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白兎の兄貴は宇宙海賊春雨第五師団団長で、実働部隊の一員。しかし悲しいことに、春雨の中で第五師団は「最弱部隊」と呼ばれている。
そう、俺たち第七師団と正反対なのだ。
白兎の肉親ということは、当然夜兎族。だが、かなり弱くて戦力にならないらしい。本人曰く平和主義なんだとか。
なぜ俺が曖昧な感じで話しているのかというと、兄貴が戦っている姿を実際に見たことがないからだ。周りがそう言っていたのを聞いただけ。
三年前。兄貴は元老からとある星の調査を任され、部下を残して船を降りた。それに対し「あの男は追放されたんだ」と嘯く連中もいた。
そんな噂が立つくらい弱いのかね、あの兄貴は。
さて。迎え用の船を下っ端に操縦させてから約一時間といったところか。ようやく目的地に着いたらしい。横になっていたら下っ端に起こされた。
というか俺より兄貴の部下に行かせるのが妥当なんじゃないのか? なんてさすがに今さらすぎるか。
一度大きく伸びをして、下っ端に声をかけたあと俺は船を降りる。
土も空も植物もみんな樺色という、なんとも不思議な星だった。しかも空気が粉っぽい。なんだここは。こんなとこに長時間いたら確実に体調崩しちまうぞ。
さっさと帰りたいところだが、肝心の兄貴がいねえ。ったく、こっから捜せってか?
少し歩いた先に森がある。ここは見通しがいい。ここから見えないってことは、森の中か……。勘弁してくれよ、マスク持ってくりゃよかったぜ。
森の中に足を踏みいれてどれくらい時間が経過しただろう。三十分? いや、もしかしたらそれ以上かもしれないし未満かもしれない。ま、時間なんてどうでもいいか。
俺は他よりほんの少し背が高い一本の木を見あげた。
この上から人の気配がする。これだけ無人の星なんだ。きっと勘違いじゃないだろう。
しばらく考えた結果、俺は木の幹を軽く叩いた。
軽いつもりでいったのだが木は大きく揺れ、何枚もの葉が降ってきた。
そして──
「のわあああ!」
という叫び声とともに人も一人降ってきた。俺はそれを慌てて受けとめる。
間一髪。なんとか落下事故を防ぐことができた。
俺が落ちてきた人物をしっかり受けとめたのには、理由がある。あの兄貴だったからだ。そうじゃなかったら普通に落としてたね。
「し、死ぬかと思った……」
「アホか。夜兎が木から落ちたくらいで死ぬかよ」
「は! その声はあぶちー!?」
いや、もろ顔が見えてんだから顔で気づけよ。つーかその呼び方やめてくんない? おじさん、もういい歳なんだけど。
とりあえず受けとめたままは恥ずかしいので、兄貴を地面に降ろす。
久しぶりに見た兄貴は……うん、あんま変わってないな。背は伸びたかもしれない。といっても団長より数センチ高いだけだが。白兎と同じ色の髪も健在だな。
身につけている服がぼろぼろなのが、少し気になるところだが。
「久しぶりだな、あぶちー」
「おう、久しぶり。思ってたより元気そうだな」
「そうでもないぞ?」
そうでもないのか。たしかにこんなとこに三年もいたらエネルギー全部持っていかれそうだしな。
「つーかなんで木登りしてたんだ?」
「ああ、そろそろ迎えがくるかと思ってな。高いところに登って船を探そうとしてたんだが……」
「だが?」
「木の枝に引っかかって降りられなくなってたんだ。助かったよ」
ああ、だから服がぼろぼろでところどころ血が滲んでるのか。見たところ傷は塞がってるみたいだな。兄妹揃って回復が早いんだもんなあ、羨ましいぜ。
船探すなら見通しのいい場所があっただろう……というツッコミはやめておくか。かわいそうだし。
「……よし、それじゃあ戻りながら話すか」
「ああ、そうだな」
実はそろそろ苦しくなってきてたんだ。本当に空気悪いよな、ここ。
俺は来た道を兄貴と戻ることにした。