不思議の墳墓のネム   作:まがお

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前回のあらすじ

「依頼は完了した」
「お家ごと持っていけばいいんだよ」
「なんという常識破りの発想……」

今回はほったらかしていたナザリック側の話と王国の話です。
残念ながらネムの出番はありません。



幕間 悪魔の肯定と否定

 ナザリック地下大墳墓の最深部、第十階層にある玉座の間。

 この場に集められたのは、至高の四十一人によって創り出された主要な役割を持つNPC達。

 彼らは全員片膝をついたまま、ナザリック最高支配者の言葉を粛々と待っていた。

 

 

「――さて、我らがこの地に転移してから早数ヶ月…… お前達の働きによって、ナザリックは今日まで平穏を保つ事が出来ている。まずはその事に感謝しよう」

 

 

 威厳と優しさの両方を感じさせるモモンガの言葉に反応し、感動で息を呑む音が周囲のシモベからは聞こえてきた。

 

 

「ナザリック最高の智者であるデミウルゴスよ、前へ」

 

「はっ」

 

「今のナザリックは当初の計画通り、順調に事を進めている。だが、将来的な事も見据え、今一度、現在の状況を皆に分かりやすく語れ」

 

 

 頼りになる男を側に控えさせ、モモンガは伝家の宝刀を抜いた。

 とりあえず順調とは言ったものの、実はただの予想である。

 なんなら「当初の計画って何だったっけ?」と、ここ最近ネムとの冒険に夢中だったモモンガは、数ヶ月前の事など完全にうろ覚え状態だ。

 

 

「まずは既に完了した計画からだ。質問がある者はその都度挙手せよ」

 

「畏まりました――」

 

 

 だが、デミウルゴスに色々丸投げした事は記憶にある。何かしらやっているのは確実のはずだ。

 

 

(よし、自然に流れは作れた。後はデミウルゴスに任せればいけるはずだ)

 

 

 モモンガは玉座にもたれながら、後はこのまま話を聞くだけだと、ほっと一息。

 実はこの場はモモンガが支配者としての威厳を損ねないように「今何やってるの?」と、部下に確認するために設けたものだ。

 

 

(こういった会議は定期的にやらないとな。デミウルゴスが今何をやっているのか、正直全然把握しきれてないし)

 

 

 任せた相手がデミウルゴスである以上、大きな失敗をしているとは思っていない。

 流石に何か問題が起こっていれば、デミウルゴスなら自分に報告してきたはずだ。

 ――全ての報告書にちゃんと目を通せている自信はないが。

 

 

(はぁ、部下のプロジェクトも管理出来てないなんて…… 俺、上司として失格だなぁ)

 

 

 仮に何か失敗していたとしても、許可したのは自分である。

 そのためモモンガはよほどの事がない限り、デミウルゴスを責める気は微塵もなかった。

 

 

「――諸君。恐怖公達の働きによって、王国、帝国での情報網の構築が終わった。今後も随時拡大予定だが、人間国家の全ての情報はこれから少しずつ集まってくるだろう」

 

 

 デミウルゴスが今説明しているのは『G情報網』についてのはずだ。

 モモンガは以前になんとなくだが、大量の計画書と共にそのタイトルの資料を見た覚えがある。

 

 

(あー、なるほど。確かに恐怖公の眷属なら見つかっても違和感ないし、諜報員としては最適か。死んでも替えは利くし、コストも大して掛からないからな)

 

 

 情報の精度や伝達方法は気になるが、デミウルゴスが報告してくるくらいだから大丈夫なのだろう。

 

 

「また、皆の協力によって各国の財を秘密裏に奪取し、向こう一年間のギルド維持費を用意する事が出来た!!」

 

「ん?」

 

「短期間に同じ手は使えないが、一時凌ぎとしては十分な成果と言えるだろう」

 

 

 思わず自分が挙手しそうになった。

 ――こいつ、今なんて言ったんだ?

