求める手を振り払う趣味はないからな」

「目の前の誰かを救うことが防人の務め。異論はありません」

 

 弦十郎はフィーネを安心させるように笑みを浮かべ。

 翼は弦十郎の背中から降り、強がるように言ってみせる。

 

「……ありがとう。今はそれしか言えないわ」

 

 そんなどこまでも優しさと希望に満ちた人間の姿に、フィーネは不覚にも目じりが滲んでしまうが、そこは泣くにはまだ早いと気合で抑え込む。泣くのも礼をするのも、全ては息子を助けた後だ。

 

「で、どうやったら士郎を元に戻せんだ?」

「そうね。色々とやることはあるんだけど、まずは―――歌よ」

 

 そう、覚悟を決めてフィーネはクリスを見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 歌が聞こえる。

 いつかどこかで聞いたような気がする、優しい歌だ。

 でも、思い出せない。思い出したくない。

 このまま何も考えずに眠っていたい。

 

 なのに、どうして?

 

「士郎―――あなたを、愛している」

 

 目の前のあの人達は俺の眠りの邪魔をするんだ?

 

「防人として、このまま負け続けるわけにはいかない。覚悟しろ!」

 

 歌が聞こえる。

 

「手を繋いでくれるまで! 私は絶対に諦めないんだから!!」

 

 歌が聞こえる…ッ。

 

「いい加減、目を覚ましやがれ!! 大馬鹿野郎!!」

 

 歌が聞こえる!!

 

「■■■■ッ!!」

 

 もういい、黙れ。

 俺はもう、何も聞きたくない。何も見たくない。何も言いたくない。

 何も―――思い出したくない。

 

 だってそれは、きっと幸せな(苦しい)ことだから。

 とても楽しい(辛い)ことだから。

 

 やめろ、やめてくれ。

 呼吸をするだけで苦しくなる。

 自分の心臓がうるさくて耳を引きちぎりたくなる。

 ただそこに俺が存在するというだけで、憎くて憎くて堪らない。

 

 死にたい(忘れたい)

 俺という存在を。辛い過去を。幸福な現在を。

 何もかも忘れてただの剣になりたい。

 それなのになんで。

 

「「―――生きろ、士郎ッ!!」」

 

 あの2人の顔だけは、色鮮やかに思い出せるんだろうか?

 

 

 

「――■■■■■ッ!!」

 

 竜が雄叫びを上げる。

 まるで、自らを狂わせようとするかのように。

 何もかもを忘れようとするかのように。

 

「来るぞ! 翼、響君、準備をしろ!」

「はい、叔父様」

「オッス! 師匠!」

 

 そんな迫る狂竜(きょうりゅう)に対しても弦十郎達は怯まない。

 真っ当に戦えば間違いなく勝てない。

 それは3人が300人になったところで同じだ。

 だというのに、何故3人の顔に不安がないのか?

 理由は簡単。

 

「さあ、クリス。あなたの胸の歌を届けなさい」

「おうッ!」

 

 彼らには勝ち筋が見えているのだ。

 

「■■■■!?」

 

 狂える竜が不意に突撃する足を止める。

 それは何も、情が目覚めたわけではない。

 純粋に自らの体に異変を感じ取ったからだ。

 

「その調子よ、クリス。まずはネフシュタンを()()()()()

「■■…ッ!? ■■■■■!!」

 

 蒼銀の鎧が黄金に変わっていく。

 進化した姿ではなく、以前の姿へと戻り、()()()()()と蠢く。

 当然、竜はそんなことは許さないとばかりに、自らの腕で鎧を叩きつける。

 それにより、鎧は蒼銀に戻るが、クリスの歌が届くと再び蠢きだす。

 こんなことを繰り返されれば、思うように動けない。

 故に竜は原因を探るべく、クリスの方を睨みつける。

 そして気づく。

 

「ネフシュタンの鎧は欠片さえあれば、何度でも再生・再結合が可能。つまり、あなたが響ちゃんに()()()破片があれば、それを基に再結合させることも可能ってこと」

 

