天童一族の養子として転生したけど技名覚えられなくて破門された。 作:紅銀紅葉
モノリス崩壊まで残り二日。
その日は朝から我堂指導の下、鉄条網や土嚢の作成、あとの時間は座学として作戦の復習や命令違反に対する罰則を説明された。
我堂は全体の士気に影響するような違反に神経質になっているようで、特に強く言い含められたのが敵前逃亡だった。
座学が終われば解散の号令が掛けられる。今日は青空教室で特別講師をする予定だったので、足早に拠点に戻って支度をする。
「行くのか? 今日も」
将監に問われる。
「ああ」
「こんな時まで学生気分なら、最初から民警ごっこなんざしてんじゃねぇよ」
言いながらバスターソードを背負ってどこかへ出かけて行った。リハビリが開けて間もないので、鍛錬にでも行ったのだろう。それにしても気難しい男だ。
里津は片膝を抱え込んで椅子に座っている。耳にはイヤホンが付けられていて、十歳児には聞かせたくないような過激な音楽が流れている。こちらに興味もなさそうだ。
王監さんは一度自宅へ家族の様子を見に行っているそうで不在。
保脇も今日は聖居に戻っているので、一応ティナちゃんと学校に行くことだけメールしてテントを出た。
蓮太郎や木更、そしてイニシエーター三人娘と合流すると、子供たちに忘れ物はないかと確認して、駅へと向かう。改札を通るとすぐに蓮太郎から『話がある』と言われて男子トイレに入った。
「今日は『蓮太郎先生』はお休みなんだって?」
用を足して洗面台の前に立つと、手を洗いながら問いかけた。蓮太郎は嫌そうな顔になる。
「やめてくれ、アンタにそう呼ばれると鳥肌が立つ」
「あ? 性格の悪いことを言うなよ。……そんな嫌か? 学校は」
蓮太郎は手を洗いながら洗面台の鏡を見る。
「俺は……そうだな。楽しいよ」
鏡には意外にも、満更でもなさそうな『蓮太郎先生』が映っていた。
「きっかけはなんであれ、いま、楽しいよ」
俺が天童家を出るまで、彼は『呪われた子供たち』に憎悪を向けていた。俺は当時から彼女たちの境遇を知りもせずに差別する輩を嫌悪していたが、その例に漏れず蓮太郎や木更、そして菊之丞もその対象だった。俺が家を出たのは、そういったことも原因のひとつだった。
「そっか、うん、それなら俺も嬉しいかな」
俺は緩みそうになる目元をハンカチで隠す。数秒してハンカチをポケットにしまうと、様子を見ていた蓮太郎が話を切り出した。
「『七星の遺産』について聞きたいことがある。今日はちょっと、俺の用事に付き合ってくれねえか?」
■
女性陣を青空教室に送り出し、俺と蓮太郎は電車を乗り継いで勾田駅で降りた。勾田は菫先生のいる大学病院の他に、蓮太郎と延珠ちゃんの住むアパートもある。
蓮太郎は携帯食料や洗顔道具の用意はあったが、替えの服や下着については失念していたそうだ。今日はその回収。そういう理由で、今日の『蓮太郎先生』とついでに『紅蓮先生』はお休みだった。まあ俺は全員から呼び捨て&溜口と舐められっぱなしなのだが。
駅から降りて最初に覚えたのは、強い緊張感。
地面を覆いつくすビラを拾い上げる。『横暴な政府許すまじ! 政府はシェルターに避難させる人間を最初からすべて決定済みだった!』
「馬鹿馬鹿しい」
蓮太郎はその陰謀論めいた内容にかぶりを振っていたが、この内容はあながち間違いでもない。
現に菫先生は政府の役人から直接抽選券を渡されたそうだ。日本最高の頭脳を死なせるわけにはいかないといったところか。彼女はその場で破り捨てたそうだが、すべての人間が抽選で選ばれているわけではない。
というか天童家の一員である俺にも届いていた。勿論捨てたけど。
次に目を引いたのは地域住民らしき老人の叫び声。その甲高さにびっくりして振り返ると、世界の破滅と、そのうち来るだろう新しい希望の世界について語っている。なんでもガストレアは地球を浄化する神の使いで、『呪われた子供たち』はそのメッセンジャーだという。