 誰か代わりに質問してくれる者はいないかと、周りのシモベ達の顔を見渡したが、彼らは全員内容を理解しているようだ。

 いきなり自身の想定からは外れた事態である。

 

 

(うわぁ…… 敵対者は出来るだけ作らないようにって伝えてたから、そういう事なんだろうなぁ。バレなきゃ敵は増えないとか、流石はカルマ値マイナスの集団だよ……)

 

 

 この場に集ったNPC達からは、やり遂げましたオーラが出ており、頑張りましたと顔に書いてある。

 モモンガは自身に存在しないはずの胃が、一瞬だけ痛むのを感じた。

 

 

「さらに、半永久的な換金が可能となるアイテムを発見した。とはいえ、あの酒は換金効率が良いとは言えない。一日毎に生み出せるユグドラシル金貨は少量だ…… 今後も同様のアイテム、資源となるものは探し続ける必要があるだろう」

 

(ナザリックを守るために多少の事は仕方ない。でも、お前らいつの間にそんな事してたんだよ……)

 

 

 精神の鎮静化が発動しない――絶妙な驚きの連続で、モモンガは少し焦りが募った。

 これは自分が予想していた以上に、ナザリックの事を把握出来ていないのではないだろうか。

 この会議を開く前に資料にはざっと目を通しなおしたはずだが、膨大な量だったため、かなりの見落としがあるらしい。

 やはり支配者らしいポーズと台詞、判子を押すのだけ上手くなっても駄目なようだ。

 

 

「そして一つ、謝罪しなければならない事もある……」

 

 

 今までの誇らしげな報告から一転。

 デミウルゴスの表情が硬くなり、これから切腹を始める武士のような顔付きに変わった。

 ついでにモモンガの存在しないはずの胃も、再びキリキリと痛み始めた。

 

 

「私は以前、君達にモモンガ様の主なる目的は『世界征服』であると伝えたね。それは間違いだった…… 誠に申し訳ありません、モモンガ様」

 

「は?」

 

 

 土下座する勢いで深く頭を下げるデミウルゴス。

 ――自分の目的がいつの間にか世界征服だと思われていた。そして部下はそれが勘違いだったと気がつき、決死の覚悟で謝罪している。

 うん、これは不味い。思考が追いつかなくなってきた。

 

 

「――あ、いや、許す。お前にはこれまでの数々の功績がある。勘違い程度の些細な失敗など、お釣りが来る程だ。それに損害があった訳でもあるまい?」

 

「ですが私の功績など、今回の失態に比べれば……」

 

「よい。失敗は誰にでもある。重要なのはその失敗から何を学ぶかだ。お前は自らの間違いに気がつき、自分から正そうとしている。その姿勢は素晴らしい事だ。私はその行いを評価しよう」

 

 

 真面目なデミウルゴスの日々の頑張りは、上司として正当に評価すべきだろう。

 ――割と頻繁に主人を押し倒して、謹慎をくらっている妹推しのNPCもいるくらいだし。

 デミウルゴスは成果も十分に挙げているので、その程度は許容範囲内の失敗である。

 ネムの勉強も時々見ているようなので、過労死しないか心配なくらいだ。

 

 

(散々企業に文句を言ってた仲間たちが作ったのに、どうしてみんな社蓄属性が強いんだろう……)

 

 

 というか、ナザリックが全体的にブラック企業すぎて怖い。二十四時間フルで働きたいと望むNPCしかいない。

 ホワイト企業を目指すために、どうにかして休ませる方法を考えなければ――

 

 

「これ程の慈悲を頂けるとは…… ありがたき幸せ。このデミウルゴス、更なる成果をもって、今回の汚名をそそぐ所存でございます」

 

 

 ――なんて、別の事を考える余裕は微塵もなかった。

 なんとかしてこの場を凌がなければならない。

 

 

「うむ。私はお前の全てを許そう、デミウルゴス。皆も異論はないな?」

 

 

 とりあえず大仰に頷きながら、周りにも一応の確認という名の釘を刺す。

 ――主人の意を誤って汲み取った臣下を、慈悲深いモモンガ様は簡単にお許しになられた。

 そんな感動的な雰囲気が場を支配しているが、当の主人は絶賛テンパり中である。

 