 歌うクリスの掌の中に、自らの一部が収まっていると。

 もしも、竜に人間らしい思考があれば皮肉だと笑っていただろう。

 響を殺す爆弾として持たせたものが、今は自らを殺す爆弾と化したのだ。

 

「流石だな、了子君。聖遺物のことで右に出るものは居ない」

「当然よ。私に聖遺物の知識で勝とうなんて2000年は早いわ」

 

 得意げに語るフィーネの姿は実に頼もしい。

 因みに1000年ぐらいサバを読んでいるとかは、ツッコんではいけない。

 

「■■■■■――ッ!!」

 

 しかし、それだけで抑えつけられるならば竜は神とは呼ばれない。

 理不尽。そうとしか言いようのない力で鎧を抑え込み、一気に支配下に戻す。

 如何に鎧の一部がクリスの手にあるとはいえ、所詮は欠片だ。力も弱い。

 

 一時的に制御を乱すことは出来ても、結局はそれだけだ。

 すぐに奪い返されてしまう。。

 

「■■■■■■■ッ!!」

「つッ! おい、フィーネ! 本当にあたし達は歌うだけでいいのか!? このまま歌っても、ネフシュタンを奪えねえぞ!!」

 

 竜の咆哮が大地を揺らし、空気を弾く。

 ただの声でさえ、竜は破滅の一撃とする。

 

 このようなことで、負けるかと。

 不死の命を持つ者が、不滅の肉体を持つ己が、不壊の剣を持つ自分が負けるはずがないと。

 月すら破壊できる力が、たかが人間如きに止められるものかと誇るように唸る。

 だが。

 

「クリス、良いことを教えてあげるわ。同じ性質を持つものは、ときに反発し合うのよ?」

 

 竜の喉元に剣が突き刺され、声を阻害する。

 否、正確には体中から剣が生えてきて、竜の動きを阻害したのだ。

 

「■■…!?」

「何でって顔をしているわね。ええ、1つや2つなら問題はなかったでしょうね。いえ、私の理論でも3つまでならこう簡単には暴走しないわ。ただ、あなたの取り込んだものの相性が悪かった」

 

 人が竜を見下ろす様に声をかける。

 天と地が逆転したかのように感じられる光景。

 だが、2人の関係を思えば何ら不思議ではない。

 子が母より上に立つことなどない。

 

「不死・不滅・不壊。相性が良いように見えて、それらは同じ極の磁石のようなもの。お互いが反発し合うそれを、あなたという紐で止めていただけ。でも、クリスの歌でその紐は緩まった。後は簡単、あなたの中の聖遺物に勝手に反発し合って貰えばいい」

 

 元々が反発する属性を持っている聖遺物。

 それを士郎という紐で無理やり括り付けていたのだが、クリスによりその紐が緩められた。

 そして装者3人と了子の歌で、聖遺物の力をあえて高めることで反発し合う力をも高めた。

 後は簡単。勝手に磁石が反発し合うのに任せていればいい。

 

「それに何より、アーサー王は鞘も剣も失う運命にある。あなたがその剣を抜いた時からこの結末は決まっていたのよ?」

 

 叱るように、諭す様に、淡々と語っていくフィーネ。

 アーサー王物語は鞘と剣を手に入れることから始まり、それらを失うことで幕を閉じる。

 かの王はその運命を分かっていて剣を引き抜いた。

 だが、この少年はそんな覚悟などなく、ただの逃避のために剣を手に取った。

 ならば、この破滅は必然。

 

「今よ! 翼ちゃん、響ちゃん、弦十郎君! キツイのをお見舞いして!」

「はい。かなり痛いが悪く思うな!」

「男の子だから痛くても平気だよね!」

「……少し手心を、いや今回ばかりは自業自得か」

 

 聖遺物同士の反発により身動きが取れなくなった士郎に、3人が迫る。

 死ぬことはない。だが、この一撃を食らえば、聖遺物を繋ぎとめる紐は完全に切れるだろう。

 そうなれば、ただの■■士郎だ。

 どう足掻いても勝てない。

 

 かの王ならば剣と鞘を失っても戦えるだろう。

 だが、ここに居るのは英雄でも何でもないただの人間。

 ただの。

 

