「隙あり!」
また殴ってくるのかと思ったが、先ほどの水風船をいくつか投げつけてきた。なんて汚い男なんだ……。もう面倒くさいしやられちまおうかなあ。そう思いながらも体が勝手に避けてしまう。
これが戦闘民族の性(さが)ってやつかね。
「なにかっこつけてるんだよ、阿伏兎」
「心の中を読むな」
「阿伏兎のくせに生意気だぞ」
「くせに」って、ひどい言いかたをするもんだ。
大きくため息をついたあと、俺は白兎が手放した水鉄砲を拾いあげる。もともと持っていたものと合わせて、銃口を団長に向けた。
「まるで二丁拳銃だね」
「ちょいと自信が出てきたぞ」
「ふーん? お手並み拝見だ、ね」
「ね」と同時にこちらに向かって突進してくる。今度は逃げも隠れもしないぞ。しっかりと狙いを定めて、迎えうつ!
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気がついたら俺は宇宙を見あげていた。いいや、俺たちと言うべきか。俺と団長は大の字になって、仰向けに寝転がっている状況だ。
団長は紫色、俺は黄緑色に染まっていた。
互いに息を切らしながら、小さく笑う。
「はは、やるじゃないか。阿伏兎」
「お前さんもな」
「青春ごっこしてる場合か!!」
団長相手に一芝居打っていると、さっきまで倒れていた白兎ががばっと起きあがる。
全くもってその通りです、はい。改めて見るとひどい有様だな。
煉瓦色が見えかくれする赤。その上からさらに様々な色が咲いている。見方によればアートな気がしないでもないが……どう説明するかなあ。
「な、なんじゃこれはぁぁ!」
突然目の前に現れたのは今にも倒れてしまいそうなおじいさん一人。そう、こいつが今回の依頼人。おじいさんよ、衝撃のあまりぽっくり逝ってしまいそうだな。
「これは、こんな……これはぁ!」
おじいさんは頭を抱えてしまった。いや、わかる。言いたいことはわかるけれど、あんまり怒らないで!
頭の中で言いわけを考えているあいだに、いつのまにか団長がおじいさんの背後に回りこんでいた。まさかおじいさんを気絶させるつもりじゃ? と思ったが違った。
おじいさんの耳元でなにかを囁いているようだ。
「これはアートだ、これはアートなんだ」
まるで呪文なように何度も繰りかえしている。まさかとは思うが洗脳しようって魂胆じゃねーよなあ。さすがに無理があると思うぞ。
「これはアート、アートだ」
「あ、あーと……」
「そう、アート」
しばらくして、おじいさんの目から生気が失われる。
おい、まさか、嘘だろ?
「なんと素晴らしい! わしは今までこんなアートを見たことがないぞ!」
洗脳された! あんなので簡単に洗脳された!
これには白兎も驚きを隠せていない。開いた口が塞がらず、今にも顎が外れそうだ。
俺だって外れそうだよ、コンチキショー。
「おじいさんならそう言ってくれると思ってました」
「まさか第七師団の皆様方にこのような才能があるとは思いもしませんでした」
二人は熱い握手を交わしている。
ねーよ、才能なんて毛ほどもねーよ。団長はある意味才能の持ち主ではあるが、これは決して褒め言葉ではないぞ。
まあ問題にならないのなら俺はどうだっていい。ここは団長に任せておくとしますかね。
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「まじで?」
札束片手に白兎が声をもらす。
この金は今回の依頼の報酬金だ。予想以上の大金に驚いているらしい。あれだけふざけてたのにこんだけ貰っちまったら、ちょっとなあ……。
「い、今からでも返したほうがいいんじゃ……」
白兎には良心が残っているようだ。俺も同じ気持ちだよ。ただな、うちの団長が「はい、そうですね」と首を縦に振ると思うか? 思わんだろ。
今だって満足げに札束を抱えてやがるし。
「なんかもともと渡す予定だったお金の倍らしいよ」
「アートか、アートのせいか!」
「ま、いくら出すかは向こうが決めることだしね。ありがたく受けとっとこうよ」
言いたいことはわかるがな。
しかしこんな大金、ここにいてたら使い道もないだろうに。あるとしたら飯か。
「阿伏兎さん、こうなったら老後のために貯金しましょう!」
「う……」
まだそんな歳じゃないぞ、と言ってやりたかったが白兎の目がきらきらと輝いていたので、それに負けてなにも言えなくなってしまった。
老後なんて一瞬だよな、そうだよな。白兎からすりゃ俺もおじいちゃんなのかね。
「阿伏兎おじいちゃんだ」
「団長、地味に傷つくからやめてくれ」
そんなこんなで、二回目の依頼も無事終了。無事かどうかは微妙なところではあるが、依頼人が満足しているからいいってことで。
さて、こんな感じでだらだらやっていくつもりなのかね団長は。このままじゃ平和ボケしちまいそうだ。
「阿伏兎さんのモノローグって日記みたいですね」
「うるせえやい」
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