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まただ。また団長と白兎が騒いでやがる。
俺の部屋からでも声がよく聞こえてくる。まったく、毎日毎日飽きないもんだな。
前回、出来こそは褒められたものの、甲板の一部を破壊してしまったので俺はその始末書を書いていた。本来なら団長の仕事のはずだろ? ひどい話だぜ。
ま、ほぼ完成したしとりあえず仲裁に入るとしますかね。
二人がいる部屋に向かうと、こちらに気づいた白兎が「阿伏兎さん!」と駆けよってきた。
「見てください阿伏兎さん! 団長にまた骨を折られたんですよ!」
「もう治ってるじゃねーか」
白兎に見せられた左手の薬指。たしかに赤くなって痛々しい痕は残っているが……見たところ完治しているようだ。握ったり開いたり動かせているし。
白兎の傷や骨折の治りは異様に早い。通常の夜兎族なら一日で完治するような傷が、白兎だと半日。かすり傷なんかは一瞬だ。
他の夜兎よりも回復力が凄まじい。その代わりと言ってはなんだが、強さは団長や俺よりも劣る。
そう考えると、白兎を殺さないあたり団長も優し……くはないか。優しいやつが骨を折ったりしないよな。
「今日の喧嘩の原因はなんだ?」
「白兎が俺のプリンを食べたんだよ」
白兎の代わりに後ろにいた団長が答える。
またそんなくだらんことで……。
「団長のだって知らなかったんですー! 食べられたくなかったら名前でも書きゃいいんですよ!」
「素直に謝ればいいものを。この態度だからね」
「謝ったって怒るじゃないですか」
ぷいっとそっぽを向く白兎。
まあその通りだな。謝ったところで団長が許してくれるとは思えん。だからと言って謝らないのもなあ。
「白兎、食べちまったのは事実だし。な?」
「……まあ、そうですけど」
白兎は目を伏せて口を尖らせている。なんで団長の前じゃこうなるかね。
ちらりと団長の様子を見ると、なにやら不穏な空気を醸しだしていた。待て、なぜ俺が睨まれているのか。
「すみませんでした」
少しの間はあったが、白兎は団長に頭を下げてそう言った。団長は「ん」とだけ。
もっと他になんかあるだろ、団長。謝ってる女の子をフォローしてこそ男ってもんだぞ。
「で、でも! 次からちゃんと名前書いといてくださいね!」
それだけ言いのこして、白兎は部屋を出ていってしまった。あいつは一言つけ足さないと死ぬ病気かなんかなのか。
俺には若いやつの気持ちがさっぱりわからんね。
「なあ、もうちょい仲良くできないのか?」
いつのまにかソファに座ってくつろいでいる団長に、言葉を投げかける。俺の声聞こえてんのか?
このままスルーされるかと思ったが、団長は小さく「うーん」と返してきた。それどういう感情だよ。というか返事かどうかすらも怪しいな。
「俺たちっていつからああなったと思う?」
「ん? なんだ、そりゃ」
まるで昔はそうじゃなかったみたいな言いかただ。たしか白兎が春雨に来たのは七年ぐらい前だっけか? あんまり覚えちゃいねーが。
その頃の団長と白兎はどんな感じだった? ……意識して二人のこと見てなかったからなあ、わからん。
「昔はかわいげがあったのにね、時の流れは恐ろしいよ」
「それ若いやつが言うセリフじゃないぞ」
「思春期なのかな」
「……あー」
白兎は団長よりも三つ下だった気がする。なら思春期ってのもありえなくはない。
まあなんだ、つまりは──。
「白兎が昔と違って冷たいからむかついてるんだな」
「うるさいよ」
機嫌を損ねてしまったらしい。もともと良くはなかったけれども。
団長はソファから腰をあげ、準備体操をし始めた。なに、なんで急にそんなことすんの。俺殴られんのか?
「よし、ちょっと行ってくるね」
「どこにだよ?」
「団長会議さ。阿伏兎、連絡事項読んでなかったの?」
な、なんだって!?
いや、これは団長会議があることに驚いているのではない。あの団長が会議に参加することに驚いているのだ。いつもなら「面倒だから阿伏兎行ってきてよ」って言うはずなのに。これは一体どういう──。
思いきり頭を叩かれてしまった。しかもスリッパで。うん、なんでスリッパ?
「今日の会議は面白い話が聞けそうなんだ」
「なんだよ? 面白い話って」
「それを今から聞きにいくの。じゃ、留守番よろしく」
団長はひらひらと手を振って部屋を出ていく。
一人になっちまった。今日に限ってやることがないんだよなあ。
適当にだらだら過ごすとするかね。