「よく覚えておきなさい、士郎。母さんは―――怒ると怖いのよ?」

 

 母親に叱られる子供だ。

 勝てる道理などどこにもない。

 

「絶刀……天羽々斬!」

「力を貸して、ガングニール!」

「歯を食いしばれよ、少年!!」

 

 刃が、槍が、拳が、身動きのできない士郎に迫りくる。

 その手に握る聖剣を撃ち落そうと迫る。

 そして。

 

「お目覚めの時間よ、バカ息子」

 

 少年は剣を失った。

 

 3人の攻撃をまともに受け、その手から宙に投げ出された黄金の剣を見ながら士郎は思う。

 やはり、あの剣を握るのに自分は相応しくなかったと。

 所詮は贋作である自分が、英雄の真似事などするべきではなかった。

 

「よっし! ネフシュタンもこっちの制御下に戻したぞ!」

「剣と鎧を失った今、士郎はただの死なないだけの人間……この戦い私達の勝利よ」

 

 奪った鎧が引き剥がされていくのを感じながら、士郎は思う。

 やはり、自分があんなに綺麗なものを身に着けるべきではなかったと。

 奪った宝石で着飾ったところで、そのものの本質は変わらない。

 

「安心しろ、峰打ちだ」

「女の子を泣かせた罪は重いんだよ!!」

「まだやるのか……」

 

 翼と響の私念に近い攻撃と弦十郎の同情に満ちた視線を受けて、湖に吹き飛ばされながら士郎は嗤う。

 

 英雄の真似事をしたって本物にはなれない。

 人間の真似事をしても贋作は人間になれない。

 ものにはあらかじめ決まった役割(うんめい)がある。

 運命を覆すことは俺にはできない。

 

「やり過ぎではないのか…?」

「構わないわよ、母である私が許すわ」

「おう。引き上げたらあたしも一発殴るからな」

「……強く生きろ、少年」

 

 冷たい湖の底に沈んで行きながら、士郎はあるものを探す。

 先程自らの攻撃の余波で()()()湖に落ちたはずだ。

 人はあり方を変えられない。運命は決して覆せない。

 だとしても。覆すことが出来ないと決まっていても。

 この身が剣ですらない、ただの化け物だとしても。

 俺は――

 

「ところで弦十郎君。ソロモンの杖はどこにあるの? 今のうちに回収しておきたいのだけど」

「む? 初撃で叩き落としたはずだが……戦闘の余波でどこかに飛んでいったのか?」

 

 絶対に諦めない。

 

 

 

【―――この体は、無限の剣で出来ていた】

 

 

 

 聞こえないはずの(うた)が聞こえた。

 だというのに、全員が鳥肌を立ててその声が聞こえた方に振り向く。

 

 湖がさざめく。

 ゆっくりと、大きく。

 湖底より這い出ていく化け物の動きに合わせて。

 

「なんだ…あれは…?」

 

 初めに見えたのは巨大な竜の前足だった。

 それだけで車一台分はあろうかという巨大な足。

 鋭利な爪は比喩ではなく、剣で出来ており触れるもの全てを引き裂く。

 

 続いて見えたのは巨大な顎だった。

 神よりも悪魔に近い風貌で、人を食らい飲み込む邪悪な剣の牙。

 

 そして、竜が湖底より這い出てくる度にその姿は露になっていく。

 天を覆いつくさんばかりの翼。一度(ひとたび)振るえばビルすら崩せる尾。

 そして何より目を引くのは。

 

 鱗の代わりに全身を覆う―――無限の剣だった。

 

「俺の邪魔をするなァアアアッ!!」

 

 (はがね)の竜は泣くように叫び声をあげる。

 

 先程とは真逆の姿。

 言葉は人間、体は竜。

 ■■士郎は意識を取り戻してなお、人間ではなく化け物であろうとした。

 

「ど、どうなってるんですか!? 了子さん説明を!!」

「……あのバカ息子。今度はソロモンの杖を取り込んだみたいね」

「またですか!? さっき苦労して引き剥がしたばっかりなのに!? ほら、士郎君! ペッして! ペッ!」

「落ち着け響君。それは子供にやることだ」

 