 

(世界征服とか、一体どこからそんな話になってたんだよ!? ――ふぅ。あ、危なかった…… 本当に会議を今やっといて良かった)

 

 

 モモンガはこれ以上周りから突っ込まれる前に、上位者権限で強引に話を終わらせただけだ。

 あまり使いたくはないし、褒められた手ではないが、それくらい焦っていたのだ。

 

 

「では、改めてモモンガ様の真意を伝えさせて頂きます。それは――」

 

 

 しかし、精神の鎮静化が発動し、落ち着きを取り戻したのも束の間――

 

 

「――この世界に留まらず、全ての異世界を制覇する事です!!」

 

 

 ――どうしてそうなった。

 間違いを認めたはずのデミウルゴスが、更なる爆弾を投下してきた。

 日本語のはずなのに全く頭に入ってこない。

 

 

(……いせかいをせいはする? 異世界を制覇するだと!?)

 

 

 何故だ。モモンガは本当に心当たりが浮かばなかった。

 にもかかわらず、世界征服よりも計画の規模が遥かに大きくなっている。

 もはや凡人である自分の能力では処理出来ない。完全にお手上げだ。

 

 

「全ての異世界を制覇した暁には、我らがナザリックは真の栄光を取り戻す――」

 

 

 デミウルゴスから発せられたのは、希望に満ちた意味ありげな言葉。

 

 

「――この意味が分からなかった愚か者はいないな?」

 

 

 大きな野望を抱いた悪魔の挑戦的な笑み。

 待ってましたと言わんばかりに、周囲のNPC達は歓喜の表情で頷いた。

 

 

「……え?」

 

 

 ただ一人分からなかった愚か者は、間抜けな声を上げるしかなかった。

 ――表情のないアンデッドで本当に良かった。

 今日の会議の中で、自身の驚いた声が一度もNPC達に聞かれなかったのは奇跡である。

 骨の身でなければもう何度醜態を晒した事かと、自身の種族に心から安堵したモモンガであった。

 

 

(待て待て待て。どうして悪化してるんだよ!? 歴史上の偉人ですらそんな野望持ってなかったぞ。しかもみんな嬉しそうだし、俺にも分かるように教えてくれよ……)

 

 

 おそらく彼らの様子から、既に自分以外にはある程度の情報共有が行われていたらしい。

 つまり、引くに引けない状況。

 もしここでモモンガが間違いだと言おうものなら、デミウルゴスがどれだけ過激な自害を申し出ることか。

 

 

(制覇するって、具体的に征服するのと何が違うんだ? そもそもデミウルゴスは一体何を勘違いして……)

 

 

 それに彼らの喜びようからして、無理やり中止させれば全てのNPCが相当なショックを受ける事だろう。

 ここはさり気なくデミウルゴスの真意を引き出し、計画を修正するなり延期するなり手を打つ必要がある。

 

 

「ふむ。流石はデミウルゴス。よくぞ私の真意を見抜いた。……あの時に気がついたのだな?」

 

「そうでございます」

 

「あ、あの時なんだな?」

 

「そうでございます」

 

(どの時だよ!!)

 

 

 ――誘導失敗。

 返ってきたのは笑顔の肯定のみだ。

 デミウルゴスが何故その結論に至ったのか、モモンガは全く手掛かりを得ることが出来なかった。

 

 

 

(くっ、まだだ!! 勤続十年以上の元営業マンを舐めるなよ!!)

 

 

 しかし、ここで諦める訳にはいかない。

 モモンガはリアルで培った営業マンのトーク術を駆使して、何としても情報を引き出そうと再度会話を試みる。

 

 

「あー、デミウルゴスよ。異世界を制覇するというのは、難しいことだな」

 

「全くもって、その通りでございます」

 

「あれが難題だな」

 

「その通りでございます」

 

「あ、あれも困難だな?」

 

「その通りでございます」

 

(だから詳細を言えよ!!)

