天童一族の養子として転生したけど技名覚えられなくて破門された。 作:紅銀紅葉
俺は走っていた。
鬱蒼と繁る背の高い常緑樹。
先日の豪雨による酷い泥濘。
この辺りが人類の支配から逃れて十年、ガストレアウイルスの影響もあって異常な成長と進化を遂げ自然の迷宮と化している。
人が歩くには不向きどころか命に関わるような環境を、全力で駆け抜ける。
走ってる理由? んなもんガストレアに決まってんだろボケ!
幸い追っ手のガストレアの足はそんなに速くないようで、
『なにが『俺たちで東京エリアを救うんだ』ですか。懸垂降下で悲鳴を上げてステージIVに見つかるとか天童さんは頭の中まで筋肉でできてるんですか?』
今回の件に関しては全面的に俺に非があるので何も言い返せなかった。そしてさすがの夏世さんも激おこだった。
しかしそんな彼女の気配は、近くに感じられない。
現在俺は夏世とはぐれてしまっていた。
彼女と共にステージIVガストレアに追われている最中のこと、前方に点滅する青いライトパターンが見えた。
ほかの民警だろうか。しかしあんな薄暗い色のライトをわざわざ使う民警などいるだろうか。そんなふうに考えながらも、夏世の指示に従ってそちらに向かって走り続けた。
今思い返せば、彼女は近くの民警にガストレアの意識をすげ替えようとしていたのだろう。初めてにしては迷いが無さすぎるように見えた。伊熊将監の指示か会社の考えによるものかは不明だが、人を傷つけることに慣れすぎている。まだ十歳の少女だというのに。
三ケ島ロイヤルガーターさんの考え方、ちょいとブラックすぎやしませんか?
まあ、彼女からすれば余計なお世話というやつだろうけど。
そこでものが腐ったような強烈な悪臭を鼻腔が捉えた。走り抜けた先、視界に飛び込んできたのは額に巨大な花の咲いた植物型のガストレア。青白いライトは、人間をおびき寄せるための罠だったらしい。
前後を巨大なガストレアに挟まれた状況、さらには見たことのないタイプのガストレアを相手にした緊迫状態。
追い詰められた夏世は咄嗟に手榴弾を使ってしまった。
辺り一帯に重低音の爆発音が響き渡り、どこに隠れていたのか森の中からコウモリが一斉に飛び出していった。
最悪だ。あれで昼行性のガストレアまで目を覚ましてしまった。周囲の民警を巻き込み道中危険が増すこととなったが、目先のステージⅢガストレアを一撃で仕留めることができたのは、不幸中の幸いと言えるだろう。
それでもステージIVガストレアはまだ俺を諦めていない。熱烈なアプローチ痛み入るが、やむを得ず俺は急いでその場から離れた。
しかし振り返ると夏世の姿はどこにもなかった。
夏世の安否が気になるところだが、ステージIVガストレアは俺のほうに狙いを定めているようなので、ひとまずは安心だ。通信機も生きているはずだし、落ち着けば連絡を取ろう。今のところ落ち着ける気がしないけど。
イニシエーターとははぐれるし、せっかくステージIVガストレアから逃げ切れたと思ったら並々ならぬ嗅覚と執着でまた見つかっちゃうし。最悪だよもう。死ねッ蛭子影胤。
「クソッ、それにしても保脇並にねちっこい奴だな……」
走りながら後ろを振り返り、敵の姿を再確認する。身長は十メートル以上。身体中に咲く花と体毛からかろうじて哺乳類と植物種の混ざったガストレアだとわかる。ステージIVともなると因子が混ざりすぎて元の生物を特定するのは難しい。生物オタクの蓮太郎なら瞬時に性質を見抜いて有効な対策を思いついたかもしれないが、残念ながら俺も夏世もアリの巣を水没させて悦に浸るような根暗ではなかった。ほーら、溺れろぉ。ノアの大洪水だぁ〜。神の怒りを知れぇぇ〜〜。
…………あ、やば。
逃げ続けること十数分、限界がきたのだろうか。吐き気がこみ上げてくる。
いや違うな。普通にヘリから懸垂降下したときから吐き気我慢してたわ。徐々に来るな徐々に。
どうすっかな。ゲロ撒き散らしながら走るのは避けたいしな……。
「しゃーねぇやるか」
走るスピードを速め、距離をあけてから立ち止まり、構える。
なんと言ったか。天童式戦闘術の攻防一体の型。いや待て思い出せる。俺にだってちゃんと、型の名前を覚えようとしていた時期はあったのだ。この型は語呂合わせまで作って覚えた。待て待て待て急かすな落ち着けえーと。
ひゃ、百……百歳無休の構え? なんかそんな感じだ。
俺が静かに構えると、警戒したのかガストレアが不意に立ち止まった。ステージIVともなると、知能もそこそこ上がるらしい。俺の頭にもガストレアウイルスをぶち込んで貰えないだろうか。
ガストレアはブルりと体を身震いさせると、おもむろに口を大きく開けた。瞬間、凄まじい速度で何かが飛び出してくる。
「いいいいいい!? 触手!? 舌!? 触手! 触手ゥ!? なんで哺乳類植物種触手なんで!?」
キッショ!!
気持ち悪いがもう止まれん! 腕を前に出し、
直後に響く破裂音。確かな手応え。ベクトルをわずかに逸らされた触手は、獲物である俺ではなく、背後の大木に突き刺さっていた。
弾きの成功。男子大学生の触手プレイという誰得プレイの危機は脱した。
勢いそのままに相手の懐に飛び込む。全力を込めたであろう触手攻撃と最小限に抑えられた動作。相手の隙を突くのは簡単だった。
「ろ、ろく、かぶ? ……なんかすんごいかぶとむしパンチッ!!」
技名以外は正確な拳がステージIVガストレアに突き刺さる。
「……カタァイ」
さすがの天童でもステージIVガストレアの硬い皮膚は破れない。
徒手空拳での戦闘はステージⅢまでしか経験がない。試しにと殴ってみたはいいものの、逆に拳を痛める結果となる。
距離を置いたところでまた追い回されるのは目に見えている。
さてどうしたものかと思考を巡らせたその時、濃密な殺気がその場を支配した。
覚えのあるその気配に嫌悪感を顕にした時には既に、ステージIVガストレアは爆発四散し形を失っていた。
ガストレアの体液が雨となって降り注ぐ。人間業とは思いたくない光景に、俺は頬を引き攣らせた。
そしてそれを成したのが自分と近しい間柄にある友人となれば、嫌な気持ちにもなるだろう。
「久しぶりだな紅蓮、精進しているか?」
姿を現す殺気の出処。
魔女のような大きな帽子を被るイニシエーターを引き連れた兄弟子・薙沢彰磨が、朗らかに笑っていた。
百載無窮の構え