 そして、そんな竜の足元では混乱した響がギャーギャーとわめき、弦十郎がそれを抑えている。フィーネはと言うと恐怖よりも前に、この子の諦めの悪さは一体誰に似たのだろうかと若干呆れていた。

 因みに翼はその隣で、全身剣の竜の姿にちょっとカッコイイと思っていたりする。

 

「おい士郎! 今は喋れんだな!? だったら聞け!! もう、お前が月を破壊する理由なんてないんだよ!! フィーネもあたしも馬鹿げた夢は捨てたんだ! だから、さっさとその姿をやめて帰ってこい!!」

 

 そしてクリスはと言えば、1人真面目に士郎の説得を行おうとしている。

 声が一段と大きいのは想いの大きさと言うよりも、竜の巨体に届かせるためが大きいだろう。

 

「そうよ、士郎。私は月の破壊を諦めたのよ。それ以上にあなたの方が大切だから」

「……諦めたのか? フィーネさんは夢を、恋を、諦めたのか?」

「そう…ね。諦めたのかと言われれば、そうなるわね」

 

 天高くより竜が戸惑うように、縋るように問いかけてくる。

 それに対して、フィーネは子供を安心させるような優しい顔で答える。

 

「でも、大丈夫よ。今の私はそんなものよりも、あなたに生きて――」

「……ふざけるな…ふざけるなッ! 馬鹿野郎ッ!!」

「し、士郎?」

 

 だが、帰ってきたのは罵倒の言葉だった。

 彼を拾ってから間違いなく初めてと言える、自分に向けられた罵倒。

 その余りの衝撃にフィーネは何も返すことが出来ずに、ただ茫然と竜を見上げることしか出来ない。

 

「勝手なことを言うな! あんたが言ったんだろッ! 俺に夢を叶えるのを手伝ってくれって! あんたが言ったんだろう!? 数千年の恋を叶えたいって!! そのために()()()は俺を拾ったんだろ!?」

 

 子供が泣きわめいている。

 親として、母として泣き止ませなくてはいけない。

 そう頭の中で思うが、フィーネの体は凍り付いたように動かない。

 断罪の刃がその身を十字に磔にする。

 

「母さんが夢を諦めるんなら、俺は何のためにあの日生き残った!?

 母さんが恋を諦めるんなら、俺は何のために今まで生きてきた!?

 それだけが俺が生きても良い理由だったのにッ!

 それだけが死んじゃいけない理由だったのにッ!」

 

 士郎の糾弾にフィーネは何も言えなかった。

 そう。自分はあの日、否、今まで一度も『生きていてくれてありがとう』と言っていない。

 自分の目的を叶えるための駒として拾った。

 そのためだけに生きる様に仕向けてきた。

 

 そんな私が何を今更、母親面をしているのだろうか。

 生きていてくれてありがとうと、あの日そんなこと1つ言えなかった私が。

 今更生きていて欲しいと言った所で。

 

「それすら奪われた俺は一体―――何のために生きればいいんだッ!?」

 

 届くわけなどない。

 この子には生きる理由がない。

 だから、生きたいと思えない。

 それは全部、全部、私のせいでどうしようもない自業自得。

 

「あ……あ……士郎…」

「……俺は誰に否定されても、母さんの夢を叶える。でなきゃ、何のために生まれてきたかも分からない」

 

 竜が翼をはためかせる。

 月へと向かい飛んでいくためにだ。

 きっと、彼は死なないことを良いことに、ありとあらゆる方法を使って月を壊すだろう。

 剣も鎧も、鞘すら失っても、その手1つで月を壊すつもりだ。

 そして、その果てに考えることをやめた死骸になり果てたいのだ。

 

 それを止めたいと思う。

 止めなければと心が叫ぶ。

 でも、息子に生まれて来てくれてありがとうと、言ったことも無い母親にできるのは。

 

「ごめん…なさい…ごめんなさい……私はッ…!!」

 

 ただ、泣いて謝ることだけだった。

 

「さよなら、お母さん」

 

