天童一族の養子として転生したけど技名覚えられなくて破門された。 作:紅銀紅葉
講義が終わると教授に出席届を叩きつけて走り出す。
「クソッ、こういう日に限って授業が伸びるなッ」
向かう先は聖居のある東京エリア第一区。間一髪で列車の発車に間に合うと、滴り落ちる汗を拭いながら席に座った。列車内の冷房が心地いい。
依頼の件で聖居に直接顔を出すようにとの連絡を受けたのが昨日。
急すぎると感じなくもないが、依頼主である聖天子はあまりの多忙ぶりに、在籍する高校に一度も登校できていないくらいだ。そのため今日この時間しか空きがないと言われてしまえば、絶対に遅刻するわけにはいかない。
汗が引くころには聖居前まで来ていた。道なりに進むと数分もしないうちに絢爛な洋風建築物が見えてくる。
相変わらずこのネオ・ゴシック建築の厳かな雰囲気は苦手だ。来るたびに「今日はもう帰ろうかな」という思考に支配される。というかすでにお腹痛い。
いまの時間立っている守衛が顔なじみだった事に安堵しつつ来意を告げると、通信で中と連絡を取り始めた。何度かやり取りした後、前後を守衛にサンドイッチされながら聖天子の元へ案内される。
通された先は記者会見室。並べられたパイプ椅子にはまばらにしか人は座っておらず、これが演説か何かの練習であることが見て取れる。
そしてその人々の視線の先、スポットライトが当てられたひな壇に今回の依頼主は立っていた。
「本日これからわたくしがお話することはたった三つだけです。たった三つ、ガストレアから身を守るための三つのみ──」
俺よりも年下──一六歳の少女は、視線、呼吸、緩急などすべてを完璧にこなしていた。なるほど、年嵩の政治家たちの中でもやっていけるわけだ。
「相変わらずキレイな顔してんなあ」
さて、まだ終わりそうもないな。今のうちにお手洗いに──
と、その時椅子に足を引っ掛けてしまい、椅子を倒してしまった。
一斉にこちらに向けられる視線に、ようやく落ち着いた汗が止まらなくなる。
「ごきげんよう、紅蓮さん。式典以来ですね」
「ご、ごきげんよう、聖天子様……」
俺の存在に気が付いた聖天子は、いつも着ている真っ白いドレスの前で優雅に手を組んで微笑んだ。
クッ、笑顔を浮かべるとキレイどころか神々しさすら感じる。顔の良さだけで異次元だ。
「お久しぶりです、天童さん」
「ああ、清美さん、お久しぶりです」
政策秘書官の紅一点、加瀬清美が鋭角的な眼鏡をくいっと上げながら近づいてきた。あんたは相変わらず秘書秘書した見た目してんなあ……。
清美さんと話している間に、聖天子は周囲の人を下がらせると、壇上を降りた。
「紅蓮さん、大阪エリア代表の
「はあ? 斉武が?」
現在──二〇三一年の日本はガストレアに国土の大半を奪われており、一つの国を共有しているとは言い難い状況にある。
十年前のガストレア戦争以来、人類はガストレアウィルスの再生を阻害する金属、『バラニウム』で作られた対ガストレア結界『モノリス』に立てこもり続けている。それは東京エリアだけでなく、日本では東京、北海道、仙台、大阪、博多の五つのエリアが、もっと言えば世界残存人口七.五億人の人々が同じ状況にある。
分断された日本の五つのエリアそれぞれに国家元首が存在し、東京エリアであれば世襲制の聖天子、大阪エリアであれば斉武宗玄大統領がそれに当たる。
「わざわざなんで……?」
「わかりません。ただ、『いま』である理由はおそらく、菊之丞さんの不在が大きいかと」
……? おと──ジジイ、東京エリアにいないのか?