 

 

 返ってきたのは満面の笑みだけだ。

 ――こいつ、本当は分かっててやってるんじゃないだろうな。

 モモンガはこの世界に転移した直後以来、初めて彼らの忠誠心を疑ってしまい、不甲斐ない自分を恥じた。たとえそれが一瞬だとしても、主人である自分が彼らを信じないのは間違っている。

 これ程尽くしてくれているNPC達が、自分を裏切る訳がない。

 今も興奮した犬の様に、ブンブンと尻尾を振っているデミウルゴスなら尚更だ。

 

 

「それで…… お前は何を優先すべきだと思う?」

 

「複数のアプローチが考えられますが、まずは拠点に関する研究から始めるべきかと」

 

「そうだな……」

 

 

 モモンガは相槌を打ってみたものの、既に異世界を制覇する事との関連性が分からない。

 拠点の事なんか関係ないだろうとすら思っていた。

 

 

「――故に、私は『ナザリック移動要塞化計画』を提案いたします!!」

 

(い、移動要塞化計画だと!?)

 

 

 悪魔の心地の良い低音ボイスが玉座の間に響き渡り、他のNPC達をこぞって興奮させている。

 ――魔王は部下の心が分からない。

 これが一体感のある空気という物なのだろう。

 そして、これが疎外感という物なのだろう。

 

 

「念のため説明しておくが、全ては当初からモモンガ様がお考えになられていた事だよ」

 

 

 ――計画の責任は俺が取るって言ったけど、そういう事じゃないんだけどなぁ。

 悪魔のこれでもかというオーバーキル。

 より一層強くなる周囲からの尊敬の眼差し。

 モモンガの頭の中は真っ白になった。

 

 

(どこの誰だか知らんが、そのモモンガ様って奴は凄いなー)

 

 

 物理的に刺さってるんじゃないかと思う程の視線に晒されながら、モモンガはぼんやりと考える。

 

 

「これはナザリックの防衛力強化にも繋がる計画です。安全な研究のためには他のギルド拠点を探し出し、サンプルとして確保する必要があります。ですが、それはまだ時期尚早でしょう」

 

 

 賢いと思っていた部下は、一周回って馬鹿なんじゃないだろうか。

 そう、中二病という奴だ。難解な言葉を使いたくなるお年頃なのだろう。

 その証拠に、デミウルゴスは今も訳の分からない呪文の詠唱を長々と続けている。

 

 

「手始めにユグドラシルには存在しなかった技術、知識を現地から収集し――」

 

 

 デミウルゴスの生みの親は中二病の化身みたいな男だったし、きっとそうに違いない。

 

 

(蛙の子は蛙か。ウルベルトさんも魔法を放つ時の詠唱にはこだわってたもんなぁ……〈大災厄(グランドカタストロフ)〉を撃つ時なんか、特に長かったし)

 

 

 止まらない悪魔の熱弁。

 自身に突き刺さる期待感。

 繰り返される精神の鎮静化。

 

 

「今後の作戦の候補としては、『ATM』、『フェイクドラゴンロード』などを予定しております」

 

「うむ。期待しているぞ」

 

 

 モモンガは玉座に体を預けつつ、姿勢だけは支配者らしさを維持し続けていた。

 この精一杯の演技が、自分に残された唯一の防波堤である。

 しかし、それも気を抜けばあっさりと崩れてしまいそうな、非常に危ういものだ。

 

 

(落ち着け、落ち着くんだ俺。素数を、いや、ネムを思い出すんだ)

 

 

 モモンガは小さな友の姿を思い浮かべ――現実逃避――もとい、ゆっくりと心を鎮めようとする。

 

 

『――モモンガなら出来るよ!!』

 

 

 いや、どう考えても無理だろう。

 概要も分からない作戦名とかバンバン出てきてるし。本当に自分が承認した内容であるのかすら自信がなくなってきた。

 うん、これは手遅れというやつだ。

 

 

(今度は冒険じゃなく、普通にナザリックに招待してネムと遊ぼうかな……)