 (はがね)の竜が大空へと羽ばたいていく。

 目指すべくは夜空に輝くあの月。

 今度こそ、砕き去る。誰も願っていない夢だとしても。

 それが、それだけがきっと、自分の生まれた理由なのだから。

 

 誰もが彼を追っていけない。

 彼に生きる理由を与えられない者では、追った所で同じことを繰り返すだけだ。

 どんな名医も生きる意志の無い者は救えない。

 これはそれだけの話だったのだ。

 

「士郎ォオオオオオッ!!」

 

 だとしても、それを認められない人間が居る。

 自分勝手でも彼に生きて欲しいと願う人が居る。

 

「クリス…!?」

「勝手なことばっか言ってんじゃねえよ! 少しはあたしの話も聞け!!」

 

 自らが打ち出したミサイルに乗り、天を駆ける竜に追いついたクリスは真正面から竜に対峙する。その巨大な顎は彼女を一飲みにするだろう。その爪は彼女の防具など紙のように裂くだろう。だとしても、彼女は真っすぐに竜を睨みつける。

 

「どけ、クリス! もう俺は加減なんてしない。クリスでも殺せる」

「ああ勝手にしろ! 元々あたしの命は、お前にくれてやるつもりだったんだ。でもな、言うこと言わなきゃ死んでも死ねないッ!」

「何を…?」

「いいか、士郎! 耳をかっぽじって聞けッ!」

 

 ただの言葉だけで、鼓膜が破れそうなダメージを竜はクリスに与える。

 それでもクリスは引かない。これだけは言うと、これだけは死んでも伝えると。

 魂の歌を、全身全霊をもって歌い上げる。

 

 

「あたしはお前のことが―――大好きだぁあああああッ!!」

 

 

 障害物が何もない空に、彼女の思いの丈がぶちまけられる。

 その声量と言えば、士郎が思わず耳を塞ぎたくなるどころか、地上のメンバーにも驚きよりも先に、うるさいという感情を呼び起こさせたほどだ。

 

「く、クリス…?」

「何が生きる理由がねえだよ! そんなに生きる理由が欲しいなら、あたしがお前の生きる理由になってやるよ!!」

 

 普段のクリスなら絶対に言えない、恥ずかしい言葉のオンパレード。

 それでも彼女がためらうことなく言えているのは、(ひとえ)に怒りからだ。

 彼女は士郎があまりにも頑固なので怒っているのだ。

 その怒りが彼女の理性を取っ払ってしまっているのである。

 

「何のために生き残った? なもん、あたしに出会うためだ!

 何のために生きてきた? あたしに会って恋をするためだ!

 生きて良い理由は、あたしが生きていて欲しいから。

 死んだらダメな理由は、お前が死んだらあたしが泣くから。

 んでもって、何のために生きるのかなんて簡単だ。

 ―――あたしを幸せにするためだよッ!」

 

 紡がれる歌は全力全開の“I love you”。

 溢れでる乙女のパワーを振り絞った恋歌。

 それは規格外を超えた、さらにその上のフォニックゲインを生み出す。

 

「これは母さんの資料にあった……限定解除(エクスドライブ)?」

 

 光と共に白く変化を遂げたイチイバルを見て、士郎は驚きの声を上げながらも場違いなことを考えてしまう。赤色のイチイバルが、無垢なる白に染まったその姿はまるで。

 

 花嫁姿のようだと。

 

「あたしを惚れさせた責任を取れ! 一生、あたしの隣から離れるな! お前が嫌だって言ったって離しやしない!! あたしは寂しがり屋なんだ!! 1人にしたら泣くからなッ! あたしのために上手い飯を作り続けろッ!! 失敗したってちゃんと完食してやるから! だから、お前は黙ってあたしを―――世界で一番幸せにすりゃ良いんだよッ!!」

 

 それは完全に逆プロポーズだった。

 向こう百年は、年頃の乙女の告白を勇気づける代表歌になる程の。

 これには流石の鈍感士郎も、何もできずに固まることしか出来ない。

 

「生きる理由なんてさ、それだけで十分だろ…?」

「……そうだな。男が生きる理由なんて、好きな女の子を幸せにするため……それだけで十分過ぎるな」

 

