どうやら俺の体は疲れていたらしい。気がつけばソファに横になり眠っていた。一体どれだけの時間眠っていたのかわからない。
ただわかるのは俺の目が覚めた原因は、白兎にあるということだ。といっても白兎が悪いわけではない。こいつは部屋に入るために扉を開けただけだからな。今帰ってきたところのようだ。
「す、すみません。起こしちゃって」
「いや、大丈夫だ。昼に寝すぎるのもよくないしな」
体を起こしてあくびをひとつ。なんだか頭がすっきりしたような気がする。
ここでようやく、白兎の右手に買い物袋が握られていることに気づく。それを見られるのがまずかったのか、白兎はびくっと肩を揺らした。
「買い物してたんだな」
「はい、購買で……」
「お前さんのことだから菓子パンなんだろうなあ」
この言葉に白兎は返事をしなかった。その代わり目を伏せて唇を尖らせ、頬をほんのり赤らめる。
なんだ、菓子パンじゃないのか。……いや、もしかしてこれはこのままいくとセクハラになるのでは。第一女の子の買い物の内容を聞くなんて俺みたいなおっさんがしていいことじゃないよな。やっちまった。なんて謝れば──
「違いますからね!?」
「うおっ」
「阿伏兎さんが思ってるようなことじゃないですから!」
「あ、はい。すんません」
だからなぜ俺の心の声はだだ漏れなんだ。
「……プリンですよ、プリン」
今にも消えいりそうな声で、白兎はそう言った。
たしかによく見れば、買い物袋からプリンが透けて見えている。三個ぐらい入ってんな。
「なんだ、白兎。団長のだけじゃ足りなかったのか?」
「んなわけないでしょ。……間違えて食べちゃったんでそのお詫びです」
団長が絡んでいるからか、白兎の口調が少しとげとげしている。
いやいやしかし、なんだ。お詫びにプリン買ってくるって……いいとこあるじゃねえか。
気づいたら立ちあがって、白兎の頭をよしよしと撫でていた。
「えらいえらい」
「こ、子ども扱いしないでください!」
「子どもだろ」
まるでゆでだこのように顔を真っ赤にしている白兎にそう返す。さすがにこの歳になると十代は子どもだよなあと思うわけだよ。悪いな、白兎。
「……あの、これ阿伏兎さんから渡しておいてもらえますか?」
「なんでだ? 自分で渡しゃいいだろ」
「そうなんですけど……」
口ごもってしまった。いい機会だし団長について聞いてみるか? 聞いたところでどうこうなるとは思わないが、いつもの喧嘩の裏になにかがあるってわかれば仲裁に入るのも苦じゃないかもしれないしな。
「なあ。白兎は団長のことどう思ってるんだ?」
「えっ」
まるで濁点がつきそうな「えっ」が出たな。どっから出したんだその声。
白兎は眉間にしわを寄せている。ただそれからは不愉快とか嫌悪感だとかは感じられなかった。ただ困っているだけのように見える。
「悪い。白兎が団長に対して冷たい気がしてな」
「わ、私冷たいですか」
「まあ、俺と話すときとは態度が違って見えるな。お前さん俺には素直に謝れるだろ」
「はい、阿伏兎さんですから」
そりゃどういう意味だ? というか白兎の言葉に意味なんてあるのだろうか。まだ子どもだし特になにも考えず口にしている可能性もある。
……それこそ、なんとなくで団長に冷たく当たっている可能性だって。
「……私もよくわからないんです」
やっぱりか。
「団長のほうから急に冷たくなったんで」
ん?
「冷たくされたら冷たく返しちゃう……みたいな感じじゃないですか? 多分」
言いながら苦笑を浮かべる白兎。それはどこか寂しげにも見え──いや待て待て。団長からきつく当たるようになったのか? 団長の話と逆じゃねーか。
「白兎。それはいつ頃の話なんだ?」
「いやー、さすがに覚えてないですね」
白兎は最後に「すみません」とつけ足して頭をかいた。
うーむ、一体どっちの言ってることが正しいんだ? どっちかが誤解してて、実は二人とも正しい説もあるが。人間関係ってなんでこうも難しいものなんだ。
「ただいまちゅぴちゅー」
団長が謎のかけ声とともに帰ってきた。
なんだ、部屋を出ていったときより上機嫌に見えるぞ。悲しいことに機嫌がいいときも悪いときも、団長と関わるとろくなことがないんだよな。
団長は白兎を視界にとらえると、「あり?」と首をかしげた。
「白兎帰ってきてたんだ」
「はい、ついさっき」
ここで白兎と目が合う。
プリンか? それは自分で渡せって。という気持ちを口には出さずに心で送ってみた。それがちゃんと届いたらしく、白兎は諦めたようにため息をつく。