そういえばニュースで海外に訪問しているとかやっていたような。
だがそれで合点がいった。斉武とジジイは大戦前からの政敵らしく、俺と蓮太郎がまだ幼い頃にジジイに連れられて会ったときでさえバチバチしていた。子供の前でそういうことするなよ。
「それで、先日急に東京エリアに寄るので会談を用意してほしいと打診が入ったのです」
「小っせえ奴だな。それで護衛の依頼か」
「紅蓮さんにはリムジンでの移動中は私の隣に、会談中は私の後ろに控えて私を警護してほしいのです」
「俺にジジイの代わりが務まるとは思えんが」
「なにも政治的な仕事をしろというわけではありません。高度な戦闘技術と、私と菊之丞さんが信用できる人物であるということが重要なのです」
「そこまで言われて悪い気はしないけどさ、聖天子様の周りにもちゃんとした護衛がいるだろ?」
俺は苦手だけど、とひとりごちると、聖天子はまあ、と口元に手をやる。
「仲が悪いのですか?」
「あ、いや、仲悪いというか相性が悪いというか……」
「ではこの機によく話してみてください。入ってきてください」
「無茶言うな……」
聖天子が合図すると、一糸乱れぬ様子で聖天子付き護衛官たちが現れて整列。いかにもエリート然とした顔の男が六名。この時点でもう気に食わない。回れ右して帰れお坊ちゃまが、ペッ。……俺もお坊ちゃまだったわ。
「ご存知かと思いますが、こちらが隊長の保脇さんです」
存じております、一番嫌いな奴です。どうにかクビにする方法はないでしょうか聖天子様。なんて言うわけにもいかないので居住まいを正す。
「ご紹介にあずかりました、護衛隊長をやらせていただいております、保脇卓人です。お久しぶりです天童くん、もしもの時はよろしくお願いしますよ」
よろしくしねえよ死ね。言いたい。口が裂けても言えないけど。
高身長の者が多い護衛官の中でもひときわ身長の高い美男子。歳は……たしか三十過ぎだったか。
そんな保脇卓人は笑顔で右手を差し出していた。しぶしぶそれに応じると、聖天子は安心したように小さく息を吐いた。
声音とは裏腹に、ビンビン悪意を感じるのですが、殴り飛ばしても構わないでしょうか聖天子様。
「そうだ天童くん、親交も兼ねてこの後我々と食事でもどうですか? 東京エリアの英雄の話には興味がある」
名案とばかりに微笑んで見せる保脇。よし、殺そう。
「俺はくだらない自慢話になんて興味ないから遠慮しておくよ。あんたとの食事は息がつまりそうだ」
「紅蓮さんッ」
保脇の頬が引きつり、聖天子に咎められる。
聖天子は未だ不可視の火花散る俺たちを交互に見て、妙にそわそわしながら報酬の話を始める。
それを聞き流しながら今回の依頼に思考を巡らせる。
もちろん断りはしないが、今回の件は不確定要素が強すぎる。なにより巳継悠河のあの忠告。だいぶ面倒なことになるのはわかりきっていた。
「では、別室にて必要書類への記入をお願いします。案内は──」
「それくらいでしたら私にお任せください」
清美さんからの説明もひと段落ついたところで、保脇が勝手に書類を受け取ってしまう。清美さんは一瞬怪訝そうな表情を浮かべるとすぐに「ではよろしくお願いします」と引き下がってしまう。うぇぇやだぁー。
聖天子はその様子を見て「次の予定が押していますので」と締めくくり出て行ってしまった。
「では案内するよ」
保脇はにこりと笑って歩き始める。嫌な予感しかしねえ……。
■
しばらく歩くと、背後から腕を捻られ、男子トイレに押し込まれてしまう。わートイレ広いなー。
「喚くな──ゲッ」
男子トイレに入った瞬間、掴まれたままの状態で肘鉄を食らわすと自由を確保する。入口に見張りが一人、拳銃を構えた保脇含む五人が犯人らしい。おいおいさっきいた全員じゃねえか。普通ここまでするか?