「『至天教』か」
破滅願望にも似た教義を掲げる新興宗教だが、この状況でのスピーチなど正気ではない。いつ気の立っている国民たちから暴行を加えられても不思議ではないのだから。
しかし予想に反して、周囲には老人の主張を肯定する人々がちらほらと見えた。
「皆、病んでんだなあ」
「言ってる場合か。急ごう」
足早に駅前のアーケードを抜ける。途中、ショーウィンドウが割られていたり、略奪品を積んだトラックとすれ違うが、努めて意識を向けないようにする。
ここ数日は外周区から出ていないため、ニュースで知っていたとはいえ驚かされる。
里見家に辿り着く。このあたりはまだ平穏なようで、能動的に
蓮太郎は八畳一間のぼろ部屋を感慨深そうに眺めると、俺に座って待つよう言ってからボストンバッグに自分の着替えを詰め込んでいく。作業は延珠ちゃんのタンスに移ったため俺は視線を外した。下着とか見たら気まずいしな。
待っている間に、
例えば──
──ぐへへ、十歳児のパンツは最高だぜ。
蓮太郎はそんなことを考えている。
……噓です、弟の頭の中は極力覗きたくないです。
実際は人の位置を探る練習だ。
む、このあたりはシェルター当選者が少ないみたいだな、思っていたよりも人が多い。
「悪ぃな紅蓮兄ぃ、待たせちまって」
「ん? あ、おお。ちょっと寝てたわ」
反応が遅れてオジサン臭い発言をしてしまった。
「で、『七星の遺産』がどうしたよ? 悪いけど、俺も詳しいことは知らねえぞ」
俺は蓮太郎が出してくれた麦茶を啜った。
事実、『七星の遺産』の知識は、過去に持ち込まれたとある依頼の時に、
「これから俺が話すことは、他言無用で頼む」
いつになく緊張した様子の蓮太郎に、俺は居住まいを正した。
「紅蓮兄ぃは『七星村』って、知ってるか?」
そう問われて記憶を探る。七星という単語に聞き覚えはあるが、村となると知らないと思う。
ただ『蛭子影胤テロ事件』でのキーアイテムである『七星の遺産』に関連するものだということはわかった。
「いや、知らん。旧東京都近辺にあった村か?」
「いいや、元長野県北部、飛騨山脈のふもとの村らしい。現在は未踏査領域になっている。でもその村は、二千二十一年以降の地図上から抹消されているんだ」
「あ? それって……」
そういえば数週間前に菫先生から、『二千二十年以前の地図』を持っていないか聞かれたな。俺は『呪われた子供たち』の支援団体の大人世代に頼み込んで譲り受けた地図帳を彼女に預けていた。
そして蓮太郎はIP序列三百番のため機密情報アクセスキーはレベル五。キーは菫先生に預けていたはずなので、これから彼が話そうとしている内容は……
「おいおい、それ俺が聞いていい内容かッ?」
口ではそういったものの、引き返すつもりは毛頭ない。俺はしばし顎に手をやって、過去に聖天子から読み取った情報を言葉にする。
「『七星の遺産』については、『蛭子影胤テロ事件』に巻き込まれた民警と同程度の知識しかないぞ。
俺は偶然、お前たちより少しだけ早くゾディアックガストレアにまつわる事件に巻き込まれただけなんだ。
知っているのは『ステージⅤガストレアを呼び出す触媒』で、それが『古びた三輪車』であること、そして『聖天子一派のみが知っている』ってことと『ステージⅤガストレアを操れるほどの強制力はない』ってことくらいだな」
「三輪車のことまで知ってるのか?」
「遺産を破壊したのは翠ちゃんだ。その後お前は中身を確認したそうだが、俺も内容は彰磨から聞いて知っている」
「ああ、そういうことか」
しかし『七星村』の存在は国籍問わず知ることができる情報ということが判明したが、『七星の遺産』は東京エリアの機密情報のはずだった。他国の知りえない情報。聖天子は何を隠しているんだ……? まさかガストレアウィルスの流出元と何か関係が……?