 

 

 最低限ナザリックの仲間達が無事であり、ギルドを維持出来ればそれでいい。

 自分より遥かに賢いデミウルゴスなら、きっと上手くやってくれるはずだ。

 

 

「お任せください、モモンガ様。まずは三年以内に、資金問題は完璧に解決して見せましょう」

 

(もう何やらかすのか確認するのも怖いな。はぁ、癒しが欲しい……)

 

 

 偉大なるナザリックの主人は考える事をやめた。

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国の首都にある王城――ロ・レンテ城。

 歴史を感じさせる円形の城壁に囲まれた、王都の最奥に位置する城である。

 国王のランポッサ三世を始めとし、第三王女であるラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフなどの王族のための住居だ。

 

 

「そろそろ来てくれるかしら……」

 

 

 美しい月が夜空を彩る時間帯。

 自室の窓を大きく開け放ちながら、ラナーはある存在が現れるのを待っていた。

 

 

(あちら側も私という存在には気付いているはず。後は最初の接触の際に、どれだけ自分の能力をアピール出来るか)

 

 

 ――可愛い子犬を永遠に鎖で繋いで飼いたい。

 ――愛する者と二人だけの世界を完成させたい。

 そんな自身のささやかな夢を叶えられる力を持つであろう存在を。

 

 

(初めて表に出たのは辺境の村。最近は各国で資源の収集を行っていた。つまり集団で動いているのは確定。組織力はかなりの高水準。軍事力は最低でも帝国の二倍はあるはず。これまでの行動から導き出される彼らの目的は――)

 

 

 自身が城の外に出る事はなくとも、貴族がスパイとして利用している使用人や、偶に会いに来る便利な冒険者から、自然と多くの情報は集まってくる。

 一つ一つが些細な情報でも、それらを正しく繋ぎ合わせ、真実を見極める事は自分にとって難しくはない。

 

 

(――王国と帝国の支配)

 

 

 ラナーは自身の辿り着いた答えが正解だと、確信めいたものを持っていた。

 そして、自分の能力が十分交渉材料になりうると判断していた。

 

 

「……やれやれ。下等生物のする事は理解に苦しみますね」

 

 

 開けていた窓の側に、唐突に何者かが降り立った。

 月明かりが逆光となっているが、その姿形はハッキリと見えている。

 

 

「――御方の持ち物である夜空に向かって何を願う、人間?」

 

 

 仮面で顔を隠しているが、発せられた声は一般的な人間同様に聞き取れる。

 その体型は成人男性に酷似しており、服装も赤いストライプのスーツと、珍しくはあるが一見すると普通の男性にも思える。

 しかし、その背にある蝙蝠の様な皮膜付きの羽と、腰の辺りから生えた銀色の尻尾が人ではない事を証明している。

 自身の持つ知識から判断するに、おそらく亜人種ではなくモンスターの類――上位の悪魔だろう。

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

 目の前に現れた人外に向けて、ラナーは落ち着いてお辞儀をした。

 人ではない存在に通じるかは分からないが、理知的な雰囲気を感じさせる笑みも浮かべて見せた。

 並大抵の男なら間違いなく好意を抱く、とびっきり魅力的な表情のはずである。

 

 

「君が随分とわざとらしくメッセージをばら撒くものだから、一度だけ確認しておこうと思ってね。えらく自信があるようだしね」

 

 

 だが、目の前の存在にはまったく通用しなかったようだ。性別は男性だと思うが、相手の声に動揺は見られない。

 

 

「わざわざお越しいただき感謝いたします。お時間を取らせるのも申し訳ないので、早速本題に入りますね」

 

 

 国内外に向けて発信した政策などから、目の前の人外は自分の意図を正確に読み取った。

 少なくとも彼らの仲間の内の誰かが、自分の意図を完璧に看破した。

 だからこそ自分に接触しに来たのだろう。

 

 

「この国の全てを献上いたします。代わりに私のささやかな願いを叶えて欲しいのです。その方法として私は――」

 

 

