天童一族の養子として転生したけど技名覚えられなくて破門された。 作:紅銀紅葉
史上最低の作戦・前編
『ごきげんよう、お兄様。鍋パーティーするわよ』
「……なんて?」
思わず聞き返してしまった俺は悪くないと思う。だって今、夏真っ盛りだぜ? だというのに木更は、天童民間警備会社で、それも真っ昼間から鍋をすると言う。元々頭の残念な妹だと思っていたが、ここ最近続いた猛暑にトドメを刺されてしまったのだろうか。可哀想に。
「嫌だよ。お前たちの事務所かび臭いし。ホラ、兄ちゃん喘息持ちだからさ」
『し、失礼ね! 毎日お掃除と換気はしているわよ』
「ホントかな~」
『……里見くんが』
「……」
『な、なによ。文句ある? だいたいお兄様に喘息の症状があったのなんて、お屋敷に来たばかりの頃じゃないッ。とにかく、私がお鍋をしたいと言ったらお鍋なのッ! 具材はテキトウに買ってきてッ』
そう吐き捨ててブツリである。なんだコイツ。嫌だな、行きたくないな。
携帯でスケジュールを確認する。残念ながら本日の欄に予定は入っていなかった。
財布の中身を確認し、身だしなみを整える。とりあえず春菊と白菜とエノキと、あと育ち盛りが四人もいるんだし肉もたくさん買っていくか。何鍋にするかも聞いていないけど、延珠ちゃんがいるならあるだけ食べてしまうだろうし、食材を余す心配もいらない。
「しゃーない、行くか」
俺は家族サービスができる男なのだ。
■
「ふー、お腹いっぱいなのだ.妾は満足だ」
そう言って延珠ちゃんはゲップをした。蓮太郎はしかっていたが、お腹を撫でる行為も、口の端についたままのご飯粒も、俺には年相応なものにしか思えなくて、どれも愛嬌に見える。ウチの可愛げの無いガキンチョとは大違いだ。
「しっかしお前も良く食うよな。間違いなく今日一番食っただろ」
「蓮太郎の作るご飯は美味しいからな。それに、紅蓮の用意してくれた食材も良かった。お主が普段買ってくるものとは大違いだ、高かったのではないか?」
蓮太郎が笑いかけると、延珠ちゃんもまた満面の笑みで彼を褒めちぎる。無粋な発言には頭を軽く小突かれていたが、二人とも楽しそうだった。
「ところで紅蓮兄ぃ。夏世は呼ばなかったのか?」
「ん? いや俺、あいつと一緒に暮らしてるわけじゃねえから」
「そうなのか? イニシエーターとプロモーターは皆、一緒に住んでいる訳ではないのだな。妾たちはこんなにもラブラブなのに~」
「アホぬかせ。十歳児のガキがませたこと言ってんじゃねえよ」
蓮太郎は腕にひっついた延珠ちゃんを引き剝がす。そのままソファに座りなおした彼女は、グルリと首を巡らせた。
「しかしたまには事務所でご飯というのも乙なものではないか」
「そうかぁ?」
二人につられて事務所を見渡す。
雑居ビル『ハッピービルディング』の三階、『天童民間警備会社』の事務所は果てしなく汚い。
大戦以前より存在する建築物など、だいたいくたびれているというか、廃墟みたいなもんばかりであるが、ここは環境も最悪すぎる。一階はゲイバー、二階はキャバクラ、四階は闇金と場末もいいところである。
俺が蓮太郎たちと再会してから何度か顔を出してはいるのだが、ボンボンの俺はこの環境に慣れそうもない。正直言うと弟たちにも慣れてほしくない。
「なによ、何か文句あるの?」
洗い物を済ませたらしい木更が、奥のキッチンから顔を出した。
「いいじゃない、里見くんも延珠ちゃんもお兄様も美味しく食べたんでしょ。それから里見くん、事務所にケチつけるんなら、真面目に働きなさい、この甲斐性なし」
「おい、どの口が言ってんだよ木更さん。それじゃあ気分次第で事務所を閉めるなよな」
指摘されれば無視を決め込む木更。無言でジュース(俺の差し入れ)を注ぎ始めた。
蓮太郎が指さした先には磨りガラスのドアから透けて見える『本日の営業は終了しました』のプレート。おいおいまだ昼間だぞ。
鬼気迫った状況では頼りになる天童社長であるが、平時は他人に厳しく自分に甘いポンコツらしい。ポンコツ貧乏店主め……。
その様子を見て、心底楽しそうに微笑んだのは、天童民間警備会社一番の新人ティナだった。
「すみません、でも、こういう雰囲気、凄い好きなんです」
ゆったりとした話し方の少女だが、つい先日まで暗殺を生業にしていた凄腕のイニシエーターだ。生きるか死ぬかの極限状態にあった彼女だったが、蓮太郎に殺しの依頼を阻止され、保護されてからは毎日が幸せそうで、少なからず事件に関わっていた俺も嬉しく思う。