「……なんの真似だ」
「天童紅蓮、この依頼を断れ。聖天子様の後ろに立つのは僕の役目だ」「目障りなんだよ。なにが東京エリアの英雄だ。天童閣下の権威を笠に着る能無しが」
「はあ、そうすか」
「なぜ貴様なんだ? 天童閣下は留守の間、この僕に聖天子様を託された。この僕にだ」
それは斉武の来訪がない場合に限っての話だろう。奴が来るとわかっていれば、菊之丞もこの愚か者に頼りはしなかったはずだ。
どうしたものかと首を巡らせたところで、保脇の取り巻きである
「おいアンタら、アンタらもそう思ってんのか?」
彼らの肩がびくりと跳ねる。罪悪感はあるらしい。
「おいおい一緒に飯食いに行った仲じゃんか。あー、そういやアンタら上官の愚痴なんか言ってたような……なんだったかな……そう、たしか『なにあの
本当は街で偶然居合わせたので食事を共にしただけだが、先ほど食事の誘いを断られたばかりの保脇は怒りの形相で城ヶ崎を睨む。目をそらされる。芦名を睨む。目をそらされる。草。
「きッ、貴様ら──天童紅蓮貴様ああああ」
なんすか、俺が悪いっていうんすか。
「クソッ! いいか天童紅蓮。聖天子様はお美しく成長され、今年で一六歳になられた。貴様も、そろそろ東京エリアには次の国家元首としての世継ぎが必要だとは思わんか?」
「え、なに噓ロリコン……? 若者にモテる髪型がコンセプトだったの?」
「黙れッ!! さあ答えを聞いてやる」
「いやだよリムジン乗ってみたいし」
保脇は部下に向かって顎をしゃくる。
「腕と足の骨を粉砕しろ」
痛いのは嫌なので行動に移す。全身を脱力し、己の体を落下させる。前方への落下を応用した超加速。
手近な男を蹴り上げると宙高く飛んで落下。ドスンという音とともに再起不能にしてやると、次なるターゲットの懐に潜り込む。足を踏み付けにした状態での体当たり。減殺されない衝撃を受け、不細工な声をあげてもだえ苦しむ。
技名は……う、う……うきうき長老? 忘れた。
驚愕に染まる保脇に近づくと、彼の頬をかすめて右ストレート。背後の壁が凄まじい壊音とともに砕けた。
「な──貴様……こんなことをしてただで済むと──」
憎悪に燃える瞳。このまま放置すればまた何かやらかすだろう。
「確かに俺は、脅しとか関係なしに、ジジイに泣きついたりはしない。しかし俺は、兄貴たちには余裕で泣きつく男……ただじゃ済まないのはお前たちの方だ」
芦名の「ダサいな……」という呟きは無視する。
「いいか、今回は見逃すが次はないと思え。わかったら書類寄越してとっとと失せろ」
保脇は膝から頽れた。
■
聖居を出る頃には日が沈みかけていた。この後食事の約束があるというのに、想定以上に時間がかかってしまった。
保脇の陰湿な迷惑行為は今に始まったことではないが、今日の件はさすがの俺も疲れを感じずにはいられない。あんな愚か者たちと護衛任務か……。怪我をしたものもいるだろうし、もう少しマシな仲間でもいたらなあ。腹痛の次は頭痛に悩まされる。辛い。早く弟たちと飯食いに行きたいぜ。
ため息を吐いたところでおや、と思う。
視線の先には、ぶかぶかのパジャマに足はスリッパ、髪は寝ぐせだらけと明らかに寝起きの少女。歳は夏世と同じくらいか。彼女の髪はプラチナブロンドで、外国人に見える。
そんな彼女と一緒にいるのは、何故か我が愛しの弟だった。ここにもロリコンかよ……。
彼女は蓮太郎にお辞儀をすると、おぼつかない足取りで帰路につく。
蓮太郎はおざなりに手を振っていたが、少女の姿が見えなくなるまで見守っていた。
「よ、お待たせ。……なにあれ?」
「紅蓮兄ぃがこんな場所で待ち合わせするなんて言わなかったら、巻き込まれずに済んだんだけどな」
フンと鼻を鳴らす。答えるつもりがないというよりは、大したことではないといった感じだった。
「ああそうだった。木更たちは?」
「なかなか出てこないから先に行かせたよ。夏世も店に直接向かうってさ」
「冷たい奴らだなあ、奢りたくなくなる」
苦笑したところで、ティンときた。
「そうだ蓮太郎。今回の依頼なんだけどさ──」
こんなところで諦める保脇くんじゃありません。
頑張れ♡頑張れ♡