 勝負はここからだと、ラナーは脳をフル回転させて売り込みを始めた――

 

 

「――そして、貴方達は王国を手に入れる。もちろん王国の掌握が完了した後も、可能な範囲で私もお手伝いさせていただきますわ」

 

 

 時間にして五分ほど。

 ラナーは自分の力が必要かつ、簡単に王国を手に入れられる方法を説明した。

 こちらが話している間、目の前の人外は時折相槌を打ちつつも、静かに聞いているだけだった。

 

 

(この提案が理解出来ない愚者じゃなくて良かった…… それに反応も悪くなかった。これならいける!!)

 

 

 初めて対峙する自身と同等の知能を有する存在。恐ろしくもあるが、自分の能力をアピールする相手としては申し分ない。

 

 

「悪くない案だと思いますが、どうでしょうか?」

 

「……なるほど。君の言いたい事は理解しました」

 

 

 確実にメリットを、自分の価値を伝えることが出来たはずだ。

 ラナーは相手の了承の返事を想像し、僅かに口角が上がりそうになり――

 

 

「期待外れですね」

 

 

 ――しかし、返ってきたのは落胆だった。

 

 

「……え?」

 

「所詮はその程度ですか。まぁ、あの子のような逸材は滅多にいないと分かってはいましたがね」

 

 

 確かな手応えを感じていただけに、ラナーは動揺を隠しきれなかった。

 

 

「な、何が足りないのでしょうか。王国を手に入れるのに、これ以上の作戦はないと思うのですが……」

 

「君の作戦はある程度の頭があれば、当たり前に到達する考えだ。言い換えれば、私でも似たような事は出来ます。――君の知恵程度、我々にとって希少でも何でもない」

 

 

 ありえない。

 これまで絶対の自信を持っていた自身の頭脳が、とるに足らない物だと一蹴された。

 自分の考えを理解できない周りの愚物にではなく、自身と同等の知能の有する目の前の存在にだ。

 

 

「君の作戦は効率的ではあるが、特に驚くような発想もありません。可能性も魅力も感じない。ましてや、至高の答えには到底届いていませんね」

 

 

 この言い方は虚勢ではない。

 この智者は知っているのだ――自身の遥かに上をいく智謀の持ち主を。

 仮面で顔が見えなくても分かった。これは完全に嘲笑されている。

 

 

「そもそもですが、君は我々が望む物を履き違えている」

 

 

 分からない。

 自分は一体何を読み間違えた。

 どこで判断を誤った。

 

 

「そんな…… 貴方達は王国を、帝国を手に入れるために動いていたのではないのですか?」

 

「籠の中の鳥というのは視野が狭いですね。国の一つや二つ、我々にとっては御方が望めば即座に献上出来る程度の価値しかないよ」

 

 

 分からない。

 どうすればいい。

 どうすればこの状況を切り抜けられる。

 

 

「まったく、無駄な時間を取らせてくれたお礼はどうしましょうか。おっと、そろそろ君の大事な子犬とやらが来る時間かな?」

 

「っ!?」

 

 

 分からない

 怖い。恐い。コワイ。

 とるに足らないと断じた自分の弱みを、相手は完全に調べてきている。

 

 

「君はこの国を肥え太らせなさい。私達が資源を奪うに値する国であり続ける限り、君と君の可愛い子犬の命は保証してあげよう」

 

「あ、あぁ……」

 

「それすら出来ないのなら、この国にはなんの価値もありはしない。――君自身にもね」

 

 

 黒い何かが相手の影から飛び出し、自分の影に入り込むのが見えた。

 目の前の人外は知能を抜きにしても、圧倒的に強者のはずだ。

 それなのに――

 ――相手を完全に下等生物と見下して尚、油断や慢心が微塵も感じられない。

 

 

「ああ、そうそう。最後に私の名前を教えてあげよう。私の名はヤルダバオト、しがない悪魔だよ」

 

 