 ああ、だとしても。

 もう、自分1人では到底止まれない所まで来ている。

 例え、この場で手を止めたとしても、今の自分は聖遺物、化け物だ。

 そして何より、■■士郎は究極の頑固者だ。

 だから。

 

「それでも…それでも俺は…! もう、止まれない!!」

「勝手にしろッ! あたしは何が何でもお前を止める!!」

 

 戦わなければいけない。

 鋼の怪物を人間に戻すために、残酷な運命を断ち切らねばならない。

 剣を握り続ける以上、誰かを抱きしめることは出来ない。

 だから、誰かがその剣を打ち落とさねばならないのだ。

 

「クリスちゃん! これを使って!!」

「あん? この剣は……」

「了子さんが言うには、鞘の守りを突破できる可能性があるのはそれだけだって」

「良く分かんねえけど、こいつを使えばいいんだな?」

 

 そんな今にも殺し愛を始めそうな2人の間に、響があるものを持って入ってくる。

 それは、士郎から奪い取った剣だ。

 アーサー王化した士郎が扱ったことで、デュランダルから変質したそれを受け取るクリス。

 フィーネにどんな考えがあるかは分からないが、今は信じるしかない。

 クリスはそう覚悟を決めて、真っすぐに士郎を見据える。

 

「よし……悪いけどお前は下がっててくれ――」

「うん! 私も馬に蹴られて死にたくないし!」

「馬…?」

「頑張ってクリスちゃん! 私は2人のことを応援するから!!」

 

 何故か目を輝かせながら告げる響に疑問符を浮かべるクリスだったが、今はそれどころではないと首を振る。もしも彼女が少しでも冷静だったら、自らが製造した黒歴史の数々に悶絶していたことだろう。だが、幸か不幸か今の彼女は士郎にしか目が行ってなかった。乙女パワー様々である。

 

「まあ、後で考えりゃいいか。行くぞ、士郎!!」

「来い、クリス…!」

 

 (はがね)の竜が大顎を開けて、クリスに食らいついていく。

 その見るだけで総毛立つ光景にも、クリスは怯むことなく剣を構える。

 剣の扱いなどよく知らないが、不思議とこの剣が導いてくれるかのように自然に構えを取ることが出来た。

 

「パパ、ママ……あたし好きな人が出来たんだ。だから……力を貸してくれ」

 

 静かに目を閉じ、天国に居る両親に祈る。

 母親は優し気に微笑んでクリスの背中を押し。

 父親は何とも言えぬ顔で、それでも全力で背中を押してくれる。

 

「束ねるは星の息吹、輝ける命の奔流……ぶちかますぜ!!」

「我が生涯に意味は不要ず……この体は」

 

 自然と詩が紡がれる。

 それと共に聖剣が本物の輝きを取り戻していく。

 一方の竜も何かを謳い、ブレスを吐くような構えを見せる。

 そして、同時に放たれる。

 

「―――約束された勝利の剣(エクスカリバー)ッ!!」

「―――無限の剣で出来ていたッ!!」

 

 黄金の光が、鋼の怪物の吐き出す無限の剣軍とぶつかり合う。

 例えるなら、黄金の光は究極の一。一騎当千。

 対する無限の剣は凡庸。なれど千を束ねて一となした剣戟の極致。

 

 どちらが優れているかなど、およそ判別することなど出来ない。

 状況によって変わるというのが、模範的な答えとなるだろう。

 だが、それでも。

 

「好きだぁああああッ!!」

「ぐッ…!?」

 

 今回ばかりは乙女の純情に軍配が上がった。

 

「そんな…! 体が再生しない…ッ。鞘が働いていない…!?」

「いっけぇえええッ!!」

 

 無限の再生力を持つはずの(はがね)の竜の体が崩壊していく。

 それは本来ならばあり得ぬこと。

 エクスカリバーの鞘はありとあらゆる傷を癒す。

 持ち続ける限り、如何なるものの攻撃でも滅びなど訪れるはずがないのだ。

 

 ただ1つの、例外を除いて。

 

「そうか…所詮、鞘は剣が無いと……意味の無い存在だからな」

 

 剣は鞘が無くとも剣としてあることが出来る。敵を斬ることが出来る。

 だが、鞘はどうだろうか?

