「お前らまじでいい加減にしろよ! 俺はな、仕事ほっぽり出してここにいんだ! わかってんのか、このすっとこどっこい!」
「あ、阿伏兎さんが切れた……」
白兎の記憶が正しければ、阿伏兎は普段温厚なはず。そんな阿伏兎が切れた。これは一大事だ。
白兎はどうしたものかと頭を悩ませたが、神威が視界に入ったので全てなすりつけることにした。
「団長がふざけるからですよ」
「は? 先にふざけたのはお前だろ」
「だから私は至って真面目ですってば!」
このまま放置していたら言いあらそいが間違いなくヒートアップするだろう。だが阿伏兎はそれを止める気にもならなかった。どうせ止めてもまたすぐに喧嘩するし、正直疲れてしまったのだ。
若者にはついていけん。これが今の気持ち。
しかし……そんな気持ちは一瞬にして吹きとんでしまった。
阿伏兎は二人の後ろにいるものを目の当たりして、言葉が出ないのか口をぱくぱくとさせている。
「阿伏兎さん? どうしたんですか、いきなり金魚の真似なんかして」
「そんな真似しなくても食べたいならあげるよ」
なにもお菓子が食べたくて口をぱくぱくさせているわけではない。
そうツッコミを入れてやりたくなったが、それどころではなかった。
「い、いいか。二人とも……振りかえらずゆっくりこっちに来い。いいな、走るなよ」
「もう、一体なんなんです──」
ここでようやく白兎たちも気づく。後ろに気配を感じる、と。神威と白兎は互いに視線を合わせた。そしてゆっくり、恐るおそると後ろを振りかえる。
真後ろに巨大な黒猫……のようなものがいた。神威たちよりも背が高く、こちらを見おろしている。
猫はしばらく神威たちを見ているだけだったが──なにを思ったのかぐわりと大きく口を開けた。動物のつんとしたにおいが広がる。
むき出しになった牙がぎらっと光ったように見えた。
「ぎっ、ぎゃああ!!」
白兎が叫ぶのとほぼ同時、猫は神威たちに向かって突っこんできたかと思えば勢いよく口を閉じた。二人はぎりぎりのところでその攻撃をかわす。
勘違いじゃなければ、この猫は今神威たちを食べようとした。
神威たちは素早く阿伏兎の後ろに避難する。
「──っておい! なに人を盾にしてんだ!」
「阿伏兎さんは猛獣の扱い慣れてるでしょ!?」
「俺にどんなイメージ持ってんだよ! 猛獣なんて飼ったこともねーわ!」
「団長なんて猛獣そのものじゃないですか! 大差ないですよ!」
「頼むからこんなときまで喧嘩しようとすんな、頼むから!!」
後ろで不穏な空気が漂いはじめているが、目の前もやばい。よだれを垂らした猫がじりじりと距離を詰めてきている。猫というより、虎に近いような。
これが云業の言っていた猫だと言うのならあいつと話しあうことになるぞ!
阿伏兎は云業の顔を思いだし、怒りを募らせた。
「ていうか団長。団長ならあの猫、簡単に仕留められるんじゃないですか?」
「冗談やめてよ。俺、動物愛好家だよ?」
「え、初耳なんですけど……。なにその取ってつけたような設定」
なんていうやりとりをしながら、足音を立てずにそろりと後ずさる二人。阿伏兎もそれにつづいた。
なるべく刺激しないようにと頑張ったつもりだったが、無意味だったらしい。猫はものすごい勢いで突進してきたかと思えば──地面を蹴ってジャンプした。
阿伏兎の上を綺麗に飛んだ猫の瞳に移りこんだのは、神威だった。
がぶり。
ごくん。
「だっ、だだだ、団長ぉぉ!!」
「団長が食べられたぁ!」
阿伏兎と白兎がそれぞれ騒ぐ。
そう、神威は猫に丸のみされてしまった。あまりにも早すぎて二人は見ていることしかできなかったのだ。
「わあああ! 団長を出せ! 吐きだせー!」
「待て白兎! 気持ちはわかるが動物に暴力を振るうのは絵面的にまずい!」
「文章だからセーフですよ!」
「そういう問題じゃない! 人としてやばいんだって!」
猫に飛びかかろうとしている白兎を、羽交いじめで止める阿伏兎。
しかしどうしたものか。咀嚼したように見えないから、神威は無傷のはず。ただどうやって吐きださせるべきか。
悩んでいると、猫の様子がおかしいことに気づく。
ぷるぷると震えている。
しばらくして、猫はぺっと口から神威を吐きだした。見たところ怪我をしている様子はない。周りには神威が忍ばせていたお菓子も転がっている。
「団長、大丈夫ですか!? 生きてます!?」
「……なんとかね」
「ちっ」
「おいなんで今舌打ちした」
猫の唾液まみれの神威が、駆けよってきた白兎に掴みかかる。「くさいですー」と白兎は神威を煽るだけ。
「無事でよかったが、なんで吐きだしたんだ?」
「ああ、それだけど……多分目当てはあれだね」
あれ、と神威が指さした先には一緒に吐きだされたお菓子。猫はそれに興味を示しているのか、鼻でつついている。
神威はそれをひとつ手にとって袋を開けた。ぴくりと猫の鼻が反応する。「やっぱりね」と神威は呟いたあと、袋を逆さにしてお菓子を床にぶちまけた。
猫はそれに飛びついて、今このときが幸せと言わんばかりの顔でがっつきはじめた。
「俺が持ってたお菓子に反応してたみたい」
「いいのか? 猫にあげて」
「見るからにただの猫じゃないし大丈夫でしょ」
たしかに普通の猫とかなり違うので、大丈夫な気がする。
こんなに大きいのになぜ今まで見つからなかったのか、不思議ではあるがとりあえず今は云業を呼びだすことにした。