 力の差を見せつけられた上で、一方的に要求を呑まされた。まさに悪魔の所業だ。

 許さない。こいつは自分とクライムの両方を馬鹿にしている。自分とクライムの世界を壊しかねない存在だ。

 目の前の悪魔はいつか絶対に消してやる。どんな手を使っても。

 殺す。殺す。絶対に、殺して――

 

 

「君のお友達に私の討伐を依頼してみるかい? ――『蒼の薔薇』程度の実力じゃ、何百チーム集めても無駄だがね」

 

 

 ――ふざけるな。

 弱者に対して油断しない強敵など、悪夢以外の何者でもない。

 その上で人類最高クラスの強者――アダマンタイト級の冒険者を敵とすら思っていない。

 

 

(これが敗北……)

 

 

 飛び去っていく悪魔をぼーっと眺めていたが、根本的な解決策が何も思い浮かばない。

 ラナーは生まれて初めて、完全な敗北というものを味わっていた。

 何も、本当に何も出来なかった。

 

 

「クライム、クライムとの生活だけは守らなきゃ……」

 

 

 今の自分に出来るのは、悪魔の望む通りに働き、死なない様に立ち回る事だけだ。

 悪魔が去ってから数分と経たず、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。

 

 

「――夜分遅くに失礼いたします。……ラナー様? ラナー様っ!? ど、どうされたのですか!?」

 

 

 クライムが部屋に入ってくるのと同時に、ラナーは膝から崩れ落ちてみせる。

 駆け寄って来たクライムに抱きつき、その慌てぶりにほんの少しだけ落ち着くことが出来た。

 

 

「クライム…… 貴方はずっと私の側にいてくれますか?」

 

「ラナー様? ……はい。勿論です。私の忠誠は永遠にラナー様お一人に捧げております」

 

 

 少年の体に腕を回して抱きつく少女。

 クライムが抱き返してくれない事に、ラナーは僅かに不満を感じる。

 しかし、改めて決心もついた。まだ自分は死ぬわけにはいかないと。

 

 

「ありがとう、私のクライム……」

 

 

 クライムからは見えていないその表情――ラナーの瞳は、どろりと暗く濁っていた。

 

 

 

 

おまけ〜救国の魔女〜

 

 

「お兄様、単刀直入に言います。王になってください」

 

「はぁ?」

 

 

 朝早くから腹違いの妹に呼び出された第二王子、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフは、いきなり冷や水をぶっかけられた気分だった。

 

 

「妹よ、何の冗談だ?」

 

「冗談ではありません。この国はとんでもない存在に目を付けられました。早急に国全体の生産性を上げなければ滅びます」

 

「なんだと!?」

 

 

 ザナックはラナーが用意した紅茶にこれでもかと角砂糖をぶち込み、それを一息に飲んで一旦気持ちを落ち着かせた。

 

 

「……『八本指』が大きく動くのか?」

 

「そんな小悪党ではありません。彼らは文字通りこの国を滅ぼせる化け物です」

 

「化け物のお前がそこまで言う相手か」

 

 

 妹の冗談とは思えない様子に、思わず吐き気がこみ上げてくる。

 あの『八本指』を小悪党と言い切れる相手、どれほどの化け物だというのだ。

 

 

「彼らは資源を望んでいます。だから直ぐにでもこの国を豊かにしなくてはならないのです」

 

「国を豊かにしたいという願いが、ここまで汚く聞こえたのは初めてだよ。つまりこの国はそいつらにとっての牧場か」

 

「はい、その通りです」

 

 

 ニッコリと笑う妹の笑顔に、これ以上ない程の寒気を感じる。

 この国の未来が真っ暗だと思うと、本当に頭が痛くなってきた。

 

 

「もう一人の兄はどうするつもりだ? あんな馬鹿でも第一王子だぞ」

 

「バルブロお兄様の事なら心配いりません。数日以内に()()()しますから」

 

 

 これが『黄金』と称えられる王女の素顔とは、我が妹ながら恐ろしい。

 その顔を直視しているだけで、吐き気も頭痛も酷くなってきたように感じる。

 

 