ダメだ、思考がまとまらない。互いの緊張はピークに達している。本能的に関わってはならないものだと脳が警鐘を鳴らし続けている。
蓮太郎は麦茶を一気に飲み干して、新たに注ぎ直した。
「過去の事件っての、聞いてもいいか?」
「……別にいいけど、こっちはこっちでアクセスキーが足りていない情報のはずだぞ」
序列三百でも開示されない情報。蓮太郎の権限では、ゾディアックガストレアにまつわる情報など『七星村消滅』という事実しか閲覧できない。それ以上のものを求めるのなら、相応の覚悟が必要になる。
蓮太郎は目に力を入れて頷いた。
「聞かせてくれ」
「わかった。まず、ゾディアックガストレアのここ数年の動きについて、お前はどのくらい知っている?」
問われて蓮太郎は顎に手を当てた。
「確認されているのは全部で十一体。
「そうだ。十二星座が個体識別コードになっていて、そこで欠番となるのが『
「いや」
「コイツらはガストレアを神聖視していて、『地球を浄化する神の使途』なんて崇めている異常者の集まりだった。そして、
「なッ⁉」
「それを察知した研究組織と東京エリア、その両方から同時に依頼が来てな。俺は宗教団体の本殿にいたすべてのステージⅣガストレアを撃破して、教祖と団体幹部を政府に引き渡した。弱体化した
それは改めてグリューネワルトのことが嫌いになった事件だった。というか心臓に悪いからニアミスはやめてほしい。
しかしそれが、活動開始からたったの一年ほどで序列元五百五十位までになった理由でもあるので気持ちは複雑だ。
驚愕に目を見開く蓮太郎に構わず、続ける。
「その時に聖天子と話す機会があってな。ゾディアックガストレアとはそう簡単に生み出せるものなのか聞き出そうとして、得られた情報があの程度だ。ケチだよな~」
「で、でも、それを知るのにアクセスキーが必要になるってことは……
たしかにあんな規格外の化け物、そう簡単に生みだせてしまうというほうが困る。
「ああクソッ、わけわかんねッ。もう頭痛ェわ」
俺は一度思考を放棄した。これ以上考えても気が病むだけだ。
「待ってくれ紅蓮兄ぃ、最後にもう一つだけ、聞いてもらいたい話があるんだ」
まだあんのかよ、と俺は舌を出して不快感を訴えた。まあ聞くけど。
「紅蓮兄ぃには悪いけど、こっからが一番やばい内容だ。それは政府の職員が操作を誤ってアップロードしたものなんだが、削除されたものを先生が復元してくれたんだ。本来はレベル十のアクセス権限がないと閲覧できない映像で、タイトルは『アルディ・ファイル』」
レベル十ッ⁉ 俺は思わず飛び上がりそうになった。つまり序列三十位内に入らなければ閲覧できない極秘中の極秘情報ということだ。よく手に入ったものだ。
「アルディってなんだ?」
「アルディはアルディピテクス・ラミダスの女性の化石の愛称で、アルディピテクス・ラムダスは現在発掘されている人類の化石の中で最も古いとかなんとか……俺は先生が言っていたことの半分も理解できなかったけど、とにかくアルディは、しばしば『人類最古の女性』の比喩として用いられるらしい」
「生物オタクのお前でもわからねーなら俺には無理だろ……まあ最低限の理解はしたと思う」
「とりあえず、こっから先はそのことを踏まえて聞いてほしい」
さきほど蓮太郎は〝映像〟と言っていた。気が引けるが、
蓮太郎が話し始めるとともに、何やら地下室のようなものが見えてきた。説明してくれる蓮太郎には悪いが、ここからは脳内映像に集中させてもらう。
蓮太郎にとってもトラウマになっているようで、必要以上に鮮明なイメージだ。これなら簡単に情報を拾い上げられる──
「──ッ⁉」
──ソレは、手術台に乗せられ、異様に肥大化した瞳でこちらを見ていた。
左肩が膨張し、栄養を取られたらしい左手がしなびており、右腿の付け根からは三本目の足が生え、胸は大きく膨張している。
赤い右目だけが大きく膨張していて、他顔面のパーツは圧迫されて判別がつかない。
全身至る箇所には管が通されていて、無理矢理に生かされているような状態にも見える。
黄色い乱杭歯からは粘性の強い涎が垂れ流しになっていて、獣めいた呼吸音はやけに大きく聞こえた。
全身から力が抜け、テーブルに腕をついた拍子にコップを倒してしまう。
「紅蓮兄ぃ!」
俺はなんとか右腕を上げて「大丈夫だ」と合図した。こうして冷静さを保っていられるのは、この場に
蓮太郎の説明自体も済んでいたため、俺は思ったことをそのまま口にした。
「つまりソレが、『人類最初のガストレア』ってことなのかよ」
「俺にもわからない。映像には『Devil Virus』とあったから、多分そうなんだと思う」
『Devil』? ガストレアウィルスの初期の呼称か?