「それにしても、美味しかったわね。お鍋……」
木更がうっとりとした表情で言う。
その言葉に皆が同意し、癪だが俺も頷いた。
「私、初めて食べたジャパニーズフードだったんですけど、これなんていう料理なんですか?」
アメリカ人であるティナが聞く。
「ねえ里見くん。当初の予定ではタラちり鍋だったのだけど、お兄様が用意したお肉も入れちゃったし、この場合違う物になってしまうのかしら?」
「いや、肉を使っても水煮方式ならちり鍋らしいぞ。普通にちり鍋でいいんじゃねーか?」
そこで延珠ちゃんが腕組して何事か悩んでいることに気が付いた。
「どうしたんだよ延珠」
「うーむ。しかしあれはなんだったのだろうな? お肉はわかる。お魚もわかる。お野菜もわかる。お豆腐もわかる。けど、あのキノコはなんだったのだ?」
「「「「あー」」」」
全員、思い浮かべるものは同じだろう。
表面は嫌にヌメヌメしていて、わずかに光沢があり、まばらにピンク色の斑点のある群青色のキノコ。
誰も何も言わないので黙っていたが、あれってもしかして──
「毒キノコ、みたいよね」
沈黙。
重力が何倍にもなったかのようなプレッシャー。耐え切れず、皆がどっと笑いだす。
「「「「「まさかねー」」」」」
そこでガシャン、と。壁にかけていた写真が落ちた。
それは以前、天童民間警備会社の面々と俺と夏世が一緒に写った、所謂家族写真だった。
「ま、まさかねー」
木更が不格好にもう一度笑った。
俺は意を決して、先ほど木更の発言に遮られて止めてしまった考えを言葉にした。
「つーかあのキノコ、菫ちゃんの解剖室にあったやつじゃ──」
「──働いたら、負けなのだ」
そんな中で発せられた重苦しいセリフは、やけに響いて聞こえた。
「え、延珠?」
発言者の延珠ちゃんは、天井のシミでも数えているのか上を向いている。
その目は、死んだ魚の目をしていた。
「妾は、豚だ、豚なんだ……。生きてて、ゴメンナサイ」
………………。
マジか。
どうしていいか分からず、彼女の保護者である蓮太郎に視線が集まる。蓮太郎はタイムのジェスチャーを取っていた。
「延珠、ちょっと待ってろ」
延珠ちゃんを除く全員が壁際に集まると同時に焦りが爆発した。
「おいッ、どういうことだよ?」
「延珠さんって、その……鬱病とかの傾向ってあったり……」
「まさか」
「おい蓮太郎。これは『君は豚じゃなくてウサギの因子だろ』っていうツッコミ待ちなのか?」
「そんな訳ないだろ紅蓮兄ぃは黙っててくれ」
「じゃ、じゃあやっぱり……」
「「「「キノコ……?」」」」
サァと血の気が引く音。
「ほ、他にキノコを食べた方は?」
ティナの問いかけにすかさず蓮太郎が待ったをかけた。
「食べた奴がこの中にいたとして、どうするつもりだよ?」
「延珠さんのあの様子から察するに、キノコを食べた者は性格が変わるようです。気分が落ち込むだけならまだしも、暴れ出す可能性もなくはありません。そうなる前に拘束するか、どこかに閉じ込めるべきではないでしょうか」
「私食べてないわよ!」「お、俺でもない」「私じゃないです」「あ、俺食ったかも」
正直に白状した俺に、三人が飛び掛かるのは同時だった。
「確保ーッ!」
「あッ、テメ、何しやがるッ! は・な・せ」
「最初からおかしいと思ってたんだッ。やけに冷静だと思ったら、キノコ持ってきたのもアンタかッ⁉」
極限状態に陥ると、人ってこんなにも豹変するんだなあ。また一つ賢くなった。
「違うわ。だいたい俺が食材を買ったのはちょっとお高めの店だ。こんな変なモン売ってるわけねーだろ」
「確かに……」
納得したのか、押さえつけていた力が緩んでいく。
「じゃ、じゃあキノコを食ったってのに、なんでそんなに冷静でいられんだよ?」
「いや、だって俺、『
「その
……………………確かに。
「ウオあああああああああ‼どうしよう、ねえどうしよう蓮太郎⁉吐けばまだ間に合うかな? 間に合うよね? あっ……お腹痛くなってきた」
「お、落ち着け紅蓮兄ぃ。その腹痛は多分、精神的によるものだ。木更さんとりあえず吐かせよう、手伝ってくれッ」
「嫌よ! これ以上
「んなこと言ってる場合か! 背中叩くぞ、せーのッ──」
「ウッ!」
その声は衝撃を与える前に上がった。
不審に思い、恐る恐る発声者を見やる。果たしてそれは、頭を押さえて蹲るティナだった。
ティナはすっくと立ち上がり、
「あー、やってらんねーですよ」
あろうことか、床に唾を吐いた。
「…………マジか」
続きはそのうち書きます。