「……分かったよ。お前の話に乗ってやる。どの道この国を存続させるには、表向きだけでも豊かにしないと無理なのだろう?」

 

「ご理解頂けたようで安心しました」

 

 

 ザナックは元より王位を狙っていた。

 だがそれは権力欲といった野心ではなく、兄が王になったらこの国は終わりだと思っていたからだ。

 

 

「ふんっ、断ったら俺も数日後には事故死してたんだろうが」

 

「そんなまさか――」

 

 

 国を守るために嫌々妹の手を取る事を決心したザナックを、クスクスと笑うラナーのどろりと濁った瞳が射抜く。

 

 

「――今、死んでもらうつもりでしたよ?」

 

「え?」

 

「断られなくて本当に良かったです。お兄様、これをお飲みください。解毒薬ですよ」

 

 

 ザナックは差し出された薬をひったくると、急いで口の中に流し込む。

 吐き気や頭痛は治ったが、寒気だけは変わらなかった。

 

 

「お、お前……」

 

「さぁ、お兄様。一緒にこの国を豊かにいたしましょう――」

 

 

 ――数日後、リ・エスティーゼ王国の第一王子の訃報が国中に広まった。

 死因は落馬による転落死であり、誰がどう見ても疑う余地の無い、完璧な事故死であったそうだ。

 息子の死に心を痛めたランポッサ三世は体調を崩し、そのまま王位を第二王子であるザナックへと譲った。

 

 

「誇り高きリ・エスティーゼ王国の民たちよ。私はここに新たな王として宣言する。私の目的はただ一つ、この国を豊かにし、お前たちに安寧をもたらそう!!」

 

 

 王となったザナックは精力的に働いた。

 各派閥の私利私欲の混じった思惑には一切乗らず、ただひたすらに国を豊かにする政策を実現し続けた。

 税率は下げたが、産業の効率と生産性を向上させ、結果的に全体から取れる税収の総額を増やして見せた。今後も農業の収穫量など、全てにおいて増えていく見込みだ。

 

 

「この国には化け物が潜んでいるからな…… 生きるため、国を豊かにするためには休めんよ」

 

「ええ、その通りですね。お兄様」

 

 

 そしてそんなザナックの参謀として、知恵を貸していたのが妹のラナーである。

 国は見違えるように良くなったはずだが「化け物が潜んでいる」――この言葉は王となったザナックの口癖となっていた。

 

 

 

「お兄様、それ以上太られては早死にしますよ? 今死なれると私がクライムと過ごせる時間が減るので、健康には気をつけてください」

 

「数少ない私の楽しみなんだ。食事くらい自由にさせろ。それに取られる以上に増やせばいいと言ったのはお前だろう」

 

「それは国を豊かにする話であって、食事の話ではないのですが…… それにお兄様の食べ物は誰にも取られてませんよ」

 

「食べ物の代わりに神経をすり減らしているんだよ。どっかの化け物のせいでな」

 

「あらあら、可哀そうなお兄様。紅茶でも飲んで落ち着かれてはどうですか?」

 

 

 

 働き詰めのストレスの影響か、前から豚のように太っていたザナックだったが以前にも増して食事をとるようになった。甘い物に至っては仕事中、ほぼ常に食べ続けている程だ。

 しかし、逆に一切口にしなくなった物もある。

 

 

 

「――紅茶など二度と飲むものか」

 

 

 元々ザナックは紅茶を好まなかったが、もてなしに出された際はマナーとして飲んでいた。

 しかし、彼は王となってから、一度も紅茶と角砂糖を口にしなくなったそうだ。

 

 

 




モモンガ様とデミウルゴスの「あの時だな?」「そうでございます」のやり取りが非常に好きです。
ラナーはプレゼンに失敗したので、ナザリックのために無償で働くことに。比べられる相手が悪かった……
ネムのおかげでデミウルゴスの人間に対する慢心が消えているので、ラナーは付け入るスキすら見つけられないほぼ詰みの状態です。
なのでザナックと二人で頑張って国を豊かにしてくれてます。


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