 鞘は剣が無ければ鞘足りえない。ただの鈍器にも劣る。

 故に、例え魔術師が剣10本分の価値があると言った鞘であっても。

 

「あたしの―――勝ちだッ!!」

 

 エクスカリバー(あるじ)に勝てる道理などないのだ。

 

「俺の……負けか」

 

 (はがね)の怪物はここに討たれた。

 自らの体から、不死の呪いをかけ続けた鞘が消えていくのを感じながら、士郎はぼんやりと空を見上げる。欠けた月が見える。結局の所、どれだけ手を伸ばしても届くことのなかった理想だ。ああ、だがそれでも。

 

「……綺麗だ」

 

 夜空に浮かぶそれの。

 その淡い光を受けて、白銀の髪をなびかせる彼女の。

 なんと、美しいことか。

 

「なあ、クリス」

「……なんだ、士郎」

 

 ああ、だから。

 きっと、この光景だけは。

 

 

「―――月が綺麗だな」

 

 

 地獄に落ちても忘れない。

 

 

 

 

 

「サー・アーサー、王さま。あの剣はわたくしのものでございます」

 

 湖の先を指し、姫君は言いました。

 

「あの剣の名は何という?」

 

 サー・アーサーは姫君に問いました。

 

「人呼んでエクスカリバー、すなわち『(はがね)を断つ』の意でございます」

 

 

 

             ~“アーサー王物語”より~

 




「月が綺麗ですね」の返しは「死んでもいいわ」


次回はクリスちゃんが、黒歴史に悶絶する様を書きながらのエピローグです。
取りあえず、本編はいったん終了します。
それ以降は新作書きながら番外編を書く感じです。

最近、鬼滅の継国兄弟にはまってるのでそれでなんか書くかも。



『兄上でギャルゲー』
なんかのスレで兄上は鈍感系主人公というのを見て思いついたやつ。

兄上がツンデレヒロインに対して「こちらを罵倒しながら世話を焼くとは……意図が読めん…気味が悪かった」とか。暴漢をやっつけるイベントで「縁壱ならば…1撃で倒していた者に……3撃も要するとは…帰って修練を積まねば」でヒロイン無視して帰ったり。定番の女装コンテストで鏡を見て「これが侍の姿か…? 生き恥…!」とかエロ本の見せ合いとかで「こちらも……抜かねば…不作法というもの…!」とかやる話を書きたい。なんか相性の良いギャルゲーを考え中。オリジナルという手もあるけど。



『縁壱でシンフォギア』
翼さんの双子の弟という設定。

縁壱「姉上、ノイズを斬るのはそう難しいことではありません。相手がこちらに触れようとする瞬間に合わせて、刀を振れば良いだけのこと。どうやってその瞬間を見極めるのかですか? ノイズの体内の流れを見れば一目瞭然ですよ。あれは絡繰りのようなものなので存外分かりやすい。赫刀の出し方ですか? こう、ギュッと握れば自然と赫くなります。大丈夫です。道を極めた者の行きつく先はどれも同じ。姉上もすぐにできるようになります。それはそうと、この前街を歩いている時に、ガングニールの破片と思わしきものが胸に埋め込まれた少女を見かけました。ああ、誤解なきように言っておきますが、不埒な真似は一切しておりません。ただ体内を見た時に偶然発見しただけです。何か、後遺症があってはいけないので一応二課に報告だけはと。どうやって体内を見たかですか? それは普通に見ただけですが? もちろん服の上からです」
翼さん(頼むから死んでくれ)

翼さんがスレまくる話になると思ったけど、元々司令という人外が居るのであんま変わんないかも。というか、女性なので兄上と違って逃げ道がある。
後、縁壱さんはシスコン。姉上の歌が大好きでそれを聞くと、無表情で浮き立つ気持ちになる。コンサートでキレッキレのペンライトパフォーマンスを披露して、主役を食ってしまい奏に怒られた過去がある。そして、翼に庇われ、またしても姉上への好感度を上げた。
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