いや、そんなことよりも──
「蓮太郎どういうことだ。アレは……いや、お前の話ではソレは辛うじて女性の体つきを保っている。これはいつ撮影された映像だ? 人種は? 年齢は? いや、それよりもアルディは形象崩壊を起こしていないのか? ガストレアウィルスに感染した人間が、長時間人の形を保てるはずがない」
昔見た実験映像で、ガストレアウィルスを投与された実験用のラットはものの数分で異形の産声を上げていた。
例外は、『呪われた子供たち』だけのはずだ。
台拭きを持ってきた蓮太郎が、俺が倒したコップの後始末をする。俺は、テーブルについた袖部分が麦茶で濡れていることにいまになって気付いた。
「あ……悪い」
「大丈夫か、紅蓮兄ぃ?」
「ああ」
「なら、紅蓮兄ぃの意見、聞いていいか?」
「んなこと言われたって……参ったな」
愛想笑いを浮かべようとするが、頬は不格好に引き攣っただけだ。
俺は口元を抑えながら話してみる。何一つ理解できない内容ではあったが、そうすれば何かわかるかもしれない。
「あれが臨界点間際のイニシエーターってことはないよな?」
「ないと思う。これは
「そうか……そうだよな。じゃあ、
「どういうことだ? どう見たって……」
蓮太郎はいまいち要領を得ないようで、首を傾げる。
「いや、違う、待ってくれ、上手く言葉にできな……いや、そもそも
そこまで言って気が付く。これは失言だ。蓮太郎の不快感が伝わってくる。
「すまない。俺が言いたいことはそんな差別的なことではなくて、俺たちが『呪われた子供たち』だと思っていた彼女たちは、〝人間〟というカテゴライズではなく、
蓮太郎はテーブルを強く叩いて声を荒げた。
「馬鹿馬鹿しい! 彼女たちは俺ともアンタとも変わらない人間だ」
「言いたいことはわかる。ただ、全てを知るためにはアプローチを変える必要があるだろ。これまで多種多様なガストレアを研究してきたが、未だにモデル・ヒューマンのガストレアは発見されていない。そもそもそこまで知能の高いガストレアが存在すれば、とっくの昔に人類は全滅しているはずだ」
「でも!」
「落ち着け。俺だって混乱しているんだ。冷静になってから考え直せば、的外れな発言をしている可能性だってある。でももし、彼女たちがモデル・ヒューマンのガストレアなのだとすれば──」
俺は目を瞑って背中の翼を意識する。そうだ、昔からセラフの進化とガストレアの進化には近いものを感じていたのだ。
「ガストレアウィルスは、はっきり言って異常だ。通常の進化は、代を重ねるごとに少しずつ遺伝子のエラーを重ねて起こる物だろう? だがガストレアは、侵食率五十パーセントを越えた段階で人間の形を留められなくなり、形象崩壊を起こす。その過程で、その因子が本来持たない、オリジナルの能力を有することも多々ある」
『蛭子影胤テロ事件』の際に『七星の遺産』を取り込んだモデル・スパイダーのガストレアは、民警から逃れるために、蜘蛛の巣をハンググライダー状に編んで空を飛んでいたという。いま現在地球上でそのような習性を持つ蜘蛛は発見されていない。
「つまり、ガストレアの進化には、少なくない意思の力が介在するのだと思う」
「意思の力?」
「ああ、つまり、『呪われた子供たち』がステージⅠガストレアで、臨界点の突破=進化というのなら、彼女たちもある程度、自らの意思で変化を起こせるんじゃないのか?」
蓮太郎の細められていた目が大きく見開いた。
「実際、とある組織は『バラニウムが効かないガストレア』を完成させていた。研究を進めて、彼女たちにこのことを十分理解させたうえで能動的に形象崩壊を起こせれば、可能性はあるんじゃないかな」
──セラフと同じように。
言外にそうほのめかす。
「変化は自分で選べる……つまり、モデル・ヒューマンという枠組みから外れすぎないようにできればッ」
「ああ、彼女たちはいまよりずっと長生きできるかもな。このこと、一応菫先生に伝えておいてくれ」
話し終えて、蓮太郎が使い終えたコップを流し台に運んでいくのを眺めながら、大きく息を吐いた。
理解不能な機密情報に、東京エリアの闇。五翔会だってクズの集まりだ。もう何を信じたらいいのかわからない。
そんな足元がおぼつかない状況にあっても、
その時、薄く展開していたリンク能力が悲鳴を捉えた。
声はまだ幼い女の子のものだ。
俺はすぐに立ち上がり、蓮太郎に声をかける。
「蓮太郎、急いで来てくれ。近くで『呪われた子供たち』の少女がリンチに合っている」
今のところ生存フラグ(社会的な死を含む)立ってるキャラ
夏世(わかる)
翠(わかる)
彰磨(わかる)
将監(まあわかる)
和光(まあわかる)
保脇卓人(??????)